126.天を貫く岩山

「準備はいいか?」


 翌朝、ドワーフの里『ドラワンダ』中央に高く聳える岩山の麓に集まったリーファ達にゲインが言った。麓にはゲイン達の出発を見送りに来た族長ダラスや造宝師ぞうほうしラランダ、その他ドワーフ達がガヤガヤと集まって来ている。シンフォニアが不安そうな顔で言う。


「ふひゃ~、やっぱり高いですぅ~、怖いですぅ~……」


 見上げても頂きは雲の上で見えない。ダラスが言う。


「頂きまでは二日は掛かる。気を付けて行くんだぞ」


「は、はひぃ~……」


 シンフォニアは今更ながら勇者パーティに入ると言うことがとんでもないことなのだと実感する。ゲインがマルシェに尋ねる。



「その鎧はやっぱり着て行くんか?」


 マルシェの命とも言える鎧。ただ重量があるため足場の狭い高所ではバランスを崩したりすると危険でもある。マルシェが答える。


「当然です。これが無い方がボクにとっては危険ですから」


 そうきっぱり言い切れるマルシェはやはり生粋のタンクなんだとゲインが苦笑する。リーファが言う。



「よし。じゃあ行くぞ。ちゃんと原石は持って帰って来るからその時はよろしく頼む」


 それを聞いたラランダが立派な力こぶを作り、それをぽんぽんと叩きながら答える。


「ドンと持って来い! きっちり仕上げてやる!!」


 リーファもそれに拳を前に出し応える。



「気をつけてな」

「頑張ってねー!!」


 皆に見送られたゲイン達が、ゆっくりと岩山を回る様に設けられた階段を登って行く。






「ふへ~、疲れましたぁ~……」


 登り始めて数時間。予想通りと言うかやはりと言うか一番体力のなさそうなシンフォニアが音を上げた。既にドラワンダの里は見えなくなってしまっているほど登って来ている。ぐるぐると回るように作られた階段は単調で景色も変わらない。ゲインが言う。


「ちょっと休憩にするか」


「そうだな。さすがに疲れた」


 リーファも顔に汗をかき疲れの色が見える。ゲイン達は階段に腰を下ろし、昨日里で仕入れた食料を口にする。



「とにかく食べておけ。腹が減ると足が上がらねえからな」


 そう言ってバナナを頬張るゲイン。行動食としては優秀なバナナ。満腹にならない程度に腹に入れる。マルシェが尋ねる。


「そう言えば山頂付近までだいぶあると思うんですけど、夜とかはどうするんですか?」


 マルシェがまだまだ続く岩山を見上げて言う。ゲインが答える。



「途中までは休憩小屋があるんでそこで寝る。ただ中盤以降はそういう物も無くなるんで壁に杭を打ち込んで布を張り、風よけを作って寝る。体も縄で縛って寝ることになる」


「そ、そうなんですか……」


 マルシェが不安そうな顔で答える。ゲインが続ける。


「それだけじゃねえ。山頂近くはこう言った足場もないので岩を掴んで登らなきゃならなねえ。そこからが本番だ」


「む、無理ですぅ~!! そんなの死んじゃいますぅ~、ふひゃ~」


 ここまで来るだけでかなり大変だったシンフォニア。岩肌を登るなど考えられない。リーファが言う。



「魔法で飛んで行っちゃいけないのか?」


 登って行くと聞いていて忘れていたのだが、浮遊魔法で上がればもっと楽なはず。ゲインが首を振って答える。


「無理だ。何せ高いし、それに上に行けばワイバーンが棲んでいる。そいつらと戦いながら浮遊魔法を続けられるか?」


「うーん、かなり厳しいか……」


「それにワイバーンは一体じゃねえ。群れで棲んでいたらハチの巣だぞ」


「うむ……」


 納得するリーファ。ゲインが言う。


「浮遊魔法は保険だ。攻撃されて落下した時などには十分意味がある」


「そうだな。それまでは魔力切れにならないように気をつけねばな。最悪コトリにでも助けてもらうか」


「ピピー!!」


 肩に乗ったコトリが嬉しそうに鳴く。


「ああ、それもいいかもな」


 ゲインもそれに頷いて答える。そして少しの休憩の後、再び登り始める。




(疲れたでしゅぅ~)


 やはり当然と言うかシンフォニアがひとり皆から遅れる。登り始めて何時間経ったか分からない。太陽も傾き始め吹き付ける風も冷たい。


(景色も単調でつまらないですぅ~、ふにゃ~……)


 もはや地上は見えない。既に手すりもない階段なので気を抜けば落下する可能性もありずっと緊張の連続だ。そもそもここまで階段を作り上げたドワーフ族もすごいと言える。ゲインがオレンジ色に染まり始めた空を見て言う。



「次の休憩地点で今日は休むとするか」


「は、はい……」


 マルシェも限界が近かった。人より重い鎧の装備。平地ならあまり苦にならないがずっと登りのこの行程はやはりきつい。

 やがて岩壁に張り付くように建てられた小さな小屋に辿り着き、一行がようやく朝から続く緊張から解放された。シンフォニアが木のベッドに倒れるように横になって言う。



「疲れたですぅ~、もう歩けないです~、ふにゃ~……」


 見るからに疲労困憊の表情。もちろんゲインを始め皆極度の緊張と疲れでくたくただ。マルシェが言う。


「何か食べましょうか。お腹が空きました」


「そうだな。今日はもう歩かないのでしっかり食べよう。そして早く寝るぞ」


 ゲインの声に皆が頷き、簡単な食事をとる。



「おやすみなさいですぅ~、むにゃむにゃ……」


 食事後、速攻で固いベッドの上で眠りにつくシンフォニア。ベッドはふたつしかないのでリーファもそれに添うように横になる。ゲインがマルシェに言う。


「マルシェ、さすがに今回はその鎧を脱いでくれ」


「ひぇ!?」


 残るベッドはひとつ。無論、であるマルシェとゲインが一緒に寝なければならない。マルシェが震えた声で言う。



「あ、あの、やっぱりこれは脱げなくて……」


「マルシェ、勘弁してくれ。この狭いベッドでお前の硬くて冷たい鎧に触れながらだとさすがに寝れん」


「で、でも……」


 マルシェの頭がフル回転となる。もちろんゲインの言っていることが正しい。従うべきだ。だが従えない理由もある。リーファが眠そうな声で言う。



「おい、いつまで話をしているんだ。早く寝ろ」


「は、はい……」


 外は既に日は落ち暗くなっている。明日の為にも早く寝る必要がある。マルシェが覚悟を決める。



「わ、分かりました。ゲインさん、先に寝ていてください。ボクはちょっと外の見張りをしていますから」


「外の見張り? ここらはまだ魔物が出ないから必要ないぞ」


「え、ええ。でも一応……」


 ゲインが首を傾げながら言う。


「そうか。まあ好きにしろ。ふわ~あ……」


 そう言ってゲインがベッドに横になる。マルシェはすぐに小屋を出て風の当たらない場所に行ってひとり座る。




(星が綺麗だな……)


 遮るものがない夜空。遠くには他の岩山が黒く見えるが、顔を上げれば天には一面にちりばめられた星が瞬いている。


(ゲインさんと一緒に寝るのか。緊張するな……)


 マルシェはしばらくひとりで夜空を見つめた後、静かに部屋に戻る。



「ぐーぐー……」


 余程疲れたのかみんないびきをかいて寝ている。


(シンフォニアさんの寝顔、可愛い)


 口を開けて眠るシンフォニア。それに抱き着くようにリーファも眠っている。



(ゲインさん……)


 同じくベッドの上で仰向けに眠るゲインを見てマルシェの心臓がどきどきと鼓動する。そしてふうと小さく息を吐いてからゆっくりひとつずつ鎧を外す。



(この大き目の服は必須ですね)


 鞄の中からだぼついた大き目の服を頭からかぶり、恐る恐るゲインの隣で横になる。


(温かい……)


 外の風で冷えてしまったマルシェの体。ゲインの布団の中は想像以上に温かかった。マルシェが小さな声で言う。



「おやすみなさい。ゲインさん……」


 たくさんの女の人に好意をもたれるゲイン。だがこうやって堂々と彼と一緒に眠れるのは自分だけなんだとマルシェは少し嬉しくなって眠りについた。






(ん、んん……、朝かな……)


 思ったよりしっかりと眠れたマルシェ。まだ薄暗い小屋の中ひとり目を覚ます。



(!!)


 固まった。マルシェは思わず体が固まって動けなくなった。


(ボ、ボク、ゲインさんに抱き着いて……)


 大きなゲイン。その体にしがみ付くようにマルシェがゲインと密着している。少し寒かった小屋。無意識のうちに抱き着いていたのか?



(お、落ち着いて。大丈夫。ゆっくり離れれば気付かれないはず……)


 マルシェは前にもこんな事があったなとひとり思いつつ、ゲインを起こさないようにそっとベッドから離れる。



「ふう……」


 そしてゆっくりと鎧をつけて行く。


「今日もまた大変な一日が始まるんだな」


 マルシェはゲイン達の寝顔を見ながらひとり笑顔でつぶやいた。






「さーて、じゃあ行くぞ」


 翌朝、皆が起き簡単な食事をとった後、再び岩山の頂き目指して歩き出す。


「わっ、寒いーっ」


 ドアを開けた瞬間吹き付ける冷たい風。朝の冷え切った空気の中では風も想像以上に冷たい。皆里で用意して貰った防寒具を着ているが、それでもじっとしていると冷えて来る。


「でも景色は綺麗ですね」


 遠くから登る太陽。澄み切った空に目線と同じ高さに雲も浮かび、また別の細長い岩山も幾つか見える。ゲインが言う。


「気をつけてな。落ちるんじゃないぞ」


「はい!」


 マルシェがそれに答える。リーファがドヤ顔で言う。



「落ちても大丈夫だぞ。私の魔法で助けてやるからな!」


「リーファちゃん、凄いですぅ~、さすがですぅー、ふぎゃー!!」


 シンフォニアがリーファの手を取って喜ぶ。ゲインが言う。



「さ、行くぞ。時間がない」


「はーい!!」


 マルシェが手を上げて歩き始める。





「疲れたですぅ、疲れたですぅ~、ふにゃ~……」


 歩き始めて数時間、やはり昨日同様シンフォニアが最初に音を上げる。もう随分上がってきたはずなのに、未だ頂きはその姿を現わさない。リーファが言う。


「おい、ゲイン。一体いつになったら着くんだ?」


「知らねえよ。俺だった初めてなんだし」


 前を歩くゲインが背を向けて答える。覚悟はしていたが想像以上に辛い行軍。皆ずっと無口である。



「あっ」


 不意にゲインが声を出す。リーファが言う。


「どうした? 休憩か」


 その言葉に笑顔になるシンフォニアだが、すぐにそれが違う事だと気付く。


「ゲインしゃん……」


 シンフォニアの視線がはるか先の上空を見つめる。ゲインが言う。



「ああ、来たな。ワイバーンだ」


 その黒い点は徐々に大きくなって飛来し、やがて岩山の頂きに棲むという黒いワイバーンと姿を変えた。ゲインが剣を抜いて言う。


「戦うぞ。気をつけろ!!」


 皆がそれに無言で頷き戦闘態勢をとった。

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