125.危険な誘い
「おい!! 十三番隊隊長はどこへ行った!?」
レーガルト王城。日々激しくなる魔物襲撃に王国騎士団も連戦に連戦を重ね限界が近付いていた。そんな中、新しく増設された第十三部隊が全く稼働していないことに他の隊長達も苛立ちを隠せない。別隊長が言う。
「仕方ねえだろ。あの元騎士団長さんだぜ」
「そりゃ分かっているけど、こっちは猫の手も借りたいほど忙しく皆疲弊している。何とかならないのか」
騎士団長を降格させられ、新たに新設した第十三番隊の隊長になったヴァーゼル。だが彼がその隊長の仕事をしたことは一度もない。それどころか降格辞令を受けて以来皆の前から姿を消していた。
「隣、いいですかね」
そこでひとり酒を飲んでいた白銀の髪の男が声に気付き顔を上げる。切れ長で髪同様に美しい瞳をした彼の隣にやって来た、黒眼鏡の初老の男が小さな声で尋ねた。
「あなたは、ルゼクト団長……」
ヴァーゼルは驚いてその人物の顔を見つめた。お互い深くフードを被り人目につかないような格好。それ以上返事をしないヴァーゼルにルゼクトは黙って隣の椅子に座る。バーテンダーに言う。
「ノンアルコールで。お勧めなのを頼む」
「かしこまりました」
バーテンダーは手慣れた手つきで幾つかの小瓶を手に取りシャカシャカとシェイクしてテーブルの上にそっと置く。
「サラトガ・クーラーでございます」
柑橘系の薄いオレンジをしたカクテル。そのグラスを手にしたルゼクトが苦笑して言う。
「アルコールが苦手でしてね。これで失礼しますよ」
そう言ってヴァーゼルの前に置かれた爽やかなブルーのグラスにコンとぶつけて口に運ぶ。ヴァーゼルが尋ねる。
「魔法団長ともあろうお方がどうされたのでしょうか」
少し前までは同格だったふたり。今ではその役職は大きく変わっている。ルゼクトがグラスをテーブルに置いて答える。
「あなたをずっと心配しておりました」
「私を? なぜ」
ルゼクトが再びカクテルを口にして答える。
「あなたのような有能な方がこのまま消えてしまうのはもったいないと」
それを聞いたヴァーゼルの目が輝き始める。
「そう思いますか!? やはりできる方は違う。ルージュ様も有能な方だけど、私の一面しか見ていない。誤解されているんだ、私は」
思わず熱くなるヴァーゼル。彼の取り巻きだった女達も騎士団長からの降格が決まって以降、露と消えてしまった。ルゼクトが尋ねる。
「見返したくありませんか? 馬鹿にした奴らに」
「……それは一体どういう意味でしょう」
ヴァーゼルが真剣な目で尋ねる。
「簡単なことですよ。優秀で順応な部隊をあなたに預けたいと思います。あなたならきっと上手くやれるはず」
「魔法部隊でしょうか。残念ながら私はそれほど魔法が得意でなくて……」
「いえ、違います。騎士団よりも強い者達です」
少しの沈黙。ヴァーゼルが尋ねる。
「そんな部隊があるのでしょうか」
「ええ。ご興味はありますか」
「是非教えて欲しい」
元騎士団長ヴァーゼル。この翌日に騎士団を正式に退団した。
「大変失礼をした」
ドワーフの里『ドラワンダ』にある族長宅。その客間にやって来た
「いや、謝る必要はない。名乗っていない俺が悪い」
それを受けてゲインが答える。
「そう言うことだ。気にするでない、ラランダ」
そう声を掛ける族長ダラスにラランダが顔を上げて笑顔で応える。マーガレットが言う。
「まあ、この姿じゃ分かりませんわよね。普通は」
族長宅に集まったのはゲインにラランダ、マーガレットと族長ダラス。ゲインの正体を知る者のみが集まって話し合いの場が設けられた。ラランダが言う。
「いやいや、さすがゲイン殿。まったく手も足も出ませんでしたよ」
そう言うラランダにゲインが答える。
「お前も相当な使い手だよ。さすがドワーフ族だ」
その『相当な使い手』を
「お手合わせ出来て幸せでした。あの時以来、一度は戦ってみたかったんですよ」
それは勇者スティングと共にやって来た十年前のこと。ラランダにとって勇者スティングと剣士ゲイン、ふたりとも是非とも戦ってみたい相手であった。マーガレットが尋ねる。
「それよりもゲイン。あなたは魔王討伐以降、どこに行ってらしたのでしょうか」
魔王無き後、バラバラになってしまった勇者パーティ。スティングは亡くなりゲインも消えた。
「ああ、何となく山に籠ってた」
「山にですか?」
「ああ。それからスティングが亡くなった頃にゴリラになった」
「……それはわたくしが魔法を失うのと同じ時期ですわね」
「そうだな。ルージュの成長が止まったのも同じ時期。まず魔王の呪いとみて間違いない」
「……」
無事に魔王を倒した勇者パーティ。しかしその後は皆、魔王の呪いで大きな苦労をしている。マーガレットが言う。
「それで魔王が復活したので宝玉を手に入れる為にこちらにいらしたのですわね?」
「そうだ。お前がウォーターフォールで使っちまったからな」
腕を組んでぶっきらぼうに言うゲインにマーガレットが申し訳なさそうに答える。
「し、仕方ないですわよ。わたくしも魔法がなくなって死のうかと思ったぐらいですから。まさかまた魔王が現れるなんて思ってもみなかったですし」
そう言ってポケットに入っている胃薬をまさぐるマーガレット。ゲインが言う。
「もういいってことよ。それについてもうお前を責める気はねえ。俺も勝手に居なくなっちまったんだ。そうダーシャにも言われたよ」
「ダーシャさん。懐かしいですわね。それでゲイン。あなた岩山に登るのでしょうか」
そう尋ねられたゲインに皆の視線が集まる。
「無論だ。里にも原石がないのならば登って採って来る」
「相当危険だぞ」
ダラスが言う。
「分かってる。だが魔王討伐が急務だ」
「ゲイン殿。ひとつ教えて欲しい」
黒髪を後ろでひとつに纏めたラランダがゲインに尋ねる。
「なんだ?」
「ゲイン殿は勇者を目指すのでしょうか」
「ああ」
「うむ。分かりました。あたいも全力でお手伝いしましょう」
「助かる」
「いえ、あたいにできることなんて大したことありませんので……」
そう謙遜するラランダはいつもと様子が違う。だがここにいるある意味無神経な連中にはそんな変化は微塵も感じない。マーガレットがラランダにお願いするように言う。
「それならわたくしのも一緒に作って頂けませんか?」
「ダーメ。お前はちゃんとあたいを倒してからだ」
「厳しいですわね……」
そう言って肩を落とすマーガレットを見て皆が苦笑する。ダラスが言う。
「そうそう、ゲイン。ひとつ言い忘れておった」
「なんだ?」
そう尋ねるゲインにダラスが言う。
「十年前、お前達がここを去って行く最後の夜に、スティングがここに来てある言葉を残して行ったんだ」
ゲインの顔が真剣になる。
「『将来ゲインがまたここに来る。その時は彼の力になって欲しい』と」
黙って聞くゲイン。マーガレットは驚いた顔をして言う。
「それってゲインがここに来るって知っていたということですか?」
「さあ、それは分からぬ。そして最後にこう言ったのだ。『どんな奴でも必ず斬れ。俺はちゃんと見てるからな』と」
ゲインが口を開く。
「どう言うことだ……?」
またしても耳にするスティングの未来を予想したような言葉。一体今回の旅で何度聞いたことか。ゲインは皆にこれまでにあったスティングの話を聞かせる。マーガレットが言う。
「それってまるでスティングが未来を予知していたように聞こえますわ」
「予知……」
スティングにそんな能力があるとは聞いたことはない。ダーシャと同じ予知能力なのか。ゲインが首を振って言う。
「それは難しいな。そんな力があるのならどうして自分の死を回避できなかった? 一緒に居た時だったそんな素振り微塵も感じなかったぞ」
「それはそうですけど……、可能性のひとつですわ」
マーガレットもトーンを落として答える。ダラスが言う。
「今どうこう言っても何も分からん。ただあのスティングと言う男は不思議な男だった。これだけは間違いない」
「女好きではあったな。このあたいすら口説こうとしていたしな」
そう苦笑するラランダを見てゲインが言う。
「本当に仕方のない奴だった。マーガレット、お前も苦労したろ?」
マーガレットが首を傾げて尋ねる。
「それはどういう意味でしょうか、ゲイン?」
「どういう意味って、お前多少気があったんだろ? スティングに」
それを聞いたマーガレットの顔が真っ赤になって怒りを表す。
「ふ、ふざけないでくださる!? どうしてわたくしがあのような尻軽男のことを!!」
珍しく本気で怒っている様子にゲインがたじろぐ。
「い、いや、そう言う意味じゃ……、違うのか?」
「当たり前ですわ!! ゲイン、あなたのそう言う無神経なところがダメなんですわよ!!」
「わ、悪い……」
下を向いて謝るゲイン。マーガレットは再びポケットから胃薬を取り出しぼりぼり食べ始める。ダラスが尋ねる。
「それで岩山へはいつ登るのだ?」
「明日だ。明日の朝から登り始める」
意外と早い。ラランダが尋ねる。
「ゲイン殿のパーティで登るのですか?」
「まあ、そう言うことになるだろうな」
ダラスが言う。
「岩山の頂には大型のワイバーンがいる。十分気を付けてな」
「ああ、ありがとう」
昔話にこの先のこと。色々話し合った四人はその後ダラスの勧めで酒を飲まされ、夜までくだらない話を続ける。そしてそんな里に危機が迫ってきていることなど、この時は誰ひとりとして想像もしていなかった。
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