137.大導士の本気
(まさかこんなことになっているとはね……)
大導士ダーシャは目の前に復活した元勇者を見て思った。
ついこの間、一緒に協力して魔王を倒したばかりのスティング。それがほんの短い間に死に、そして
(ゲインちゃんも全然あたしのこと見てくれないしね)
そんな時でも全く関係ないことを思えるのは、やはり長寿の余裕だろう。だがこれから始まる戦闘を考えるとそんな余裕はすぐになくなっていた。
「なんて禍々しい邪気なの? まるで魔王じゃないの」
見た目はスティングのまま。だが中身や、発せられるオーラは全く別のもの。スティングが答える。
「そうかい? でもイケメンは変わらないでしょ? ダーシャさんも婆さんの姿よりその方がとっても魅力的ですよ」
以前は老婆の姿が多かったダーシャ。今は本来の若いぴちぴちのエルフの姿。ダーシャが白銀の髪をかき上げながら言う。
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいけど、あたしゃあ軟派な男は嫌いでね。確かにあんたはイケメンだけどあたしのタイプじゃないよ」
「じゃあやはりゲインとかがご趣味で?」
「ご名答~、さすが付き合が長いだけあるね。ああいう不器用で一生懸命で、真っすぐなのに弱くてね」
「私も一生懸命で真っすぐですよ」
「方向性が違う。あたし達とあんたじゃ相容れぬ関係」
「エルフとですか?」
ダーシャが自身に魔力を集中させながら答える。
「違うよ。
最高に高まった魔力。同時にスティングも剣を構える。ダーシャが叫ぶ。
「……
ダーシャから散開した魔力がスティングの周囲に集まり青色に輝き出す。同時に一瞬で高温となり空気が鉛のように重くなる。ルージュがそれに気付き後方にいる部下に叫ぶ。
「伏せて!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
水魔法による水蒸気を絡めた魔力爆発。対象をその周りごと吹き飛ばす上級魔法。水魔法使いでも一部の者しか使うことができず、現役時代でもあまり見ることなかったダーシャ渾身の攻撃。その威力は敵をひとかけらも残さず消滅させると言う。
登り始めた朝日に照らされた水蒸気がキラキラと空中で輝く。
「スティング……」
ルージュが口に手を当ててその名を呼ぶ。最後は別れもできず逝ってしまった元戦友。こんな形で再会し、再び別れなければならないとは。だがその別れは今ではなかった。
「いやー、やっぱダーシャさんの魔法は凄いねえ。死ぬかと思ったよ。あ、私もう死んでるのか」
「!!」
水蒸気の白い煙が消えた後、その赤髪の元勇者は何食わぬ顔で現れた。
無傷。あれだけの魔法、ダーシャ渾身の魔法を食らったのに全く効いていない様子。スティングがダーシャの魔法で半壊した街の建物を見て言う。
「あーあ、こんなの壊しちゃって良かったの? まあどちらにしろ私が壊すけど、ダーシャさん達が壊しちゃまずいんじゃないの?」
「この化け物め……」
そうつぶやいたダーシャの顔を見てルージュは戦慄した。いつも余裕でにこにこ冗談を言っているダーシャが、鬼の形相でスティングを睨みつけている。それほど強大な相手。彼女の全力をもってしてもまともなダメージを与えられない規格外の敵。スティングが剣を構えて言う。
「じゃあそろそろ私も行きますね。全部壊してあげるよ。全部っ!!!」
「!!」
そう言って一気にダーシャに迫るスティング。
(体が、動かない……)
ダーシャの体はまるで蛇に睨まれた蛙の様に硬直し、言うことを聞かない。魔王スティングに狙われた者だけが経験する恐怖による体の萎縮。大導士として最高峰の力をもつダーシャですら、その最凶の魔王の前では一介の魔法使いとなってしまっていた。
「ダーシャさん、危ない!!!」
動けないダーシャへルージュが飛びつきスティングの剣撃から守る。
ザン!!!!
(ぐっ……)
電光石火のようなスティングの一撃。僧侶であるルージュに完璧にかわせるはずがなく、その攻撃を足に受ける。ダーシャがそれを見て声を上げる。
「ルージュ!!! くそっ!!!!」
ダーシャに集まる魔力。それを感知したスティングがすっと後方へと跳躍する。ダーシャが言う。
「早く、治療を!!!!」
ルージュの足の傷からはどくどくと鮮血が流れ出す。相当深い傷。ルージュが自分で回復魔法を唱え血は止まったがすぐに立ち上がることはできない。スティングが笑いながら言う。
「あれー、ルージュに当たっちゃったんだ。ごめんね~、苦しませずに一瞬で殺すって約束したのに。あははははっ」
「貴様っ……」
静かに怒りを爆発させるダーシャ。ルージュは動けぬ足で彼女を見て思う。
(ダメ、殺される……)
ダーシャは強い。自分だって弱くない。
だけどあのスティングはそう言うレベルじゃない。次元が違うというか、自分達がどうやっても敵わない相手。
「ゲイン……」
ルージュは自然とその名を口にしていた。
困った時、辛い時、どうしようもなくなった時、必ず自分の前に立ってくれた。だから彼を愛した。好きになっていた。
「……助けて」
ルージュが地面に両手をつき、ぼろぼろと涙を流しながら小さく言う。スティングが叫ぶ。
「まずはダーシャさん!! あなたから逝かせてあげますよ!!!」
「ふん!! 来な、若造!!!!」
突撃するスティング。魔力を集めるダーシャ。交差するふたり。
グサッ……
現実は無情の光景をそこに映し出した。
「ダーシャさん!!!!!!」
一流の魔法使いでも、瞬時に懐へ斬り込むスティングの剣撃の前では無力に等しかった。彼女やルージュは基本後衛。接近戦で挑んで来るスティングとは相性が良いはずがない。
「ぐはっ……」
ダーシャの胸に突き刺さるスティングの剣。
美しい白銀の長髪が彼女の鮮血で赤く染まる。
「あれ?」
スティングは柄を握っていた手の一部が損傷していることに気付いた。弾き飛んでいた指数本。それを見てスティングが言う。
「あー、だからずれちゃったんか。一撃で仕留められなかった訳だ」
ダーシャが放った水魔法。それはスティングでも気付かないほど高速で彼の手を直撃していた。それが幸いし、手元が狂ったスティングが彼女を仕留め損ねていた。
「ダーシャさん、ダーシャさん!!!!」
ルージュが涙声で彼女の名前を叫ぶ。早く治療しなければ死ぬ、いやどどめを刺される。自然とその言葉を口にした。
「……ゲイン」
スティングが顔を上げ、ルージュを見つめる。大きく息を吸った彼女が叫んだ。
「ゲイン、助けてーーーーーーーっ!!!!!」
ドン!!!!
衝撃。黒い影。
光速で現れたその影は、ダーシャを剣で突き刺していた魔王スティングを、爆音と共に後方へと吹き飛ばした。
「あははははっ……」
地面に倒れ明るくなった空を見上げながら笑うスティング。ルージュの前に立ったその男が叫んだ。
「何やってんだよ!! スティングっ!!!!」
ゲインは涙を流しながらその戦友の名前を叫んだ。
「ゲイン……」
ルージュが小さくその名を口にする。
そして流れ出た涙は、安堵と嬉しさの涙へと変わっていった。
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