124.大魔法使いの涙

 マーガレットは不意に昔を思い出した。


 ガン!!!


 自由奔放なスティングがいつも後衛のルージュや自分を忘れて敵に突撃する。その後衛を守ってくれていたのが剣士ゲイン。口数は多くないが『守ってくれる』と言う安心感からふたりは攻撃に、回復に専念することができた。



(ゲイン、じゃないですわよね……)


 そんな戦友ゲインの面影をそのゴリラに見たマーガレット。だが首を振ってそれを否定する。ゴリラが言う。


「随分探したぜ、マーガレット」


「!!」


 その口調、雰囲気、やはりどれをとっても自分はそれを知っている。


「あ、あなたどこから?? わたくしにゴリラの知り合いなんておりませんわ……」


 そう言いながらも目の前の人物から目が離せない。ゴリラが少しだけ顔を後ろに向けて小声で言う。



「まったく相変わらずその自信過剰な癖は直ってねえな。どうせそう言いながら胃が痛くて仕方ねえんだろ? ルージュは居ねえんでここに胃薬はねえぞ。そんなんだからスティングにだって愛想尽かされるんだぜ」


「あ、あ、うそ……、あなた本当に……」


 マーガレットが両手を口に当てて体を震わせる。もう疑いの余地はなかった。姿かたちは違えど、目の前に居るのは戦友ゲイン。マーガレットが声を震わせて言う。


「ゲインなんです? 本当にあのゲインなですか??」


「そうだぜ。ゴリラになっちまったけどな」


「うっ、ううっ……」


 マーガレットが目から涙を流してゲインに抱き着く。元大魔導士の意外な行動にリーファ達が驚く。マーガレットが尋ねる。



「どうして、こんな所にいらしたのですか……?」


「おいおい、どうしてじゃねえだろ。お前が宝玉勝手に使っちまうから大変なことになってるんだぜ。だからお前を追いかけて来たんだ」


「まあ、そんなことに……」


 マーガレットはゲインから離れて、真っ赤になった目を指でこすり少し笑って言う。


「でも驚きましたわ。あなたがまさかゴリラになっていらっしゃるとは」


「魔王の呪いだ。あ、あと俺があのゲインだってことは族長以外には内緒な」


「はて? なぜでしょう……」


 マーガレットが首を傾げていると対戦相手だったラランダが大声で怒鳴りつけた。



「おい、てめえ、誰なんだよ!! あたい等の試合に水差すようなことはすんじゃねえぞ!!!」


 ゲインがマーガレットの前に立ちそれに答える。


「あー、こいつはもう戦えねえ。どう見たってお前の勝ちだろう。それでな、こっからは俺が相手をする」


「ゲイン……、わたくしは……」


 マーガレットが小声でゲインに言う。


「下がってろ。俺もいずれはあいつとやり合わねえといけねえんだ」


「……分かりましたわ。あなたに言われては仕方ありませんね」


 そう言って小さく頷いて下がるマーガレット。そして囲いの壁を出てゴリラになったゲインを見つめる。


「あ、あの、マーガレット様ですよね……?」


 そこへ金髪の少女リーファがやって来て声を掛ける。マーガレットが笑顔になってそれに答える。


「そうですわ。あなたは?」


「はい! 私は魔法勇者のリーファと言います! 魔王を倒すために旅をしています!!」


「そう、それは大変なことですわね。あら、もしかしてゲインとご一緒に?」


「そうです!!」


「そうですか。それは大変楽しいことですわよね」


「??」


 リーファは彼女が言った言葉の意味がいまいち理解できなかった。




「悪りぃな。選手交代だ」


 ゲインは腕を組み仁王立ちでこちらを睨むラランダに向かって言った。自分と同じぐらいの巨躯。しなやかな筋肉。黒髪を後ろでひとつに束ねただけだが美形なので実に絵になる。ラランダが言う。


「なに勝手なこと言ってるんだ、ゴリラ。あたいはまだマーガレットと……」


「どう見てもお前の勝ちだろ? 今のマーガレットにはお前は倒せねえ」


「なんだと?」


 ラランダが目を吊り上げてゲインを睨む。


「ダラスには話を通してある。俺も宝玉が必要だ。さ、早くやるぞ」


「……あんた、何者だ?」


 ラランダが腕を組みながらゲインを見つめる。見たこともないゴリ族の男であるが、強者であることは間違いない。族長ダラスに勇者パーティのマーガレットを平然と呼び捨てにする人物。そんなことができる奴は数えるほどしかいない。ゲインが答える。



「ただのゴリラさ、ゲインと言う名の」


「!!」


 ラランダが指をぽきぽき鳴らしながら言う。


「ほお、それは奇遇だ。実はあたいも昔そう言う名前の男に会ったことがあってね、一度手合わせして見たかったんだよ。そいつ無口で全然あたいに興味を示さない男でさ」


「……」


 になるゲイン。ラランダが一気に間を詰めて叫ぶ。


「そうだよ!! そうやって無口になる奴だったんだよ!!!!」



 ガン!!!!!


 ラランダの拳とゲインの拳が真正面からぶつかり合う。響く衝撃音。皆の腹の底まで響く。


 ガンガンガンガン!!!!


 そこからは拳と蹴りでの打ち合い。両者一歩も引かずに連続攻撃を仕掛ける。


「うおおおおおおお!!!!」


 ガン!!!!


 ラランダの渾身の一撃。それを両腕を交差させ受け止めるゲイン。同時に魔力が集まり始める。



「……火炎ファイヤ!!!!」


(!!)


 脳内詠唱。口で詠唱せずとも魔法を放てる上級スキル。それを見ていたリーファが驚いて言う。


「すごいな、あのドワーフの女」


「そうですわ。脳筋のくせに魔法まで一流ですから手に負えないのです」


 マーガレットもその実力を認めている。



「ふん!!!!」


 ボフッ……


 だがゲインは魔の前で発せられた火炎を手でつかみ取り強引に消し去る。ラランダが後退して驚いて言う。



「あんた規格外だな。あたいの魔法を握りつぶすなんてよ」


 想像以上の相手にラランダの興奮が高まって行く。これだけで分かる。相当な熟練者だと。ゲインが言う。


「もう十分だろ。宝玉を作ってくれねか」


「はあ? 何を言っている? 作って欲しけりゃあたいを倒しな」


 ゲインが大きく息を吐いて言う。


「分かってるんだろ? 俺には勝てねえって」


 ふたりの対決を見に集まって来ていたドワーフ質の顔色が変わる。里でも三本指に入るラランダ。その彼女相手に見慣れないゴリラが『降参』を要求している。



「……馬鹿なことを。あたいの顔を地面に叩きつけな。それが条件さ」


 そう言って再び構えるラランダ。観衆からは彼女を応援する声が飛ぶ。


「ラランダ、やっちまえ!!」

「ゴリラを倒せーーーっ!!!」


 宝造師ラランダ対、ゴリ族の男。いきなり始まった興味深い戦いに皆が盛り上がる。マルシェが言う。



「なんかいっぱい集まって来ましたね……」


「って言うか、なんでみんな酒飲みながら叫んでるのだ?」


 集まったドワーフ達は片手に酒の瓶を持って騒いでいる。中にはどちらが勝つか賭けを始める者まで出始める。マルシェが呆れた顔で言う。


「何やってるんですか、この人達……」


 マーガレットが答える。


「平常運転ですわ。これが彼らの」


 そう言ってゲインに賭け始める彼女は既にこの里の色にどっぷり浸かっている。ゲインが言う。



「じゃあ来いよ。希望通りにしてやるよ」


「ふん。生意気なゴリラが!!」


 ラランダはこれまでよりも更に俊敏に懐へと飛び込む。それは普通のドワーフ達では目に見えないほどの速さ。盛り上がる観客達。だがすぐに静寂となる。



 ガン!!!!


「!!」


 ラランダ渾身の拳。それを片手で受け止めたゲインが間入れず右拳を彼女の腹部へと叩き込む。



 ドフ……


 鈍い音。動かなくなるふたり。

 黙り込む観客。少しの静寂の後、ゆっくりとラランダが地面に倒れた。



「あがっ、が……」


 崩れるように倒れに顔を付けたラランダにゲインが言う。



「起きれるか?」


 そう言って手を差し出すゲインだが、ラランダは強烈な痛みに体が硬直して反応できない。



(この男、やはり……)


 ラランダは思った。そして倒れたまま尋ねる。



「あんた、ゲインなのか……?」


 ゲインがラランダの手を取り立ち上がらせる。


「どのゲインか知らねえが、俺はただのゴリラのゲインだ」


「ふっ、そうか……」


 ラランダも何かを理解したような顔で立ち上がり、そのままゲインと握手をする。



「うおおお!!! すげーぜ、あのゴリラ!!」

「最高だぜ!!!」


 盛り上がるドワーフの観客達。勝負には負けたがあのラランダが認めた相手。里でも三本指に入るラランダを一撃で沈めたゴリラに最大級の拍手と歓声が送られる。



(さすがですわ、ゲイン……)


 マーガレットはその懐かしき戦友を見つめ、思わず涙がこぼれる。久しぶりの再会。それでも昔と全く変わらず武骨で不器用で、そして頼りになる姿に涙が止まらなかった。

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