131.決着

「おい、あいつ、もしかしてじゃないんじゃねえのか……」


 そう言ったラランダの言葉に皆が固まった。



 ――サーフェルは魔王じゃない


 それなら納得がいく。『退魔の宝玉』が効かない理由も分かる。

 とは言え目の前にいるこの凶悪な魔族を放置する訳にはいかない。例え魔王じゃないとしてもそれに匹敵する強さのサーフェル。リーファの魔法が通用しない以上『勝ち』はほぼ絶望的である。サーフェルが言う。



「なあ、その宝玉ってよお、本物なのか?」


 自身に全く変化のないサーフェルが懐疑的な顔で言う。ある程度覚悟していた弱体化。それでも勝つつもりでいたサーフェルにとってはある意味拍子抜けであった。ラランダが答える。


「本物だ。今さっき岩山から採って来たばかりの紛れもない本物」


「……じゃあ、なんで俺に何の変化も起きねえんだよ?」


 ラランダが大きな声で言う。


「それはこちらが聞きたいこと。お前は本当に魔王なのか!!」


「はぁ? 何だと……!!」


 ラランダの発言に怒りを表すサーフェル。ただ彼の冷静で思慮深かった性格が少しだけ戻る。



(確かに俺は弱体化しなかった。それは魔王ではないことを意味するのか……?)


 予想外の言葉にサーフェルが頭に手をやり考え始める。だが内にいる『古の魔王』がそれを全て吹き飛ばした。



「ぎゃはははっ!! まあ、そんなことどうでもいい!!! てめえらをぶっ殺して、ゲインとか言うゴリラも血祭りにあげてやる!! それで終いだ、終い!!!!」


 サーフェルの言葉に再び構えるリーファ達。だがどこまでやれるかは正直分からない。リーファが言う。


「ラランダさん、族長を連れて逃げてくれ」


「馬鹿なことを言うな。ドワーフ族の戦士が敵に背を向けるなど有り得ぬ!!」


 リーファが笑って答える。


「そうだな。確かにそうだ。じゃあ行くか」


「うむ。我等の意地、見せてやろうぞ!!!」


 リーファがマルシェに目で合図をする。その意図を理解し、マルシェがリーファの前で盾を構える。サーフェルが手に発現させた魔剣を持ち叫びながら突撃してくる。



「ぎゃはははっ!! 死ね死ね死ね死ねっ!!!!!」


 ガンガンガン!!!!


 サーフェルの攻撃を再びマルシェが盾で受け止める。

 狂ったかのような剣撃。盾を支える肩が外れそうになるほど強力な攻撃。



「ぬおおおおおおおお!!!!!」


 そこへ横から斧を持ったラランダが攻撃に入る。



 ガン!!!!!


(固いっ!!!)


 サーフェルの皮膚に当たり止まる斧。ラランダの力一杯の攻撃でも皮膚にかすり傷をつけるのが精一杯。サーフェルが足を上げて叫ぶ。



「弱ええんだよ、雑魚が!!!!」


 ドオオオオン!!!!



「ぎゃあああ!!!!」


 サーフェルの回し蹴りを食らって後方へと吹き飛ばされるラランダ。もはやその強さは異次元。戦いが得意なドワーフ族ですらまともに相手はできない。



(やはり勇者パーティだけなのか、あいつに対抗できるのは……)


 その様子を離れた場所で見ていた族長ダラスが思う。



「これで消えろっ!! ……あるじ、女神フーテンの名の下に風を穿うがけ。風廻の衝撃スクリューウィンドウ!!!」


 風魔法。リーファから発せられたふたつの竜巻がサーフェルを襲う。



「うごおおがあああああ!!!!」


 サーフェルは両手を上げ、その竜巻を大声を出し平然と耐える。



「くそっ!!!」


 一向に衰えないサーフェル。対するリーファはもう既に魔力が枯渇している。



「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。聖白の光彩シャイニングライト!!」


 後方から放たれる聖攻撃魔法。シンフォニアが真剣な顔でサーフェルを睨みつけている。



 ボフッ……


 しかしそんな彼女の渾身の魔法攻撃もあっけなくサーフェルに握り潰される。




(どうする……)


 リーファは手の打ちようが無くなった目の前の光景を見つめ立ち尽くす。攻撃も防御も全てが足らない。改めて『あの男』の存在意義を強く実感する。サーフェルが魔剣を手に笑いながら叫ぶ。


「ぎゃはははっ!! もう終わりか!? 死ねよ、死ね死ねっ!!!!」



 ガンガンガン、ドオオン!!!!


「きゃあ!!!」


 サーフェルの攻撃を盾で受け止めたマルシェ。だがその腕の力ももう限界を超えており、剣撃と爆撃で最高のタンクが吹き飛ばされる。



「マルシェ!!!」


 リーファが叫ぶも地面に倒れたままマルシェは動かない。



「がっ!?」


 そんなリーファが不意に首がちぎれるような圧力を感じる。



「ががっ、が……」


 サーフェルがリーファの目の前まで一気に移動して首を掴み、その小さな体を持ち上げた。シンフォニアが叫ぶ。


「リーファちゃん!!!!」


 だが体が動かない。近付けばられる。周りにいたドワーフ達もその恐怖の鎖によって同じく微動だにできない。サーフェルが笑いながら言う。



「あ~、弱えぇ首。ちょっと力を入れただけで折れちまいそうだぜぇ」


 そう言って締め上げた手に力を入れるサーフェル。


「ピピ……」


 リーファの魔子であるコトリも魔力切れによりほとんど動けなかった。更にまだ幼体の魔子。魔王クラスのサーフェルの邪気に触れ萎縮してしまっている。リーファが抵抗しようと体から魔力を放出させる。



 ドフッ……


「ぎゃっ!!」


 それを感知したサーフェルがリーファの腹部に拳を打ち込む。血を吐きぐったりするリーファ。



「やめんかーーーーーっ!!!!」


 ドオオン!!!!



「ぎゃああ!!!」


 救助に向かったラランダもサーフェルの蹴りによって撃沈。絶体絶命。サーフェルの笑い声だけが辺りに響く。



「ぎゃはははっ!! 早く来いよ、勇者よ!! そうしないとこいつの首がちぎれるぞ!!!」


 サーフェルは更にリーファを高く持ち上げてに力を込める。



「うぐっ、くっ……」


 ぐったりしていたリーファの顔が苦しさで歪む。顔は青ざめ、もはや抵抗する力はない。



(強い、こんなに強いのか、魔王じゃないのに……)


 リーファは自分の力を過信しすぎた事に今更ながら後悔した。そして願う。



 ――早く助けに来い、ゲイン。




「はあああああああ!!!!!!!」



 ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


「!!」



 刹那。その天から雷撃のようにサーフェルを襲った赤き衝撃は、リーファを掴んでいた彼の腕を切断し地面へ爆音と共に落ちた。



「ギャアアアアアア!!!!!」


 腕を切断され真っ青になって叫ぶサーフェル。

 その天から落ちて来た赤き雷撃はゆっくり立ち上がると、地面に倒れているリーファに手を差し出して言う。



「大丈夫かよ? 立てるか」


 そのゴリ族の男、ゲインを仰向けになりながら見たリーファが言う。


「無理だ。起こしてくれ……」


「仕方ねえ、勇者様だ」


 ゲインはリーファの手を取り立ち上がらせる。




「ゲインさん!!!」

「ゲインしゃん!!!!!」


 シンフォニアと彼女の治療を受けて意識を回復したマルシェが、ようやく戻って来た最強の男を見て声を上げる。立ち上がったリーファが尋ねる。



「お前、あそこからどうやって……」


 その彼女の目に、やはり上空からゆっくりと羽ばたいて地上に降り立つのワイバーンの姿が映る。そのワイバーンを笑いながら撫でるゲインを見て、リーファが苦笑して言う。


「まさかお前、そいつを調教テイムしたのか?」


「まあな。ちょっと殴ってやったら大人しくなった」


 そう言って笑うゲインを見てリーファ達はもちろん、里の皆が呆然とその光景を見つめる。ワイバーンを調教テイムするだけでも凄いことなのに、それが上位種である深紅のワイバーンとなるともはや異次元の話。ワイバーンを手懐けてここまで一気に降りてきたのだ。



「貴様ぁああ!!! ゲイン!!!!!」


 一方、腕を切断され怒りの形相でゲインを睨みつけるサーフェル。腕からはどくどくと青い血液が流れ出る。ゲインが言う。


「下がってろ、リーファ」


「ああ、後は任せたぞ……」


 よろよろと後退するリーファをシンフォニアが駆け付けて抱き寄せる。ゲインが言う。



「よくもまあ、随分と暴れてくれたな」


「黙れ!! 貴様をぶっ殺す!!! ぶっ殺してやる!!!!」


 サーフェルから怒りの邪気が辺り一帯に放たれる。マルシェがゲインに叫ぶ。



「ゲインさん!! あいつは魔王じゃなかったんです!! 宝玉は完成しましたけど、弱体化はしませんでした!!!」


 それを聞いたゲインがサーフェルに尋ねる。


「なんだお前、魔王じゃなかったのか。やっぱ魔族だったか」


 それを聞いたサーフェルが顔を真っ赤に染め上げ、切断した腕から大量の血を噴き上げながら叫ぶ。



「許せねえ、許せねえ、てめえをぶった斬る!!!!」


 そう言って残った手に発現させた魔剣を持ち、一気にゲインへと突撃する。それに対しゲインは、持っていた剣を構え全身から赤きオーラを放出。それが剣を主に染め上げると同時に叫んだ。



「ああ、クッソ滾るぜぇえええ!!! 来いよ、雑魚魔族!!! ぶった斬って咆哮しろよ!!!」



 ザン!!!!


 ゲインは上段から剣を振り落とすと同時に、突撃して来たサーフェルと交差した。



「あっ……」


 サーフェルが小さく声を出す。



 ――負けた


 またしても、勇者に負けた。

 脳天から真っ二つに切断されたサーフェルは、古の時代やはり同じように時の勇者によって斬られて敗北したことを思い出した。



(俺は、魔王じゃなかったんだ……)


 もう力が入らなかった。全身が灼けるように熱い。それと同じぐらい感覚がなくなって行く。

 消滅。前魔王に仕えていた時より長きに渡って生きながらえて来たサーフェルは、その最期に少しだけ魔王に近付き消えて行った。




「ゲインーーーっ!!!」

「ゲインさん!!!」

「ゲインしゃん、ふぎゃーーーーっ!!」


 勇者パーティの皆がサーフェルを倒したゲインの元へと駆け寄る。抱き合い喜ぶ一行。だが間もなく現れるの魔王との決戦は、もうすぐそこまで迫っていた。





「ヴァーゼル様でいらっしゃいますか」


 白銀の髪のその男は黙って頷いた。

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