第4話

「今度は、俺の身の上について説明しようか」


 莉々子のことについて先に尋ねたのは、余興に等しかったのだろう。

 もしかしたら、一種の緊張をほぐすためのアイスブレイクのようなつもりだったのかも知れない。

 ここからが本番、と言わんばかりに、ユーゴはどっしりと構えて、切り出した。


「先刻言った通り、俺はユーゴ。この辺り一帯の領地を収める予定の者だ」


 小さなその身体からは心理的に優位にいる者の余裕からか、それとも生来のものか、威厳があふれ出ていた。威風堂々としたその態度により、一回りはその存在は大きく見えた。


「予定、というのは、実はこのデルデヴェーズの領主は、現在不在なのだ」

「不在……?」


 うむ、と頷いたユーゴによると、こういうことらしい。

 莉々子が今いるのは、セイアッド王国という場所らしい。

 セイアッド王国は中央に帝都、と呼ばれる城下町があり、その東西南北に4つの大きな領地が分かれており、そして更にその中でも4つの領地に分かれているという。

 つまり、セイアッド王国には帝都を除くと全部で16つの土地が存在し、それぞれに領地があり、それと同じ数だけ領主が存在する。

 さらに、その16人の領主達の上に東西南北を治める4人の方位主がおり、その頂点に国王が存在するという。

 このデルデヴェーズはセイアッド国の東の領地の最東端に位置する地だ。


 3年前に、この土地を治めていたユーゴの父が死んだ。

 それは病による突然死だったのだが、困ったことに、あまりにも突然の予期せぬ死だったために、後継者を定めないまま亡くなってしまったらしい。

 つまり、それによって、現在もまだ、このデルデヴェーズは領主不在のままなのだ。


「しかしまぁ、俺もなかなかに厄介な身の上でな。一応はこのデルデヴェーズの領主の息子なのだが」


 ユーゴはわずかに口調を濁す。


「実は俺は、妾腹の子なのだ。母はしがない農民で、かくいう俺も、父が亡くなる1年前にこの家に引き取られたのだ」


 丁度、正妻と正妻の子が病弱で亡くなってしまったために、呼び寄せられたのだという。

 その説明に莉々子は少々意外に思う。

 少年のその堂に入った貴族然とした姿や態度は、その話が本当ならば、ここ数年で身につけたということになる。


「周りの口さがない者どもは、俺が父やその正妻、子息を殺したのではないかなどと嘯いているが、まったくもって根拠のない出鱈目だ。俺は当時9歳の子どもだぞ? そんな大それた事ができるわけがない!」


 なるほど、と頷きかけて、いや、待てよ、と莉々子は思いとどまった。

13歳にして異世界人の誘拐などという大それたことを起こせるのならば、確かに9歳で暗殺もあり得なくないのではないだろうか。

 ちらり、と莉々子の頭によぎった邪推は、じろり、と睨むユーゴの視線に立ち消えた。


「今、よからぬことを考えただろう」

「いいえぇ」


 刃が当たらないように細心の注意を払いながら、莉々子は首をぶんぶんと横に振る。

 こんなことで不興をかって、殺されてしまってはたまらない。

 少年は納得したわけではなさそうだが、ひとまずは見逃すことにしたのか、不愉快そうに鼻を鳴らすと先を続けた。


「領主を継げる資格のある人間は、俺とあと、もう一人いる」


 それは亡くなった先代領主の弟の息子、――つまり、ユーゴの従兄にあたる。


「父の弟ももう、亡くなっているからな。血を継いでいるのは俺達だけなのだ」


 なるほど、と思う部分もあるが、一方で疑問も多分にある。

 後継者問題があるにしても、実に3年もの長い間を、領主不在で過ごすなど、少し無防備過ぎやしないだろうか。

 その隙をついて、例えば謀反を起こしたり、暴動を起こしたりが出来てしまうのでは。


「どうした?」


 その穏やかな声音に、はっ、と莉々子は思索の海から浮上する。


「気になることがあるのならば、遠慮なく言え」


 ユーゴは左手で剣を構えたまま、頬杖をついて優しく笑った。

 そこには、お前程度などどうとでもできる、という余裕が滲んでいる。

 ごくり、と唾を飲み込む。

 無謀な発言は慎むべきだが、情報がなくてはどうしようもない。


「じゃあ、いくつか質問を」 


 莉々子は腹をくくって、一歩踏み込んでみることに決めた。

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