一話-2 どちらの圧が強いか




 返ってきた言葉はとても辛辣なものだった。

 しかし彼の言う事もまた理屈としては間違いではない。

 感情的なことで全体の利益を損ねるべきか否かで言えば、やはり後者が優先されるのは当然の流れだ。

 それが責任ある立場の人間ならば余計にそう判断せざるを得ないのは理解出来る。

 しかし────


「利益というのならば既に彼女は貢献しています。妖怪を討伐するという立派な使命を。それはつい先日に準三等級の妖怪を討伐したことでも証明出来ていると私は確信しています。それとも何か? 彼女に女としての役割を……本人の意思を無視して子を孕めとでも? 失礼ながら、そこまで口にする権利が貴方にあるとは思えませんが」


「だが、それは女性にしか出来ないことだ。妖怪討伐など男にでも任せておけばいいだろう」


「彼女より弱い人に、ですか?」


 鼻で笑った咲夜に、前園さんの薄ら笑いがピタリと止まる。咲夜は間を置かずに続けた。


「恐れながら言わせて頂きますが、それは明らかな越権行為です。他家の人間にそこまで干渉される謂れはありません。先ほどの発言の撤回を強く求めます。この会話が彼女、清花にそのまま伝わるものだとご自覚の上で発言されますよう、くれぐれもご注意下さいませ」


 いくら前園さんが良家出身の強者だったとしても、あの咲夜はその程度で押し切られるほど柔ではない。

 毅然と胸を張って言い返す姿に前園さんは面食らったように目を見開いた後、落ち着いた口調で問うた。


「……他家と言ったね。では宝蔵家からであれば干渉を受け入れると?」


「勘違いをしておられるようですが、そもそも彼女は宝蔵家と縁のある者ではありません。私とは友人関係に過ぎず、彼女の今後の身の振り方に口を出す権利はないのです。従って宝蔵家にも口を出す権利は微塵もありません」


 恋歌さんが何か言い出す間もなく、咲夜はぴしゃりと言ってのける。

 その態度からは先ほどのような二人の態度を伺うようなものはなく、完全に二人と"対等"の立場として語っていた。

 強い言葉を投げかけたにも関わらず早いこの変わりようには二人も驚いているような見える。


「……なるほど。彼女のそもそもの出自が分からない俺たちには彼女の家族に働きかけることは出来ず、恥ずかしがり屋の本人には会うことすらままならない。彼女に意見要望があれば全ては宝蔵咲夜を通す他ない、と。つまりはそういうことか」


 咲夜は答えない。肯定も否定もしない。ただ当たり障りのないように薄く笑うだけ。

 前園龍健との話は終わりと、顔の向きを変える。


「恋果お姉様からは何かありますか?」


「……うーん。そうねー……」


 恋果さんは少し思案した後に、感情の読めない目を僕に向けた。


「じゃあさ、そこにいる葛木君との関係性はどうなの?」


 恋歌さんの発言で急に視線が僕に集中した。

 けれど動揺したりはしない。一緒にいる僕に興味や感心が向かうこと、これ自体は予想されていたことだから。

 "清姫"の活動地域がこの付近になったことと、僕がここへやってきたこと、彼らはこれらに関連性を求めているのだから。


「それは……」


「待った、それは本人に聞きたいのだけど?」


 咲夜が割って入ろうとするも阻止される。二人の視線がぶつかり合うも、折れてあげたのは咲夜の方だった。


「……いいでしょう。このことに私は口を挟まない。その代わり、度を超えた質問は止めさせて貰う。それでいいかしら?」


「それでいいわ。ありがとう、咲夜ちゃん。……じゃあ、ここへやってきた経緯と目的について聞きたいかな」


 彼らが欲しいのはそれを聞いて帰り、皆が納得するだけの根拠。

 それらに順番に答えていった。

 ある日、突然に咲夜が自分の病室へ訪れて勧誘してきたこと。

 自分は勘当された身なので安月給だろうと、ここで退魔師として働くことを決めたこと。

 元々情報が隔絶された場所だったからここへ来て初めて"清姫"なる人物を知ったこと。

 どうして勧誘されたかについては咲夜から直接聞いて欲しいこと。

 元々咲夜の置かれていた状況は劣悪で、文字通り猫の手も借りたい程に人材は切迫していた。

 そんな中でどうやって知ったかは別としても葛木家の子息を取り入れるのは間違いとは言えない。

 このありきたりのような整理され過ぎた台詞に、二人は口を差し込む余地もない。

 だから二人はにこやかに、しかし感情を感じさせない笑みを浮かべている。


「僕から話せることは以上です」


 ちなみに咲夜に僕を勧誘した理由を聞いてもそれっぽい言葉を言ってはぐらかすばかりで話になっていなかった。

 僕から有力な話を聞けないでいて、咲夜からは明確に拒絶の言葉のみ。二人が埒が明かないとばかりに苛立ちを見せ始めた、その時。


「龍健様」

「恋果お嬢様」


 二人の付き添い人のそれぞれが彼らに何かを耳打ちする。

 その内容を僕たちは知っている。だけど、それをあえて口にする気はない。

 だから、二人からしたら何も知らなそうな僕から聞いてみる。


「どうかされましたか? 大事な話であれば後日、今回の件はまた改めてということも可能ですが……。ねぇ、咲夜」


「えぇ。こちらとしては彼の通りで構いませんので、どうぞこちらのことはお気になさらず」


 二人はこちらに視線を向け、何かを思案した後、ふっと肩の力を抜いたように見えた。


「いや、何でもないよ。定期連絡のようなものだ。気にしないでくれ」


「私の方もそんな感じね。全く、くだらない用事で一々連絡なんかしないで欲しいわ」


 こちらへの興味関心がなくなったような態度を隠そうともせず──というよりは隠し切れずが正しいか──二人は視線を宙に漂わせていた。

 というのも、二人には恐らく"清姫の姿が見られた"という情報がもたらされたからに違いない。

 これは僕と咲夜の仕込みだ。僕が作り出した浄化の水を妖怪の出現する位置にあらかじめ用意して置いておいた。あとは監視者の二人がここにいる状態で妖怪が浄化の水によって討伐され、近くに清姫"らしき"人物がいれば良い。

 僕の装いをした咲夜の手の物が──二人がここへ来てすぐにここを離れた大門先輩がそのままとんぼ返りしてくるはずだ。

 表向きは食材の調達なので怪しまれることも少ないという作戦らしい。

 ちなみに、大門先輩には監視がない。あっても無駄だからとは咲夜の台詞だったか。


「そうですか。宜しければ、こちらの方でお食事をご用意させて頂きましたが、食べていかれますか?」


 咲夜が笑顔で問いかけるけど、二人の反応は笑顔でありつつも冷ややかなものだった。


「そうだな。頂いていこう」


「そうね。折角だから御相伴に預かろうかしら」


 龍健の返事に連なるように恋果さんも同意した。

 何でもない風を装っているのにここでお前たちに用はないと帰るような真似をしてこちらの不興を買ってしまったら、そのせいで以後の接触を断られでもしたら本格的に"清姫"との接触手段が断たれてしまうかもしれない。それは避けるべき事態だと判断したのだろう。

 二人は笑顔を顔に貼り付けてはいるものの、そこに熱は感じない。

 元より唯一の狙いは清花という人物であり、使い物にならない男一人と役に立たない女一人なんて彼らにすれば取るに足らない存在なのだから。二人からすればそんな感情を抱いてしまうのは当然と言えば当然のことではある。

 その態度を完全に隠しきれていないのは経験不足か、それとも隠そうとしていないのか。


「では席の準備は出来ていますのでそちらに参りましょう」


 結果として、陰で囁かれている葛木清光と"清姫"との同一人物説は一旦は崩れたはずだ。

 二人が並んで写真に写りでもしない限りは全て解決とはいかないだろうけど、これで同じ内容のことを表立って調べるということは出来ないはず。

 食事の席で咲夜の方からも大門先輩から聞いたという体で"清姫"の活躍を話し出す。

 二人は面白くなさそうな顔はしていたものの、それでも最後まで張り付けたような笑顔を崩さなかったのは流石と思わずにはいられなかった。


「…………やーーーっと帰ったわね」


 こちらの目標はある程度達成したものの、あちらは約束を取り付けることも出来ず、本命に会うことも出来ずに大した成果もなく帰宅の途についた。

 元々こちらの準備は整っていたし、このことについて何度も話し合いはしてきたので特に間違いらしい間違いはなかったはずだ。

 留めに"清姫"の情報について誤認させたので、仮に真実に至るとしても時間が掛かると見ていい。そう咲夜は分析している。


「疲れたって一息吐きたいところではあるんだけどさ……ねぇ、咲夜」


「何よ? 言っておくけど、今回対応したのは私ばかりだったら結構疲れてるのだけど」


「いや、それは悪いと思ってるよ。うん。そこまで長い話じゃないんだけど。とりあえず一つだけ、いいかな」


 もはや言葉を話すことすら億劫なのか、顎で先を促してきた。

 思い出すのも恥ずかしいけど、言うのも恥ずかしいけども、どうしても聞いておかなければならないことが僕にはある。


「今日の話し合いでさ、何て言うか、子をは、はら……孕め? だっけ? そんな言葉が出てきたような気がするんだけど」


「………………あぁ、あったわね。それがどうかしたの?」


「それって、子供を産めって意味……だよね?」


「そうだけど。男と女がアレコレして出来る結果のことよ」


「いや、それは分かるんだけど……どうしてそんな言葉が出てきたのかなって、頭に引っ掛かってて」


 咲夜はあんな風に口に出したりして恥ずかしくはないのだろうかと思う。年頃の女の子が異性に対して吐く言葉ではないはずだ。僕の中の常識ではそうなっているし、それで合っていると思っている。

 だけど、こちらをジッと見ていた咲夜はあからさまに呆れたといったように溜息を吐いて。


「あのね、転身して"清姫"になった貴方は心はともかく身体は女の子なの。少なくとも"清姫"のことを知っている人たちは皆がみんな、身も心も最初から女性のものとして見ている。誰も清花の内心が男の子だなんて想像すらしていないし、これからも知ることはないでしょう。まずは転身した自分が女だということを強く認識しなさい」


「しているつもりだけど……」


「じゃあ、一般論として女性の退魔師に求められることは何か分かる? 一般人という枠を除き、退魔師の枠内での女性に限った話よ」


 言われて考えてみると一つくらいしか浮かばない。

 男と女を分けるということは、それらがお互いに持っているものと持っていないものがあるということだ。

 例えば霊力や身体能力などといったものはどちらも持っているもので、求められはするものの男と女の括りの中では該当しない。

 女性のみ持っているもので、尚且つ求められているとすればと取捨選択をしていくと朧げながら答えのようなものが浮かび上がってくる。


「次代の子を産む、こと?」


「正解。男性では妊娠は無理なのだから当然ね。それじゃあ、退魔師"清花"個人に女性として求められることは?」


「浄化の水を扱える子を残すこと」


「はい、大正解。希少性、有用性、使い手の素質、あらゆる面から見てもこれからも残していくべき人類の大事な大事な資産と言うべき浄化の水を、しかも歴代で最高の資質を持つとされる退魔師清花の大切な大切なお腹を果たして誰が得るか。そんな馬鹿げた椅子取りゲームは既に始まっているのよ。今、この瞬間にもね」


「僕に子供は……」


「産めるかもしれないのでしょう? 前に月のものがあったとか言っていたじゃない。それでも不安なら一応検査でもしておく?」


「…………いや、いやいやいや! 百歩譲って出来るとしても! 僕は男で!」


 想像だにしていなかった事態に脳が追いついていないのが自分でも分かる。

 頭の中は咲夜の言葉を否定する為に回転している、けれど無理筋でしかないこともまた理解してしまっていて。

 そんな僕を諭すように咲夜は落ち着いた調子で語りかけてくる。


「だ、か、ら、貴方のことを男と認識している人は私たち以外にはいないの。世の中の女性退魔師が戦いに出る大きな理由って知ってる? 自分の市場価値を高める為よ。より優位な条件で、可能な限りの自分や家族の望む相手と結婚をする為にね。そうじゃないと、家の都合で自分の都合なんて関係なく相手を決められてしまうからそうせざるを得ないの。それでも大体の人は自分の命とを天秤に掛けて家の命令に従う子が多いのが事実。中には妖怪と戦うことを目的としている人もいるでしょうけれど、それは極々小数だから論外ね」


「市場価値……僕が戦っているのもその一環だって思われてるってこと?」


「さっき話した二人から広まれば、清花の戦う理由も私たちの友情秘話みたいになっていくのかも知れないけど、そんなことは十中八九ないでしょうね。あの二人やその周りがそれを良しとするはずがない」


「なんで? 情報って正確に伝えるものじゃないの?」


「その方が都合が良いに決まってるからじゃない。宝蔵咲夜という友人の為を思っての行動だから結婚相手として狙うのを諦めてあげよう、なんて殊勝な精神を持ち合わせている奴は退魔師界隈には一人たりともいやしないと断言出来るわ。だって利益がないんだもの。それなら手練手管を使って貴方を手に入れた方がいいと考えるのはごく自然なことなのよ」


 それが罷り通るくらいにはまだまだ自分たちは舐められてる、ということなのだろう。

 僕が戦った中で一番高妖怪の階級は三級だ。厳しい激戦の末に討伐はしたけれど、そこから二級、準一級、一級、そして特級という四段階上の相手がいると思えば二級如きで苦戦しているようではまだまだという評価なのも受け入れざるを得ないのは確かだ。

 特に、最後の特級に関しては今の時点では強さを想像すら出来ない。

 幸いにも僕自身の伸び代はまだまだこれからだという自信がある。この転身を使っての戦いを始めたのはほんの数ヶ月前。それでよくここまで戦えていると自分でも思っているくらいだ。

 力があるとは思われている。けれど、同時に自分たちの思う通りになると軽んじられてもいる。だから好き勝手されるし、結婚がどうのという話が勝手に盛り上がってしまう。


「つまり、今後は外からの圧力を退けるくらいの実績が必要ということ?」


「そこについてはどうしても運否天賦に寄るわね。運良く清花と相性のいい高階級の妖怪が出てくるとも限らないし、他所の依頼を掻っ攫うにはまだ知名度と信用が足りないのよね。だから、今は時間稼ぎをしている最中なの。清花に話を通したくばまずは私にしろってね」


「それは助かる……けど、何か手はないの? 僕は子供がどうとかなんて考えたくもないんだけど」


 今の僕の心は男のままだ。もしも結婚するとしても、将来の相手には女性を思い浮かべている。

 自分が女の立ち位置だなんて、想像だにしていない。したくもないと言うのが今の自分の実直な思いだ。


「正直、こればかりはしょうがないのよ。子孫を残さないといずれは妖怪たちに負けてしまうし、その為に強い子を残していくことは決して悪いことではないから。これを退けるには現役で活躍し続けて替えの効かない存在だと徹底的に思い知らせる他ないんじゃないかしら。幸いにも貴方が恥ずかしがり屋だということ強調しておいたから慎重を期してすぐに求婚されるということはないでしょうけど、それも時間の問題でしょうね」


「って言うことは、これからもそういう話は来るっていうこと?」


「えぇ。私が言うのもアレだけど、若くて可愛らしい子ほど伴侶に望む人は多いんじゃないかしら。それが男の性というものなのでしょう?」


 とすると、つもり"そういう目的"の男たちが僕を目掛けてやって来ると。

 子を孕むということは、つまり"そういう行為"をすると言うことで。

 ────────。


「お? おぉ?」


「清花? 大丈夫? 少しフラついているようだけど」


 頭がぐわんぐわんと回っているかのような錯覚に陥って、まるで脳みその重さが三倍に膨れ上がったせいで身体全体が重いような奇妙な感覚に襲われる。

 胃の奥底からドロドロとした油を煮込んだような何かが逆流してくる感覚が物凄く気持ち悪い。

 ここまで体調が悪化していくのは、あの日実家から勘当された時以来かもしれない。


「……いや、大丈夫。少し目眩がしただけだよ。……男に言い寄られる未来に、ちょっと……ね」


「自分で言っておいてあれだけど、大丈夫? 話すにしてももう少し段階を踏んでゆっくり説明していくべきだったわ。軽率だったと思ってる。ごめんなさい」


 咲夜がバツが悪そうに謝罪をしている。心からそう思っているのだろうとは察することは出来た。彼女の言う事には一理あるけど、元々は僕が話し始めたことだ。理解が出来ていなかったのも、想像が足りなかったのも自分のせいだ。


「咲夜のせいじゃないのは分かってる。いずれは直視しないといけない問題だってことも。けど、今だけは……ごめん。流石に体調が悪いから先に休ませて貰うよ」


「そうして頂戴。大事な場面で貴方に倒れられたら困るもの。しっかり栄養は摂ってから寝るのよ?」


「分かった。僕は自分の部屋で休んでるって倉橋さんと大門先輩にも伝えておいて」


 咲夜はちょっと困ったような顔をして、申し訳なさそうにしながらぎこちなく笑ってた。

 それに対して、僕はどのような反応をしていただろうか。

 最後に記憶していたのは、ベッドに飛び込む瞬間だけだった。

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