6.シンフォニアの誓い
翌朝、リーファと同じ部屋に宿泊したシンフォニアが先に起きる。ひとり鏡台の前に座り、長いピンクの髪を櫛で梳きながら昨日のことをぼんやりと考えた。
よく分からないまま加入したパーティ。変態だけどめちゃくちゃ強いゴリ族の男と、妹ぐらいの年齢なのに随分落ち着いている金髪の少女。少し戸惑いもあったが助けてもらったし、それに助言を貰って悩んでいた回復魔法を使うことができた。
「はあ、でもあれはすごく快感だったなぁ……」
初めての回復魔法。その喜びと興奮が今でも忘れられない。思い出すだけで真っ赤に染まる頬。少しだけ息が荒くなったシンフォニアをそれが襲った。
「こんなに大きなものを持っていて羨ましいぞー」
「ひゃっ!? ふひゃ~!!!!」
座っていたシンフォニアの背後から、その胸の大きな膨らみをリーファが両手で鷲掴みにする。突然の攻撃にシンフォニアが胸を押えながら振り返り言う。
「ふひゃ、リ、リーファちゃん!! いきなり何するんですか~!!!」
顔を真っ赤に染めたシンフォニアにリーファが言う。
「いや、意外と立派なものを持っていて羨ましいと思ってな。それでどれだけの男を
耳の先まで赤くなったシンフォニアが首をブンブン振って否定する。
「た、誑かすだなんてぇ~、わ、私、男の人にも触れたことなくって~、ふへ~……」
シンフォニアは自分が男と一緒に歩く姿を想像し倒れそうになる。リーファが言う。
「触れたことがない? 冗談言うな。昨日ゲインと手を握っていたじゃないか」
「へ?」
思い出すシンフォニア。言われてみればゲインと握手をしてあの硬い手の平に驚いていたではないか。
(わ、私ぃいいいい、男の人に触れられていたんだぁ!!?? 私、もうゲインさんのものなの!? ふひゃ〜!!! こ、これはもうきちんとゲインさんに責任取って貰わなきゃぁ……)
シンフォニアの脳裏にゴリ顔ゲインと生涯共に歩む絵が浮かぶ。
彼女は生まれながらの生粋の僧侶。怪我を治療し、人を癒すことが彼女の大きな喜びで旅を通して成長しようと思っているのだが、それとは別に彼女にはもうひとつ大切な夢がある。
――温かな家庭を築きたい
喧嘩ばかりしてた両親の下、ろくな愛情、家族の幸せを十分貰えなかった彼女は、大きくなったら自分は必ず温かな家庭を築くと決めていた。
ただ閉鎖的で、また別の理由もあった彼女は十八歳で集落をひとり旅立つと、訪れた街で自分の目的を叶えようとジャズ率いる冒険者パーティに加わった。シンフォニアが両手で顔を押えて思う。
(ゲインさん、ゲインさん、ああん、どうしよう!? で、でも私、毛深い人って嫌いじゃないし~、ふへ~、そう言えばゲインさんって独身なのかなっ?? ゴリ族にいい
シンフォニアが頭を抱えて考え込む。
(そもそもリーファちゃんとはどういう関係なのかしら!?? リーファちゃんはゴリ族じゃないし……、はっ!? ま、まさか変態少女趣味とか!!?? ぎゃー、わ、私、あそこまでロリじゃないし、どどどど、どうしよう~!!??)
「ね、ねえ、リーファちゃん……」
シンフォニアが現実世界に戻りリーファに声を掛ける。
「はひ!? リーファちゃん……??」
しかしリーファはもう出掛けたようで部屋には誰もいない。シンフォニアが慌てて立ち上がり叫ぶ。
「リ、リーファちゃーーん!! お、置いてかないでよ~、ふひゃ~」
シンフォニアも急ぎ支度をして部屋を出た。
「お、おはようございましゅー!!!」
支度をしてロビーに降りて行ったシンフォニアが既に待っていたゲインとリーファに元気に挨拶する。リーファが言う。
「遅いぞ、シンフォニア」
「は、はひー、ごめんなさいっ!!」
何度も頭を上げるシンフォニアが黙ってこちらを見るゲインに気付く。
(ゲインさん……、ゴリ顔なんだけど、やだ何だか素敵……)
普通にゴリ顔なんだが、そんな彼が次第にイケメンに見えてきたシンフォニア。ゲインとの間合いに耐えられなくなってきたシンフォニアが深々と頭を下げて言う。
「あ、あの、どうぞよろしくお願いしみゃすぅーーーっ!!!」
ゲインが戸惑いながら答える。
「あ、ああ、よろしくな」
顔を上げたシンフォニアがゲインの目を見てはっきりと言う。
「わ、私、毛深い人って、け、結構好きなんです!! 全然気にしみゃせんから!!」
「え? ああ、そうか。ありがとう……」
シンフォニアが言う。
「わ、私頑張ってゲインさんにたくさん尽くしますから。頑張りますから!!」
(尽くす?)
よく話の意味が分からないゲインだが、新たに仲間になって頑張りたいという意味だろうと思い笑顔で答える。
「まあ、そう焦らず頑張ってくれ。これから色々覚えて行けばいい」
「ひゃい!!!」
了承されたと思ったシンフォニアが顔を真っ赤にして喜ぶ。きちんとしたプロポーズはまだ先だとして、これからのふたりの将来を思ってやらなければならないことは山ほどある。
(とりあえずバナナ料理ね!! まったく作ったことないけど、色々試さなきゃ!! でも大丈夫かな……、ふにゃ~)
まともに料理すらしたことがないシンフォニア。初っ端からバナナ料理とは意外とハードルが高い。
「よし、頑張るぞー」
ひとり気合を入れるシンフォニアを見つつ、ゲインが小声でリーファに尋ねる。
「何かあったのか? 部屋で」
「知らん。ああ、後ろからあのデカ乳を揉んだだけだ」
「……何やってんだよ。まったく」
ゲインはどう答えようか悩んだが結局適当な相槌で応えた。
「さて、それじゃあこれからのことだが……」
宿を出て歩き出したゲインがふたりに言う。小さな街道沿いの集落。数分歩けば誰も居ない穏やかな道が広がる。シンフォニアが胸を高鳴らせて思う。
(きゃ〜!! これからのことって、わ、私ぃとゲインさんの将来のこと~!? ふひゃ~、そんな恥ずかしい~)
真っ赤になった顔を両手で隠すシンフォニア。そんな彼女に気付かずにゲインが言う。
「まずふたりに言っておきたいのだが、俺はゴリ族じゃない」
「へ?」
「知ってるぞ、そんなこと」
驚くシンフォニアとは対照的にリーファは平然と答える。
「そうか。まあ、なんと言うか色々あって、多分呪いが掛けられてこんな姿になっちまったんだ。これからお前らと魔王討伐の旅に行く訳だが、もしどこかで解呪できるなら元の姿に戻りたい」
「ふん、まあいいだろう。勇者リーファ様がお前に協力してやるぞ」
「わ、私もゲインさんの為なら一生懸命頑張りますぅ~!!」
リーファとシンフォニアがそれぞれ賛同してくれる。ゲインが言う。
「ありがとう。まあ魔王退治が最優先で俺の解呪はそのついででいい」
そう話すゲインの横顔を見ながらシンフォニアが思う。
(ゴリ族じゃなかったんだ……、ま、まあそれはそれでいいかな。人間に戻ったゲインさんも見てみたい~、ふひゃ~)
シンフォニアは人の姿に戻ったゲインと描く甘い家庭を想像し、ひとり赤面する。リーファが尋ねる。
「それでこれからどうするんだ? 早く魔王を倒しに行きたいぞ」
ゲインが頭を押さえて答える。
「スライム相手に苦戦する奴が魔王を倒せると思うか? 幸い魔王が復活したとの話はないし、それほど急ぐことはない。それよりまずは訓練だ。俺もそうだが、お前達を徹底的に鍛える」
「鍛える? 私は勇者なのに鍛えなきゃいかんのか??」
不服そうな顔をするリーファを見てゲインが答える。
「鍛えなきゃいかん。少なくともスティングはグリーンドラゴンをソロ討伐してたぞ。あ、いや、したらしい。勇者を名乗るならばそれぐらいにはなって貰わなきゃならん」
「うーん、ドラゴンか……」
少しずつ現実が見えて来たリーファが唸り声を上げる。シンフォニアがリーファの肩を持って励ますように言う。
「大丈夫だよ、リーファちゃん。リーファちゃんならすぐにできるよ、きっと!!」
ゴン!!
「きゃふ~!? い、痛いの~」
シンフォニアに軽くげんこつしたゲインが呆れ顔で言う。
「どうやったらすぐにドラゴン退治ができるようになるんだ!? 適当なことを言うんじゃねえ。魔物退治ってのは命かけなきゃならんのだぞ」
ゲインは勇者パーティ時代、幾つもくぐって来た死線を思い出す。一歩間違えば死。ほんの少し運が悪ければ死。魔王討伐とはそんな生半可なものじゃない。シンフォニアが反省したような顔で言う。
「ご、ごめんなさ~い。ごめんなさいなのです……」
ちょっとバツが悪くなったゲインがシンフォニアに言う。
「とりあえずシンフォニア。お前を鍛える為に王都に行く」
「王都ですか~??」
シンフォニアも一度行ったことがある華やかな都。
「ああ、そうだ。俺の剣も調達しなきゃならないし、それに僧侶の指導をしてくれる当てが一応ある」
「当てですか~??」
シンフォニアが少し首を傾げて尋ね返す。
「ああ、そうだ。王都にいるルージュって奴だ。昔は『天才僧侶』ってなんて呼ばれていた奴だぞ」
「え!? えええええっ!!!???」
シンフォニア、そしてリーファが驚きの表情となる。
「ル、ルージュ様って、まさかあのルージュ様ですか??」
「どのルージュ様だよ」
「いえ、だからその、国防大臣をされている天才僧侶のルージュ様で……」
ゲインは魔王討伐後にルージュが『王城で働く』と言っていたのを思い出す。
「ま、まあ、多分それだろう……」
シンフォニアが驚いて言う。
「ル、ルージュ様に魔法のご指導を……、ふぎゃっ!?」
「お、おい、シンフォニア!! 大丈夫か!!!」
あまりにも飛躍しすぎた話にシンフォニアがよろよろとその場に座り込んだ。
魔王討伐後の勇者パーティのことなど全く知らなかったゲインは、これより王都で再会する『天才僧侶』に驚くこととなる。
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