第20話
ちなみに魔法の勉強を始めるにあたり、莉々子が一番最初にユーゴに要求した代物はユーゴの“血液”であった。
「血をください」
と莉々子が手を差し出した時にはさすがに少しユーゴの顔面が凍りついたが、最終的には提供してくれたので莉々子的にはノープロブレムだ。
てっきり冷血漢なので青い血の色をしているかと思ったら、普通に綺麗な赤色だった。
ちょっとがっかりだ。
莉々子がユーゴの血液の入った小瓶を手に、しょんぼりとしていたら、また脳内の思考を読まれたのか、わりと強めに睨まれて慌てて降参のポーズを取るはめになったのは記憶に新しい。
(あのエスパーはなんとかならないものか……)
どうにも心臓に悪くていけない。
案外、それも闇魔法の一種なのかもしれない。
莉々子がユーゴにすべての情報を開示したくないように、ユーゴも莉々子にすべての情報を与えるつもりもないのだろう。
その後も実験用の花やネズミ、色々と整理するための器や棚を要求して、今の部屋が出来上がったというわけだ。
ちなみに、明るい部屋になったのは莉々子の希望ではなく、ユーゴの指定によるものだ。
莉々子はてっきり、もう自分はずっとあの部屋に置かれるのだ、と思い込んでいたが、別にそういう訳ではないらしい。
実際に、この“勉強部屋”とは別に用意された莉々子の新しい寝室は、ユーゴの寝室のすぐ隣の部屋だった。
普通に窓も存在する。
ユーゴいわく、「その方が貴様が不審な行動をした時に気づきやすい」とのことらしい。
その言葉には、莉々子が逃げ出したりすることを危惧するというよりは、怪しい行動でもして器物破損でもやらかされたらたまらないとでもいうような、呆れた声音が含まれているようだった。
全くもって、失礼な言いぐさである。
とにかく、最初に置かれたあの座敷牢のような部屋は、混乱した異世界人が暴れても最悪部屋に閉じ込められるように、と考えて選んだ部屋だったらしい。
首輪をはめた莉々子には、もう不要の部屋ということだ。
莉々子はそばに置いてあった冷めたティーポットを手に取り、紅茶をカップにそそいで口をつけた。
冷めたものを入れ直さず飲み続けるその横着さはユーゴが知れば冷めた目で見られること受け合いであるが、今はその心配はない。
なぜならば、現在、ユーゴは外出中だからである。
最初の2~3日こそ、ユーゴは一日この屋敷にいて、莉々子にあれこれと手を焼いていたが、どうやら次期領主候補も暇ではないらしく、ここ最近の日中はだいたい出かけることが常になっていた。
朝と夜は必ずこの屋敷に戻るが、それ以外は出かけていることが多い。
(何をしているのかは知らないけれど……)
そのため、日中のこの屋敷は、莉々子の独壇場であった。
もちろん、いつ帰ってくるかは日によってまちまちであり、油断はできないのだが。
本当ならば、ユーゴがいないこの隙に、屋敷内でも探索して弱みの一つや二つでも見つけたいところではある。しかし、それは……
(出来ないんだよなぁ……)
行儀悪く、足を軽く浮かして腰掛けた椅子を斜め後方にぎしぎしと揺らしながら、莉々子は頭の中でぼやく。
原因は、この屋敷中に蔓延する“ほこり”にあった。
この屋敷は主に生活で使っているとおぼしきスペース以外には、もれなく塵やほこりが降り積もっている。
そのため、ユーゴの行動範囲はその痕跡をみて、容易に想像つくのであるが、逆に言えば、莉々子が動き回るとその痕跡が如実に残ってしまう、という難点もあった。
それなりにほこりのない範囲内は探索したのだが、あまり成果は上がらなかったのだ。
本音を言えば、微妙に出入りしていそうな薄いほこりがつもったスペースの探索を行いたいのだが、そんなところに足を踏み入れてしまえば、すぐにそれが露見してしまう。
そして概ねの怪しいところには、しっかりと鍵が掛けられているのであった。
(私に鍵開けの技術があれば……)
いままで犯罪など犯したことがないし、犯したいと思ったこともなかったが、今ばかりは何故、自分は泥棒ではないのだろう、と心底悔やまれた。
そういうノウハウがあれば、もっと心にゆとりを持つことができるのに。
もっと言えば、泥棒としてこの世界で生き延びることも可能だったかも知れなかった。
まぁ、そんなことは言っても詮無いことだ。
莉々子は今までSTとしてしか生きてこなかったのだから。それ以外の知識も技術もない。
ちらり、と与えられた部屋を見渡す。
そこにはユーゴにねだって手に入れた、そこそこの物品がひしめき合っている。
これらを使って、なんとかして、ユーゴを出し抜くためのものを手に入れなくてはならない。
技術でも、知識でも、なんでもいい。
(やっぱり、血圧計が欲しいな……)
再度、思考はそこへと舞い戻った。
他にもいろいろ欲しい道具はあるが、さしあたっては、本当に切実に血圧計が欲しい。
それはユーゴの闇魔法について考えたいこともそうだし、単純に自分の体調を確認したいということもあった。
見知らぬ土地に来て、自らの身体になんらかの変調をきたしていないかどうかが心配だったのだ。
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