二話-1 おしゃれとは……




 先の事件は一時的な霊脈の乱れだと世間には発表された。

 多くの犠牲を出してしまったものの、原因は依然として明らかにはなっていない。

 そのことに退魔師だけではなく一般人も怒りを露わにしたけれど、だからといって何かが解決する訳でもない。

 退魔師協会は原因を究明するとともに今後同じことが起きないよう注視すると宣言をしてそれきり音沙汰はなくなった。

 同様の事件はいつ起こるかは分からない。

 咲夜曰く、あれほどの事を起こすのはそう何度も出来ないはずとのことだけど。世間はまた起きるかもと怯えている。

 それでも日常は回り続ける。でなければ人は生きていけないから。

 世間ではかつて無い事件に騒然となっている中、僕は同級生全員を頭に入れろと言われてから知恵熱が出そうになるくらい熟読した結果、なんとか及第点をもらうくらいには記憶することが出来た。そもそも覚える必要があるのかという問いには『だってその方が好感度高いでしょ』とのこと。やはり必要はなかったらしい。

 転入当日、早速ながら僕は新たに支給されることとなった学校指定の制服に袖を通すことになっていた。

 まだ真新しいからか、素材が硬い気がする。けど、そんなことよりも気になることがあって。


「あら、結構似合ってるじゃない。その制服姿」


「ねぇねぇ咲夜? 女の子のスカートってこんなに短かったっけ? 街に出た時に見た僕の記憶だと膝くらいまであったような気がしたんだけど」


 ワイシャツに紺色のブレザー、それとチェック柄のスカート。それだけを聞くと問題はないように思えるけど、実際に着てみたら何だこれと驚愕した。

 スカートというもの自体は好んでは履かないものの、自分の着れる範囲のもので着回しをする上で何度か着てはいるのでどういうものなのかは知っているつもりだ。動きやすいけれど動きにくい、えらく塩梅が難しい服なのだと。


「ギリギリ校則の範囲内よ」


 言いながら軽く動いた拍子にスカートがはためき、見えてはいけないものが見えそうになっていた。


「ギリギリって何さ!? 範囲とかあって長く出来るならそうしてよ! これじゃあ少し動いただけで見えちゃうよ!」


 少し過激に動いただけで捲れてしまうようなものを制服と言っていいのか、議論の余地があると僕は思う。

 もし落とし物をしたりして、それを拾う為に屈もう何てことをしたら色々と大変なことになってしまうに違いない。


「ダメよ。そんなことをしたら余計に浮くじゃない。今の時代の女の子はそれが普通なのよ」


 その言葉に僕は強烈な衝撃を受けた。


「も、もしかして……女の子はみんな露出狂……なの?」


「失礼ね。お洒落と言いなさいよ。他人に見られてしまう危険より、自分を着飾ることが優先。それが女の子って生き物だと知りなさい」


「な、なるほど………………なるほど?」


 咲夜は見せつけるように自らも着ているスカートを横に広げた。その拍子に太ももが更に露出してしまって、何だかその先を想像してしまいそうで慌てて目線を逸らす。階段とか登っている時とかどうする気なのだろうと疑問に思うけれど、どう考えたってどうにもならないに決まっていた。

 今だってスカート丈が短過ぎて風通しが良すぎるせいで違和感が凄い。流石に素肌は恥ずかし過ぎるので黒色の脚絆——レギンスとも呼ぶ——を着用しているものの、薄さ数ミリ程度では殆ど素肌を見せているようなものに違いはない。


「僕は別に着飾りたい訳じゃないんだけど」


「だとしても、あえて硬派振って不和を招く必要はないでしょう。スカートを短くするだけで女子の輪に入れるならそうすべきじゃない?」


「……ウン。マァ、ソウダネ。ソウカナ? ちょっと常識が違い過ぎて自分でもよくわからなくなってきたよ」


 別に入りたい訳でもないし、という僕の内心は関係ないのだろうなと思うと悲しくなってくる。

 そんな心中を察してか、咲夜が溜息を吐いていた。


「貴方の場合、その顔と胸で男共は味方に引き込めたようなものなの。後はどれだけ女の子たちの味方を増やせるかが勝負なのよ?」


「それはいざという時の為ってやつだっけ?」


「そうよ。わざわざ貴方を表に引っ張り出して、めでたく学校に通うようになってはい終わりな訳ないでしょうからね。いつになるか分からなくても、向こうが手を出してくる前に少しでも学校に味方を作っておきなさい。それが後々の自分たちの為になるはずだから」


 咲夜の予想では後に数人ほどは転入生、或いは教師や清掃員などの学校関係者に紛れて他の家の息が掛かったが人がやって来るものだと思った方がいいと。その為に彼らよりも先に他家の人間に人間関係を構築されるよりは、と僕の転入を早めたのだという。

 ネットでは有名となりつつある清姫がいきなりやってきた後に転入してくるというのは流石に驚きには欠けるし、どう考えても不自然な移動だから僕狙いだというのは誰の眼にも明らかになる。

 そうなってくると僕と接触するという目的を果たしたら元の場所に戻るかもしれない誰かより、常に身近にいて自分の地域を守ってくれる僕の方を生徒たちも庇うだろうという狙いらしい。


「咲夜はここ最近学校に通えていなかったし、その間に人が来ていて先に人脈を作られていたりはしないの?」


「それはないわ。だって、元々が清花という人物がいない前提でここに据えられたのだもの。碌な支援者のいないようなところにあえて楔を打っておく必要はないわ。それに、その懸念については安心して頂戴。貴方がここに移り住む前に、後から人が来れないように徹底的に校長を脅しておいたから。どこかの息のかかった人はまずいないと見ていいはずよ」


 フフフ、と妖しい笑いをしている。彼女からしたら僕が学校に行くのはほぼ決定事項だったから既に手は打っていたということか。

 そういう視野の広さは僕が持っていないものだから素直に感心する。


「それじゃあ、行きましょうか」


「もう時間だし。そろそろ行かないとか……」


 そう言って歩き出したその後ろ姿に思わずあっと言葉が漏れた。

 どうかしたのかと振り向いた咲夜に告げることがあったことを思い出す。


「何だかんだ初めて見たけど、咲夜もその制服似合ってるよ」


 いつもは会社を切り盛りしているような若社長といった格好だったから、年齢相応の格好をしている彼女を見るのは新鮮な気持ちだ。

 似合っているという言葉は素直にそう感じたものをそのまま口にしただけだった。

 咲夜は一瞬だけ目を丸くした後に、くすっと笑って。


「そんなの当たり前じゃない」


 いつにないくらいの勝ち誇ったような笑みでそう返してきた。いかにも咲夜らしい切り返しだ。

 車に乗り込み、揺られること十分くらい。僕が鬼と鵺を倒したこと、それから強制とはいえ指名依頼をこなしたことにより臨時収入が入ったお陰で新たに運転手を雇うことが出来たらしい。これでわざわざ大門先輩が送り迎えをする手間が省けたと言うものだ。それだけでもあの時頑張った甲斐があると言うもの。

 運転手がドアを開け、そこから降りるとざわざわとした喧騒が聞こえる。こちらには聞こえないように口元は隠しているけど、道行く人全てがこちらを向いて話しているのではないかと錯覚するほどの視線がこちらに向いている。

 いや、錯覚ではない。自惚れでもなく、道行く人の視線はほぼ全て僕に集中していた。


「凄い見られてるね」


「私は偶に登校していたから知られているけど、隣の誰かは気になるでしょうからね。ネットに疎い人で貴方を知らない人でもこれだけ注目を集めていたら気になるでしょうし。何より、顔ね」


「顔顔言い過ぎだって。別にそこまで人間離れしている訳じゃないのに。はぁ……色んな感情が突き刺さって変な感じがする」


「それくらいは我慢しなさい。どうせ目新しいものに興味を抱いているだけなんだから」


 隣で歩く咲夜から叱責を受けながら歩く。しかし、この歩くという動作それでも気を遣うから大変だ。

 背筋を伸ばしながら歩幅は短く、内股に足先を向け、大振りで手を振らない。背筋以外は男の時とは全く違うことを意識して行わなければならないというのは中々に神経を使うので大変だ。これを無意識下で出来るようになるのは一体いつのことになるか。


「疑うような視線は……ないみたいだね」


「そうならないように徹底的に仕上げたのだから、疑われでもしたら貴方の不注意以外にないでしょうね」


「うっ……そういう圧力をかけるようなことは言わないでよ。これでも一杯一杯なんだからさ」


 まず僕が学校で生活をするに当たって気を付けなければいけないのは咲夜と不仲だと疑われてしまうこと。そこに付け入る隙があると思わせてはいけないというのが彼女からの指示だ。

 だから登校の際に使った車から降りるのも各々で、歩く時は隣で、手荷物は自分でも持つ。遜った物言いも禁止。

 あくまで僕と咲夜は対等で、主従の関係ではないと思わせなければならない。


「……そういえば、注目を浴びているにしては誰も話しかけて来ないね」


「隣にいるのが私だからでしょうね。一応はこれでも宝蔵家の娘だし。実家の評判を知っていたらちょっかいをかける馬鹿はいないわよ」


「つまり、怖がって誰も近寄って来ないと」


「言葉を選びなさい。威厳を保っているというのが正しい答えよ。私の場合のみに限るけど」


「はいはい。でも咲夜はもうちょっと表情を柔らかくすべきだよ。笑ってる方が絶対いいのに勿体無い」


「余計なお世話よ」


 ちょっと拗ねたような言葉を言いながら、咲夜がツンとした顔でそっぽを向いた。

 普段と違う様子の彼女にも僅かばかりだけど視線が寄せられている気がする。

 元々が美人寄りの咲夜は直接言い寄る人こそ少ないものの、密かに人気を集めていたのだろうと僕は予想している。

 周りを見て、ふと思ったことがある。その様子を見て咲夜が話しかけてきた。


「……何よ、そんなに周りを見て。おかしな行動は慎みなさい」


「いや、本当にスカートの長さが同じくらいなんだなって思って」


「……疑っていたの?」


「そうじゃないけど、信じる信じないの問題じゃないと思うよ、これはさ」


 咲夜は興味なさそうに相槌を打って終わりにしたけど。皆は恥ずかしいとか思わないのだろうか。

 数こそ少ないけど少し長めにしている子だっているにはいる。

 自分もあれくらいならいいだろうかと考えていた、そんな折、不意に聞こえてくる生徒たちの会話。


「ねぇ、あれもしかして……」


「だよね! 私もそう思ってた!」


「うっわ、何あれ。遠目でも分かるくらい肌綺麗過ぎじゃん。動画とか、めっちゃ盛りまくってると思ってたのに……うわぁ、まじかー」


「上級退魔師って高給取りらしいし、良い化粧水使ってるんじゃない?」


「一本数万から十数万とかの世界なのかな? はぁ……いいなぁ。でも私らじゃ妖怪と戦うなんて無理だし。っていうかそもそも才能ないし」


「アンタの場合、出会って一秒でおもらしでしょうが」


「んー、違いない!」


「違わないんかい!」


 などと、女の子たちの甲高い声の会話がなされた後に、それを聞いていた男子生徒も。

 中には事前に覚えた顔がちらほらと。

 そんな彼ら、彼女らが全く抑えられていない声量で囁いていた。


「おい、動画よりめっちゃ可愛いんだけど」


「俺、連絡先貰えないか聞いてみようかな」


「止めとけって。どうせ撃墜されるのがオチだ」


「んだと! やってみなけりゃ分かんねぇだろ!」


「まず鏡見ろやコラァ! 俺に見せんなオイ! ……お願いだから見せんなよ」


「あの……その、ごめん。あっ、そうだ。ハンカチ貸してやるよ」


「すまん。ズバッシャァァァァァ」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 相変わらず男子たちは喧しいなと思いつつ、少しだけ懐かしい思いになった。

 中学生の途中までは自分もこうして馬鹿みたいな会話をしていたなと思い出したから。


「おい! "清姫"がこっち見て笑ってるぞ!」


 僕の視線に気付いた男子生徒が嬉しそうに叫び出してしまった。

 しまったと思いつつ、不自然にならないように視線を前に戻す。その時、隣にいる咲夜が袖の先をちょいと引っ張ってきて。


「やっぱり、ああいう男子たちの輪に入りたい?」


「……未練はあるけど、この姿で一緒にいても碌なことにはならないのは…………うん、理解しているよ」


「それが賢明ね。貴方を取り合いして喧嘩別れしていくのが目に見えるから。そういうの、確か英語でサークルクラッシャーって言ったかしら」


「へぇ、意味は?」


「既存の人間関係を壊す悪趣味な人のことを指す言葉、だったかしら?」


「何それ怖い。……それはそれとして、僕を巡って男子たちが取り合いとかあまり想像させないで欲しいんだけど」


 自分にとって、男というのは同性だ。とてもではないけど、恋愛感情なんて持つことは出来ないし、そういった感情を向けられたくもない。

 しかし今の自分の容姿が男ウケするのも理解しているので彼らの輪の中に入れないことも仕方ないと納得はしている。


「ふーん。だったら、この際だから彼氏でも作って牽制して貰ったら?」


「咲夜」


 止めろという意味を込めて目で訴えかけるけど、咲夜はその程度では止まらなかった。


「この場合の彼氏というのは本当の意味じゃなくて、清花の事情を理解した上で盾となってくれる人という意味よ。そんな人がいるかどうかは別として、そういう彼氏がいれば大抵の人はちょっかいを掛けようとはしないでしょ」


「そんな人いる訳がないよ。そもそも事情を知っていたら彼氏役なんて引き受けたくないでしょ?」


「まぁ、私が男だったらと仮定しても彼氏の身分で貴方を襲うなって方が無理だって話よね」


 何を言っているんだ、コイツは。


「って顔してるけど、別に女の子の貴方に対してはどうも思ったりはしてないわよ。そこは安心してくれていいわ」


「また意味不明なことを……。男の子だったら良かったとでも?」


「そうね。貴方を繋ぎとめる為に身体を差し出すくらいはしていたかもしれないわ────あぁ、別に今からでも私はいいのよ?」


 もしもその提案を先にされていたらと考えた。考えてしまった。それは男としての性というか。

 目の前にいる黙っていれば美少女と、あれやこれをしていたかもしれないという妄想をしてしまうのを。


「…………。そういうのは僕の趣味じゃない」


 そういう関係になるのは、もっとお互いを知って、もっと親密な関係になって、それからだ。決して他人の弱みを利用した形なんて……って違う、そうじゃない。

 しまった、と失敗を犯してしまったことに気付いたのはこちらを見る咲夜の顔が愉悦に塗れていたからだった。


「なになに? 今の間は? ふーん? へぇ~? ほぉ~? 意外ね、私のことをそういう目でも見てたんだ~」


 わざと身体を密着させて、探るような視線で僕の心の中を覗き込むように見て来る。

 仄かに香る女の子らしいの良い匂いが鼻孔をくすぐってきて。

 眼下のすぐそこにある頭を無理矢理にどけた。その時に触った髪の毛だってサラサラで────違くて。


「う、る、さ、い。っていうか、かなりの人に見られてるっていうの忘れてない?」


「仲が良さそうに見せる為にわざとやっているのよ。こうして注目を浴びているのを利用してね」


「まぁ、そこのと頃の戦略は任せるけどさ。……それより、もう校舎に着いてるんだから案内をさっさとしてくれないかな?」


「……まぁ、今はこれくらいでいいでしょう。そっち方面でも効果はあると分かっただけでも収穫ということにしておくわ」


「…………」


 もうこれ以上は何も言わないことにした。墓穴を掘るどころじゃなくなりそうだから。

 咲夜の場合、本当にやって来かねないから困るというのもある。何なら早速今日の夜にでもやって来そうなくらいだ。

 流石にこれ以上この話題をするとこちらの機嫌を損ねると分かっているので、咲夜はコロッと態度を変えた。


「それじゃあ、まずは職員室に行きましょうか」


「全く……ここからは人との距離も近いんだから、あんまり変なことは言わないで欲しいよ」


「清花がからかい甲斐があるのがいけないのよ」


「はいはい、この話はもう終わり。でないと校内では無視するからね」


「あら、それは困るわ。うーん……そこまで言われては仕方ないから少しは自重しましょうか」


 引き際が良いというのも困りものだ。つまりは引き際のギリギリまでは続けるという意味でもあるのだから。

 観察眼の鋭いことと底意地が悪いのが合わさったのが咲夜という存在なのかもしれない。

 このままモヤモヤを抱えたままでは良くないので、誰にも気付かれないように高速の手刀を咲夜の脇腹に突き入れた。

 痛みはなく、衝撃のみが伝わるやり方で。


「うっ! ……ちょっと、わき腹を小突かないでくれる? 口で勝てないからって暴力に訴えるのは野蛮人のすることよ」


「古来から抑止力を持たない勢力は生き残れないと決まっているんだよ。特に今の時代は武力こそ正義なんだからさ」


「くっ……! こ生意気な!」


 口喧嘩では勝てないので複雑な気持ちだけど、ちょっとだけ自尊心は回復したような気がする。

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