第17話
先ほども述べたが、莉々子は興奮状態だ。
未知のものに遭遇したこともそうだが、自分の仮定が合っていることを証明したいという欲がうずくのだ。
もしかしたら、それにプラスして、異世界に誘拐されている、という緊張状態の反動も手伝っているのかもしれない。
スーパーハイテンションだ。
ふんふん、と鼻息も荒く詰め寄る莉々子に、ユーゴは深々とため息をついた。
「じっとしていろ」
そう言って、莉々子に手をかざす。
どうやら、呪いを披露してくれるつもりらしい。
莉々子はおとなしく姿勢を正して、それを見守った。
ユーゴは手をかざしたまま、強く、何かを念じるように目を閉じている。
全身に力がこもっているのか、眉間に皺が寄り、莉々子の目前にかざされた手には血管が浮いていた。
汗が滲む。
「死よ、来たれ」
低く、声が発せられた。
その瞬間に訪れためまいに、莉々子は思わず両手でテーブルを掴み、身体を支える。
そうしなければ、崩れ落ちて椅子から転げ落ちかねなかった。
身体が鉛でものったかのように全体的に重く、だるい倦怠感に包まれている。
「どうだ」
ユーゴが目を開いて手をどけても、その倦怠感は変わらず莉々子を包んだままだった。
恐る恐る手をテーブルから離すが、めまいは、もう、落ち着いていた。
「強くかけると死に至ることになる」
莉々子は恐る恐る、自らの手を見る。
わずかに震えているような気がする。
首を大きく振ると、再度めまいがした。
「めまいと、倦怠感」
そして、強まると死に至る症状。
ぼそり、とした莉々子のそのつぶやきに、良く聞こえなかったのか、ユーゴが「なんだ?」と問いかけた。
「めまいと、倦怠感の生じる病です!」
莉々子はがばっと立ち上がる。
立ち上がった拍子に、また、くらり、とめまいがした。
ユーゴが呪いをかけるのをやめても、症状は継続している。
しかし、それは途切れずではなく、主に動作を大きくした時に生じているようだ。
莉々子は医療従事者だ。
だが、先も言った通り、看護師や医師ほど治療や病気には詳しくない。
めまいでぱっと莉々子が思いつくのは耳の疾患、脳の疾患、ホルモン、自律神経関係、血液関係、などだった。
耳の疾患の場合、その多くは耳鳴りやなんらかの聞こえの異常を伴う事が多く、また、倦怠感は伴わない。先ほど叫んだ時に、特に聞こえ方に異常は感じず、また、現在も耳鳴りなどの症状は認められなかった。
脳の疾患の場合は、脳梗塞や脳出血などの所謂脳卒中が疑われるが、激しい頭痛などはなく、言葉もしっかりと話せている。
両手を水平に掲げてみる。どちらかが下がったり、また、身体が傾いたりといった異常は見られなかった。
ホルモンはあまり詳しくないのだが、一般的にほてりや発汗を伴うことが多いと言われている。しかし、そのような症状は今の所見受けられていない。手の色を見ると白んでいて、むしろ血の気が引いているような気さえした。
残るは自律神経系、もしくは血液関係。
もっと詳しくいうならば、貧血か、血圧の低下だ。
自律神経の問題でのめまいは所謂“起立性低血圧”であることが多いため、血圧の低下に含めて今回は検討することにする。
思わず反射でバイタルを調べようと、ぱ、と手首に指を当てて脈を測ろうとして、時間を計測するものが手元にないことに気づく。
そもそも、脈はなんとか測れても、血圧を測る道具がなかった。
「血圧計がない! 」
そのことに気づいて、莉々子は叫ぶ。
ユーゴはその様子にびくっと肩を揺らして身を引いた。
明らかに、危ない人間だ。
しかし、莉々子には今の自分を客観視する余裕も、そうする気も存在しなかった。
どん引きしているユーゴをきっ、と睨み、「この世界には血圧計やそれに類する医療器具はないのですか! 」と詰め寄った。
「け、けつあつけい、とやらは知らん。よくわからんが、体調の変化を図るもののことか? 体温計ではいかんのか?」
「体温と血圧は違います! 関係がないとは言いませんが、体温から正確な血圧を測定することは困難ですし、少なくとも私にはできません」
思わず、ひもじい思いでじっとりとユーゴを見つめてしまう。
(ああ、……血圧計……)
はっきり言って、運動療法を行わない莉々子には他のリハビリ職よりも縁遠く、莉々子は測るのが苦手で患者さん相手に何度もやり直しをしていた代物だ。
(それが、今、こんなにも恋しく感じるだなんて……。)
そこら中に血圧計が転がっていた、病院に居た時には思いも寄らなかった事態である。
自分は恵まれていたのだな、としみじみと莉々子は感じてしまった。
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