14.騎士団長ヴァーゼルの苛立ち

 コンコン……


 レーガルト王城の来客室前。朝食を食べたゲインが朝の冷たい空気漂う王城内を歩き、リーファ達が泊っている部屋の前まで来てからドアをノックする。

 今日は皆で装備を買いに行くと約束した日。ゲインの折れた剣、僧侶となったシンフォニアの杖、そして新たに魔法勇者と名乗るリーファの魔法杖を購入する予定だ。



「入るぞー」


 返事がない部屋に向かってゲインが少し大きめの声で言う。


「ああ、分かった。今開ける」


 それにリーファが答えゆっくりとドアを開ける。女の子ふたりが宿泊する部屋。ドアを開けた瞬間ふわっと甘酸っぱい香りがゲインを包む。



「ん? シンフォニアはどうしたんだ??」


 姿が見えないのを気にしたゲインが尋ねる。リーファが困った顔をしてそれに答える。


「まあ、ちょっと見てくれ……」


 そう言ってゲインを部屋の中にリーファが招き入れる。

 鏡台に置かれた化粧品、壁に掛けられた女物の服。ゲインが少し緊張しながら部屋に入ると、その僧侶志望の女の子はベッドの上で横になっていた。



「シンフォニア?」


 真っ白なネグリジェ。横になった彼女の豊かな胸の谷間がはっきりと見えている。少し視線を逸らしながらもぐったりした彼女の名前を呼ぶと、その呼び掛けにシンフォニアが首を少し動かして応える。青白い顔。薄目を開けてこちらを見つめる。リーファが言う。


僧侶の悲哀花プリーストフラワーの茎が伸びて伸びて大変なんだ。切ってもどんどん生えて来るし」


 ずっとシンフォニアの面倒を見ていたリーファも疲れ気味の様子。言われてみると確かにシンフォニアの美しいピンクの髪に薄緑の茎が幾線も絡まっている。


「あれからずっとこんな感じで彼女もぐったりなんだ。どうすればいい??」


 困った顔のリーファが尋ねる。ゲインはベッドに横になった彼女のあでやかな肢体に目が行かないよう注意し、声を掛ける。



「大丈夫か、シンフォニア?」


 シンフォニアが小さく答える。



「ふひぃ~……、ゲインしゃん……」


 ゲインは近くに立ってその顔を見て理解した。



「魔力切れ、だな……」


 魔力切れ。初心者、上級者問わずに自分の魔力量以上の魔法を使い続けると起こる現象。体中の力が抜け立つこともままならない。ボス級クラスとの決戦の際に数度見たことがあるこの状態。僧侶の悲哀花プリーストフラワーに魔力を奪われ続けたシンフォニアにもそれが起きていると考える。リーファが尋ねる。



「魔力切れ? この茎に魔力を奪われているからか?」


「恐らく」


「なるほど。だからずっと伸びて来ていたのか」


 リーファがシンフォニアの髪に絡んだ茎を見て納得の表情になる。そして尋ねる。



「じゃあ魔力を抑えられれば茎の成長は止まるってことなのか?」


「その通り。ルージュも付けているがこれは常に魔力を制御、コントロールする訓練なんだ」


「そう言うことか」


 リーファが何度も頷いてシンフォニアを見つめる。ゲインが言う。



「とりあえず今は魔力切れを起こしているのでこれ以上伸びることはないだろう。シンフォニア、聞こえるか? 魔力を抑え、コントロールしてみろ」


「魔力を、抑えて……、コントロールぅ……?」


 ヘッドに横たわるシンフォニアが虚ろな目で答える。


「ああ、そうだ。それができるようになればもう茎に悩まされることはない。やれそうか?」


 ゲインの問いかけに小さく頷いてシンフォニアが答える。



「が、頑張りますぅ~、やってみますぅ~、ふにゃ~……」


 そのまま目を閉じ眠りにつくシンフォニア。リーファが薄い布団を掛け直しゲインに言う。



「と言う訳だ。今から買い物はちょっと無理そうだ。行けそうならば呼びに行くよ」


「分かった。じゃあしばらく部屋に居る」


 ゲインはそう伝えると軽く手を上げ部屋を出た。






「おい、お前」


 リーファ達の部屋を出て、レーガルト城内を歩いていたゲインに背後から男の声が響いた。石煉瓦で作られた王城。大きな声は意外とよく響く。ゲインが振り返り声をした方を見る。


「俺のことか?」


 ゲインの視線の先、そこには白銀の髪をしたイケメンの男が美女三名を連れて立っている。切れ長で髪同様に銀色の美しい目。すらっとした長身の立ち姿はそれだけで絵になる。男が一歩前に出て言う。



「お前がルージュ様に媚び売っているというゴリラか?」


「……どういう意味だ?」


 挑戦的な男の目。あからさまに見下した態度にゲインも苛立ちを見せる。男が白銀の髪をかき上げながら言う。



「この歴史あるレーガルト王城に、貴様の様なゴリラは似つかわしいと言っているんだよ。それぐらい感じ取れよ。それとも分からないのか? ゴリラだから」


「ぷっ、クスクス……」

「ゴリラが驚いて固まってる~」


 男の取り巻きの女達がゲインを見て笑い出す。男が言う。


「私はレーガルト王国騎士団長ヴァーゼルだ。どうやってルージュ様に近付いたか知らぬが、お前のようなゴリラがここらをうろつくなど許されぬ行為だ。『恥』と言う言葉を知っているならば早々に立ち去るが良い!!」


 ヴァーゼルは右手を前に差し出し強い言葉で言い放つ。連れの女達も冷たい視線をゲインに向け馬鹿にした表情を浮かべる。ゲインが面倒臭そうな顔で答える。



「俺が居て何かお前らに迷惑掛けてんのか?」


「迷惑? ふっ、その存在自体が迷惑なんだよ。それが分からぬのか??」


 ヴァーゼルが鼻で笑ったような態度で言う。どうでもよくなったゲインが片手を上げ立ち去りながら言う。



「俺だってこんな場所に長居はしたくねえ。用事が済んだらとっとと出てくよ。じゃあな、騎士団長さん」


 そう言って背を向け立ち去るゲイン。その態度にイラっと来たヴァーゼルが、腰につけたに手を掛け叫ぶ。



「貴様っ、この騎士団長ヴァーゼルに対し何たる無礼な態度!! このまま黙ってお前を……」



「おい」


 ゲインが背を向けたまま言う。動きが止まるヴァーゼル。ゲインが言う。



「それ抜いたらそれ相応の覚悟をしろよ。お前も騎士だろ? この意味、分かるな」



「ぬぐっ……」


 黙り込むヴァーゼル。なぜかレイピアに掛けた手が動かない。ゲインは背を向けたまま軽く手を上げて立ち去って行く。



「ヴァーゼル様……??」


 取り巻きの女達が固まって動かなくなった騎士団長を心配そうに見つめる。ゲインの姿が見えなくなった後、体が動くようになったヴァーゼルが上ずった声で言う。



「こ、ここは王城内。私闘はご法度だ。それはあのゴリラも分かっているだろう。さ、行くぞ」


「あ、はい!!」


 女達は髪を靡かせてゲインとはの方向へ歩き出すヴァーゼルの後に続く。



(くそっ!! なんだ、あのゴリラ!! この私に対してあの態度。許せぬっ!!!)


 大きな音を立てて廊下を歩く騎士団長ヴァーゼル。この胸に初めてゴリラ男への憎悪が刻み込まれた。






(ああ、面倒臭せぇー、やっぱ人が多い王都はロクな場所じゃねえな)


 ひとり部屋に戻ったゲインはソファーに腰かけバナナを頬張りながら、先程の騎士団の件を思い出していた。山で隠居していた頃は誰とも交わらずにいたのでこんな事は決して起きなかった。



「ま、それでも王都のバナナは美味しいからいいけどな」


 そう言ってルージュが差し入れてくれたバナナをばくばく食べる。さすが王都。一流の品が入って来る交易の中心地であり、バナナも上物が手に入りやすい。



 コンコン……


 しばらく部屋でバナナを堪能していたゲインの耳に部屋のドアをノックする音が聞こえる。



「ん? 頼んでおいたバナナの追加が来たかな?」


 ゲインはルージュにお願いしておいた追加バナナが来たかと思い、急いでドアを開ける。



「よお、待たせたな。ゲイン」


 そこには金色の髪をした少女リーファと、未だあまり顔色が優れないシンフォニアが立っている。



「なんだバナナじゃないのか」


 がっかりした顔のゲインにリーファが言う。


「失礼なやつだな。どう見たらこんな可愛い女の子がバナナに見える? やっぱり馬鹿なのか、お前」


 相変わらず辛辣なリーファ。開口一番『バナナじゃない』と言われれば当然のことだが。



「もういいのか? シンフォニア」


 リーファの後ろに立つシンフォニアにゲインが尋ねる。青い顔をしたシンフォニアが小さな声で答える。



「ひゃ、ひゃい~、何とか大丈夫ですぅ。歩けるようになりましたから、ふにゃ~」


 全然大丈夫そうには見えないが、恐らくリーファに急かされて無理やり連れて来られたのだろう。ゲインが心配そうな顔で尋ねる。


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫と本人が言っておるだろ。さ、行くぞ」


 やや心配であったがゲインはすぐに支度をしてふたりと一緒に王都の大通りへと向かう。





「おお、こんな時間でも結構賑わっているもんだな!!」


 大通りに出た三人。夕方近くになっているが人通りは多い。雑貨店や食料品販売店、カフェやレストランに混じって装備屋もある。リーファが嬉しそうに言う。


「新しく魔法杖を買わなければな! 何せ私は魔法勇者。あ、あとゲインに折られた剣も新調しなきゃな」


 先の騎士団の生きる屍アンデッドとの戦いで勝手にリーファの剣を使って折ってしまったゲイン。自分の剣も折れてしまっており新たに新調しなければならない。



「わ、私の杖もお願いしますですぅ~、はふ~」


 ふたりの後をひいひい言いながらついて来るシンフォニアも同じく杖を揃えなければならない。


(結構買わなきゃならねえな……)


 そんな風に思って歩いていたゲインの耳に、リーファがある場所を指差しながら口にした言葉が聞こえる。



「おっ! ゲイン、あれは何だ? 『勇者の剣』って書いてあるぞ!!」


 それは通りの隅ある大岩に突き刺さった一本の剣。美しい装飾の施された見事な剣で、その後ろに建てられた壁には勇者スティングパーティの絵が描かれている。リーファがその壁にあった説明文を読み上げる。



「なになに、『これは勇者スティングが残せし勇者の剣。これを抜きし者にこの剣を与え、勇者と認める』だってよ!! おお、勇者の剣だ!!!」


 興奮するリーファ。

 その前に立ったゲインは、昔ここでスティングと交わした話を思い出した。

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