一話-6 男の意地
「じゃあ、行って来ますよ。一応そちらのご武運も祈っておきます」
「おぅ。そっちもしくじるなよ」
「それはこっちの台詞です。っていうか、分断をするのは貴方の役目ではなく部下の人なので偉そうにしないでくれます?」
「ハッ! こいつらは俺の部下だ。言わば手と足のようなもの。俺の功績はこいつらの功績でもあり、また逆も然りだ!」
「はいはい。次は毒を貰わないように気をつけて下さいね」
お猿さんの軽口に付き合いながら、僕は建物の壁を駆け上がりながら辺り一面を見渡せる場所まで昇っていく。
彼らの情報では二体の鵺は暗い所を好んでいるらしく、建物の中からはあまり出て来る様子がないと聞いた。
見張りに付けていたという式紙が居所は掴んでいて周囲を飛び回り目印となっているので、比較的容易にその場所は発見出来た。
(一匹は身体を休めていて、もう一匹は周囲は徘徊している、と)
もう既にその建物を縄張りとでもしているのか、所々に引っ掻き傷のようなものが見られる。
コンクリートの壁を軽く抉って爪に傷一つ付いてすらいないのが鵺の肉体強度の裏付けと言えるだろう。
やはり真正面から行くのは下策もいいところだろう。上策としてはもう一匹に気づかれる前に片方を倒し切ることだろうけれど、流石に鵺という妖怪の体力を考えると現実的ではない。
最初の一撃でどれだけ消耗させられるかが肝になっていると言っても過言ではないと考えている。
(巡回路に浄水を仕掛けて、と)
邪悪な存在を感知して周囲に浄化の水を撒く罠を地面の中に設置していく。
浄化の水は敏感に妖怪を感知してくれるので先制の一撃には丁度良い。目に見える範囲にいるなら手動で起動することも出来るはずだ。
そうして罠を作り続けてから順回路で待つこと数分、目論見通り同じ場所へ巡回にやってきた鵺の一匹が置き浄水を全身に浴びて間抜けな叫び声をあげた。
その叫び声はお猿さんたちだけではなく、もう一匹の鵺にも届いただろう。
だから、もう片方が駆けつけて来る前に事は済ませる。
「はぁっ!」
鵺が罠に掛かる直前に建物から飛び降りた僕はそのまま鵺の首を刎ねようと水刀を振り下ろす。
「ギッ、イ゛イ゛イ゛ィィィ!!??」
だけど流石は成体の鵺というべきか、それとも優れた生存本能か、或いは今までの経験によって僕の一振りを直前で避けようとした。そのせいで首を刎ねるには至らなかったけれど、鵺は僕の一撃を完全には避け切れずに左の肩から腕の先までを深く切り込むことは出来た。元々殺れればいいくらいの意気込みでやったことなので、殺せなかったことには拘ったりはしない。
切り傷による痛みと、同時に入り込んだ浄化の水で身体を焼く痛みで鵺は劈くような怒声を張り上げる。
それを聞く前に僕は後ろへと跳んでいた。
「叫んでる暇なんかないよ」
落下してくる僕の頭上には更なる浄化の水が待機してあった。
それが斬りつけた僕への殺意のせいで視界が狭まり、察知することが出来ずに直撃する。
滝のように大量に降り注ぐ大量の水は鵺の力を根こそぎ奪い去っていく。
斬りつけた傷口からはその量に見合うだけの浄化の力が入り込み、更なる損傷を与えていく。
その様子をただ黙っている僕ではなく、水弾を放ち続けると共にこの場に縫い付ける為に鵺の周囲を回っては何度も何度も切りつけていく。
二十回ほど切りつけた辺りで鵺は体を硬直させた後、全身を高速で回転させ始めた。
「水を弾くつもりかな」
この状態では流石に刀を振るうことは出来ないので一時的に離脱することにする。
高速回転しながらもそれに気付いた鵺は、怒りに狂ったまま僕を目掛けて追って来る。
それが罠だということも知らずに。
「今!」
「やれッ‼︎」
「「応ッッ!!」」
僕への殺意が最高潮に達したせいで視野が極端に狭くなった鵺に対し、お猿さんたちが掛け声と同時に鵺を中心とした結界を張っていく。鵺が罠だと悟ったけど、時すでに遅し。四方を容易には脱出不可能な結界に囲まれる。
結界が始動したと同時に三度目の置き浄水が鵺に襲い掛かっていた。相手は毛深いということもあり、濡れた状態からは早々に脱することは出来ない。その間、ずっと体を炙られたような痛みが襲い続けるだろう。
これで彼らに任せる方の一体はかなり弱らせることは出来たはずだ。体調が万全ではないにしろ、あれだけ張り切っていた見たところ実力だけは確かにありそうなお猿さんたちが負けるとは思えない。一体のみの手負いならばやれる、情けなくもそう豪語した彼らを信じることにしよう。
「何とか成功したね。とりあえずはひと段落といったところかな」
最初の一体がこちらを追って来てくれるかどうかも不明だったし、その俊敏性を活かして罠を避ける可能性だってあった。
確実性はない作戦だったけれども、どうにか上手くいって良かった。
「それだけお前さんが脅威だったんだろ。時間を置いて罠を張られまくったら向こうに勝ち目はねぇだろうしな」
「そんな時間もないんですけどね、まぁ、運が良かっただけですよ」
ともあれ、部下の人達が二人掛かりで組んだ結界は鵺一匹程度なら外部からの衝撃で崩れたりはしないらしい。
これで二匹の鵺は完全に分断が出来た。
「それじゃあ、そっちは任せましたよ。僕はもう一匹の相手をしてきます」
遠くからは異変を感じ取っていたらしいもう片方の鵺がこちらに向かってきている気配がする。
あまり悠長にやっていたらここまで到達してしまい、結界に攻撃をされてしまう可能性が高い。結界を構築している人たちにあまり大きな負担は掛けられないので、早めに出て迎え撃ちに行くことにしよう。
「応。任せとけ」
お互いに一匹ずつの成体の鵺と相対し、結界の内外から拳を叩き合った。
結界内のは手負いだけど、これから僕が相手をするのは警戒心を最大限に高めた成体の鵺。油断してかかれば痛い目を見るのは自分自身だ。
置き浄水は設置に時間が掛かるのでもう新たに罠を張る余裕はない。
それに短時間で生成し続けたことによって完全には霊力が戻りきっていない。
なので、ここからは作戦も何もないただの自力による勝負となる。
「ギィィィィ……」
「いざ、参る」
お猿さんたちが本当に倒せるのか、時間稼ぎに留められるのかどうかは僕には分からない。
作戦上では口にはしなかったけど、あまり時間を掛け過ぎる訳にはいかないのが実情だ。
援軍を待つのも今の状況ではある意味では下策。何故ならその間に次の妖怪が現れる可能性が高いからだ。それは過去にも同じ事例が存在する。それで悲惨なことになったという事例もあるらしい。
なので高位の妖怪が出てくるだろう妖穴は早期に閉じることが望まれる。
僕たちが碌に作戦らしい作戦を立てられないのもそれが理由だ。
今の状況で更にもう一体となると、流石に一人では対処しきれない。
「悪いけど、速攻で行かせてもらうよ!」
水弾を連射し、鵺が避けたところを追撃の一撃を入れる。
向こうはこちらの攻撃に触れようともせず、水刀の間合いには入って来ようともしない。
こちらの消耗が狙いなのかもしれないけど、残念ながらそれは良い手ではない。
「濡れた場所も僕の領域なんだよ──浄土活性!」
「ゲッ、ギッギィィィ!」
水に濡れた箇所の地面が淡い光を放つ。それは退魔の力そのもの。
浄化の水に濡れた場所は邪気を払い、魔を滅する効果を帯びる土地となる。
残念ながら正式な手順で清めた訳ではないので数時間と効果は持たないかもしれないけど、短期決戦が肝のこの戦いではそれだけでいい。
きっと地を踏むだけで猛烈な痛みが襲っているに違いない。鵺はとうとう建物の壁をよじ登り始めた。
それはこちらにとって好都合だ。
「読めているんだよ! それっ‼︎」
地面が危険だと予想して高い所へ逃げる。それは想定済みだ。跳んだ先を足が着地する前に壊してそのまま鵺を地面に落とす。
その体格が災いとなって高所から背中から落ちることになった鵺は苦しげな息を漏らす。
見逃さず落下直後に水弾を連射し、仰向けになって丸見えになった腹を攻撃する。これは避けられる想定だったけど、思いの他に虚を突くことが出来たらしい。水弾は全て命中し、怯んでいる隙に斬りつける。
「グルァァァア゛ア゛ッ!」
「おっと」
尻尾が目の前を掠める。先端から滴る毒液が多少僕の顔に掛かるけれど、意味はない。
鵺に毒があるのは既に知れていること。その一撃さえあればどうとでもなると考えているのが丸分かりな一撃だった。
なのでまずは自在に動いて一瞬でもこちらの動きを阻害する可能性のある蛇の尾を切断した。
「グッぎゃゃゃゃぁぁぁアああァァ!?」
「逃がさない!」
地面に下ろし、接近している今こそが勝機。このまま致命傷まで与えられればそれでいい。その後は遠距離戦に持ち込めば勝ちは揺るがない。
体格は幼体の鵺のそれよりも三回り以上もある超巨体だ。予想以上に大きいけれど、その分だけ予備動作が大きく分かり易い。
顔面に向けて水弾を当てながら迫り来る巨腕を避け、避けざまに一太刀を丁寧に切り込んでいく。
つかず離れず周囲を飛び回り、常に浄化の水を当て続ける。それを嫌って抜け出そうとしたところに重い一撃を入れていく。
斬って払って突き刺して、叩いて殴って抉り出す。
その動作一つ一つに浄化の水を織り交ぜ、身体に傷を作ったそれら全てが妖怪にとって致命傷に至る。
鵺の動きは幼体と先ほどの個体とである程度経験はある。神経こそ使うものの、倒せないことはない。
何度も何度も、それこそ今がどれだけ時間が経ったのか分からなくなるくらい攻撃をし続ける。
やがて鵺の動きは次第に緩慢になっていき、逃げようと飛んだところを地面に叩きつけた際は地面を易々と抉っていた腕は身体を支えるだけ、時折先がない尻尾を動かそうとしては低く呻いている。
対してこちらは多少の怪我はすぐに回復し、霊力だって二匹目と戦い始めた時からあまり変化はない。
もうどう足掻いても鵺に勝ち目はない。
「終わりにしよう」
最後の意地と、全弾命中する水弾を耐えながらこちらを噛み砕かんと迫る鵺の獰猛な歯を避け、鵺の下へ体を滑り込ませる。
「ハ、アァッ!」
そして真下から全身全霊の一刀で以て鵺の首を切り裂いた。
零れ落ちてくる大量の血液、これら全てが毒そのもの。流石にこれを避けるのは間に合わないので、血を浴びながら倒れてくる巨体を横倒しにしてから全身を洗い流す。
(何だか、随分呆気なかったような気もするけど)
鵺自体は妖怪に対して天敵とも呼べる浄化の力によって弱体化に弱体化を重ねているので正確な強さを判断はしづらいけど、この成体が弱いということはないはずで。楽勝とは呼べずとも余力を残しての勝ちは自分でもかなり驚いている。
考えられるのは自分が強くなったという可能性くらいだけど、強くなる切っ掛けにはあまり心当たりがない。
もしかすると、という考えは過ぎるけれど……。
(まぁ、それは後でいいか……)
鵺の完全な死を見届けてから改めて周りを見渡す。幸いにも三体目の追加はないみたいだった。
そうなると、残りのもう一匹の鵺を何とかしなければならない。
服から水気を取って乾かしながらもう一匹のいた方を見る。
(結界はまだ維持されてるか)
こちらが長引いた場合を想定してお猿さん組が先に勝ったとしてもこちらが片付くまでは結界を維持しておいてと言ってあるので、結界の内部は未だ戦闘中か、終わって待機しているかだ。
外部からは中の様子が分からない様式の結界だったので、とりあえず強引に身体を捻じ込んでみることにした。
結界の性質を妖怪のみ通さないことに特化させているので人間が出入りすることは比較的容易みたいだ。
内部ではまだ戦闘が続けられている。部下の人たちが鎖のようなものを鵺の体に巻き付けて動きを阻害している。
一番余裕のあるお猿さんはこちらを見てギョッとした顔で驚いていた。
「うぉっ! もう終わったのかよ! 早ぇな、おい!」
「こっちは……まだみたいですね。お手伝いしましょうか?」
五級以下なら一発で蒸発する置き浄水を二発食らっているから相当な損傷は与えているはずだけど。
「うっせ! いいから黙って見てろ! お前に俺らが倒すとこ見せる為にわざわざ待ってたんだよ! こんな奴、俺が本気出せば瞬殺だ!」
「はいはい。そういう強がりはいいですから。それと、死にそうな時以外は手を出しませんのでどうぞ頑張って下さい」
仕事上はさっさと鵺を倒してしまえば良いのだろうけど、それは彼らの心情というものを蔑ろにしている。
彼らは男気溢れる性質の人たちみたいだし、ここで僕──というか女の子──に手を出されるのは業腹ものだろうと予想とした。
言ってしまえば男の意地というやつだ。誇りと言い換えてもいい。それは僕にも理解出来るので手出しは極力控えるつもりだ。
一応、水弾をいつでも発射出来るように待機はさせているけど、言葉通りにギリギリまでは手を出さないつもりではいる。
(でも、仕方ないけど明らかに僕の方を意識しちゃってるよね)
この鵺にとって最初に痛めつけてきた相手であるし、その傷は未だに治癒出来ておらず、そのせいでお猿さんたちをどうにかすることが難しいと見た。それに加えて、まだ一切の手傷を負っていないはずの仲間の鵺の死の匂いがするのだから、こちらを最大限に警戒をするのは当然ではある。
現にこれまでの傷の数から加速度的にお猿さんたちの攻撃を受けるようになっているように見受けられた。
「これ、僕は来なかった方が良かったですか?」
結界維持係の部下の人にコソッと聞いてみる。
「いえ、正直助かってます。あの人、物凄く強がってはいるもののそろそろ限界が近いはずですので。正味、あと十分も持たないはずです。その為に我々は撤退の準備をしていた所ですので」
「……意外と落ち着いてますね」
返ってきた言葉は落ち着いた声で丁寧な言葉遣いだった。さっきまで凄い元気で扱いに困るほどだったのに。
どちらかと言えばこちらの方が素顔のような気がする。あっちのお猿さんは多分そのままだと思うので、きっと彼に合わせているのだろう。
根は真面目なのに破天荒な頭に付いていくのは少し不憫に思えた。
「ではそろそろ勝負を決めに掛かる感じでしょうか」
「だと思います。自分も加勢に加わります。勝手ですみませんが、周囲の警戒をお願いしてもいいですか? でないとあの人余計無茶しちゃうので」
「構いませんよ。そのことをもう一人の方にも伝えて貰っていいですか?」
「勿論です」
部下の人はもう一人に結界係に身振り手振りで伝えられたらしい。結界を解除した後は他の二人と同様に鎖を飛ばして鵺の拘束を強めていく。
そのことに気づいたお猿さんはお猿さんは四人の部下に任せて攻撃の手を止めた。
「お前ら! これで決めるぞッ!」
「「「「応ッッッ‼︎」」」」
一番の攻撃役だった彼が何もしなくなったことで鵺が動けるようになったけど、すかさず部下の人たちが動き出した。
同時に鎖を地面に縫い付けてからそれぞれが鵺に向かって走り出す。そのまま部下の人たちは一人が重力系の術で上から押さえつけ、二人が刀で手を地面に縫い付け、最後の一人が蛇の尾を断ち切ると、殆ど同時に攻撃を当てるとんでもない連携を見せつける。
流石の鵺もその連携攻撃には怯まざるを得ず。
その隙を見逃す彼ではなかった。
「退け!」
頭の一言で部下たちはその場を後にし、再び鎖を持って全力で鵺をその場に押さえつける。
「護法の剣、一の太刀! 抜刀!」
お猿さんは刀を持っていないままに上段に構えたかと思いきや、術の発動と同時に彼の手に身の丈を越えるような巨大過ぎる大太刀が出現した。
あれは霊剣と言われる類の物で実際には質量はないはずだけど、妖怪などの存在には特に効果を発揮する。その見た目から連想されるような重量感で以て上段の構えから一気に振り下ろされる。
絶対絶命となった鵺の咆哮を打ち消すような雄叫びがこの場に響き渡った。
「食らえやぁぁぁぁぁ!! おるぁぁぁぁああああああッッ!!!! どぉりゃぁぁぁぁぁあああああッッッ‼︎‼︎」
正面から力の限り落とされたそれは、全力で暴れた末にやっと解放された鵺が重力で出来た穴から這い上がろうとしたところへ追い打ちを掛けるように頭上からの不可避の速度で以て到達する。
その破壊力たるや、まるで隕石でも落ちてきたかのように錯覚させるほどの揺れを引き起こし、部下の作ったものよりも大きな窪みを作り出していた。
攻撃が直撃した鵺はあの一撃を受けては一溜りもなく、全身をひしゃげさせて圧死している。
ちなみに、最後の叫び声に気合以上の意味はないと思う。
「はぁ……っ! はぁ……っ! や、やったぜ……っ!」
お猿さんは全ての力を使い果たし、息も絶え絶えになりながら呟いたかと思えば膝から崩れ落ちてそのまま前のめりになって倒れた。
慌てて部下たちが駆け寄るけど、幸いにも頭を強く打ち付けてはいなかったようだ。
念の為、僕の方で水を全身に浴びせて治療を施しておいたので命に別条はないだろう。
「それでは増援が来ない内に龍脈の異常を直しますが、それでいいですか?」
「……専門の方でないはずですが、出来るんですか?」
部下の人たちも何言ってんだこの人はという顔になって。
僕の方もなんでそんなことを聞いてくるのかと疑問に思って首を傾げる。
いつも自分で閉じているから特に不思議には思わなかったけれど、他のところではそうではないのだろうか。
こちらが疑問に思っていると、部下の一人が頭を下げ始めた。
「失礼しました。それだけ力が強いということなんでしょうね。だから他に力を割く余裕まであると、流石です」
「いえ、それは……」
「鵺を相手にしてその余力とは。数少ない貴重な浄化使いがそこまで力を付けていることは大変喜ばしい限りです」
仲間の発した言葉に他の三人もうんうんと頷いた。
規模にもよるけれど、妖穴を閉じるには相当の霊力が必要だ。妖力を排除し、霊力を正しい流れに戻すという作業は決して楽なものではないから。
当然だけど、本来は鵺などの相手と戦った後にやるようなことではない。これは僕の霊力回復速度があって出来ることだ。
「僕が自分で門を閉じていることはどうか秘密にしておいて下さいね」
別に秘密にしている訳ではないし、僕の地域では結界係以外の他の退魔師がいないことを考えれば自然と導き出せる答えではある。
それでも徒に広められるよりはと軽く手を合わせて笑いかけると、部下の人たちは人相を崩して鼻の下を伸ばし始めた。そんな反応をされると逆に恥ずかしくなってくるけれど、変に疑われるようなことは出来ないので顔に出るのをぐっと堪える。
「勿論です。これほどかわ……いえ、誠実にお願いをされて断るのは男の沽券に関わりますから」
「清姫殿が秘密を多く抱えていらっしゃることは皆何となく察しがついております」
「それでも我々の救援に駆けつけて下さったこと。誠に感謝の念に堪えません」
「例え当主様に拷問されようと貴方のことは一切何も語らないことを強くお誓い致しますのでご安心を」
四人がそれぞれ言ってくると、僕はどこを向いておけばいいのか分からない。
ともかく、彼らは僕のことは何も言わないと約束してくれるらしい。それは大変有難い限りだ。
「それはそうと、一つだけ良いでしょうか。清姫殿」
「はい、何でしょう?」
「清姫殿は僕っ娘なんですか?」
僕はともかくとして、質問をしてきた他の三人も「何だコイツ」という目で彼を見ている。つまり、別に彼らの総意ではないらしい。
だけど言いたいことは分かる。僕の見た目で一人称が私ではないというのは違和感があるということなのだろう。それは散々言われているものの、一人称というのはそう簡単に変えられるものではない。ゆくゆくはとは考えているものの、今のところは他を優先して放置しているのが実情ではある。
なので、ここは咲夜直伝の対処方法で誤魔化すことにした。
少し困ったような顔で、顎を引いて上目遣いになり、声の音階を一つ上げて。
「僕じゃ、変……でしょうか?」
返ってきた答えは大きな否が四つだった。
男ってちょろい。
何かを失うのと引き換えに追求はもうされないだろう。
けど、何だか凄く複雑な気分になった。
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