第29話

 莉々子の光魔法は、結局の所、“一定の速度で運動するものの速度を調整する”能力であると莉々子はそう定義していた。

 どういうことかというと、最初に考えていた『早送り説』と『強化説』の中間のような、境界のような能力だと思ってもらえるとわかりやすい。

 『時間を早送りする』というには、変則的な場合には対応できず、『強化する』というようには、質を強くするようなものでもない。


 自ら動く機能を持たない物、例えば、鉛筆であったり、石であったりというような静止物には莉々子の魔法は発動しない。けれど例えば坂を転がした石のその回転速度を素早くすることや、若干ではあるが、遅くすることも可能であった。静止させたり、巻き戻すことは出来ない。あくまで、その物質の持つ“運動速度”の調整ができるだけである。


 ただし、魔法を掛けた瞬間とある程度異なる種類の運動になると魔法そのものが切れてしまうという特性があり、例えばネズミなどにかけた場合、ネズミが真っ直ぐ歩いているだけならばその歩行速度は加速できるが、急に方向転換でもしようものならたちまち魔法が解けてしまう、というような不安定なものだった。あくまでも、“ある程度統一された動き”でなくては加速も減速も難しいのだ。対象を生き物の動作ではなく、自己修復といった“機能”に限局してかけるのならば、その機能はある程度の法則性を持っていると判断され、安定した魔法の行使が可能であった。


 つまり、意思を持った生き物の起こす行動に関しては使用しづらいという欠点がある。

 しかしそれも、その動作の主に魔法に合わせた行動をとってもらうなどの協力が得られるならば話は別だ。特に、自身の行動に魔法をかけるなどであればより容易になる。


 先ほどの場合は、“ただ走る”という行為に魔法を使用し、一時的に走る動作を加速したのだ。

 魔法を解いて止まるには、単純に直線に走るのを止めて、Uターンすればいい。

 Uターンした瞬間に“統一された動き”ではないと判断され、魔法は自然と解ける。

 もちろん、実際にその速度で動いているのは莉々子の肉体であり筋肉であるため非常に負荷がかかるし、そのまま足一本でブレーキを掛けようものなら莉々子の足は勢いに負けてぼっきり折れる。


 実際、最初に実験で試した時は、足がもげるかと思った。というか、実際に骨折した。

 すぐに魔法で治したが。

 今回は骨折しないよう、足が空中に浮いている間に勢いのついているその移動速度を魔法で急速に減速し、その上で地面に足をついてUターンをさせてもらった。

 それでも相当足が痛かったが。


 ちなみに魔法を発動する際のかけ声は、単なるスイッチのようなもので、それこそ無意識的に使ってしまわないようにという条件付けのようなものらしいので、莉々子は①《まるいち》を光魔法、②《まるに》を雷魔法のかけ声とすることにしていた。


 強盗は痛みに呻いて地面を転がっている。

 疲労で動けずにいる莉々子の目の前で、その喉元に黒い物が勢いよく振り下ろされた。

 男は締め上げられた蛙のような声を上げて失神する。


「よくやった、リリィ」


 男を失神させた黒い物は、いつの間にか追いついていたユーゴのステッキの先端だった。

 その言葉に、その鋭い眼差しに、莉々子は思わずその場にへたり込んでしまう。

 思わず、先ほどまで熱を発していた首輪をリボンの上から外すようにひっかいた。


「残念ながら、首輪それは飼い主以外には外せん」


 その仕草を見咎めるようにユーゴは目を薄く細める。

 わかっていたはずだ。

 首輪は、見せしめのためにいつかは確実に使われるはずだと。

 その効力を知らしめなければ、この首輪は莉々子に対する抑止力とはなり得ないのだから。

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