第5話

 莉々子のその必死さとは対照的に、目の前の彼はどうぞ、と年齢に見合わぬ優雅さで、手を差し出してみせた。

 緊張を紛らわせるために、わざと唇をなめてから口を開く。


「そんなに領主が長いこと不在で、不都合は起きないのですか?」

「当然、ある程度は起きる。主に不慮の出来事の際の方針決定とかな。一々喧々諤々の言い合いだ」

「そのことに部下達や領民達は不安を覚えないのですか?」

「もちろん、不安は覚えているだろう。しかし、領主を決めるというのは一大事だ。そう簡単に決定して良い事ではないということは皆わかっているから、ある程度は仕方がないと許容してくれている」


 なんだろう、なんか噛み合っていない気がする。

 ついに莉々子は核心的な問いを発した。


「……例えば、貴方の父親の代から仕えている方などが、その地位を乗っ取ってしまうなどということは起らないのですか?」

「うん?」


 ユーゴはきょとん、と不思議そうな顔で首を傾げた。

 つられて莉々子も同じ方向に首を傾げてしまう。

 しばし、2人で見つめ合う。


「傀儡としての領主を据えて、実権を握る、ということは十分にあり得る。だからこそ、今、なかなか次代が決まらずに宙に浮いているのだが?」

「いや、そうじゃなくて、ですね。その部下がクーデター……、謀反を起こして領主になるという危険性が、こう、あるじゃないですか」

「うん?」

「んんぅ」


 二人してまたまた見つめ合う。

 何だろう、根本的に間違っている気がする。

 それを向こうも感じたのだろう、「しばし待て」と手で制して考え込み始めた。

 しばらく考え込んだ後、「そうか」と何事かに思い至ったのか、顔を上げる。


「一つ確認するが、貴様のいた場所では、領主というのは誰でもなれるものなのか」

「誰でもってわけじゃありませんが……」


 そもそも領主という存在がもう、とんでもなくレアだ、とはさすがに言わず、何故そんなことを尋ねるのかと思いつつ、莉々子は返事を返す。

 まさか、よくわからん習慣でもあるのだろうか。


「能力があって、周囲に認められれば、おそらくはなれるでしょう」

「血がなくてもか」

「ち?」

「血脈だ」

「けつみゃく……」


 しばらく脳内で漢字に変換されずに音だけが彷徨って、そうしてやっと、意味を理解できた。

 なるほど、もしや


「特別な血筋でなくては、領主にはなれないのですか」

「そうだ」


 世襲制というやつか。確かに、あり得なくはない話だった。

 つまりは、血を継いでいる人間が2人しかいないから、他の競争相手を想定せずに悩んでいる状態、ということなのだ。

 それにしても、3年は長いし、いろいろと問題が起きそうな気がするが、その辺りにも莉々子の知らないこの世界の常識が絡んでいるのかも知れなかった。


「しきたりが違うのだな。まぁ、考えてみれば当たり前か」


 ユーゴもそのことに思い至ったのか、額に手をあててつぶやいた。


「そちらではどうか知らんが、この世では領主につけるのは『最初の約束』をした者の血筋だけだ」

「最初の約束……?」

「うむ。そもそも、この国は、昔ある精霊が支配している地だったのだ」


 かつて、この地は精霊のものだった。

 その地は精霊が過ごす分には問題ないが、人間が暮らすには大変過酷な環境であったという。

 そこに、ある時1人の人が訪れ、その地を治める精霊に嘆願し、人が住むことの許可を願い出た。

 精霊はその人の嘆願に胸を打たれ、その嘆願者の血族がその地を治めるのならば、という約束で、人の住めるようにこの地に魔法をかけてくれたのだという。

 それが、このセイアッド王国の初代国王である。

 それ以降、国王はもとより、方位主、領主ともに『最初の約束』を交わした人間の血を継いでいる者で固められているのだという。


「まぁ、そもそも領主から方位主が、方位主から国王が選抜されるしきたりだからな。領主まで血脈で固められているのは当然のことなのだが」

「はぁ……」


 なんとも、すごい話だ。

 なんというか、この世界の常識がわからないため、莉々子にはこれが神聖さを纏うための単なる伝説なのか、本当の話なのかの判断がつかない。

 輸血した場合は、一体どういう扱いになるのだろう。

 もちろん、そんな質問はせずに、莉々子は無難なことを尋ねた。


「ちなみに、『最初の約束』の血脈でない人が国王になったらどうなるんですか?」

「魔法が解けて、全人類がこの地に住めなくなる。物理的に」

「ぶつりてきに」


 思わず、復唱してしまう。

 つまり、眉唾話ではない、ということか。

 こともなげに口にするが、それはとんでもないことではなかろうか。

 今の話を総合すると、借地なのだ、要するに。

 領主は王に逆らえず、王は精霊に逆らえない。

 精霊は人間に興味がないから、自由にさせて貰っているに過ぎない。

 ぞっとする。

 自身の立っている大地、実る作物、天すらも、見知らぬ誰かに支配されて生きている。

 それは、心臓をわしづかみにされて生きながらえているようなものではないのか。

 ユーゴの話し方は、とても冗談を言っているようには思えなかった。


「疑問点は解消したか?」


 優しげな声で、首元に剣を突きつけたまま、ユーゴは尋ねてくる。

 そういえば莉々子も、現在進行形で命を握られたままだった。

 慣れるものなのだろうか、生まれつき、そういう世界で育っていれば。


「はい、あ、いいえ、やっぱ、もうちょっとだけ」


 思わず反射で頷いた後で、慌てて撤回する。


「それで、何故、私は誘拐されたのでしょうか」


 驚きのあまり、大事なことを確認しそびれる所だった。

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