一章 浄化使いの価値

一話-1 交渉は対等でなければ成り立たない





 咲夜調べでは僕の知名度はあれから鰻登りらしい。顔を隠さなくなったことに加え、たった一人で戦い続けているにもかかわらず連戦連勝で傷一つ負うことなく、それでいて妖怪が出現した地域に対する被害は殆どゼロで抑えられている。それら色々な要因もあり、退魔師からの評価は言わずもがな一般市民からの受けは大変良いものになっているという。

 評価されている中で戦いに関することは僕の能力が大いに役立っている。相手の力を削ぐお陰で建物を破壊する大きな要因である遠距離攻撃が意味を為さず、妖怪に対してあまり派手に建物を損壊させるようなことはさせないからだ。

 その街の被害についても咲夜は大いに活躍してくれている。事前に妖怪が出撃する兆候を察知し、退魔師協会が認識するよりも早く正確に妖怪の出現位置を当てる。そこへ事前に浄化の水を散布させておくのだから、大した労もなく僕が勝つお陰もあって被害は少なくて当たり前だ。

 そういった事実から一般市民の人たちも補修工事などで私生活に影響が出ることがなく、その面からも僕の評価に繋がっているらしい。

 だからと言うべきか、そんな折にとある話が持ち上がった。


「明日、宝蔵家と前園家の使いっ走りがここに来るわ」


「早速来たと思えばいきなり大物が来たね。宝蔵家はともかく、前園家は僕でも聞いたことがあるくらいだし」


 一つは咲夜の実家だけど、その二つの家は今の時勢必ず耳にしたことのあるような名だ。

 一介の術士程度であればお目に掛かることも滅多にないだろうほどの超が付くほどの大物だと言ってもいい。

 その人たちが明日に突然やってくるという。予想通りと言えばそうだけど、思ったよりも大物が来たなというのが正直な感想ではある。


「本当は一刻も早く突撃したい様子だったけど、急過ぎて無作法にも程があるし明日にさせたのよ。あの圧力の掛け具合を見るに、こっちに譲歩してあげたと思わせる腹でしょうけど」


「それでも相手は大人でしょ? それでよくもまぁ気圧されないものだね。そこだけは素直に凄いなって思うよ」


「もっと怖いものを間近で見てきたからでしょうね。端役程度でビビる私じゃないわよ」


 ふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。

 本当のところの内心は分からない。実は強がっているだけというのもあるかもしれない。

 けど、怖いからって現実は変わらない。

 こちらを探る為に来るだろう相手を正々堂々迎え撃つ以外に僕達に方法はないのだから。


「僕が転身したままいられれば良かったんだけどね。武力という面で低く見られないか心配だよ」


 誰もが知ることの出来る情報では、この家には葛木清光、つまり男としての僕が一緒に住んでいることになっている。それは他ならぬ宝蔵咲夜の誘いであることは情報収集を行なっている人からすれば当然のように知っている周知の事実だ。

 清花としての僕を矢面に立たせることは出来ない。そうなったら、きっと相手は咲夜を無視して僕にばかり相手をすることになるから。

 あくまで清花という人物は恥ずかしがり屋のせいであまり表に出て来ない性格で、だからこそ仲の良い清光や咲夜の前にしか姿を表さない、そういうことになっている。

 もどかしいことに男の時の僕の足では一人で外出なんてこともままならないから、他の場所に隠れてやり過ごす状況だってそうそうすぐには作れない。もっと事前に知っていれば工作も出来ただろうに。


「人間相手なら東治がいるから大丈夫よ。妖怪が相手じゃないなら心強い用心棒だと考えていいわよ」


「……本当に何者なのさ、大門先輩って」


 自信満々なところを見るにハッタリではなさそうだけれど、だからこそあの人が元々何をしていたのかが気になり過ぎる。

 前に軍人でもどうのと言っていたから、そっち関係の人なのだろうか。


「それは本人に聞きなさい。答えられるかどうかは別としてね」


 その微塵も不安を見せない咲夜の様子に、あの人の正体を知りたい欲求はある。

 ただ、特大の爆弾を抱えている身で人様のことを詮索するのは筋違いというものだろう。


「……いや、いい。大門先輩が悪い人じゃないのは分かってるから」


「性根の悪い奴が近づくだけで頭痛がする浄化の力、ね。私もちょっと欲しいくらいだわ。そうしたら大いに役立てているのに」


「こんなもので何をする気? 悪人にしか作用しない力なんだけど」


「だからこそよ。実家に行って暫く居座る、ただそれだけ。一日も経てば一家全滅してるんじゃないかしら。ふふふふっ」


 そう言って黒い笑みを浮かべる咲夜に何故僕の浄化が効かないのか、これは世界三大不思議の一つに入れてもいいのではなかろうか。

 悪い微笑みを浮かべた誰かさんはそれはさておきと前置きをした。


「当日は貴方もお出迎えをするから、覚悟はしておいてね。あぁ、勿論だけど男の方でね」


 なんて、大事なことをさらりと流してきたのだった。


「——流石に僕はいらないんじゃないの?」


「何言ってるの。隠れていたら変に怪しまれるでしょう。だったら堂々としていた方がいいのよ。それに、手は既に打ってあるしね。後はなるようにしかならないわ」


 名目上は激務の妹の心配をした家族とその友人が様子を見に来るというだけで、別に歓待の宴をするでもないので僕の方は特に準備らしいことなんてせずに宝蔵家と前園家の二人がやって来る日を迎えた。

 咲夜が取り仕切るこの宝蔵邸では働く人は二人と、とてもじゃないけど少ない。これでは敷地に見合った人数とは到底言い難い。

 実際、雑務はほとんどが大門先輩と倉橋さんが担っていて、とてもではないけど万全とは言えないような状況だ。

 以前、僕も家事を手伝おうとはしたのだけども……。


『清花お嬢様には先にこちらの本に目を通して頂きたく』


 そう言って退魔師の法律関係についての本を渡され、倉橋さんには、


『礼儀作法もまだ修行中ですのに他のことに時間を割いている余裕はありませんよ』


 などと言われてしまい、仕方なく僕は勉強に時間を割くことになってしまった。

 悲しいけど、僕に教養が足りていないのは事実。同年代の子たちが経験するはずだった多くのものを僕は取り溢してしまっている。

 自分たちの仕事も大変だろうに、ついでに僕の勉強を見てくれる二人にはとても感謝している。

 だからこそ、その為にも今日という日を無事に乗り越えなくてはいけない。


「恋歌お姉様、そして前園龍健様、本日はわざわざお越し下さりありがとうございます。ここの管理を任されている宝蔵咲夜と申します」


「お二方共、お初にお目にかかります。葛木清光です」


 建物の入り口にて特に護衛らしき人たちを連れてその二人はやって来た。

 当然だけど、僕は今は元の男の姿でいる。だから車椅子に座ったまま、頭を下げて礼をした。

 倉橋さんは本日やって来る客をもてなす準備をする為にここにはいない。僕と咲夜の二人で建物の敷地入り口にある門から二人とその護衛らしき人物たちを招くこととなっていた。

 挨拶をした後、集団の前にいる二人の内の男性の方が一歩前に出た。


「主人自らのお出迎え感謝します。私は前園家の前薗龍健と申します」


 前園龍健と名乗った彼は威厳ある立ち振る舞いはしているものの、言葉遣いからは嫌味などはあまり感じられない。

 寧ろ優しそうな一面を持っていそうな好青年のように感じられる。ただ胸の内には何かを抱えているような風に感じ取れた。

 馬鹿にしているのではなく、ただ単純に僕や咲夜を立場から見下しているような、そんな感じだ。

 その彼は前園家の次男で、長男ほどではないけれど武芸に秀でているという話だ。そのせいで戦えない咲夜や動けない僕を蔑んでいるという可能性はゼロではない気がする。

 挨拶が終わると、続いて横にいた女性が妖艶な微笑みでもってこちらを見た。


「宝蔵家長女の宝蔵恋果よ。咲夜ちゃんはお久しぶり。葛木くんには始めましてかな。呼び方は咲夜ちゃんと被っちゃうから私のことは恋果って呼んでね」


 宝蔵家の家系図は予め予習しておいた。恋果さんは咲夜の五つ上の姉に当たる。

 年下ということと、咲夜の能力も相まって召使いのように扱き使われた記憶があるから苦手意識は少しあるらしい。

 そんな宝蔵恋歌さんの服装は、何というか凄く破廉恥だ。体の線が分かってしまうようなぴっちりとした服を着こなしながらその胸元は大きく開き、大胆に太ももの殆どを晒け出している。体型の分かり辛い和服ではなく、派手な洋風の衣装を着こなしていた。

 口元だって印象に残るような朱の口紅を付けていて、化粧の本気度は割合高く見受けられた。習っているからこそ僕にもそれが分かる。


(事前に訓練を受けていて良かったかも知れない……)


 清花としての僕は女性であるのに、同じ女性である咲夜に対してどぎまぎとしてしまうのは周囲の目からは不自然に映ってしまう。だから慣れと称して色々と……本当に色々なことを経験したお陰で女性という存在に対して多少の免疫がついているのを自分でも今しがた理解した。

 それがなかったら、多分だけど恋果さんの魔性の魅力に多少はやられていたと思う。

 それほど、この宝蔵恋果という女性は自分の魅力を引き出すのが上手かった。参考にはしたくないけれども。


「あら?」


 そうやって数多くの男たちを手玉にとってきただろう自負心故か、恋果さんが意外そうに僕を反応を見ていた。

 これは逆に不自然に映ってしまったかなと思っていると、咲夜が僕を隠すように一歩前に出る。


「流石の恋果姉さんでも彼を堕とすのは無理だったようですね。やはり、男の子は若い方がいいのかしら。それと駄目よ、清光君。恋果さんには婚約者がいるのだから、私の時みたいな熱い視線をしては失礼に当たってしまうわ」


「さ、咲夜……?」


 咲夜が手助けをして────くれたのだろうか、ちょっとよく分からない。とりあえず自分の姉を明らかに煽っているのは分かるけども。

 若い、という言葉に対して恋果さんの眉がピクッと動いたのを見逃さなかった。


「随分と仲が良さそうなのね。アナタが心底入れ込んでいるというのは本当のことなのかしら」


「彼にはとてもお世話になっているわ。清光君、姉が無駄な色目を使ったみたいでごめんなさいね」


「う、ううん。特に気にしてないよ。気にしてない」


 声さえ聞こえなければ仲の良い二人が談話しているように見えるだろうけど、僕には見える。二人の間に散る火花が。

 僕の最後の発言の後にその火花が更に悪化したような気がするけれども、多分気のせいだろう。そうしておくことにしよう。

 目の前の光景はどういうものなのかは前園龍健にも分かったのか、軽く咳払いをして二人を振り向かせた。


「姉妹で久しぶりの歓談中失礼。しかし、我々のことを忘れないで欲しいな」


「……これはとんだ失礼を。申し訳ございません」


「いや、いいよ。それで、我々は招かれても良いのだろうか?」


「勿論です。さぁ、こちらにいらして下さいませ。ご案内します」


 いつも僕に対してするような刺々しい雰囲気は引っ込めて、良いところのお嬢様がするようなにこやかな笑顔で応対している。

 後が少し怖いような気もするけど。ともあれ、咲夜と恋果さん以外は険悪な雰囲気になることなく歩き出す。


「良い庭園だ。きちんと手入れが行き届いている」


「お褒め頂きありがとうございます。良き職人に巡り合えたもので幸いでした」


「これだけの庭園の管理となると維持費も嵩むはずだ。こちらの調べだとそのような余裕はないはずだが。はて、一体どこから資金を得ているのか」


「さぁ? どこかから湧いたのかもしれませんね」


「なるほど。それは幸運なことだ」


「えぇ。誠にそう思います」


「ちなみにその金のなる泉は今日はお目にかかれるのかな」


「さぁ、どうでしょう。少なくとも人の多いところには現れない性質なので予測出来ませんね」


「なるほど。いつかお目にかかりたいものだ」


「その日を楽しみしていて下さい」


 僕は今日、胃が死ぬかもしれない。そう思った。

 何度となく前園龍健の追求を躱しつつ、僕たちは建物の中へと入っていく。

 道中、僕にもいくつか質問のようなことをされたけど、無難なことを一言二言だけ返すと黙ることにしている。

 今回の彼らの目的が情報収集だとすれば、余計なことは喋らない方が良い。

 ここの屋敷の主人は咲夜で、僕はあくまで雇用関係で居座っている身。分相応に静かにしているという体でいるつもりだ。


「へぇ、私はここには来たことなかったけど、結構いい内装してるじゃない」


 玄関を開けてすぐの大広間で周りを見渡した恋果さんが咲夜に話しかける。


「お褒めの言葉をありがとうございます。質素倹約をしているつもりですが、最低限の見栄えは保てていますでしょうか」


「私はとても好きよ。これなんか、とても高いのではなくて?」


 恋歌さんは飾られた絵画を見て咲夜に問いかける。そこにはどこか侮蔑的なものを感じられる。

 が、そんな感情をここで抱けば当然として浄化の力が働く。一瞬、恋歌さんは顔を苦痛で歪ませた。


「実家の物と比べるべくもありませんが、良い品に巡り合えたと思っています」


「ふーん。……実はね、ここら辺の地域に出た妖怪、その討伐報酬が貴方のところに流れてるって話があるのよね。心当たりあったりする?」


「あら、そうなんですか。通りで、最近懐が潤っていると思っていたのですよ」


 探りを入れるような発言だけど、それは先程の前園龍健の焼き回しだ。無意味と言っていい。

 では何故そんなことをしているかというと、咲夜から意識を逸らす為だ。

 表立って相手の家の中を探ることは反感を買う。だからあくまでコッソリと、バレないようにやるつもりだ。

 そんなことはこちらも分かってはいるけど、ここで止めれば別の手段で僕達がいない間に探りを入れてくるに違いない。その時にボロを出すよりは、こうして準備が整っている状態でやってもらう方がこちらとしても都合が良い。

 僕は彼らの認識しているように不良品らしく、術が使われていることに気付かないフリをしていることにしておく。


「咲夜さんは例のネットで騒がれている有名人とはどれくらいの仲なのかな?」


 前薗さんがあと思い出したように問いを投げかけてくる。

 それに対して昨夜は特に気にする様子もなく、自然に返す。


「有名人とは、清花のことですか?」


「私の知っているのは清姫と呼ばれている人なんだけど、もしかしてそれが本当の名前なのかな? だとしたらその人で間違いないよ。君はその清花さんという人とどういう関係なのか。個人的に興味があるから聞いてもいいかい?」


「あら、前園家の方とあろう人がどこにも属さない野良の術師に興味がおありなのですか?」


「我が家は在野や野良の術師であろうとも人格が伴っていれば腕の良し悪しに関わらず雇い入れるようにしているよ。だから、もしもかの清姫……清花さんが拠り所を求めているというのならと思っているんだ」


 腕のある術師は大抵はどこかに組織に属しているものだ。

 その方が社会的信用を得られやすいし、仕事も安定して回ってくる。独自の伝手がある等のことがない限りはそうそう腕前も知らない術師に妖怪退治を任せたりなんて出来はしない。そういう意味では前園家という後ろ盾があった方が活動しやすいのは間違いではない。


「でも、今は咲夜の下で動いているのよね? ということは宝蔵家の庇護下と言ってもいいのではなくて?」


「ははは、それはないんじゃないかな? それなら君がわざわざここにやって来ることはなかったのだろうし、ねぇ?」


 これは勘違いでもなく僕……というよりは清花という存在を巡って取り合っていると見ていいだろう。

 名家の二つが、代表として来ていなくとも小競り合いを起こしてまでの価値があるのかは僕自身には分からない。ただ現実としてそれが起きていることだけは確かだ。


「お話はそれくらいに。先に断っておきますが、あの子はどこにも所属していたりなどはしていません。人前が苦手だというあの子を、私という個人的な繋がりで無理を押して退魔師業をして貰っているだけです。これまで無名だったということも踏まえると彼女があまり表に出たがらない性格なのはご理解頂けるかと思いますが」


 普通の流れでは、まずは退魔師協会に身分を登録して一番下の階級から少しずつ上がっていくというのが退魔師たちの生きていく上での流れではある。

 そんな中でいきなり相当の力を持って存在感を示す存在が現れれば気になる人も出てくるというもの。その突然過ぎる登場に『なぜ今になって?』と思う人もいる。その答えが咲夜の回答だ。

 清花という謎の人物は宝蔵咲夜と旧知の間柄であり、今まで力を示さなかったのは人前が苦手だったから。けれど、今回は窮地に立たされた友人である咲夜の為にと一肌脱いだのだということ。これが無理なく僕という存在を成り立たせる作り話になる。

 ついでに友人である清花に話を通したいのならまず自分を通せという咲夜の宣言でもある。


「その話が本当なら、噂通りの実力の持ち主が今まで埋もれていたのも頷ける。そんな彼女と君は旧知の間柄だった、と」


「えぇ。だからあまり彼女を追い立てるような真似は控えて頂きたいのです。心無い人が追い立てた結果に彼女が怯え、また日陰の道を行くことになるのは友人として望むところではないのです。そう方々にも伝えてくださると嬉しいと、彼女からの願いでもあります」


 現状、どこを探しても僕の情報はなく、唯一の手掛かりは目の前にいる咲夜だけ。

 強引に清花に会う方法がない訳ではないけれど、それをするには他人が管理している地域に土足で無理やりに乗り込み、あまつさえ妖怪と戦っている最中の僕に接触を図らなければならない。それがどれほどの失礼に当たるかは推して知るべしだ。

 なので、正攻法かつ清花に悪印象を持たれないように接触をするには咲夜に取り次ぎをお願いする以外に皆無と言っていい。

 問題はその手間を惜しまないほどの価値を僕に感じているかということ。


「ふーん? なら、その清花って子はここには呼ばなかったの?」


「人見知りだと言ったはずだけど? まさか何も聞いていなかったのかしら、お姉様は」


「勿論聞いていたわ。そうだとしても、貴方の為に命を賭けて戦うくらいの仲なのでしょう? だったらこういう時は傍にいてあげるものじゃない? 例えば、今ここで貴方を連れ去ってしまうという手もあるのだし」


「仮にそれを実行した場合、他ならぬ"あの"清姫の敵になると分かっての発言ですか?」


 あえて一部の発言を強調して咲夜は目力を強めていく。

 姉妹の間にどんな過去があったのかは詳細には知らない。ただ、見ていればそれが決して良好なものではないのは理解出来る。

 二人の間に散る感情の火花が激しくなる。

 先に折れたのは恋果さんの方だった。


「……まぁ、あの子の価値を正しく理解しているのならいいわ。これなら変な輩に持っていかれることはないでしょうし。龍健さんはその辺りはどう見ているのかしら?」  


「概ね同意だね。今はどこにも寄るつもりはないという言質を得ただけでも良しとしよう。あぁ、他意はないんだけど、ちなみに今彼女はどこにいるのかな? 顔を見れなくても、一応挨拶だけでもしたいと思っているんだけど」


「今はここにはいません。何でも帰り道に龍脈の異常を見つけてしまったらしいとの連絡を受けていますので」


「それはそれは、本当に彼女は優秀なんだね。きっといつもみたいに予定よりも早く終わるのだろう? 複数人に囲まれるのが苦手なら、護衛を外して私一人になる。だから良ければ会ってくれるよう取り計らってはくれないかな?」


「それは難しいですね。今は急に目立ち始めたばかりで彼女も視線には敏感なのです。いきなり名も知らぬ男性と会うのは本人が嫌がるかと。私の立場上、代わりに戦って貰っている彼女にそこまでの無理を強いることは出来ません」


 恥ずかしがり屋だと先に明言されてしまえば言い訳だと難癖をつけることも出来ない。

 だから会って欲しいという願いにも応じることはないし、当人の言葉ではないにしろ、直接会うことの出来る咲夜からしか清花の言葉は受け取れない。咲夜の口から出た言葉がそのまま代弁した形になる。

 つまり、これからも清花に会わせる気はないという意思表示だ。


「それじゃあ、私は? 貴方のお姉ちゃんなんだし、会ってはくれないの? 全くの赤の他人ではないでしょう?」


 全くの他人である前園龍健のことはキッパリと拒絶出来ても、身内である宝蔵恋果はそうはし辛い。


「残念ながら、あの子は人となりを重視しますので。お姉様では恐らく無理かと」


 ピキッと空気が凍り付いた。


「ふ、ふーん? それじゃあ一緒に住んでる咲夜は出来た人間だっていうこと?」


「考えてみても下さい。そうでもなければ浄化の力を持つ人と一緒になんて生活出来ないでしょう? つまり、私の心根は健全だと保証されたも同然なんですよ。お分かりになられましたか、恋果お姉様?」


「中々に言うようになったじゃない。でも、だからといって私が駄目だということには繋がらないわよ?」


「御冗談が上手いですね。ですが、そうですね……彼女には聞いてみるだけは致しましょう。聞いてみるだけ、ですが」


 恋果さんの方が僅かばかりだけど背が高いので自然と見下ろす側と見下ろされる側になってはいるけれど、どちらも迫力は一歩も負けていない。まるで背景で炎がギラついているかのようだ。

 二人とも見た目は正真正銘のお嬢様のそれなのに、ふふふとお上品に笑い合う姿が心底怖いと知ったのは初めてかもしれない。

 次第に笑みが止んでいき、咲夜がゆっくりと目を閉じる。

 そして、覚悟を秘めた目で二人に対して正面を向いた。


「この際ですからお二人に申し上げますが、私は貴方方が"清姫"と認識している女性に他人を会わせる気はありません。理由は、それを彼女が望まないからです。それ以上でも以下でもありません。そして、彼女に対しての命令権を私は持っていますが、そのことに対して行使するつもりは微塵もないと断言しておきます。彼女との関係を壊しかねない行為はしたくないのが理由です。無理に彼女の素性を詮索しようとすれば、高い確率で彼女は雲隠れをしてしまうでしょう。私はそれを止められません。それは退魔師全体、ひいては世界の損失に繋がると存じております。どうか、賢明な判断をなさいますようお願いいたします」


 言い切ってから、咲夜は頭を下げた。

 目の前の相手は自分たちより年長者だし、態度や言葉遣いは丁寧なものだ。なぜか、この言葉は二人だけに向けて放たれたものではないからだ。

 彼らを送り込んできた更に上位の存在。前園家と宝蔵家、そこから話を聞くだろう退魔師業界そのものに対してのものだ。

 二人はそんな咲夜を見て感情の分からない目を向けていた。同様に頭を下げず、傍から見ていた僕だからこそ分かる。

 彼らは今、損得勘定を頭の中で行っている。今ここで強く出た場合、引いた場合、考えられる状況のありとあらゆることを。

 その時間を与える為、咲夜はすぐには頭を上げないことも。


「……それで、答えは頂けないのでしょうか?」


 ゆっくりと頭を上げた咲夜が問う。

 宝蔵恋果は軽く溜息を吐いて頬に手を当てて黙っている。その目線は冷ややかではあった。

 対して前園龍健はというと、眉間に皺を寄せていることを隠そうともせず、苛立ちを露わにしてドスの利いた声で言った。


「答えは否だ。浄化の力の希少性はお前程度でも知っているだろう。恥ずかしがり屋だと? 話にならん。そんな程度のことでお前の言う、退魔師の利益の損失には到底及ばないな。あぁ、ならん。ならんとも。そんな程度の話ではないんだよ。利益と天秤に掛けるのであれば当然退魔師の利益を優先させるべきだ。宝蔵家の娘としてそれぐらいのことも分からないのか?」


 訴えかけるような咲夜の目から温度が無くなっていくのが僕には分かった。

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