129.水色の魔族アイスキル

「雑魚が。あの程度の魔法で」


 腕を組みそう小さくつぶやくサーフェルの前で、その水色の魔族は怒りに体を震わせた。度重なる敗北。消えて行った仲間。そのすべてが水色の魔族アイスキルを全力での復讐へと奮い立たせた。アイスキルが言う。



「サーフェル様。私にやらせてください」


「好きにしろ」


 腕を組み微動だにせずサーフェルが答える。アイスキルがリーファ達の前に出て指を突き付けながら言う。



「おい、貴様。死ぬ覚悟はいいか?」


 リーファの隣にはマルシェが立つ。マルシェがこれからの戦いにタンクとしての本能の疼きを感じる。リーファが答える。


「誰が死ぬって? 魔法勇者として覚醒したこのリーファ様にお前ごときが敵うとでも思っているのか?」


「口だけは勇ましいな。いや、ローレン様を瞬殺した実力は認めるべきであろう。貴様ら勇者パーティは強い。それを認めてから私の戦いは始まった」



 対峙するリーファ達を遠目に見ながらダラスが言う。


「大変なことになった……」


 里始まって以来の強敵。最強の防御壁は破壊され、里の戦士達はみな歯が立たない。偶然訪れていた勇者パーティが居たから良かったものの、もしいなければと思うとぞっとする。



「あ、あれはまさか新しい魔王なんですの??」


 そこへ遅れて元勇者パーティの魔法使いマーガレットがやって来る。薄紫色の長髪。スレンダー美女の彼女が遠くにいる魔族達を見て真剣な表情となる。ダラスが答える。



「そうだ。なんと恐ろしい奴らだ。まさかあんなのがやって来るとは……」


 マーガレットがリーファ達に気付いて言う。


「あら、ゲイン達はもう帰って来たのでしょうか?」


「いや、戻って来たのはゲイン以外の者達だ。何があったのかは知らぬが、きちんと原石は持って来たぞ」


「そうですか! それは良かったです」


 マーガレットにしてみれば自分のせいで『退魔の宝玉』が無くなってしまったので、少なからず責任を感じていた。魔族を見て言う。



「でも、とてもお強いですわ。まるであの時の魔王のように」


 魔王対戦経験があるマーガレット。彼女の言葉は何よりも重いものであった。





「一瞬では殺しはせぬ。じっくりと死の恐怖に身悶えながら殺してやる」


 アイスキルはそう小さく言うと自身の周りに大小様々な魔法陣を形成。回転しながら蒼く光り始める魔法陣に、太く鋭利な氷が現れる。マルシェが言う。


「リーファさん。ボクが守ります」


「頼むぞ」


 ゲインと並び勇者パーティの『矛』。圧倒的圧力のゲインとは違うが、覚醒したリーファの魔法攻撃も矛としての攻撃力は十分。マルシェが盾を構えリーファの前に出る。アイスキルが叫ぶ。



「死ね!!! 絶望の中で死の冷たさを味わうがいい!!!!」


 シュンシュンシュン!!!!


 同時に魔法陣から発せられる数多あまたの氷塊。それが鋭利な刃物のようになってマルシェに襲い掛かる。



 ガンガンガン!!!!


(速くて、重い……)


 アイスキルの氷魔法。その威力は以前対峙した時よりもずっと強力になっている。目の前でひとり敵の攻撃を受けるマルシェ。後ろに立つリーファが言う。



「消えよ。……あるじ、女神アマテラスの名の下にかの敵に光りを放て。閃光の槍ライトニング・スピア!!!」


 リーファの頭上に形成される白く輝く魔法の槍。それが一気にアイスキルへと放たれる。



「この程度か!!!!」


 ガン!!!


 アイスキルは自身の前に張った氷の魔法氷壁で槍を防ぐ。



「何だと!?」


 驚くリーファ。覚醒し全力を持って放った自信の槍。それがあれほど簡単に弾かれるとは思っていなかった。アイスキルが両手に発現させた氷の大剣を持ち突撃する。



「許さぬぞ!!!!!」


 ガン、ガンガンガンガン!!!!!


 アイスキルの全力の剣撃。それにタンクであるマルシェがひとり盾を持ち耐える。



(くっ、なんて重い攻撃!!! このままじゃ……)


 優秀なマルシェをもってしても防ぐことが精一杯のアイスキルの剣。怨みで半暴走気味となったアイルキルは、復讐と言う怒りを得て最高に輝いていた。



「はあああああ!!!!!」


 叫ぶアイスキル。その攻撃の意図に気付いたマルシェが盾を持ち直すも、間に合わない。


「しまっ……」


 ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!



「きゃああ!!!」


 爆発。アイスキルを中心とした氷の爆発が突如炸裂する。

 爆音と共に吹き飛ばされるマルシェとリーファ。水蒸気の煙に、舞い上がった氷の破片が太陽の光を浴びてきらきらと輝く。



「マルシェちゃん!! リーファちゃん!!!」


 遠くで怪我人の回復をしていたシンフォニアが思わず叫ぶ。思わず駆け寄ろうとした彼女をマーガレットが手を掴んで止める。



「まだ大丈夫ですわ。あの程度なら」


「は、はひ~……」


 そう返事をするものの倒れたまま動かないふたりを見てシンフォニアの顔が青くなる。





「ごめんなさい、リーファさん……」


 先に声を掛けたのはタンクのマルシェ。ゆっくりと起き上がりまだ倒れているリーファを見つめる。


「少し時間を作れるか……?」


 リーファも同様にゆっくりと起き上がりマルシェに言う。


「作ります。だから、お願いします」


「ああ、任せよ」


『矛』からの命令。『盾』が最も輝く時。それがこの瞬間。



「うおおおおおおお!!!!」


 立ち上がったマルシェが単騎、盾を持ちアイスキルへと突撃する。驚いたアイスキルがすぐに氷の剣を発現させそれを迎撃する。



「血迷ったか!!!」


 ガンガンガン!!!!


 打ち込まれる重く冷たい剣撃。更に彼の頭上に形成される巨大な魔法陣。アイスキルが叫ぶ。



「食らえっ!!!!」


 マルシェがようやくそれに気付く。



(え?)


 頭上には巨大な氷塊。強化されたアイスキルは短時間で皆が驚くほどの巨大な氷塊を作り上げた。パキパキと身も竦むような音が耳に響く。そしてその氷塊が勢いよくマルシェの頭上へと落とされた。



 ドン!!!!!


「ぐ、ぐっ……」


 見上げるような氷塊。だがマルシェはそれに臆することなく盾を上に向けそれを支える様に耐えている。圧し掛かる重量。体が動かなくなる冷気。限界状態のマルシェだが、その瞳には宙に浮いて魔法を詠唱するリーファの姿があった。



「よくぞ耐えた。後は任せよ……」


 金色の髪が舞い上がり、全身から魔力が輝くように溢れ出す。


「ピピーーーーっ!!!」


 コトリも宙に浮いたリーファの周りを楽しそうに飛び回る。リーファが言う。



「これで滅せよ。……あるじ、女神ウェスタの名の下にかの敵を穿うがけ。火炎の槍ファイヤ・ランス!!!」


 リーファの周りに現れる蒼色の魔法の槍。同時に脳内で詠唱を行う。


(……あるじ、女神アマテラスの名の下にかの敵に光りを放て。閃光の槍ライトニング・スピア!!!)


 同じくリーファの周りに発現する白銀の魔法槍。その二本の魔法の槍がまるであざなえる縄の様に寄り合いながら太い閃光となり、アイスキルへと放たれる。マーガレットが思う。



(うそ!? あれってまさか重複詠唱攻撃オーバーラップ・キルですの!!??)


 別属性魔法の同時詠唱。ふたつの属性を絡ませ本来の威力より更に強力な魔法へと昇華させる上級スキル。深淵の青と、輝く白。二色が絡み合う様に糾えた魔法の槍はマルシェに圧し掛かる氷塊へと直撃する。



「アイスキル!! 逃げろっ!!!!!」


 真っ先にその危険性に気付いたサーフェルが叫ぶ。だが強化され自分の強さに慢心していたアイスキルにはその言葉は届かなかった。



(心配ご無用!! このアイスキルがあの程度の魔法、粉砕して見せますぞ!!!!)


 氷塊を破壊するリーファの魔法の槍。そしてアイスキルが発現した氷の剣とぶつかり合った。



 ドオオオオオオオオオン……


 白い水蒸気爆発のようなものが起こった。

 響く爆音。大気に上がる白い煙。サーフェルが厳しい表情でその変り果てたアイスキルの姿を見て小さく首を振った。



「う、うそだ……、こんな馬鹿な……」


 先のローレン同様、体の半分以上を削られたアイスキル。リーファの重複詠唱攻撃オーバーラップ・キルはアイスキルの氷塊、そして彼の体を貫いて爆発した。アイスキルが地面に倒れてサーフェルを見つめて言う。



「も、申し訳ございません……、サーフェルさ、ま……」


 零れ落ちた涙は彼の冷気で凍り始める。だがそれも青き炎で燃え始めた体の熱気に当たりあっと言う間に蒸発して消えた。

 サーフェルに仕えた水色の上級魔族アイスキル。ついのその長き命に終止符が打たれた。



 ザッ、ザザッ、ガッ!!


「!!」


 灰になり命尽きかけようとしていたアイスキルの頭をサーフェルが足で踏み潰す。予想外の行動に皆が驚き体を震わせる。サーフェルが叫ぶ。



「あー、くだらねえ!!! 雑魚共が死んだ。あー、死んだ!!!」


「き、貴様……」


 魔法を放ったリーファがそれを見て怒りを表す。敵とは言え、力の限り戦い合った相手に少なからず敬意を示していた。その彼の死を侮辱することは敵だとしても胸糞悪い。サーフェルが言う。



「勇者ゲインはどこだよ? ああ? 出て来ねえと……」


 サーフェルから恐ろしい程の邪気が発せられる。



「全部、壊すぞ」


 それは決して冗談ではなかった。リーファの規格外の魔法攻撃を見てもまだ余裕がある者の言葉。そこに居る強者だけはその言葉の意味をきちんと理解していた。

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