第21話
なんとかして類似品を手に入れられないかとぼんやりと思いをはせ、はて、血圧計に類似、もしくはその前身に当たるような道具とはなんだろう、と考えたところでようやっと莉々子は、この世界の文明の発展がどのくらいなのかを知らないことに気がついた。
そこで初めていやいや、まずはこの世界についても知らねばならん、と思い至る。
この世界のことを知らねば、ユーゴのことも出し抜けない。
(本だ。確か、案内された時に書斎をちらっと見せて貰った気がする)
カップを置いて、莉々子は立ち上がる。
どこの世界でも書物は素晴らしい知識の宝庫である。
一度思いついたら、何故、今に至るまで思いつかなかったのかが不思議なぐらいだった。
部屋から出ると、記憶とほこりの有無を手がかりに廊下を歩き、辿り着いた大きな扉にげんなりする。
この屋敷はどこもかしこも巨大で壮大だ。
(巨人の家か!)
強いて言うのならば、要所要所にある飾りが決して華美ではなく、景観を損なわないものであることが唯一の救いだろうか。
デザイン自体の趣味は悪くないのだ。
重い扉をゆっくりと開け、踏み込んだ先には膨大な数の書籍が収められた、頂上が見えないほどに大きな本棚が壁という壁にみっしりと敷き詰められていた。
「巨人の家だったか……」
途方もない高さに、改めて唖然とする。
最初に案内された時はちらっと暗いランプの明かりで見ただけだったため、あまり気にならなかったが、改めて目にすると圧巻である。
部屋の隅に梯子の姿が見えたが、落ちたらただでは済まない高さに登るのにはなかなかに度胸が必要そうだった。
奥の方には落ち着いて読むためものなのだろう、机と椅子も見える。
とりあえず、下の段の方から探ろうと、適当な本を手に取り開いた。
しかし、ページを開いた莉々子を出迎えたのは、強烈な洗礼であった。
「……英語!」
そこには、びっしりとページいっぱいに英文が敷き詰められていたのだ。
ページをめくれどめくれど、出てくるのは英語だけだ。
(なぜ、英語……!)
話し言葉は日本語なのに!!
がっくりと、その場に膝をつく。
いままで散々に英語に苦しめられた思い出が、莉々子の脳内を駆け巡っていった。
患者さんの症状について調べたくて検索した先での英語の症状表記に始まり、症例発表にあたり、文献を調べた際の有名どころがすべて英語の論文であり、あまつさえ指導してくれている先生の出した論文ですら全文英文だった時のあの、絶望感。
(はんぱねぇ……)
莉々子はますますうなだれる。
あの時の絶望の再来である。
しかも、この世界には電子辞書など存在しない。
さらなる高みの絶望である。
その時、うなだれる莉々子の頭上から「おわ」という悲鳴が降ってきた。
「何をやっているんだ、貴様は」
それは莉々子の様子を見に、書庫を訪ねてきたユーゴがうずくまる莉々子を踏みそうになってあげた悲鳴のようであった。
どうやらユーゴは帰宅したばかりだったのか、いつも室内で過ごしている時よりもぱりっとのりの効いたシャツに、ベスト、その上にフロックコートを羽織っていた。
無意識なのか、驚きながらもその手は胸元のリボンタイをわずかに緩めている。
最近はユーゴも莉々子の奇行を見慣れてきたのか、怪訝そうな顔はするが、すぐに調子を取り戻して元の完璧に美しい吸血鬼フェイスへと戻っていた。
引かれることも少なくなったのは、まぁ、幸いである。
莉々子はそんなユーゴをきっ、と涙目で見上げると
「教えてください、ユーゴ様! ここの文化圏は日本語なのですか? それとも英語なのですか!?」
と声を上げた。
それは今にも泣きわめきそうなのをこらえて放った、莉々子の悲痛な叫びであった。
「何があったかわからんが、とりあえず落ち着いて一から説明しろ」
その様子に、これは話が長くなると察したのか、ユーゴは莉々子の腕を引っ張り上げると、書斎にある休憩スペースへ向けてそのまま歩き出した。
莉々子の扱い方にも、どうやらユーゴは若干慣れてきたようだった。
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