第22話

「ああ、それは、この世では国ごとの言語が統一されているのだ。話し言葉だけだがな」


 椅子に腰掛けた後、なんてことないようにユーゴは言い放った。


「はぁ……?」


 思わず柄が悪い応答をしてしまう。

 うさんくさいものを見るような目つきになった。

 それに軽くため息をついて、ユーゴは懇々と諭すように告げた。


「我がセイアッド王国は今俺たちが話しているセイアッド語が共通言語だ。しかし、隣国のアルカラナ国ではまた異なる語を母国語としている。それが貴様が“エイゴ”と呼んだこれだ」


 莉々子が開いて絶望していた本をユーゴは指でとんとんと叩いて示す。


「つまり、他国の本をたまたま開いてしまったということですね」


 一縷の希望を見いだして、莉々子は勢いこんで尋ねる。それに「ああ」と軽く肯定を返しながら、「アルカラナのほうが進んでいる分野もあるからな。最先端の知識を集めようと思うとどうしても混じってしまうのだ」と告げた。

 なるほど、そういうところは莉々子のいた世界と共通らしい。

 莉々子も症状などについて詳しく調べる際は、日本語の文献だけでは足りずに、やむを得ず英文を泣く泣く訳していたものである。


「セイアッドに呼ばれて幸運でした。アルカラナに召還されていたらと思うと……」


 言葉が通じない異世界に呼び出されるなどとんでもない恐怖だ。

 あまりの恐怖にもしかしたら誘拐犯に縋って、危うくわけもわからないまま利用され、使い潰されていたかも知れない。

 そう思うと、莉々子の身体は自然にぶるっと震えた。

 あまり、考えたくない可能性である。

 しかしユーゴはその莉々子の怯えた様子に「うん? 何故だ?」と心底不思議そうに首を傾げた。


「えっ」

「うん?」


 しばし、2人で見つめ合う。


 (これはなんだか、嫌な予感がする)


 具体的には、また新たな異世界珍常識が出てきそうな予感だ。


「言葉が通じないとぉ……、困るじゃないですか」


 とりあえず莉々子は恐る恐るそれだけを伝えた。

 どきどきしながらユーゴの返答を待つ。

 ユーゴはそれに対してこともなげに「なぜ、言葉が通じなくなるんだ?」と返した。


(ああーー……)


 やばいやばい、これはきた、と莉々子は頭を抱える。

 正直、これ以上ここが莉々子のいた世界とは違うのだという情報をあまり聞きたくはないのだが、知らないままでもいられない。


「使ってる言語が違うんですから、言葉が通じなくなるのは当たり前でしょう」


 おそらく通じないのだろうなぁ、と思いながらも、とりあえず反論する。

 ユーゴも常識の違いを悟ったのか、しばらく顎に手を当てて考えこんでから、「同じ国内に存在するのならば、言葉が通じないということはまず、あり得ないな」と返した。

 意味がわからない。


(“同じ国内に存在する”? 同じ国民という意味だろうか?)


 いや、違う国民のコミュニケーションの話をしているのに、そんなことを言われる意味がわからない。

 莉々子が頭を抱えている間、ユーゴは顎に手を当てたまましばらく黙考すると、「そうか、同じ国内に存在しながら、違う言葉を話すという状況が存在するということか」と何事かに気づいたように呟いた。


「はぁ……、当たり前じゃないですか、話している言葉が違うんですから」

「いや、残念ながらこの世では、同一国内で話される言語は統一されているのだ。精霊の意思によって」

「はぁ……」


 また出てきた、『精霊』だ。

 色々とげんなりとするが、とりあえずはおとなしくユーゴの言葉を待つことにする。

 別に自主的におとなしくしたわけではなく、とりあえず説明させろ、とユーゴに睨みを利かされたからだ。

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