7.壊れた戦士像

(ゲインさんって一体何者なんだろう……? あのルージュ様とお知り合いって物凄いこと。変態ロリゴリラさんかと思っていたけど、もしかしてな変態ロリゴリラさんなのかしら……)


 意外な事実を知ったシンフォニア。王都への長閑な街道を歩きながらゲインを見つめる。柔らかな日差しが注ぎ、暖かな風が吹く街道。とても魔王が復活する世界には思えない。

 そんな森の木陰。ゲインがひょっこり出て来たあるものに気付いて指差し言う。



「お、またスライムだ。まあこの辺りは王城の結界とか騎士団がいるからあんな程度だけど、一応倒しておくか」


 最下級の魔物スライム。臆病な性格で向こうから襲ってくることはあまりない。だが突然出会して驚いたスライムによる被害も報告されており、見かけたら討伐が基本である。

 リーファが剣を抜いてスライムに対峙する。その後ろにはシンフォニア。



「はあああっ!!」


 リーファが剣を振り上げてスライムに斬りかかる。



 ガガッ!!


 動きが遅いスライムでもリーファのふらついた剣をかわすことは難しくないようだ。昨日と同じく地面を剣で叩きつけるリーファ。同時に危機を感じたスライムの反撃。体当たりされたリーファが尻餅をつく。



「痛ててて……」


「リ、リーファちゃん!? 大丈夫ですか~!!??」


 慌ててシンフォニアが駆け寄り、習慣で肩から掛けた薬草の入った鞄に手を入れる。だがすぐに何かを思い出したかのように覚えたばかりの回復魔法を唱え始める。

 ゲインがため息をつく。たかが尻餅。この程度で回復魔法を使っていたらこの先魔力切れ、魔物と戦っていくことなど不可能だ。立ち上がったリーファが悔しそうに言う。



「くそー、なんで当たらないんだ。この剣!!」



(いや剣が悪い訳じゃないだろう……)


 戦う様子を横であくびをしながら見ていたゲインが内心ツッコむ。スライムと距離を取り、何やら考えていたリーファがゲインの元にやって来て尋ねる。



「なあ、私も魔法を使ってみたい。攻撃魔法を教えてくれ」



「はあ?」


 腕を組んで岩に座っていたゲインが思わずずり落ちそうになる。


「なに急に訳の分からんことを言ってんだ。魔法ってのはちゃんと祝福を受けて才能があって、それで鍛錬した奴が使えるんだぞ」


 リーファがシンフォニアを指差して言う。



「あいつは簡単そうに使えてたじゃないか。私は剣より魔法の方が合っていると思う。楽そうだし」


(おいおい……)


 そう呆れた顔になるゲインだが、彼女の瞳が薄い紺色に変わったのを見て驚く。



(いや、まさかな……)


 シンフォニアは祝福を受けている。僧侶としての鍛錬も積んできたはずだ。だから使える。だがこいつはそうじゃない。



「いいから攻撃魔法の詠唱、なんか教えろ」


「……うーん」


 そう言われても前衛の剣士だったゲインに魔法は使えない。それでも何度も聞いた勇者パーティの魔法使いの初級魔法詠唱を思い出し、リーファに伝える。



「うむ。じゃあやってみるぞ。ええっと、……あるじ、女神ウェスタの名の下にかの敵を焼き尽くせ。火炎ファイヤ


 そう詠唱したリーファの手先を見つめるゲイン。まさかとは思っていたが、そのまさかはやはり起こった。



 ボッ、ボボッ……


 リーファの指先に現れた小さな青い炎。それが固まりとなってスライムに向けて放たれた。



「ギャルルルゥ……」


 リーファの炎魔法を受けて蒸発するように消え去るスライム。唖然とするゲインの横でリーファが両手を上げて喜ぶ。



「やったぞ、やった!!! 見たか、ゲイン!! 私にはやはり魔法が合ってんだ!!!」


 シンフォニアも手を合わせ目を輝かせながら言う。


「す、凄いですぅ!!! いきなり魔法使えちゃうなんてリーファちゃん、凄いです凄いです!!!」


 シンフォニアに褒められさらに気分が良くなったリーファがゲインに言う。



「よし、今日から私は『魔法勇者』と名乗ることにしよう。剣も悪くないが、魔法が楽でいい。剣担当はゲイン、お前に譲るぞ」


「あ、ああ、ありがとう……」


 これが体現者の力なのか、とゲインはいきなり魔法を放ったリーファを見て驚愕した。威力はまだまだだが、女神の祝福や鍛錬なしで魔法が使えるとなるとやはり彼女には常識は通用しないと考えた方がいい。

 ただしすべての望みが叶う訳ではなさそうだ。実際、剣での戦闘を目指していたのにそれは叶えられていない。何らかの力が働いているのかは分からないが、ダーシャの言う通りこれは放っておくには危険すぎる存在だ。

 これまでの常識を覆す状況に呆然とするゲインにリーファが言う。



「ゲイン、私は魔法勇者になるからそう言う杖みたいのが欲しい。王都で買ってくれ」


「あ、ああ……」



「あっ、そ、それなら私も、そのぉ、僧侶の杖とか欲しいんですけどぉ~、いいですか~??」


「あ、ああ……」


 ぼうっとしていたゲインが無意識に返事をしてしまう。



「ふひゃ~!! やったですぅ~!!」

「おお、良かったな!!」


 ゲインに装備を買って貰えることになったふたりが手を叩いて喜び合う。我に返ったゲインが思わず言う。



「え? お、おい! ちょっと待てって……」


 リーファが冷たい視線を向けて言う。


「なんだ? 男が一度言ったことを撤回するのか? 見苦しいぞ」


「ぬぬぬっ……」


 自分を睨むリーファと笑顔のシンフォニアを前にゲインはそれ以上何も言えなくなる。リーファが明るく大きな声で言う。



「さあ、早く王都へ行こう。楽しみだな!!」

「はい~、そうですね!!」


 ふたりはまるで姉妹のように楽しそうに先を行く。

 魔法使い、僧侶、戦士。パーティ的にはバランスが取れていて悪くはない。悪くはないのだが、



「なんでこんな不安しかねえんだ……」


 圧倒的勇者スティングが居た頃には感じなかったこの不安。ゲインはため息をつくとふたりの後を追って歩き出した。






 レーガルト王国の中心にある王都。

 様々な人材や物資が集まる交易の中心地であり、レーガルト王城が聳え立つ中心都市。古来より魔物に苦しめられ、その度に勇者を輩出して苦難を乗り越えて来た。最近では十年前に現れた勇者スティングによって魔王が討伐。それにより束の間の平和を享受している。

 魔王なき後も魔物は出現する。ただ魔物から採れる貴重な資材やドロップアイテムは国の発展に大きく貢献し、無論高値で売れる為魔王の脅威が無くなろうが魔物退治を志す冒険者は後を絶たない。



「おお、大きな建物がいっぱいだな!!」


 初めて王都にやって来たリーファが目の色を変えて辺りを見回す。レンガ造りや漆喰の様な壁の家などがずらりと建ち並んでいる。広い石畳の通りには食堂やで店が軒を連ね、通りの横には小さな水路、木々の緑も美しい活気がありながら落ち着きある街だ。



(懐かしいな……)


 ゲインは現役当時と変わらない街並みを見て思わず昔を思い出す。

 不安だった旅立ちと歓声に包まれた凱旋。その両方を経験した王都はやはり思い出深い街のひとつである。今は深々とフードを被り、少し前まで全く知らなかったメンバーと一緒に歩いている。



(魔王討伐、が居ねえのにできるのかな……)


 一度は決心した魔王討伐。だがその苦難の道を知っているだけに、ここに来るとどうしてもゲインは昔を思い出し不安になる。




「お、ゲイン!! あれも勇者像じゃないのか??」


 そんなゲインに前を歩いていたリーファがある像を指差して言う。



「ん? ああ、そうだな……」


 それは魔王討伐を祝して建てられた勇者パーティ一行の像。勇者スティングはもちろん、僧侶ルージュに魔法使い、そして戦士ゲインの像も建てられている。



(いつの間にあんなもん造ったんだ……?)


 十年の隠居生活の間に街もやはり変化している。その像を見たゲインがそう思った。像の前に立ち、じっと見つめていたシンフォニアが戦士像を指差して言う。



「あれ~?? この戦士の像だけ腕が壊れちゃってますぅ~!?」


 シンフォニアが言う通り、『戦士ゲイン』の片腕が半分ぐらいのところで無残に折られている。さらにゲイン像だけ至る所を補修された跡があり、新しい部分と古い部分がはっきりと色違いになっている。近くにいた中年の女性がシンフォニアに言う。



「そりゃあんた、『偽善者ゲイン』だよ。こんな男がスティング様と一緒に立っているだけでも不愉快なのにね~」


「ふぇ?? でもゲインさんも勇者パーティだったのでしょ~??」


 中年女がむっとした顔になって言う。


「そうだよ。おこぼれを貰って名を上げた売名奴だよ。誰かが壊してもすぐにルージュ様が修復させちまうから、あ~あ、いつまでも並んで立っているんだよ」


「ほへ~、こ、怖いですぅ~」


 像の破壊行為を聞いたシンフォニアの顔が青く染まる。



(売名奴か……、まあ否定はしねえが……)


 スティングの活躍を傍で見ていたのは認めている。紛れもなくあいつは勇者だ。自分は前衛の戦士。ただ隠居していたとは言えどうしてここまで酷く言われるようになったのかゲインは分からない。



(ま、それでも俺があそこに立っていられるのはルージュのお陰って訳か)


 何度も壊された自分の像の修復を指示したというルージュ。今度会ったら飯でもおごってやろうかと思ってたゲインの耳に、その金髪の少女が壊された戦士像に向かって言った言葉が入って来た。



「馬鹿なことをする愚民共め。勇者スティングが強いのは分かるがひとりでは何もできんだろ。強い前衛や僧侶、魔法使いがいて初めて戦える。それが理解できぬとは馬鹿しかいないのか、ここは」


(え?)


 辛らつだが的を得た言葉。同時にゲインの脳裏にスティングに出会った頃の言葉が思い出される。



『ゲイン。私ひとりじゃ何もできない。お前に前衛を頼みたい』



(こいつ……)


 ゲインは金髪の少女を見ながら思わず目頭が熱くなる。リーファがゲインの腰をポンと叩いて言う。



「と言う訳だ。ゲイン、うちの前衛はお前に任せるぞ」


「……ああ、承った」


 ゲインは流れそうになった涙を見えないように拭き、それに小さく頷いて応えた。

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