一話-5 戦いは数か、質か




「万が一、こっちでまた異常が出た場合はこっち優先よ。あくまで貴方は私の物なんだから。そこのところは向こうも了承済みだから遠慮はしないでいいからね」


「分かった。そっちも遠慮したりしないですぐに連絡してよ?」


「えぇ。今回はのことは私でも予測出来なかった異常事態なの。もう一つや二つ、予想外が起きても不思議じゃない。貴方もそれを踏まえた上で警戒だけはきちんとしておきなさい」


 ここまで深刻そうに語る咲夜は初めてだ。事態は僕の予想以上に難しいらしい。

 もしものことを考えれば最速でいうのが望ましいけれど、それは僕の力の特性上難しい。

 こっちで何かあったとしても咲夜のことだからギリギリまでこちらに知らせない可能性もある。可能な限り早く戻ることは意識しておこう。


「とりあえず、すぐに終わらせてそっちに戻るよ。こっちはもう落ち着いてるんだよね?」


「えぇ。だから是非そうして頂戴。こっちはその間に裏工作をしておくから。それから……追加報告よ。敵の種類は今のところ不明。だけど観測した限りでは鬼ではないとのことらしいわ。詳細は現場の人間に聞いてくれだって」


「分かった。鬼じゃないなら何とかなると思う。駄目そうだったら逃げるから。それじゃ、そっちもよろしくね」


「えぇ、武運を祈っているわ」


 時間となったので退魔師協会から派遣されてきた運転手さんに車を出してもらうように言った。

 鬼と戦った直後に寝て食事をして、そしてまた妖怪退治に向かうというのは結構過酷な日程だ。途中に寝ていたから体感では矢継ぎ早に起こっている事態に完全には頭は追いついていない。だけど、それでも僕のやることは何も変わらない。

 妖怪を討つ。それが僕の役割だ。


「ありがとうございます」


 不意に、前の運転席から声が掛かる。


「実は自分、これから向かう先の町の出身でして」


「あぁ……そう、なんですね」


「はい。……既にいくつかの建物は崩落したという話は聞いています。退魔師も多数が撤退を余儀なくされているとか。そんな危ないところに貴方のような女の子を向かわせてしまう自分が情けない限りです。本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございます」


 早期解決に至った地域の人たちは安心していられるだろうけど、今も結界が維持されたまま所は不安なのだろう。

 万が一の時の為に町から離れている人たちだっているほどだ。


「微力ですが、全身全霊で臨むつもりです。お礼は終わった後で。僕が失敗する可能性もゼロではないですからね」


「それでも向かってくれている。そのことにただただ感謝します。自分よりも半分以上年下の女の子にこんなことを頼むのは間違っているとは理解していますが……どうか、よろしくお願いします」


 自分の娘ほど年齢の子に頼み事をする。その後悔の籠った声が、この人が心から願っていることを感じさせる。今まで、妖怪退治の前に人と接する機会なんて一度もなかったから、これが初めて一般人の想いというものを聞く機会だった。

 自分では何も出来ない無力感と、自分の住んでいる町が無情にも破壊されていく絶望感がない交ぜなった負の感情。

 それでも目の前にある希望には縋らずにはいられないその心境はいかほどのものか。


「着きました。すぐに開けますね」


「ありがとうございます。運転お疲れ様でした。帰りもお願いする予定なのでこの辺りの近くに待機して貰っていていいですか?」


「勿論です。月並みですが、頑張って下さい。怪我などなく終えられるようここで願っております」


「期待に添えられるよう尽くします」


 咲夜の方に何かあれば僕はそっちを優先する。だから、絶対に成功させてみせると約束したりは出来ない。だから自分に出来る範囲で可能な限り全力で事に当たろうと心に決めた。今、改めて自分に誓った。

 車は結界からは少し離れた位置に停車していた。何でも妖界の発生場所は住宅街の中心なせいで、ここからは結界を囲むように人だかりもあって車では進入出来ないらしい。

 仕方がないのでここからは徒歩となるけど、大小の建物が乱立している場所ではどこも足場のようなものだ。建物の壁を駆け上がると、屋根や屋上などの足場となり得る場所に跳んで行っては眼下の人々を飛び越していく。

 途中、頭上を跳んでいく僕の姿を見かけた人が声を上げて、それに釣られてざわめきが広がっていった。

 その喧騒が広がり切る前に僕は戦闘の集団、つまり結界の前まで到着する。


「ごめんなさい。道を開けて貰えますか?」


 突然に頭上から現れた僕に対して周囲の人達はぎょっとした顔で見てきたけど、すぐさま僕が誰なのか理解したのだろう。黄色い歓声がけたたましく住宅街に反響した。後ろから写真を撮る音が聞こえる。きっとすぐにでもこのことは拡散されるのだろう。

 あの運転手同様に彼らから口々に語られる願いの言葉を背に受けつつ、そのまま結界の内部へ侵入していく。退魔師の気を散らさないよう、結界の内部は音は遮断されているので今はもう声は聞こえない。


「お待ちしておりました。当地域担当の武原家の者でございます」


 侵入してすぐに現れたのは妖怪……ではなく現地の退魔師だ。

 見た目は初老に差し掛かっている少しくたびれたおじさんといった感じだけど、長い年月を退魔師として過ごしてきた貫禄がある。

 ただし貫禄だけでは妖怪は倒せないのが悲しい実情だ。だからこそ、この人は圧倒的に年下の僕に頭を下げる他ない。本当に世知辛い世の中だ。


「到着が遅れました。訳あって今は本名は伏せさせて頂きますが、"清姫"と名乗らせて頂きたく思います。依頼を受けて参上致しました。退魔師協会からの緊急依頼が発令された場所はここで合っていますか?」


「間違いありません。清姫様、この度は私共の力不足によりご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます」


「指名依頼ですので謝罪は結構です。早速ですが、今の結界内の状況を教えて頂いても構いませんか?」


「承知しました。龍脈の異常により開門をしたのは正午頃、ここより百メートルほど進んだ先が中心点になります。事に当たったのが三級術士一人に四級術士が五人、全力を尽くしましたが討伐には至らず。幸いと言うべきか、死者は出ておりません」


「それは良かったです。妖怪の方はどんな感じですか?」


 正直に言うなら、僕にとっては術士の方はどうでもいいようないらない情報だ。

 おじさんは何度か口を開閉した後、ようやく意を決して語った。


「……鵺の成体が二頭です」


「それは……」


 前に戦った鵺の成長した姿。しかも、それが二体同時。

 もしやすると、とんでもない所に来てしまったのではないかと気付いてしまった。


「よく死人が出ませんでしたね」


 素直にそう言うと、おじさんは何度も何度も深く頷いた。


「えぇ、えぇ。彼らはよくやってくれました。妖怪が現出し、会敵して鵺が二体と分かった瞬間に討伐ではなく逃走と時間稼ぎに切り替えたのです。そのお陰で周囲への被害は抑えられましたし、彼らの命も失わずに済みました」


 正に九死に一生を得たといったところか。その場にいたらしい命令権を持つ三等術士がそう判断したのだろうけど、英断だったと褒めるべきだろう。

 鵺の成体ともなれば敏捷性、耐久性、そして毒の強さの幼体の比ではなくなってくる。

 それが二体同時ともなればその脅威度は凄まじいものになるはずだ。


「その退魔師たちは今どこに?」


「まだこの結界内にいます。今のところは隠形の術で身を隠しているはずですので心配はいらないと連絡を受けております」


「分かりました。では僕はこれから討伐に向かいます」


「……お一人で大丈夫ですか?」


「一人でやるしかないなら、そうするだけです。鬼に比べればまだ戦いやすい方だと思うので安心して下さい」


 口ではそう言うものの、上位妖怪を二体同時に相手取るのは今回が初めてになる。果たして上手くいくかどうかはやってみないと分からない。

 相手が相手なだけに、隠れている術士だけ逃がした後に僕も雲隠れして時間稼ぎをしてより上位の術士の援軍を待つという手もある。

 なんならその人たちと協力して倒した方が確実ではある。

 けれど、その場合はどうしたって顔を合わせなければいけないだろうし、戦いに消極的な姿勢はあまり良い印象を持たれない。

 今後の活動のことを考えれば討伐一択だ。


「本来ならば自分たちで何とかするべきところを、不甲斐ない私共をお助け下さい」


 子供が腕力で大人に勝てないのと同様に、術師や妖怪の等級には越え難い厚い壁が存在している。

 その壁を乗り越えることはとても困難で、だからこそ上位の退魔師は重宝されている。

 自分には出来ないことだと悟り、頭を下げて助けを願う姿を情けないだなんて僕は思わない。

 だって、それは少し前の自分なのだから。

 何なら、もっと惨めだったし、もっと情けなかった。

 自分の力で今の自分になって今は強くなったとはいえ、あの時の思いは忘れてなんていない。


「任せて、なんて軽々しく言えませんが……」


 あの頃の弱い自分が今の自分を見たら何と言うだろうか。

 あの頃の弱い自分に今の自分が掛けるべき言葉は何なのだろうか。

 答えは、分からない。

 けど、分からないなり分かることもある。


「全力を尽くすつもりです」


 それだけは、昔からずっと変わらず続けてきたことだから。胸を張ってそう言える。

 おじさんは僕を見送る時も、ただただずっと頭を下げ続けていた。


 ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇


(さて、見栄を切ったはいいものの、このまま単身突撃はあまりにも馬鹿丸出しだよね)


 他の術士なら多種多様な罠を仕掛けたりすることも出来るだろうけれど、僕の場合は浄化の水以外には何も扱えない。

 対妖怪においてはそれが最も有効な力ではあるのは確かだけれど、だからこそ相手としても対処することは容易ではあったりする。

 本来の浄化使いというのは他の術士に守られながら遠距離から少しずつ妖怪を弱らせていくのが役割だそうだ。他の術師を盾として、自らは安全圏から確実に相手を弱体化する。それが一番理に適っていることは誰の目にも明らかだ。

 だから僕のやっていることが割りと頭おかしいと思われているのは自覚している。知られたくない秘密さえなければ多人数で妖怪退治に望むのが最も良いことは僕だって分かってはいる。 


(他の人と組む……か)


 前に自分が前園龍健や宝蔵恋果を騙した時に使用した咲夜命名、置き浄水。

 視認距離外では正確な遠隔操作は出来ないけど、上手くすれば数の不利を覆せるだろう。霊力には余裕があるので今のうちから設置していくのは有利になるか。上手くいけば相当の力を削ぐことが出来るだろう。

 しかしそれだけでは不十分だ。二体もの鵺を相手にするには、他に手を考えなければならない。


「……人数が必要か」


 おじさんが付近に退魔師たち隠れていると言っていたのを思い出す。

 このまま勝算が不安定な中で突っ込むよりも、より確実なものを選ぶべきだろうと考える。

 幸いというべきか、高い所から見下ろしてみれば中心地から離れた位置の頑丈そうな建物、その一階の入り口に見張りとして男性が立っていたので件の一団を見つけることは容易だった。その彼もこちらに気付いたようでブンブンと手を振っている。

 その前に降り立つと、周囲を警戒しながら駆け寄ってくる。


「こんにちわ。ここで鵺を対峙されていたという退魔師の方ですか?」


「はい、その通りです! ようこそ来てくださいました! えっと、"清姫"さん……でいいんですかね?」


「今は本名は隠しているのでそれで構いません。お話をしに来たのと、怪我などがあれば治療もしたいのですが大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます! 勿論です! ささっ、どうぞこちらへ!」


 見た目からして歳に大きな差はないだろうけど、とりあえず一応年上として対応しておく。

 向こうはこちらのことは把握しているらしく、ペコペコしながら奥へと案内をしてくれた。

 鵺に霊力を気取られないように隠形以外の術は使用していないらしく、罠の類もなく奥の部屋まではすんなりとたどり着いた。


「誰だ?」


 こちらの気配に気付いたらしい中の人物から声が掛かる。


「応援に派遣されて来た"清姫"です。入っても宜しいですか?」


「……入ってくれ」


「はい。失礼します」


 声からして相当疲れているか手傷を追っているのは想像出来た。治療をしてから一時的な戦力をと考えてはいたものの、考え直す必要があるかもしれない。

 そう考えながら中へと入ると、そこには包帯でグルグル巻きにされた姿で椅子に座る男の姿があった。その周りには直立で後ろで手を組んでいる三人の男性達。立ち位置からしてグルグル巻きの男が一番偉いので間違いないだろう。

 見張の人も含めて格好はなんというか、尖っている……とでも言えばいいのだろうか。僕も巫女服と決して一般的ではないけど、退魔師としては普通の範囲内だ。対する彼らはどちらにしても普通の装いではなかった。学ランの襟と丈を伸ばしたような、見たこともない出立ちをしている。

 一見すると場違いなような装いの人たちだけど、これでも退魔師だというのは内に秘める霊力が物語っていた。


「おぅ。こんな格好で悪いな」


 こちらの姿が確認出来るとすぐに包帯の彼が軽く手を振ってきた。

 見た限りでは殆ど全身に包帯を巻いていて、命に別状はなさそうだけど顔色は悪い。鵺の毒にでもやられたか。


「いえ、安静にしていて下さい。そのままで構いませんので」


「あぁ、あんがとよ。そんで、天下の"清姫"さんがここに何の用だ? ここには妖怪に破れた哀れな敗残者がいるだけだぜ」


 口ではそうは言っているものの、態度は敗者のそれではない。未だ自信に溢れた顔には次は勝つという意気込みを感じる。

 好戦的で反骨精神溢れる人だと認識し、頭の中の交渉の言葉を変更することにした。


「再戦の機会は欲しくはありませんか?」


「……ほう」


「こちらの力はもうご存じでしょうけど、浄化の水には人の傷を癒す力もあります。その程度の怪我であればすぐに治癒をして再戦することは出来るでしょう」


「そいつは願ったりだな。奴には借りがある。借りは返さなきゃいけねぇからな」


「この心意気は立派です。それはそれとして念の為の確認ですが、貴方は悪人ですか?」


「……あん? そりゃあどういう意味だよ?」


「例えば他人に害を為すことが生き甲斐だったり、盗みや犯罪行為を喜びとしているかと聞いています。そういった人たちには浄化の水は癒しの効果を発揮するどころではなくなってしまうので一応の確認をしています」


 もしも身に覚えがあるのなら既に頭痛辺りは発生しているだろうけど、今のところその兆候は見受けられない。

 挑発するような僕の言葉に、包帯の彼は口の端をつり上げ、特徴的な犬歯を覗かせた。


「今のところお天道様に顔向けで出来ねぇようなことはしてねぇな。ちょくちょくワルやってる自覚はあるけどよ。まぁ、悪人と評されるまではいかねぇんじゃねぇか? なぁ、お前ら」


「勿論です! 最近やったことと言えば隠れて煙草を吸っていたくらいですし!」


「てめっ! あれは一回試しに吸ったみた程度だろうが! ……おぅコラ、何見てんだ! さっさとヤれぇや!」


 タバコ一回程度が悪人に認定されるのか、それはちょっと僕でも分からない。

 未成年が吸うのは明らかにダメではあるので、ひょっとすると拒絶されてしまう可能性は否めない。


「口が悪いとつい悪人認定してしまうかも知れないので気をつけて下さいね」


 とりあえずやってみようということで水を用意して患部に当てようとしたところ、手のひらが拒絶の意思を持って掲げられた。


「その前に聞かせろ。何で俺らを使う? お前一人でもアレらは何とか出来るんだろう? だからここに来たんと違うかよ?」


「理由なんて、ただ万全を期す為ですよ。それ以外に理由なんてあります?」


 わざと肩をすくめて呆れたように笑うと、彼は気持ちを落ち着かせるように軽く息を吐いた。

 正直なところ、彼らが鵺を倒せるとは思ってはいない。ただ自分が一体を倒し、駆けつけるまで耐えてくれてさえいればいい。

 今会ったばかりの相手にそこまでは期待していない。

 ただ、元々ここが彼らの管轄ならば多少の働きはして貰おうと思い至っただけだ。


「噂は当てになんねぇな。物腰は一見穏やかなのにその内心はまるで違う。なぁ、ぶっちゃけ姫だなんて性に合ってねぇだろ?」


「そのあだ名は自分で付けたものではないですからね。あと、それ以上詮索するような真似をすると無視して行っちゃいますよ?」


「おぉ、怖い怖い。そんじゃまぁ、一丁やってくれや。ここで不貞腐れて女一人に任せていたんじゃ、男が廃るってモンだ。なぁお前ら!」


「「「押忍!兄貴!!」」」


 何となく分かってきた。彼らはこういう感じの人達なのだろう。ただ突然に大声を張り上げられると思わずびくっとなってしまうので止めて欲しい。

 そんな風に僕が恨みがましい目で見ていると、包帯の彼はくつくつと堪えるように笑いだした。


「おい、お姫様はこういうノリに慣れてねぇんだとよ。お前ら、ちっとは気ぃ使えや」


「「「押っ忍! すみませんでした!」」」


 叱られても全く変わらない返事に呆れるしかない。

 普段の生活から返事をする時はこうと定められているのか、部下か何からしい男性たちは少しも恥じる様子もない。


「……もういいので、とりあえず怪我をした部分を見せて下さい」


 包帯を男が取ると、中にあったのはどす黒く変色した皮膚だった。見てすぐにただの怪我ではないことはすぐに分かった。

 怪我の原因が妖怪であることから、これはやはり鵺の毒かなのだろうことも。

 自分は無効化してしまうので気にはしていなかったけれど、退魔師の界隈で鵺が強敵とされているのには理由があることを理解した。


「専門医に後で見せようと思ってたんだが……治せるのか?」


「悪人でない限りはね。さぁ、患部を出して下さい」


「あぁ、悪いな」


 水球を作り、そこから適量を取って指先に集める。治療には塗り薬のように患部へ直接染み込ませる必要があるので、彼の腕を取って治療を施そうとし──たけれど、反射的に近くにあったモノを引っ叩いて払い落した。手元に微かに残る感触に吐き気すらしそうだ。


「おっ?」


「貴方は悪人じゃなくて、ただの盛りの付いた犬でしたか」


 本来なら触れたとでも思っていたのか、殆ど空を切った自分の手の平を眺めている。

 まさか治療行為の最中にいきなり僕の胸を触って来ようとするとは思わなかった。

 いきなりのことだったので指先が触れる程度の接触は許してしまったけども、完全に触れたというには浅い。

 そのこと自体より何よりも、そこに悪意を感じられないのが不思議だった。


「おっと、悪い悪い。そこに美味しそうな果実があったもんで、つい──なぶっ」


 全く悪びれる様子のないので、僕は浄化の水で作った水球を彼にまるごとぶつけた。

 部下らしき人たちは慌ててはいるけれど、それだけだ。彼らも退魔師だし、助っ人としてやって来た相手に食ってかかるようなことはしない。

 単純にどちらが悪いか判断した上で、という可能性もあるか。


「それだけ元気なら丁寧な治療も必要ないでしょう。…………全く、それでどうして効いているんだか」


 腕にあった傷や黒い斑点がみるみるうちに消えていくのを見て、心底ガッカリした。

 それを見て部下の人たちが感嘆の息を吐いていた。

 一方でお変態の方は蔑む僕の視線を受けて何故か得意げな顔をして笑った。


「そりゃあ、別に性欲は悪じゃねぇからだろうが。性欲が悪なら人類は悪ってことになる。そしたら浄化使いだって生まれなくなるだろ。善人と悪人とを区別している浄化の力がそれじゃあ意味がねぇだろってな」


 全然同意はしたくないけど、一理はある。どうやら変態ではあるけれど馬鹿ではないらしい。それはそれとして、女子の身体に許可なく触れようとするのは悪だと思うけど、そこのところどうなのだろうか。

 未遂だったからか、または無意識で本能的にやってしまったから浄化の力が反応しなかったのかもしれない。

 それならそれでまた別の問題がある気がするけれど。


「では今から貴方のことはお猿さんと呼びますね。性欲を制御出来ない人にはピッタリの名前でしょう」


「こりゃまた、えらく嫌われたもんで」


「別に嫌ってはいませんよ。生殖活動を行うのは本能なのでしょう? 野生生物としては当然のことだと理解はしていますよ」


「ハハッ、まぁな。そう褒めんなよ」


「全く褒めてないんですけど」


 何というか、この人たちと話していると非常に疲れる気がする。

 もうまともに会話するのは諦めて、さっさと要件のみを告げることにした。


「もう面倒くさいので簡潔に。貴方たちには僕が弱らせた内の鵺の一体を任せます。二体を引き離して弱らせるのでそれを待って弱った方に仕掛けて下さい。無理でしょうけど、僕がもう一体を倒すまでは持ちこたえてくれると嬉しいです」


 無理だろうという部分を強調して言うと、途端にお猿さんはイキリ立った。

 あまりにも釣り易すぎて本当に野生動物だと思ってしまいそうだ。


「あぁっ!? 誰が無理だって!? あんな奴、一体なら俺だって遅れは取らねぇんだよ!」


「一体だろうと二体だろうと同じことですよ。それと、いきなり背後から挟み撃ちにされるのは嫌なので、出来れば相手を閉じ込めることに専念して頂きたいのですが。こちらも頑張って出来るだけ早く倒しますので。あぁ、僕としては命の方が優先なので、どうしても無理なら逃げてくれてもいいですよ」


 なので出来るものやってみれば、という態度を露骨に出してやる。下手からお願いするより、何となくこっちの方が乗り気になる気がしたから。

 反応は凄まじく、彼らは顔を険しいものに変えながら一斉に身を乗り出してきた。


「そこまで言われて引き下がるのは男じゃねぇ! やってやろうじゃねぇか! おい、お前らぁぁぁ!!」


「「「「押っっっっっ忍!!!!」」」」


「うわっ、なんか一人増えてる」


 前の三人は分かっていたけど、外の見張りをしていた一人まで加わったのには流石に驚いてしまった。

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