15.勇者の剣

「ゲイン、ちょっと付き合ってくれないか」


 魔王討伐後、勇者パーティの一員としてレーガルト王国に凱旋したゲイン。国王や民からの歓声や祝福に包まれた数週間。もう何度目か分からない戦勝記念のパーティに参加した帰りに、スティングがゲインに声を掛けた。

 夜の王城。空に輝く星空の下、ゲインが怪訝そうな顔で答える。



「俺でいいのか? お前に誘われたい女は山ほどいるだろう」


 赤髪のイケメンスティング。その強さはもちろん、甘いマスクはレーガルト中の女性を虜にした。女好きで美女と見るや否や声を掛けられずにはいられない性格もそれに拍車をかけている。スティングが笑いながら答える。



「最近ずっと忙しかったろ? たまにはお前とふたりで話をしたいんだ。付き合えよ」


「ああ、分かった」


 ふたりは夜の王城を抜け、真っ暗になった王国の大通りを歩く。夜の帳も下り、道行く人もまばら。暗闇のせいか、はたまたこんな時間に英雄が歩いているはずもないと思ったのか、誰もスティングとゲインだと気付かない。



「これからどうするんだ、ゲイン?」


 歩きながらスティングが尋ねる。


「さあ。まだ何も決めてねえ」


 ゲインが正直に答える。この後隠居生活を送ることになるのだが、この時点ではまだ何をしたいのか決めていなかった。ゲインが尋ね返す。



「お前は決めてんのか?」


「いや。まあ、でもこれまで会った美女を尋ねてまた旅をするってのもいいかな。今まで魔王討伐に必死で全然女の子に声を掛けられてなかったし」


 ゲインが苦笑して言う。


「どこがだよ。いつも女の尻追っかけて歩いてたじゃねえか」


「冗談言うなよ。俺は善人だぜ。魔王を倒した善人」


「まあ、悪い奴じゃねえってのは認めるよ」


 スティングが前を向いて言う。


「ありがとう。でも善人って早く死ぬんだよな……」


「ははっ、こりゃ面白い。魔王を倒したお前がどうやったら死ぬんだ? ぜひ知りたいもんだ」


「そうだな」


 笑い合うふたり。だがこの半年後にまさかそれが現実のものとなるとはゲインは夢にも思っていない。スティングが言う。



「なあ、ゲイン」


「ん? どうした」


 スティングは腰につけていた『勇者の剣』を抜き尋ねる。



「これ要るか?」


 少し驚いたゲインが首を振って答える。


「要らねえ」


「そうか。なら……」


 それを聞いたスティングが剣を構え、通りにあった大岩を見つめながら言った。



「この先の勇者の為にさ……」


 そう言うとスティングは高速で岩の前まで移動し、持っていた剣を気合と共に突き刺した。



 ドン!!!!!


 夜の通りに響く剣と岩の衝撃音。だがその見事なひと突きにより、岩を破壊せずに剣だけが突き刺さっている。剣の柄を持って力を入れ、抜けないことを確認からスティングが言う。



「この先また魔王が現れた時に、新たな勇者がこれを抜いてくれると願ってるよ」


「なに言ってるんだ。もう魔王はいねえ。勇者だってお前で最後……」



「現れるよ、きっと」


 スティングはその岩に突き刺さった剣をしばらくじっと見つめていた。






「なあ、ゲイン。私はあれに挑戦してみるけどいいか??」


 岩に突き刺さった『勇者の剣』を見て興奮気味にリーファが言う。ゲインは小さく頷きながら答える。


「ああ、好きにしな」


「よしっ!!」


 そう言って剣に近付く三名。岩に突き刺さった『勇者の剣』は時を経て汚れは見られるものの、あの当時の光るような輝きは失っていない。数多の強敵を葬って来たスティングの剣。十年ぶりの再会だ。



「お前、抜けるのか?」

「さあ、分かんねえけど抜けたら勇者ってことだろ?」


 ゲイン達の前に剣を見に来ていた屈強そうな男ふたりが『勇者の剣』を見ながら話す。ちょっとした王都の観光名所になっているようで勇者を懐かしむ者や、地方から来た若者などが挑戦しに訪れる。



「ん?」


 そんな先客を見ながらリーファが、壁に描かれた勇者パーティ一行の絵を見て首を傾げる。


「なあ、なんでこの絵にがいないんだ??」


「え?」


 そう言われて見つめる壁の絵。確かにスティングと両隣にいるルージュ、マーガレットの三名のみである。リーファがむっとした表情で言う。



「また露骨な『戦士外し』か。ここの人間は何を考えておる? よし……」


 リーファはすぐに近くの雑貨店に走り、何やら購入して来て戻る。



「何買って来たの? リーファちゃん」


「まあ、見ておれ」


 シンフォニアにそう答えたリーファは、手にした塗料と筆を持って壁の絵に向かって何やら描き始めた。



「おい、お前……」

「リーファちゃん」


 絵が得意なのだろうか。リーファはあっと言う間にスティングと並んでひとりの剣士の絵を描き上げた。それを見ながらリーファが満足そうに言う。



「よしできた。やっぱり勇者パーティはこうでなきゃな」


(リーファ……)


 三名だった勇者パーティに付け加えらえた戦士の絵。決して上手な絵ではなかったがゲインは心の中で小さくお礼を言った。対照的に心配そうな顔でシンフォニアが尋ねる。



「リ、リーファちゃん。勝手に描いちゃって大丈夫なの~? ふにゃ~……」


 青かった顔が更に真っ青になっているシンフォニア。リーファが笑って言う。


「大丈夫だ。正しいものに直してやったんだ。感謝されてもいいぐらいだぞ。な、ゲイン」


「ん? ああ、そうだな……」


 ゲインもそれに苦笑いで答える。




「あー、抜けねえ!!!」


 そんな皆の耳に、先ほどからずっと『勇者の剣』と格闘している男の声が響く。お互い交互に剣に手をかけては思いきり引き抜こうとするがびくともしない。涼しい風が吹く夕方の通りだが、既にふたりは汗だくになっている。ゲインに気付いたひとりが声を掛ける。



「お、あんたも挑戦するのか? ゴリ族? 強そうだな。頑張れよ」


「あ、ああ……」


 ふたりは両手を上げ、諦めた顔をしながら立ち去って行った。リーファが言う。



「さあ、では私がやるぞ!! 絶対抜いてやるっ!!!」


 ゲインはリーファの目を注意深く見つめる。



「よし、じゃあ行くぞ!!!」


 リーファが『勇者の剣』を両手で握り、気合を入れる。



「ふはあああああーーーーーっ!!!!」


 岩に足を掛け必死に引き抜こうとするリーファ。響き渡るリーファの声。だが無情にも剣はびくともせず抜ける気配はない。



「リ、リーファちゃん……」


 疲れで地面に座り込んで見守っていたシンフォニアが不安そうな声を出す。


「うぐぐぐぐっ……、ふはーーーーーっ!!! ダメだ、抜けん!!!」


 しばらく剣を掴んで叫んでいたリーファがついに諦める。汗を流しながら言う。



「なぜ抜けんのだ!? 私は勇者だろ」


 腕を組んで見ていたゲインが内心思う。



(なぜリーファに抜けない? 彼女は体現者だろう?? それともただ本当に硬く突き刺さっているだけの剣なのか?)


 最強の勇者として名を馳せたスティングの一撃。深く突き刺さった剣は確かに大人でも簡単に抜けるものではない。リーファが言う。



「ああ、そうか! 私は魔法勇者なのでこのような剣は要らないのだな。勇者の魔法杖があるに違いない。ゲイン、買ってくれ」


「は? なんだそりゃ……」


 余りの切り替えの早さにゲインが苦笑する。



「さ、じゃあ装備を見に行くぞ」


 そう言って歩き出そうとしたゲインにリーファが言う。



「お前は試してみないのか?」



 ゲインの足が止まる。シンフォニアも両手を合わせて言う。


「そうですよぉ~、ゲインさん強いし、きっと抜けるはずですよ~」


「……」


 ゲインが真横にある『勇者の剣』を見つめる。そしてそっとその柄に手を掛ける。



(スティング……)


 思い出される盟友スティングとの闘いの日々。眩しかった。羨ましかった。そして、



 ――カッコ良かった


 剣から手を放したゲインが笑顔になって言う。



「さあ、早く装備見に行くぞ。店が閉まっちまう」


「あ、それはまずい! すぐに行くぞ」

「ひゃ、ひゃい!!」


 慌ててふたりがゲインの後に続く。歩きながらリーファが尋ねる。



「うーん、お前の馬鹿力ならきっとあの剣も抜けると思ったのにな」


「ははっ、どうだろうな」


 そう笑いながら前を向いて歩くゲイン。

 彼の目にその体現者の瞳がどうなっているのかは見えなかった。

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