12.ルージュdeデート

「お待たせ~、ゲイン」


「ん、ああ、来たか」


 ルージュと再会した日、ゲイン達はそのまま王城の来客室に宿泊。シンフォニアの訓練の為に数日ほど王城に滞在することとなった。

 そして迎えた朝、ルージュとのの為に王都中央公園の噴水の前で待っていたゲインにルージュが小走りにやって来た。



「待った?」


「あ、いや、別に……」


 ゲインはルージュの変装した姿にやや戸惑う。

 ミディアムヘアの髪はアップに纏められ、鍛錬用の金色の花が耳元に付けられている。顔には赤いメガネ。薄緑の花柄をあしらった清楚なワンピースに、靴は彼女の髪の色と同じ青のパンプス。普段の国防大臣としての凛としたルージュとは違い、それはまるで恋にときめく学生のような姿だった。

 ルージュが腕を後ろに組んでやや前屈みになって尋ねる。



「どお?」


「どおって、何が?」


 つまらない返事をするゲインにルージュが言う。



「本当に気の利いた言葉ひとつ言えないんだよね~、ゴリラだから仕方ないか。くすくす」


「何だよそれ。主語のない質問に答えられる訳ないだろ」


 ルージュが笑って返す。



「主語~? じゃあ、主語は私」


 にこにこするルージュにゲインも返す。



「お前? お前はルージュだ」


「……つまらないゴリラ」


「だからどうしろって言うんだよ!!」


 ルージュが笑顔になりゲインの腕に手を絡めて言う。



「いいよ、それで。じゃ、行こっ!!」


「わわっ、おい、やめろって!?」


 恥ずかしがるゲインを無理やり引っ張り、ルージュが歩き出す。





「変装。一応国防大臣だからね。みんなに知られると面倒なんで」


 歩き出したルージュが赤いメガネに触れながら小声で言う。勇者パーティの英雄で国を守護する国防大臣。若くて美少女のルージュは国民からも人気があり普段は王都など歩けない。


「人気者は大変だな」


「あなたも王城に来なさいよ」


「いや、遠慮する。そう言うタマじゃねえ」


「まあ、否定はしないけど」


 くすくす笑うルージュにゲインも苦笑する。



「あ、あれいいね!」


 そんなルージュが露店で売られている帽子に目をつけ駆け寄る。ゲインも遅れてその後に続く。ルージュが露店に掛けられている探偵が好みそうなハンチング帽を手に取りゲインに言う。


「これ被って見てよ。きっと似合うわよ」


「帽子? ん、まあいいか……」


 ずっとフード付きのコートを羽織っているゲイン。王都でも珍しいゴリ族のような姿なのであまり目立ちたくないと思いフードを被っている。だがそれが却って怪しげな格好になり人目を引いてしまっている。



「いいじゃん! 似合ってるよ。これ買ってあげるね」


 フードを外しハンチング帽を被ったゲイン。店主は珍しいゴリラ男に驚いているが、ルージュはお構いなしに代金を手渡す。ゲインが言う。



「いいのか、こんなもの?」


「いいよ。中々のイケメンゴリラじゃん!」


 露店にある鏡に映った自分を見るゲイン。確かに良く似合っている。


「ありがとう。貰っておくよ」


「いいよー」


 そう軽く返事をして再びルージュが歩き出す。




 太陽の光が暖かい王都中央通り。休日ではないが、レストランや露店が立ち並ぶ通りはたくさんの買い物客で溢れている。ゲインが尋ねる。


「今日仕事は良かったのか?」


「有給取った。大丈夫よ」


「そうか」


 ゲインは一応勤め人であるルージュを思い頷いて答える。ルージュが中央公園の広場を指差して尋ねる。



「あの辺りだったよね。生きる屍アンデッドが出たの」


 ゲインもその示す方を見て答える。


「ああ、あの辺りだ。だが王都内に魔物ってどういうことだ?」


「そうなのよ。今、治安部隊の方で色々調べて貰っているけど、やっぱり不可思議なことよね」


 王都の周囲は強い結界で守られている。結界が破られた形跡もないので事実上、ここにいきなり魔物が現れることは考えにくい。ゲインが言う。



「じゃあ、誰かが王都内で召喚したとか?」


 ゲインの言葉にルージュも国防大臣の顔になって答える。


「その可能性が高いわ。うちもその線で調べてる。それ以外考えられないしね」


「だとしたら厄介だな。また現れる可能性もある」


「そうね。そうなったらまた助けてくれる?」


 そう言っての顔に戻ったルージュがゲインを見つめて尋ねる。



「いいけど、俺は魔法付与しないと奴らは祓えない。騎士団揃えた方がいいじゃねえか?」


「うん。準備はもうしているわ。そうねえ、ゲインも何か属性付与が自分でできるといいわよね~」


 昔は勇者スティングや属性付与ができる魔法使いと一緒だったから良かったが、今のメンバーではまだそれは不可能。ルージュが尋ねる。



「メンバーって言えば、あの金髪の女の子。リーファちゃんって言ったかしら。彼女の管理は大丈夫なの?」


 リーファの体現者としての能力。放置するには危険すぎる力だ。


「分からねえ。とにかくめちゃくちゃだ。レッドドラゴンとか黒いサイクロプスとか呼び出しちまうし、世界を滅ぼすような力だぜ。あれ」


 ルージュが驚いた顔で尋ねる。



「え? レッドドラゴン?? 黒いサイクロプスですって!? それってどうしたの??」


「ああ、俺が倒した」


「ゲインが? ひとりで??」


「ん……、まあ、そんなところだ」


 ルージュは驚いた。そのクラスの魔物が出現したこともそうだが、それをゲインがソロ討伐したという事実に。ルージュが言う。



「勇者、できるんじゃない? ゲイン」


「分かんねえが、強い奴らと戦っている時は、なんかこう体の中が滾って来るんだ。抑えられない感情とかが」


(ゲイン……)


 ルージュは知っている。それを同じことを言っていた昔のパーティのリーダーを。



「あー、やっぱり私も行きたいな~、どうして選ばれなかったんだろう……」


 同行はダーシャから不可と言われたルージュ。自分の実力、今のゲインの話を聞いてやはり彼の傍に居たい。ゲインが言う。



「それは仕方ないだろう。お前にはお前のやるべきことがあるんじゃねえのか」


「うん、それは分かってるけど……」


 頭で分かっているが気持ち的に納得できない。どうしてそれが分かってくれないのかとルージュがちょっとむっとする。その時ゲインが露店のある物を見て声を上げる。



「お、おい!? あれは一体何なんだ!?」


 それは露店で売られている。棒に刺さったバナナにチョコがたっぷりと掛けられている。ルージュが答える。



「なにって、チョコバナナでしょ? 食べたいの?」


「チョコバナナだって!? そんなものがあるのか!! 食べる、食べたい!!」


 そう言ってひとり露店へ駆けだすゲイン。そして料金を払い、両手にチョコバナナを手にして勢いよく齧り付く。



「う、美味いっ!! これは美味いぞっ!!!!」



(ゴリラだ。やっぱり……)


 そんなゲインの姿を見てルージュが苦笑する。



「甘いバナナに甘いチョコはどうかと思ったが、くどくないチョコが絶妙に合っている。パリッとした食感と柔らかなバナナもコラボレーションも素晴らしい!! 棒に差すという携帯性を追求したこのフォルムもこの上なく美しい。ああ、なんて素晴らしいんだ!! そう思うだろ、ルージュ」


 ひとりバナナの世界に入っているゲインにルージュが苦笑して答える。


「そ、そうね。凄いよね……」


 そう答えたルージュにゲインがチョコバナナを差し出す。


「さあ、遠慮しないで食べてくれ。バナナは健康にもいい。こうしてお前とバナナを食べられるとはなんか感慨深いものがあるよな」


 完全にゴリラ思考となっているゲインにさすがのルージュも呆れ顔になる。



(ま、でも今度美味しいバナナでも買って来てあげようかな)


 そう思いながらもやはりゲインの喜ぶ顔が見たい。ルージュは王都にあるフルーツ屋を思い出した。





「ちょっとお茶しない? あそこのカフェ。可愛いでしょ、一度入ってみたかったんだ」


 しばらく王都を歩いたふたり。少し歩き疲れたルージュが以前から気になっていたカフェを指差して言う。


「ああ、いいぜ」


 周囲からはゴリ顔のゲインに視線が集まる。様々な種族が集まる王都レーガルトだが、ゴリ族の姿はほとんど見かけない。オープンテラスの風が心地良いテーブルに座ったふたり。ルージュが注文を聞きに来た店員に言う。



「私はハーブティね。あなたは?」


 腕を組んだまま座っているゲインが答える。


「バナナジュースを頼む」


「あ、はい!」


 偶然メニューにバナナジュースがあったから良かったものの、『ゴリラがバナナを頼む』という構図に店員が笑いを堪えながらその場を立ち去る。ルージュが呆れた顔で言う。



「あなた本当にバナナが好きなのね」


「ああ、当然だ。お前は好きじゃないのか」


「好きよ。また今度一緒に食べましょ」


「ああ、それはいいな。楽しみにしてるぞ」


 そう言って運ばれてきたバナナジュースを一気飲みするゲイン。苦笑するルージュ。ハーブティーをひとくち口に含んだルージュが尋ねる。



「これからどうするの?」


「どうするって、魔王退治だ」


 ルージュはゲインの口元についたバナナジュースをハンカチで拭き取ってあげてから言う。



「そうなるとやっぱりあれが必要ね」


「あれって、ああ、『退魔の宝玉』か」


「そう。あれがないと勇者がいても勝てないわ」


『退魔の宝玉』、それは魔王の力を半減させる光属性の宝玉。十年前の戦いでも『退魔の宝玉』を使い、弱った魔王を勇者スティングが討伐した。ゲインが尋ねる。



「今どこにあるんだ?」


 ルージュが両手を上に挙げて答える。



「分からないの。あれってマーガレットが管理してたでしょ? 魔王もいなくなったしもう必要ないと思ってそのままにしておいたんだけど、まだマーガレットが持ってるのかな?」


「マーガレットとは連絡とってないのか?」


「ないわ。あなた同様、私の前からいなくなったんだもん」


「……」


 それを言われると辛い。もう自分の役目は終わったと思ったゲイン。連絡なしでいなくなったのは悪いと思ってはいるが、勇者パーティに未練もなかった彼からすれば魔王討伐後は勝手に解散するものだと思っていた。ゲインが言う。



「マーガレットを探さなきゃならねえな」


「そうね。あとあのリーファちゃんが光魔法を使えるかもね」


「ああ、そうだな」


 魔王を退ける『退魔の宝玉』は光魔法に反応してその力を発揮する。スティングの時はそれを魔法使いマーガレットが担当していた。今後それを使うとしてもリーファに光魔法の才能がなければ魔王討伐も行き詰まる。ゲインが言う。



「まあ、そこは徐々にやっていくよ」


「そうね」



「そう言えばひとつ聞きたいことがあった」


 そう尋ねるゲインにルージュが身を乗り出して答える。


「なになに? 私のこと?? まだ独身よ」


「それは知ってる。そうじゃなくて、『戦士ゲイン』ってどうしてあんなに嫌われているんだ??」


 ゲインの声がやや小さくなる。ルージュがあからさまに不服そうな表情になって尋ねる。



「勇者パーティ像、見た?」


「ああ、見た。俺のだけ破壊されていた」


「本当にそれ!! あったま来ちゃうわ!! 見つけ次第厳罰を下しているのに全然減らないの。死罪にしようかしら」


 ひとり顔を真っ赤にして怒るルージュにゲインが尋ねる。



「それで理由は何なんだ? 俺が嫌われている」


「ああ、そうだった。理由ははっきりしないけど、多分嫉妬ね」


「嫉妬?」


 身に覚えがない状況にゲインが首を傾げる。



「そう。スティングは魔王を倒して称えられて『スティング信仰』みたいなものまでできちゃってるんけど、その、あなたは彼にくっついていただけで『何もしなかった』という評価をされているの。それなのにたくさんの報奨金を貰っているから……」


 ルージュが申し訳なさそうな顔になって言う。


「なるほどね。そう言う訳か……」


 それで『偽善者』とか『金魚のフン』とか言われていた訳だと納得した。ルージュが言う。



「そんなことないのは私は知ってるわよ。あなたがいなければ魔王討伐なんてできなかったし、それはスティングもよく言っていたこと。だから私もあなたの汚名返上の為に王都にも勇者資料館を作ってきちんとあなたの功績を展示したんだけど、どうも評判が良くなくって……」


 大体の想像はつく。おおよそ国のプロパガンダとでも言われたのだろう。ゲインが再度注文したバナナジュースを一気飲みして言う。



「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」


「ゲイン……」


 申し訳なさから一変、少しだけ救われた気持ちになったルージュに横から太い声が掛けられた。



「お、可愛いネエちゃんがいるのによお、連れはゴリラか?? ギャハハハ!! 俺達と来いよ、楽しいことしようぜ~」


 変装したルージュに気付かない冒険者風の男ふたり組。ルージュの腕を掴もうとしたその男にゲインが言う。



「消えろ。目障りだ」


「ああっ!? てめえ、ゴリラの分際で人様に楯突く気か!!?? ぶっ殺されてえのかぁああ??」


 大声で怒鳴る男に周りの客達は驚き立ち上がって距離を取り始める。ゲインは面倒臭そうな顔をしてイキがる男を睨みつけた。

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