11.プリーストフラワー

「そ、それでどうして、そのぉ、ゲインさんがルージュ様と、ふ、ふたりきりでデートをしなければならないのですか~??」


 ルージュの執務室を出て、王城内にある待機所で待っていたリーファとシンフォニアを迎えに行ったゲイン。長いこと待たされて不安だったふたりに、ゲインはシンフォニアへの指導の条件としてルージュとデートしなければならないことを説明した。

 シンフォニアの問いかけに戸惑いながらゲインが答える。



「い、いや、デートじゃねえ。その、ルージュとふたりで、その、何だ……、王都を歩いて買い物したりメシ食ったりするだけで……」


「デートじゃないか。それを他に何と言うんだ?」


「うっ……」


 子供とは思えない鋭いリーファのツッコみに、おっさんゴリラが黙り込む。シンフォニアが尋ねる。



「わ、私への指導は分かりますけど、ゲインさんがデートだなんて……、そのぉ、なんと言うか、寂しいじゃなくてぇ~、ふにゃ~……」


 悲しさのあまり、話しながらまるで溶けるように力が抜けていくシンフォニア。

 ルージュはその能力の高さはもちろん、『可愛い』という言葉が陳腐に聞こえるほどの。そう、かなり年上なはずなのに自分と変わらないほどの若々しさを保っている。リーファが言う。



「そもそもどうしてお前がルージュ様と知り合いなんだ?」


 それはシンフォニアも聞きたかった質問。相手は勇者パーティの一員で、さらに国防大臣。山に住んでいたという一介のゴリラが気軽に話しかけられる相手ではない。困った顔をしたゲインが答える。



「いや、その、なんて言うか、ちょっとした知り合いって言うのか……」


 ゲインはふたりには自分の正体を知られたくなかった。

 旅を始めてすぐに知った『剣士ゲイン』への逆風。今でこそゴリラになって皆からバレずに済んでいるが、もし自分があのだと知れたらふたりにどんな難癖が付けられるのだろうか。今はただのゴリラでいい。魔王を倒すゴリラで。リーファが首を傾げて言う。



「知り合いねえ、まあいいが。それよりどうして魔王を倒すのに、ルージュ様とデートしなきゃならんのだ?」


 ゲインが両手を広げて説明する。


「だからさっきも言ったけど、ルージュは天才僧侶でシンフォニアの能力アップにはあいつの指導が必要なんだよ。今、お前らにスライム以上の魔物が倒せるのか?」



「さっき倒したじゃないか。鎧着た生きる屍アンデッドを」


「うっ……」


 そう言えば先程魔物の中でも強い部類に入る生きる屍アンデッドをリーファが倒した。魔法を覚え強くなった自称勇者。ゲインが頭を抱えて言う。



「どちらにしろお前らにはもっともっと強くなって貰わなきゃならないから。さ、行くぞ」


 歩き出そうとしたゲインにシンフォニアが尋ねる。



「え? 行くって、どこへですか~??」


 ゲインが振り返って答える。



「どこってルージュの部屋」


(ぎゃ~!!!)


 シンフォニアはあの英雄ルージュの部屋にこれから訪れる姿を想像し、全身から滝のような汗が流れ出した。






 コンコン……


「おーい、ルージュ。入るぞー」


 レーガルト王城にある国防大臣専用執務室。軍を統括することから大臣の中でもトップの権力を有し、実質国王に次ぐナンバー2に位置する彼女。それを象徴するような分厚く、装飾美しいドア。そのドアをゲインはまるで友達の家に遊びに来たかのような緊張のない声でノックする。



(と、友達ぃ!? いいいいえ~、まるで恋人の部屋にでも入るみたいじゃないですか~!! どーいうことですか〜!?)


 ドアの前に立つゴリ顔のゲインを見てシンフォニアが珍しく苛立つ。どんな関係か知らないが、シンフォニアは嫌な予感しかしなかった。



「……どうぞ」


 中から静かな声が返される。ゲインがドアを開きふたりを部屋の中へと案内する。シンフォニアがピンクの髪を揺らして挨拶する。



「は、初めましてっ!! シ、シンフォニアと言いますっ!! よろしくお願いしみゃすっ!!」


 当然のように舌を噛んで話すシンフォニア。それとは対照的に、その幼い金髪の少女は大人顔負けの落ち着きを見せて言った。



「魔法勇者のリーファです。ルージュ様にお会いできて光栄です。ご指導宜しくお願いします」


(おおっ……)


 ゲインは初めて聞くリーファの丁寧な言葉遣いにある種感激を覚える。こんな言葉も話せたのかと何故か目頭が熱くなる。

 肩までの青いミディアムヘアで、その髪には金色に輝く花の髪飾り。若く聡明でスタイルも抜群。非の打ちどころのないルージュがふたりの前に立ち言う。



「こんにちは、ルージュよ。あなたがシンフォニアさんね」


(ううっ……)


 リーファには目もくれず、ピンクの髪が美しい魅力的なシンフォニアに声を掛ける。シンフォニアがおどおどしながら答える。



「は、はひ~!! わ、私がシンフォにゃですぅ!!」


 自分の名前すら噛んでしまうほど緊張するシンフォニア。

 それは当然と言えば当然のこと。魔王を倒した勇者パーティ。その中でも僧侶達の憧れであり唯一無二の存在の天才ルージュ。彼女と言葉を交わしていると思うだけでも震えが止まらない。

 ルージュがシンフォニアに近付きながらに言う。



「あら~、可愛い女の子ですわね~。ゲイン


 シンフォニアは感じていた。部屋に入って目を合わせた瞬間から分かってしまった。



 ――ルージュ様もゲインさんが好き


 同じ想いを抱く者だからこそ感じ強い視線。まるで自分の縄張りに入って来た相手を蹴落とすような圧のある威嚇。どんな関係なのかは知らないがルージュは間違いなく自分を『敵』と認識している。



(そ、そんな相手に私は訓練されるのですか~!? ぎょへ~!!!!)


 恐ろしい女の圧にシンフォニアが倒れそうになる。ゲインが言う。



「ルージュ。訳の分からないこと言ってんじゃねえ。約束だから一日買い物に付き合うが、きちんと指導してくれよ」


 ルージュがシンフォニアをじろじろと眺めてから抑揚のない声で答える。



「はーい。ゲインの頼みだから仕方ないわ。だけど」


(ひ、ひえ~!!?? ざ、残念って何ぃ?? 私に指導するのが残念なの~?? ギャー、リーファちゃん、助けて……)


 助けを求める憐みの眼差しをその金色の髪の少女に向けるも、想像とは違って無慈悲な言葉が返って来た。


「頑張れよ、シンフォニア。ルージュ様に指導して貰えて良かったな」



(詰んだ……)


 シンフォニアはもう自分には退路がないことをこの時改めて知らされた。ルージュが改めてシンフォニアに言う。



「じゃあ、早速僧侶としての資質を見せてもらうわ」


「し、資質ですか……??」


 動揺するシンフォニア。ルージュはポケットからを取り出しシンフォニアに見せ尋ねる。



「これが何か知ってるかしら?」


 それは小さな植物の種のようなもの。薄い茶色で数ミリほどの小さなもの。シンフォニアが首を振って答える。



「し、知らないですぅ~、ごめんなさい……」


 ルージュが笑いながら答える。


「謝らなくてもいいわ。これを知っているのは一部の上級僧侶だけだから」


「上級僧侶……」


 シンフォニアの顔色が変わる。ルージュが言う。



「これはね、僧侶の悲哀花プリーストフラワーの種なの」


僧侶の悲哀花プリーストフラワー……??」


 首を傾げるシンフォニアにルージュがその種を彼女のピンク色の髪に乗せて言う。



「説明より実践ね。これはね、僧侶の魔力を吸い取って成長する植物。髪や頭皮に絡んで魔力を吸い、成長して花を咲かせるの。その花の色によって僧侶としての資質が分かるわ」


「魔力を吸い、花を咲かせる……」


 初めて聞く話にシンフォニアが驚く。ルージュが続けて言う。



「魔力を込めれば種から芽が出てすぐに茎へと成長するわ。でも花を咲かせるのが大変なの。もし咲かせることができれば、一流の僧侶よ」


 シンフォニアはそう言って微笑むルージュの髪にある『金色の花の髪飾り』に気付く。



「あ、あの、それってもしかして……」


 シンフォニアがその髪飾りを指して言う。ルージュがそれに触れながら答える。



「そうよ。これが私の僧侶の悲哀花プリーストフラワー。金色の花、ゴールドフラワーよ」


 青く美しい髪に付けられた金色の花。てっきり髪飾りかと思っていたが、そのようなアイテムであったとは。ルージュが言う。



僧侶の悲哀花プリーストフラワーには花の色によって階級があるんだけど、高位がエメラルドフラワーとかルビーフラワー。緑とか赤の美しい花よ。そしてその中でも最高級なのが最高の輝きを放つダイアモンドフラワー。まだ誰もいないわよ、それを咲かせたのは」


 そう言ってルージュが少し寂しそうな顔をする。


「私もね、『天才僧侶』とか呼ばれていたけど結局はこのゴールドフラワー。決して弱くはないんだけど、変異種でね。みんなからは綺麗だって言われるけど複雑な気持ちなの」


「き、綺麗だと思いますぅ!!」


 シンフォニアが何度も頷いてそれに答える。



「ありがとう。あ、それか言い忘れていたけど僧侶の悲哀花プリーストフラワーは付けているだけで魔力を消耗するから、魔力切れには気を付けてね。外しちゃうと枯れちゃうけどその時はまた生やせばいいわ」


 シンフォニアが尋ねる。



「え? それじゃあルージュ様は今、魔力を消費しているということで……」


 ルージュが頷いて答える。


「そうよ。常に魔力を消費しているの。大変だよ~、慣れないうちは眩暈がするくらいだから」


「あ、はい! 分かりました!! ……あれれ??」


 そう返事しているシンフォニアの髪から、薄い緑色のツタが伸びて来る。ルージュが言う。



「あ、生えてきた生えて来た。とりあえずこの茎は髪を縛る紐代わりにでもしておいてね。ここから花を咲かせられたら本物よ」


「ひゃ、ひゃい!! 頑張りますぅ!!!」


 ルージュは生えてきたツタを手に、シンフォニアのピンクの髪を丁寧にまとめていく。そして言う。



「綺麗な髪ね。本当に綺麗。食べちゃいたいぐらい……」



 ゾクッ……


 それを聞いたシンフォニアの背筋に何か冷たいものが走る。きっとこれから大変なんだろうなとやはり思わざるを得なかった。ルージュが言う。



「じゃあ頑張ってね。花が咲いたら本格訓練よ」


「ひゃい!!」


 元気に返事をするシンフォニア。

 だが裏を返せば、花を咲かせられなかったら指導はできないという意味にシンフォニアはまだ気付かなかった。

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