135.最後の優しさ
(……え?)
深夜、レーガルト王城の最上階。
多忙なルージュは仕事がひと段落すると、そのまま政務室で仮眠を取っていた。ここ最近はずっと家へ帰っていない。ここで生活することが半ば日常になっていた。
仮眠とは言えぐっすり眠りについていたルージュが、その禍々しい邪気に触れ目を覚ます。
「なに!? なんなのこれ!!??」
勇者パーティの天才僧侶と呼ばれたルージュ。その経験豊富な彼女がまだ見ぬ敵に震え、全身から汗が噴き出す。とてつもない悪。人知を超えた何かが近くにいる。
(どうして!? 王都は結界で守られているはずじゃ)
何者が侵入したのか分からない。だがこれほどの邪気を持つ者なら必ず王都を覆う結界に触れるはず。破壊するにせよその際のエネルギー反応でもっと早く気付ける。だが『それ』はいきなり内部に出現した。
動揺するルージュが部屋に掛けてあった僧侶服を纏い、窓を開ける。
「何がいるって言うの……」
真夜中の王都。一見すれば平和な夜景。
だが何かがいる。とてつもない恐ろしい何かがこの闇に潜んでいる。
ドオオオオオオオオオオン!!!!
「きゃっ!!」
その耳を突く衝撃音は一瞬でルージュを震え上がらせた。真夜中の王都。方角的には王立墓地。何か心を破壊するような爆音が暗い夜空に響いた。
コンコンコン!!!
少ししてルージュの部屋を慌ただしくノックする音が響く。深夜の訪問。ルージュが覚悟してそれに対応する。
「入って!!」
「はっ!!」
現れたのは真っ青な顔をした兵士。ガタガタと震える体を抑えながら早口で言う。
「ま、魔物が、
「ア、
ここ最近ずっと王都で問題になっていた
「そ、そしてその中でも赤い髪をした
(だけど、それを凌駕する『何か』が居るのだわ……)
遠く離れていても感じる身の毛立つ邪気。ルージュが言う。
「魔法団と僧侶、あと属性付与できる者達をかき集めて。すぐに討伐に向かうわ!!」
「はっ!!」
こんな時でも冷静沈着な天才僧侶を見て兵士が安心した顔で頭を下げて出て行く。だが当のルージュは体の震えが止まらなかった。
(何が居るって言うのよ、一体……)
震えた手で杖を持ち急ぎ王城を出て街中へと向かう。
「な、なによ、これ……」
深夜の王都は大混乱に陥っていた。
通りを埋め尽くす
(しかもあれって騎士団じゃないの!!)
「私も加勢するわ!! ……主、女神マリアの名の下にその敵を浄化せよ。
回復魔法を用いた
「ぎゃあああ!!!」
そんな彼女の耳に魔法団の悲鳴が聞こえる。
「なに!?」
振り返ったルージュの目に、ひときわ強い邪気を放つ大きな
「あなた達は他のをやって!! あれは私が相手する!!」
「はっ!」
火炎魔法でも焼き切れない防御力。苦戦する魔法団員に代わり天才僧侶がその前に仁王立ちする。
「……主、女神マリアの名の下にその敵を浄化せよ。
回復魔法による浄化。白い渦のようなオーラが敵を包み込み、白い炎となって焼き始める。
「グゴオゴオオオオ……」
だが敵は騎士団長の
(これは魔力消費が大きいから使いたくなかったけど、仕方ないわ……)
動揺する味方の前に出たルージュが杖を前に詠唱を始める。
「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。
僧侶が使える攻撃魔法。聖攻撃魔法と呼ばれ上級僧侶のみが使える特別な魔法。白銀の光が騎士団長の
「ゴゴ……、ガッ……」
さすがの騎士団長でもこれには耐えきれず灰となって崩れていく。湧き上がる歓声。ルージュはそれに笑顔で応えるものの、魔力消費の大きい聖攻撃魔法は極力使わないよう自分に言い聞かせる。
だが『その男』は天才僧侶にそんな悠長な選択をさせてくれることはしなかった。
ドオオオオオオオオオオン!!!!!
「ぎゃああああああ!!!!」
遥か前方で起こる爆音。心潰すような衝撃音に死の冷たさを感じる邪気。この先にいる。ルージュは直感でそう思った。
「ルージュ様っ!! あいつは、あいつは手に負えません!!!」
爆発にやられた兵士が逃げるようにやって来る。顔から血を流し着ている鎧は破壊され、もはや戦える状態ではない。
「すぐに治療を!! 急いで!!」
ルージュが命令を下すと同時に僧侶隊が治療を始める。
(怖い……)
随分と久しぶりに感じる恐怖。
十年前の魔王戦以来のことだろうか。
この先に居るのはその魔王に匹敵する何か。その恐ろしい相手にひとりで立ち向かわなければならない。
(ゲイン、怖いよ……)
口には出して言えないセリフ。周りには自分を頼る部下達がいる。いつの間にこんな辛い立場になってしまったのだろう。昔は素直に『怖いよー』って言えた。そしていつもその黒髪と赤髪のふたりが自分の前に立ってくれた。そう、あのような綺麗な赤髪の……
「え?」
カランカラン……
ルージュは持っていた杖を落とした。それほど驚いた。瞬きもできないほどじっとその赤髪の男を見つめ、そして体を震わす。
(こんな事があってはいけない、あっちゃいけない……)
混乱する頭の中でルージュが自分に言い聞かす。
夢か幻か。
その頼りだった戦友、皆から尊敬と憧れを一身に集めた『勇者スティング』に向かって言った。
「スティング、なの……?」
赤髪の
「そうだ、ルージュ。久しぶりだな」
(!!)
その声、仕草。どこか達観した目つきもあの頃のまま。ただそれが
脱力し、へなへなと地面に座り込むルージュが消え入りそうな声で尋ねる。
「なんで、なんであなたがここにいるのよ……」
スティングが赤髪をかき上げながら答える。
「知らねえよ。たださ、私はすべてを壊すためにここに来た。お前もだ、ルージュ」
仲間だったスティング。その頼りある戦友からの信じられない言葉。
だが彼がもうあの頃の仲間じゃないことは明白。何があったか知らないが
「分かったわ。スティング、勝負よ……」
ルージュが地面に落ちた杖を拾いゆっくり立ち上がる。
涙。自然と彼女の目からは涙がこぼれていた。辛かった魔王討伐の旅。それでもゲインやマーガレット、そしてスティングが一緒だから乗り越えられて来た。楽しい思い出。汚したくない記憶。ルージュが杖を手に涙ながらに言う。
「私は楽にしてあげるよ、スティング。今すぐに……」
それは『天才僧侶ルージュ』としてではなく、苦楽を共にした『戦友ルージュ』としての最後の優しさであった。
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