136.元勇者 vs 天才僧侶

 強さには自信があった。

 だからひとり村を出て魔物を倒す旅に出た。剣一本で叩き斬る。そんな俺の剣戟に敵う奴など誰もいなかった。いずれ魔王も倒せる。井の中の蛙だった俺はそう思っていた。


「に、逃げろおお!!」

「うわあああ!!」


 そんな俺が訪れたとある村。王都レーガルトが一望できる丘の近くにある変哲もない村で、俺はここを襲った魔族と戦っていた。


 ガン、ガガガガン!!!!


「ゲインさん、大丈夫か!!」


「あ、ああ!!」


 こんな強い敵がいるとはやはり世の中は広いのだと知った。力、素早さ、強度。どれをとっても格上。強がってはいたものの内心『勝てない』とどこか思うようになっていた。そんな俺の前には現れた。



 シュン!!!!


「ギャアアアア!!!!」


 俺は驚いた。

 颯爽と現れたその赤髪の男は、持っていた剣で皆が苦戦していた魔族達を次々と斬り捨てていった。その姿は優雅で美しく、時折笑みも見せる余裕すらあった。敗北の恐怖に怯えながら戦っていた俺達には、そんな奴が別世界の人間に見えた。村長が言う。



「ありがとう、スティングさん!!」


「どういたしまして」


 赤髪の男スティングの独壇場となったその村の戦い。

 村長から感謝をされるスティングと呼ばれたその男は、屈託のない笑顔でそれに応えた。イケメンでも歓声と共に集まって来る村の若い女に、寒気が出るような甘い言葉も平気で口にした。



(敵わねえ……)


 俺は素直に思った。

 勇者になりたいなどと言って村を出てみたが、そんなことは妄想であり自惚れであり夢のまた夢であった。勇者ってのはカッコ良くて爽やかで皆に希望と笑顔を届けられる存在。



(そう、目の前のこいつみたいな奴を言うんだ……)


 俺は村の人達から感謝をされる赤髪のスティングを見ながら思った。こんな奴と俺の人生は絶対に交差しない。別の世界で生きるあいつと俺はすべてが違う。そう思いながら村を去ろうとした俺に、その赤髪の男は駆け寄って来て声を掛けた。



「待ってよ、君」


 俺は立ち止まった。こんな俺に何の用だ。ゆっくりと振り返ってその赤髪の男の顔を見た俺は小さな衝撃を受けた。



 ――なんていい笑顔をしやがる


 勇者の笑み。そう呼ぶに相応しい優しい笑顔。そしてその言葉を俺は生涯忘れることができなかった。



「君、強いね。私と一緒に行かないか?」


 言葉だけ聞いた時は冗談だと思った。だがすぐにそれが本気であると分かった。笑顔の中にある真剣な目。伝わるオーラ。俺は自然と答えた。


「ああ」


 俺が勇者を諦めた瞬間。

 後に『世界を救った勇者』として称えられる赤髪の男と共に旅立つ決心をした瞬間。それで良かった。それほどまでにこいつは強く、そして立派な勇者だった。



(なのに……)


 カンカンカン、ガン!!!!



(なのに、なんで俺はお前と戦ってるんだよ!!!!!)


 剣を持ち勇者スティングと戦うゲイン。

 お互い一歩も引かない壮絶な剣戟。実力伯仲の両者の戦いは永遠に続くと思われるほど激しいものであった。

 だがゲインは泣いていた。なぜだか知らないが涙が止まらなかった。そして剣を振りながら強く思った。



 ――すまない、スティング。俺が、俺が必ず……






(あっ……)


 ゲインは目を覚ました。

 揺れる馬車。暗闇をまっすぐ王都レーガルトへ向かう馬車の中で、ゲインは座りながら夢を見ていた。


(涙……)


 夢で見たスティングとの決闘。泣きながら戦っていたゲインは、眠りながら本当に涙を流していた。真っ暗な暗闇。走る馬車の音だけが辺りに響く。



(スティング……)


 ゲインは感じたことの内容な不安に襲われながら暗闇の中、馬車に揺られ王都へ向かっていた。






 ドオオオオオオオオン!!!!


「きゃああああ!!!」


 生きる屍アンデッドとして復活した勇者スティングの強さは異次元のレベルであった。


「ば、化け物だ!!!!」


 手にした剣を振れば周りの建物が半壊し、恐怖におののいた民が泣き叫びながら逃げて行く。深夜の暗い王都の夜空が、延焼した火事の炎によって赤く染まる。



「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。聖白の光彩シャイニングライト!!」


 もう一体何時間戦っているだろうか。

 単騎スティングに向かい合うルージュは回らぬ頭でぼんやりそんなことを考えていた。



 ドドドド、ドオオオオオン!!!


「くっ……」


 何度撃っても効かない。

 生きる屍アンデッドなのに苦手である聖魔法も炎魔法もすべて彼の持った剣で叩き斬られてしまう。スティングが言う。



「ルージュ、もう諦めたらどうだい? せめてもの情けで苦しまぬよう一瞬で殺してあげるよ」


「ふざけないで!!」


 ルージュは堪えられなかった。

 あの声、あの笑顔。十年前の頼もしかったスティングそのままの姿で語られる絶望的な言葉達。王都でこのようなことが起きていたことに気付かなかった悔しさはあったが、それ以上に変わり果てた戦友の姿に涙が止まらない。



「何があったって言うのよ!! どうしちゃったのよ!!」


 ルージュが涙声で叫ぶ。歩みを止めたスティングがそれに少し考えてから答える。


「分からないよ。私自身どうしてこうなったのか理解できないんだ。ただね」


 そう口にしたスティングから身の毛がよだつような邪気が発せられる。すべてを飲み込む強い圧。死を突き付けられるオーラ。スティングが言う。



「すべてを壊せと本能が言ってるんだ。皆を殺して、絶叫を愉しめってね」


「あなた、何を言っているの……? それじゃあまるで、それって……」


 ルージュが涙をぼろぼろと流しながら言う。



「……魔王じゃん」


 ルージュは全身の力が抜けていく感じを覚えた。

 大切な仲間が最も忌むべき対象となるという絶望。輝かしい過去。絶望の未来。魔王を倒したあの勇者が、皮肉にも『魔王』となって蘇る。ルージュはあまりにも辛い現実に立っているのが精一杯となる。スティングが言う。



「相変わらず甘いね。ルージュ」


「スティング……」


 彼女の後方には生きる屍アンデッド達と必死に戦う王国兵。今辛うじてスティングを止められているが、ルージュが崩れれば王国の崩壊につながる。だがルージュにそんなことを考える余裕はなかった。理性よりも感情が彼女を支配していた。

 持っていた杖をぎゅっと握りしめ、ルージュが言う。



「ごめんね、スティング。やっぱりあなたは私が倒さなきゃ。私がね……」


 そう言ってルージュは髪に付けてあった金色の花、僧侶の悲哀花プリーストフラワーをゆっくりと外す。その瞬間燃えるようなルージュの魔力が体の底から湧き上がって来る。


「ほお、さすがだ。天才僧侶と呼ばれた君だけのことはあるね」


 それを見てもまだ余裕のスティング。ルージュが言う。



「私が楽にしてあげる。私が、あなたを終わらせてあげるわ!!」


 自分の命を糧として持っている魔力を全開放し燃焼させる。言わば対生きる屍アンデッドの最終兵器。これが効かなかったらもう対抗手段はない。発せられたルージュの魔力に、周囲にいた生きる屍アンデッド達が恐怖し動きが鈍る。



「あはははっ!! 凄いよ、凄いよ、ルージュ!! さすがだ、さすがだよ!!」


「うるさい!! その顔、その声でもう喋らないで!!! もう十分っ!!!」


「冷たいな、君はいつもそうだ。私には本当に冷たい。ゲインのことがそんなに好きなのかい?」


「!!」


 ルージュの魔力が悲しみの色からの色へと変化する。止まらぬ涙。ルージュが叫ぶ。



「消えてっ!! お願いだからもう消えて!!!!」


 全開放される魔力。構えるスティング。ルージュが再度叫ぶ。



「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。聖白の光彩シャイニングライト!!!!!!」


 東の空が明るくなりつつあった王都の夜。そんな太陽の光を彷彿させるような輝くルージュの聖攻撃魔法。周囲を白く照らし、生きる屍アンデッドとなったスティングを包み込む。



「ぎゃああああああ!!!!」


 スティングが初めて苦痛の叫び声をあげる。ルージュは杖を地面につき泣きながら小声で言う。


「ごめんね、ごめんね、スティング……」


 これで終わった。終わりたかった。そんな彼女に耳にスティングの声が響く。



「ぎゃあああぁ、……あーあ。やっぱりこの程度か」


「!!」


 スティングは持っていた剣を軽く宙で振り回すと、彼を覆っていた白き光は煙のようにすっと消えて行った。


「うそ……」


 魔力を全開放して放った聖攻撃魔法。それが生きる屍アンデッドであるスティングに全く効かないとは。動揺するルージュにスティングが言う。



「無理だよ。私は最強なんだ。すべてを滅ぼす者。だからね、君じゃ倒せない」


 そう言いながら笑うスティングを見て、ルージュは脱力し両膝をつく。



「諦めるんじゃないよ!!」


「え?」


 そんなルージュの横に耳の長いひとりのエルフが立つ。白銀の髪に帽子、背には白いマントを靡かせた大魔法使い。



「ダーシャさん!!」


 ダーシャはにっと笑いルージュに言う。


「あんたが諦めてどうするんだい? あいつはあんたらがやらなきゃならないんだろ?」


「は、はい……」


 そう話しながら徐々に体に力が戻って来るルージュ。それを見たスティングが笑って言う。



「あらあら、これはダーシャさん。ご無沙汰しています。スティングです」


 ダーシャがじろりと変わり果てたスティングを見て言う。



「スティング? あたしゃ知らないね、そんな奴」


「いやー、これは手厳しい。もう忘れてしまわれたんですか」


「馬鹿言うんじゃないよ。忘れるもんか、あの素敵な勇者スティングを。決してお前みたいな外道じゃない、素敵な男をね」



「まあいいでしょう。ダーシャさんも歳を取られた。忘れ物のひとつもあるでしょう。だから私が楽にして差し上げますよ」


「ふん。若造が、やれるもんならやって見な」


「ええ。では遠慮なく」


 常に笑顔を絶やさないスティング。大魔法使いとの決戦が開始される。

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