第16話

 その声に、ふと、そういえば、ユーゴは闇魔法の使い手だと言っていたことを思い出す。

 その闇魔法を用いて、ユーゴは莉々子をこの世界に呼んだのだと。

 莉々子は振り返る。

 ユーゴは怪訝そうに莉々子を見た。


「なんだ?」

「闇魔法について、教えてください」


 莉々子はずいずいとユーゴに近づく。

 そう言う莉々子の鼻息は荒く、頬は紅潮して明らかに興奮していた。


「そうか、とりあえず落ち着いてそこの椅子に腰をかけろ。話はそれからだ」


 ユーゴはそれを見て冷静に莉々子に着席を命じた。

 莉々子はそこで初めてテーブルと椅子の存在に気づいた。

 一瞬、虚を突かれたが、おとなしく飼い主の言うことを聞いてユーゴの向かいの席へと腰を下ろす。

 ユーゴは新しいカップを近くに置いていたワゴンから取ると、ティーポットからお茶を注いでくれた。

 美しい明るい赤色がカップの中でゆっくりと渦を巻いた。

 目の前に置かれたそれを、莉々子は手に取って良いのかどうか、迷う。

 ちらり、とユーゴを見ると、「飲め」と許可を出されて、やっと手にとった。


 一口、口に含む。

 その味は、莉々子が日本で知っているのと同じ紅茶のものだった。

 しかし、莉々子がいままで飲んだ中で一番上等な紅茶なのではないかと思うような種類のものだ。

 たったの一口で豊潤な香りが口いっぱいに広がって、鼻から抜けていった。


「さて、何が知りたい?」


 莉々子が少し落ち着いたのを見計らって、ユーゴは水を向けた。

 莉々子はそのユーゴの様子に、やはり冷静で理知的な人間なのだな、と改めて感じながらも口を開く。

 こちらのことを、とても冷静に観察されている。

 そう感じたのだ。


「闇魔法とは、異世界から人を召喚する術なのでしょうか」


 ざっくりとした質問の仕方に、けれどユーゴは気を咎めるでもなく、「それも闇魔法の一種だな」と頷いてみせた。

 その寛容な様子に、彼は今、莉々子を品定めしているのだろうか、と思う。

 初対面の時に首輪と剣を目の前にぶら下げて反応を試したように。

 莉々子がどういった方面で利益を生む人間なのかを考えている。

 だからこそ、ある程度までは寛容に振る舞う人物なのかもしれない、という予想を莉々子は深める。 

 ある程度までは。

 例えば、敵対を匂わせたり、ユーゴに損害をもたらすようなことがない、態度や言葉使いなどの些事であれば。


「一種というのは?」

「闇魔法というのは、ざっくりというと相手を傷つける『呪い』を行使する魔法なのだ」

「呪い……」


 それは、莉々子が知っている陰陽師やらなんやらの『呪い』と同義なのだろうか。


「今回の貴様を呼び寄せた魔法も呪いの一種だ」

「貴方に使える魔法はそれだけですか?」

「いいや?」


 にやり、とユーゴは笑う。

 まるでそれは、良いところに気づいたな、と言っているような笑みだった。


「相手を呪い殺すこともできる」


 呪い殺す。

 その言葉に、莉々子は首を傾げた。

 それは、莉々子の知る『呪い』と同じに思える。

 しかし、『召喚』と『呪い殺す』では、あまりにも類がかけ離れているように莉々子には思えた。


「最初に言っただろう。貴様の持っている光魔法は『祝福』を行う能力だと」


 確かに聞いた。

 治癒や浄化を行う能力だと。

 そういえば、まだ浄化を試していないな、と思う。

 しかしまぁ、今は闇魔法、引いては魔法全体に対しての知識だ。


「光魔法の『祝福』の中に治癒や浄化という下位分類が存在するように、闇魔法の中にも一口に『呪い』といっても、種類が存在する」

「どのような種類があるのですか」

「人によって、それは異なる」


 んんんぅ、と莉々子は唸る。

 よくわからない。


「代表格というか、一般的に使える者が多い術というものも存在するが、人によって使える『呪い』の種類は多種多様ということだ」

「『呪い』というものに共通項はあるのですか?」

「共通項か、さてな」


 あまり考えたこともなかった、とユーゴは呟く。


「闇魔法は闇魔法、呪いは呪い、そう、考えていたからな」

「私に呪いをかけてください」


 その言葉にユーゴは眉をひそめる。

 しかし、莉々子は真剣だった。

 実態の掴めないものは、実際に見て、観察しなくてはわからない。


「死にたいのか?」

「必ず死ぬのですか?」


 莉々子の問いかけに、ユーゴは憮然とした表情を返した。


「いや、死なない程度にもできるが」

「では、死なない程度にかけてください」


 ユーゴはあっけに取られて口を開けた。

 それぐらい、莉々子の物言いは、あまりにも怖いもの知らずだった。

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