千体戦隊サウザンレンジャー!

北 流亡

千体戦隊サウザンレンジャー!

「ぐへへへへー! お前をアジトに連れてってやるー!」

「キャー! 誰か助けてー!」


 郊外の荒地、甲高い悲鳴が響いた。

 怪人タイガンダーが女性の腕を強く引いていた。彼らのアジトに無理矢理にでも連れて行くためだ。


 タイガンダーには強い使命感があった。

 タイガンダーの所属する組織の首領は齢40を越えようとしている。しかし、いまだに結婚に縁が無い。駆け出しの頃から世話になっている首領にはどうしても幸せになって欲しかった。そこで日々女性を見つけてはアジトに連れて行こうとしているのだ。


「さあ来い! ちょっと歳はいて頭頂部は地肌が少し透けているが、漢気あふれる首領が待ってるぞ!」


「いやー! いやー! わたし菅田⚪︎暉似で年収一千万以上で実家と疎遠な男がタイプなのー!」


「なんて高望みな女だ! 良いから来い!」


「そこまでだ!」


 頭上から、声がした。

 岩山の上から、赤いスーツで全身を包んだ男が出てきた。


「むむっ! 貴様ら戦隊タイプのヒーローか! 邪魔をする気だな!」


「嫌がる女性を無理矢理連れて行こうとする悪行、許せん! 私たちサウザンレンジャーが相手だ!」


 男が叫ぶ。その背後から、同じデザインのスーツを着た人間が次々と現れる。


「私の名はサウザンレッド!」「サウザンディープレッド」「サウザンクリムゾン!」「サウザンスカーレット!」「サウザンローズレッド!」「サウザンオールドローズレッド!」「サウザンヴァーミリオン!」「サウザンチェリーレッド!」「サウザン」「待て待て待て待てー!」


「なんだ怪人! 登場シーンを邪魔するのはマナー違反だぞ!」


「いやいやいや、多すぎだろ! 戦隊って普通5人とかだろ!」


「既存のルールには囚われない! 日々改善をくり返していく! それが私たち千体戦隊!」


「サウザンレンジャー!」


「答えになっとらんわー!」


「黙れ怪人! 俺たちの正義を見せてやる!」


 タイガンダーはぎょっとした。サウザンレッド達の背後から、さらに数えきれないほどのヒーローが出てきたのだ。


「じゃあ続き行くぞ! サウザンワインレッド!」「サウザンルビーレッド!」「サウザンストロベリーレッド!」「サウザンブーゲンビリア!」「サウザンマゼンタ!」「サウザンコーラルレッド!」「サウザンファイアレッド!」「サウザンチャイニーズレッド」「サウザンコチニールレッド!」「サウザンカージナルレッド!」「サウザン――






 ――「サウザンエボニー!」「サウザンクロウブラック!」「サウザンインクブラック!」「サウザンメタルブラック!」「サウザンノワール!」「サウザンボルドー!」「サウザンランプブラック!」「サウザンダークブラック!」「サウザンオフブラック!」「サウザンアイボリーブラック!」



「我ら! 千体戦隊!」


「サウザンレンジャー!」


「長いわ!」


 実に、1時間が経過していた。いつの間にか女には逃げられていた。

 岩山の上は夥しいほどのサウザンレンジャーに埋め尽くされていた。


「ここで悲しいお知らせです」


 サウザンレッドが神妙な声を出した。顔はマスクに覆われて見えないが、悲痛な表情が想像出来た。


「長年、千体戦隊サウザンレンジャーの一員として尽力していただいた、サウザンシルバーこと岩井完吾郎さんが、今朝老衰により亡くなりました。98歳でした」


 あちこちから啜り泣く声が聞こえた。タイガンダーは、サウザンシルバーこと岩井完吾郎さんが慕われていたのは良くわかったが、何故このタイミングでそれを発表したのかは理解できなかった。戦闘開始直前である。


「1分間の黙祷を行います。黙祷」


 沈黙が、訪れた。


 すすり泣く声だけが微かに聞こえた。

 隙だらけの状況だ。しかし、悪の組織で長年働いてきたタイガンダーとはいえ、攻撃をする気にはなれなかった。


 1分。あまりにも長い。


「お直りください」


「……」


 全員が顔を上げる。


「さあ、行くぞ怪人!」


「やりにくいわ!」


 そんなタイガンダーの叫びも無視して、1000人、いや999人のサウザンレンジャーたちが一斉に岩山を下ってきた。

 999人。タイガンダーは勝てるとは思わなかった。気合いとか工夫とかでどうこう出来る戦力差ではない。こうなれば、組織のために1人でも多く道連れにするしかないと思っていた。

 タイガンダーは両腕を前に出し、構えを取った。ボクシングスタイルだ。


 タイガンダーは圧力を感じた。999人が叫びながら向かってくるのだ。999人が岩山をつまずきながら、ころびながら、転がりながら、他の隊員とぶつかりながら降りてくる。押し合いへし合い、時には互いを罵り合いながら、こちらに向かってくる。と、思いきや、ドミノのように倒れる。先陣を切ろうとしたサウザンライトブルーが石に躓き、後方がそれに巻き込まれる形になっていた。

 タイガンダーの手が、懐の煙草に伸びそうになる。しかし、流石にそれは思いとどまった。

 サウザンレンジャーからタイガンダーの位置まで、距離にして100メートルほどあった。サウザンレンジャーの大半はへろへろになり、もつれそうになる足をなんとか進めてるようだった。


「こいつら訓練してんのか……」


 ようやくタイガンダーの元に辿り着き、一番最初に飛び込んできたのはサウザンターコイズブルーだ。


「食らえ! サウザンパンチ!」


「えい!」


「ぎゃあ!」


 ジャブである。軽く振ったパンチでサウザンターコイズブルーは遠くまで吹き飛んだ。

 その背後にいたサウザンインディアンブルー、サウザンサファイアブルー、サウザンコバルトブルーが飛び込んでくる。


「ふん!」


「ぎゃあ!」


 更に背後からサウザンマラカイトグリーン、サウザンフォレストグリーン、サウザンビリジアン、サウザンオリーブグリーン、サウザンライムグリーンが攻めてくる。


「サウザンパンチ!」「サウザンパンチ!」「サウザンチョップ!」「サウザンエルボー!」「サウザンキック!」「サウザンキック!」「サウザンパンチ!」


「……」


 擬音にするなら「ぺちぺち」とか「ぽこぽこ」だろうか。手数は多いが、タイガンダーにダメージはほとんど無い。


「ふんっ!」


「ぎゃあ!」


 サウザンレンジャー達が宙に舞う。

 ここまで、ジャブしか振るっていない。枯れ葉とでも戦っているような気分だった。サウザンレンジャー達は息が上がっていた。次第に誰も攻めてこなくなり、遠巻きに見てくるだけになった。


「……さてはお前ら」


「な、なんだ!」


「弱いな?」


 誰も、反論しなかった。999人もいるが、まともに戦える人間はいないのかもしれない。タイガンダーはバキバキと指を鳴らした。


「くそー! こうなったら奥の手だ! みんな行くぞ!」


「おう!」


 サウザンレッドが合図を出すと、全員が背後に向かって一目散に走り出した。


「あ、おい! 待てコラ!」


 タイガンダーは慌てて追いかける。どすどすと音が鳴る。彼は鈍足である。誰一人捕まえられなかった。

 タイガンダーはなんとか岩山を登り切る。もう息は絶え絶えだった。


「はあ……はあ……クソ……逃げ足だけは一流か……ん?」


 岩山の上から、999人のサウザンレンジャーが、一斉に乗用車に乗るところが見えた。それぞれのカラーに対応した色とりどりの乗用車に。


「合体!」


 999人が一斉に叫ぶ。乗用車が次々と飛び回り、足首を、脛を、膝を、次々と象っていく。


「ま、まさか、あれは合体ロボ!?」


 タイガンダーの背中に冷たいものが走った。いくらサウザンレンジャーひとりひとりが弱小でも、巨大ロボなんて出されたらひとたまりもない。

 次々と乗用車は積み上がる。程なくして巨大ロボットは完成した。


「超極彩色合体! サウザンレインボー!」


 50メートルはあろう巨体であった。圧倒的戦力差。圧倒的理不尽。タイガンダーは死を覚悟した。

 サウザンレインボーは剣を取り出す。


「行くぞ! 必殺サウザンスラッシュ!」


 剣を思い切り振りかぶった。すると、その勢いのまま腰が折れ、上半身が外れ、後ろに落ちていった。


「え……うわあああああ!」


下半身もあっという間に崩壊する。巨大ロボットが立っていた場所は、鉄屑の山になっていた。


「……え?」


 タイガンダーは唖然とする。盛大に何も起こらなかった。

 サウザンレッドがほうほうのていで車外に出てきた。


「やはり腰パーツのサウザンシルバーがいない状態での変形は無茶だったか……」


「アホか!」


 タイガンダーがレッドを殴ろうとする。その握り拳にレッドが掌を向ける。タイガンダーは当たる寸前で拳を止めた。


「なんだ?」


「我々の必殺技を見せてやる!」


「必殺技だと!?」


「みんな! 集合だ!」


 歓声が上がる。全員が車から飛び出してレッドの元に集合する。


「サウザン・フォーメーション・アタックだ!」


「サウザン・フォーメーション・アタックだと!?」


 サウザンレンジャーたちは並び始めた。その様子は運動会の整列を思わせる。

 サウザンレッドは高い位置からメガホンで指示を出していた。


「違う違う! サウザンオータムリーフとサウザンキャロットオレンジが逆だって! あ、ほらそこ! サウザンアマランスパープルは3つ右にずれて! サウザンオフホワイトはサウザンレモンイエローの隣!」


 タイガンダーはサウザンレッドの肩を叩く。


「なあ……これいつになったら終わるんだ?」


「はっはっは! 1時間後にはお前は木っ端微塵だ!」


「付き合ってられるかー!」


 タイガンダーはサウザンレッドの頰を目掛けて拳を振り抜いた。

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