13.やはりゴリラは目立つようです。

 平日午後のお洒落なカフェ。そこでお茶を飲んでいたゲインとルージュに、冒険者風の男ふたり組が絡んできた。髪型を変え、メガネをかけて変装したルージュに気付いていない様子。イキがる男が声を大きくして言う。


「目障りだぁ!? ああ!? ふざけんなよ、このゴリラっ!!!」


 そう言って座っていたゲインの襟首を掴む。突然起こった喧嘩に周りにいた人達が逃げるように距離を置く。たまらずルージュが声を出す。



「ちょ、あなた達……」


 それを手で制するゲイン。



(ああ、全然たぎらねえ……)


 男を睨みつけて言う。



「もう一度だけ言う。消えろ。俺はには興味がねえ」


「な、なんだとぉ!? てめえぶちのめされなきゃ分かんねえのか!!!!」


 そうイキった男が拳を上げた時、通りの方から大きな声が響いた。



「こらー!! そこっ、何してる!! 私的喧嘩は禁止だぞ!!!」


 白い制服にレーガルト王国紋章を身に付けた治安警備隊。騎士団の代わりに王都内の治安を守る警察のような存在だ。禁止されている私的喧嘩が見つかれば投獄は免れない。

 男は掴んでいたゲインの襟を放し、両手を上げながら警備隊に言う。



「なーんにもしてませんよ~、大丈夫です、大丈夫です~、それじゃあ」


 そう言ってちらりとゲインを睨んでからふたりは逃げるように去って行った。しかし今度はルージュが頭を隠す様にテーブルに伏せる。


「やばっ!! あいつらに見つかったら、私……」


 王都の治安警備隊はルージュの部下に当たる。今日は休日でお忍びでここに来ていたが、ただでさえそんなところを見られたくないし、揉めごとまで起こしかけていたとなったら顔が立たない。頭を抱えるルージュに店主がやって来て言う。



「ご迷惑をかけしました。もう大丈夫です。あの方々には私から説明しておきますので」


 恐らく治安警備隊は店主が呼んだのであろう。絡まれたゲイン達には迷惑が掛からないよう説明してくれるらしい。椅子に座り直したゲインが笑って言う。


「だってさ。もう大丈夫だぞ」


「うん……」


 ようやく顔を上げるルージュ。周りの客達も警備隊や逃げて行った男達をチラチラ見ながら椅子に戻っていく。警備隊に説明している店主を見ながらゲインが言う。



「俺は全然人と交わって来なかったけど、やっぱりこの姿ってのは絡まれやすいんだな」


「そうね。王都は大きな街だけどゴリ族の人ってほとんどいないしね」


「子供には人気あったぞ。めちゃくちゃ触られた」


「ぷっ、そうなの? 良かったじゃん」


 ようやく笑顔の戻ったルージュを見てゲインはひと安心した。




「ちっ、あの店主、警備隊なんて呼びやがって!!」


 一方の逃げた冒険者。警備隊の拘束だけは避けようと、後ろを何度も振り返りながら急ぎ通りを走っていた。



 ドン!!!


「ぐわっ!?」


 そして前をよく見ていなかった男が何か硬い物にぶつかり尻餅をつく。そして叫ぶ。



「な、なんだ、てめえ!! 気を付け……、ろ……!?」


 男の声のトーンが急に落ちる。彼がぶつかったもの。それは白銀の鎧を纏った紛れもない騎士団。それだけでも大変な事なのに、なぜか剣を構え足元がふらついている。もうひとりの男が青い顔をして言う。


「ご、ごめんなさい!! 前をよく見ていなくて……、え?」


 謝る男の脇腹に、それまで騎士団が持っていた剣が突き刺さっている。流れる鮮血。騎士団は上半身をあり得ない角度で曲げ、剣を突き刺して来た。



「ぎゃああああ!!! 痛てえ、痛てえよおおお!!!!!」


 男が刺された脇腹を押え、後ろに倒れる。



「きゃあああああ!!」

「な、何だあれは!!!!」


 明らかにおかしい騎士団。足を逆に曲げてふらふら歩く姿は、平和な午後の王都には似つかわしくない異様な光景であった。





 その異変に最初に気付いたのはゲインだった。


「何か今、声が聞こえなかったか?」


 冷めたハーブティを飲んでいたルージュが周りを見て答える。


「ううん、別に」


「そうか。気のせいか……」


 そう言って再び運ばれてきたバナナジュースを一気飲みするゲイン。しかしその目に通りを慌ただしく駆ける警備隊の姿が目に映る。ルージュに言う。



「なんかあったみたいだぞ」


 その姿を見たルージュも頷いて答える。


「そうね」


「行くか」


「ええ」


 ふたりが同時に感じる嫌な予感。それは勇者パーティ時代に何度も経験したある種危機管理能力。代金をテーブルに置くと、ふたりはすぐに通りを駆け出す。



「うわあああ、く、来るな、来るなっ!!!」


 通りは辺り一面血に染まっていた。

 騎士団は男を刺した後、すぐに駆け付けた治安警備隊にも問答無用で斬りつける。警備隊も必死に応戦するが剣が一切通じない。

 この頃になってようやく皆が気付いたのだが、相手にしていたのは騎士団でも人でもない魔物。それも凶悪な生きる屍アンデッド。先にゲイン達が祓った個体と違い、今回はきちんと兜もあるので直ぐには見分けがつかなかった。



「ルージュっ!!」


「ええ、大丈夫任せて!!」


 現場に辿り着いたゲイン達。すぐにその敵の正体を見抜き戦闘態勢に入る。しかしその前に治安警備隊が両手を広げて立ち大声で言う。



「下がってろ!! 素人が何をしようとする!!!」


「あいつはやべえ奴だ!! 俺が今……」


 ドン!!!



「ぐっ!?」


 不意に警備隊に押されたゲインが後ろへよろめく。


「お前はさっきのゴリラか!!! せっかく見逃してやったのに何を考えている!! とっとと消えろっ!!!」


 その警備隊は先程カフェで駆け付けた者であった。店主の説明でそのまま立ち去ったが、内心このようなゴリラが治安を乱すことは許すまじことと思っていた。ルージュがゲインの体を支え言う。



「あなた達っ!! 何て失礼な……」



「ぎゃああああ!!!!!」


 再び現れた騎士団の生きる屍アンデッド。警備隊程度が勝てるはずもなく、次々と斬られていく。ゲインが拳を強く握り言う。



「ルージュ、頼んだぞ!!」


「ええ!!」


 それに呼応するようにルージュが魔法の詠唱を始める。



「はあっ!!!」


 警備隊の隙間を縫って、ゴリラゲインが一気に騎士団の生きる屍アンデッドに接近する。すぐ傍には先程イキがっていた冒険者の男。地面に倒れ、涙を流しながら震えている。


「助けて、助けてくれよ……」


 そんな彼の前にそのゴリラは一瞬で現れ、敵の懐に入って強烈な拳を放った。



 ドン、ドドドドド、ドオオオン!!!!


 地を割るような衝撃。空間に響く低い音。ゴリラの強烈な拳が連続で撃ち込まれる。



 ギギッ、ガギギギッ……


 突然の衝撃に鎧が軋み、ふらりと後ろへ仰け反る。そしてゲインがすっと横へ移動する。



「……主、女神マリアの名の下にそのを浄化せよ。高回復ハイキュア


 後方で魔法を詠唱し終えたルージュ。次の瞬間、騎士団の生きる屍アンデッドより白い炎が巻き起こった。



 ゴオオオオオオオ……


 高レベルの僧侶が使えるという回復魔法を使った生きる屍アンデッドの浄化。勇者パーティ時代に何度も使ってきたこの魔法。長い年月が過ぎようとゲインとルージュの息はぴったりであった。



 ガガッ、ゴゴゴゴッ……


 生きる屍アンデッドは先のリーファの時と同様にぼろぼろになって崩れ落ち、最後は静かになって動かなくなった。

 湧き上がる歓声。拍手。そんな声の中、治安警備隊はその青き髪の女性を見て青ざめて言う。



「ル、ルージュ様……!?」


 急ぎ走って来たルージュ。アップに纏めた髪はすっかり崩れいつもの髪形に戻ってしまっている。そして強力な僧侶魔法。周りの警備隊が皆、片膝をついて頭を下げる。


「ま、まさかルージュ様とはつゆ知らず、何と無礼なことを!! 申し訳ございません!!!!」


 先程横暴な態度を取った警備隊が土下座し、地面に頭を擦り付けて謝罪する。ルージュが空を見て思う。



(あーあ、デート終わっちゃった……)


 ルージュは『大丈夫よ』と笑顔でそれに応え、怪我人の治療を始めた。




「あ、あんたは、さっきの……」


 生きる屍アンデッドが浄化された傍、腰が抜けて動けなくなった冒険者の男が仁王立ちするゲインを見てつぶやく。


「う、嘘だろ!? ルージュ様の護衛だったなんて……」


 あまり見かけないゴリ族の男。ただそれが国防大臣ルージュの護衛だとしたら納得がいく。警備隊に拘束されるどころか、国の英雄に喧嘩を売ってしまった。男が体をぶるぶると震わせて言う。


「ゆ、許してくれ……、あんたがそんなのだと知らずに……」


 ゲインが生きる屍アンデッドの浄化を確認してから、その男の言葉に答える。



「早く治療して来い」


「え?」


 きっと殴られるだろうと思い体を強張らせていた男にゲインが言う。



「言ったはずだ。俺はには興味がねえ。早く行け」


「は、はいーっ!!」


 男はもうひとりの怪我をした仲間に肩を貸し、治療しているルージュの元へと歩き出す。



(何が起きている? この王都で……)


 ゲインは再び起こった安全な地での魔物騒動を思い真剣な顔となる。何かが暗躍している、元勇者パーティだった彼の直感がそう告げていた。





生きる屍アンデッド化実験、まずまずの成果を得られましたね」


 魔物騒動に混乱する通りを、少し離れた建物の影から見つめるふたりの黒いローブの男。ひとりがそうつぶやくと、もうひとりの男がそれに答えた。


「今回は頭もしっかりついていたので進歩しています。完成までもうひと息。ここが踏ん張りどころです」


「そうですね。しかし、あのゴリラ……」


 そう答える男の目にゴリラの男の姿が映る。



「ゴリ族? 何者でしょうか。相当な手練れです」


「ですね。まあ国防大臣の供ですから当然でしょう。計画に支障はありません。このまま続けましょう」


「ええ、そうですね」


 ふたりの男は騒動が落ち着き始めるとふっと姿をその暗い路地へと消した。





「あ~ん、リーファちゃん、早く切って~!!」


「わ、分かってる!! ちょっと静かにしてろ!!」


 同じ頃、王城の来客室では、髪に付けた僧侶の悲哀花プリーストフラワーの成長した茎に大苦戦するリーファとシンフォニアの姿があった。



「ふひゃ~、なんでこんなに伸びるのよ~!?」


 一行に花は咲かず、茎だけがにょろにょろと伸びまくる。リーファがハサミを手に必死にそれを切るがどんどん伸びて来てキリがない。


「黙ってろ! 集中できん!!」


「ぐひゃ~……」


 リーファに怒鳴られしゅんとなるシンフォニア。

 魔力が開放状態にあればどんどん伸びる僧侶の悲哀花プリーストフラワー。魔力放出を押えればその成長も止まるのだが、それを彼女が知るのはもう少し後のことである。

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