5.バナナで幸せ!!

 新たにシンフォニアを仲間に加えたゲインとリーファは、王都に近い街道沿いの小さな集落に宿を取った。宿に併設する食堂で先に座って待っていたゲインにおどおどした女性が声を掛ける。



「あ、あのぉ、お待たせしましたぁ~、ううっ……」


 部屋に荷物を置きリーファと共にやって来たシンフォニア。甘い香りがするピンクの長髪に、私服に着替えその大きな胸が歩く度に上下に動く。少し視線を逸らしたゲインが適当に相槌を打って応える。一緒に来たリーファが言う。


「腹が減ったな。なにせあれだけ練習したからな。ゲイン、注文したのか?」


「まだだ」


「そうか。じゃあメニューを見せてくれ」


 そう言ってテーブルに置いてあるメニューを手に取り笑顔で見始める。椅子に座って目をきょろきょろと居心地が悪そうにしていたシンフォニアが小声で尋ねる。



「あ、あのぉ……」


「なんだ?」


「ふひゃ!? い、いえ、ちょっとだけお聞きしたいことが……」


 気のせいか体が震えているようなシンフォニアにゲインが言う。



「なんだ? 仲間になったんだから遠慮するな」


「はひー!! あ、あの、その……、お名前はさんって仰るのでしゅか~??」


 舌を噛みながら尋ねるシンフォニアにゲインが苦笑して答える。



「そうだ。俺はゲインだ。それがどうした?」


 なぜが叱られているような気持ちになったシンフォニアが慌てて答える。



「い、いえ、何でも!? ふわわわぁ~っ、ご、ごめんなさい!! あの勇者パーティにいたゲインさんと同じ名前だと思って……、い、いえ、関係ないです。ひゃい、こちらの話で……」


(邪魔者、金魚のフンのゲインか……)


 ゲインは昼間、別のパーティから言われた言葉を思い出す。魔王討伐から十年が過ぎ、外見も変わってしまった今の自分にはもう関係のない話。適当に返事をしたゲインにシンフォニアが更に尋ねる。



「あ、あのぉ……」


「今度は何だ?」


「ひゃっ!? ご、ごめんなさい!! あの、ゲインさんって、あ、間違っていても怒らないで欲しいのでしゅがぁ、その、の方なんですか……??」



(ゴリ族……?)


 ゲインの脳裏に、昔世界中を勇者パーティとして旅していた頃に一度だけ訪れたことがあるその種族名が浮かぶ。ゴリラ顔の種族。固有の文化を持った連中だ。



「んー、まあ、そんなとこだ……」


 適当に胡麻化すゲイン。それを聞いたリーファが言う。


「ゴリ族? お前は人間じゃないのか?」


 ゲインが苦笑して答える。


「さあな」



「あの、ご注文はお決まりでしょうか?」


 そこへ食堂の店員がやって来て注文を尋ねる。リーファが答える。


「私は『仔豚のあつあつステーキ』で」


「わ、私は野菜スープと、そのぉ、パンをください……」


 リーファに続きシンフォニアも注文する。最後にゲインが言う。



「バナナで」


「え?」


 メモを取っていた店員の手が止まる。リーファが笑って言う。


「あはははっ、やっぱりお前はゴリラじゃないか!!」


「な、なに言ってやがる!! お前らだってバナナぐらい食べるだろ!!」


「食べるけど食堂でバナナなんて私でも注文しないぞっ!! くくくっ……」


 お腹を押さえて笑うリーファ。シンフォニアはどうしていいのか分からずおろおろとしている。店員が言う。



「あの、バナナでしたらこの『バナナのはちみつ漬け』はいかがでしょうか?」


「バナナのはちみつ漬け?」


 初めて聞く名称にゲインが興味津々の目で店員を見つめる。店員が答える。


「はい。厳選されたバナナを白蜜蜂のはちみつで漬けたデザートです。スイーツですが体力回復や軽度の状態異常を治す治癒薬の一面を持ったお勧めの品です」


(な、なんて素晴らしい料理なんだ!!!)


 ゲインは聞いたことのない新たなバナナ料理に胸躍らせる。



「じゃあ、それをくれ。で」


「ひと、房……??」


 驚く定員の横でリーファが笑いながら言う。



「あはははっ、お前一体どれだけ食べるんだよ!!」


「いいじゃねえか。バナナは好物だ。お前にやらんからな!!」


「要らない要らない。きゃはははっ!!」


 笑い転げるリーファとゲインを見ながらシンフォニアが思う。



(はひゃ~、やっぱりゴリラさんなんだ……)


 本当によく分からないパーティに入ってしまったのだとシンフォニアは今更ながら思った。





「うおおおおっ!! うめえ!! なんだこれはっ!!!!」


 しばらくしてテーブルに運ばれてきた『バナナのはちみつ漬け』。特別に大きなどんぶりてんこ盛りにされたその料理を食べたゲインが感激して涙を流して喜ぶ。


「ああ、素晴らしい。豊潤なバナナの甘く柔らかな食感に、ねっとりとした白蜜蜂の濃厚なはちみつが絡み合い、お互いの美味しさを極限まで引き出している。どれだけ食べても飽きが来ねえ。これ考えた奴、天才だ!!!」


 そう言ってばくばくとバナナを頬張るゲイン。唖然として見つめるシンフォニアに気付き言う。



「や、やらないからな!! 全部俺のだ!!」


「あ、いえ、そんなつもりじゃ、ひょへ~、ごめんなさい……」


 そう言ってすぐに手にしたパンを齧るシンフォニア。そんな彼女を見てゲインが尋ねる。



「そう言えばお前、僧侶名乗ってるのにどうして魔法が使えねえんだ。もぐもぐ……」


 尋ねられたシンフォニアが体をビクッと震わせて答える。



「あ、あの、私、一応僧侶の祝福を受けたのですが、その、全然才能がなくて……、ひゃっ!? ご、ごめんなさい!!」


 ひとり下を向き悲しそうな表情となるシンフォニア。リーファが言う。


「だからそんなにたくさんいつも薬草を持っているのか?」


 リーファがシンフォニアの肩から掛けられた鞄を見る。たくさんの薬草が入っているのは皆知っている。シンフォニアが答える。



「は、はい! その、僧侶として全然役に立たないから、そのぉ、回復ができるようにって薬草を研究し始めて……、ふひぃ〜……」


 祝福を受けた以上僧侶としてやっていかなければならず、それで先のパーティからは『詐欺師』と呼ばれたのだとゲインは理解した。シンフォニアが申し訳なさそうに言う。



「わ、私ヘタレですけど、その、立派な僧侶になって怪我をした人の治療がしたくて、私の大切な目標なんですけど、ふわわわっ、こんなの無理ですよね。全然できないし……」


 豚肉を食べながらリーファが言う。



「いや、お前は僧侶だぞ。立派な僧侶のはずなんだがな……」


 リーファがやや首を傾げる。バナナを食べていたゲインの手が止まり、少し気になっていたことを言う。



「なあ、シンフォニア」


「はひーーーっ!!」


 ゲインに見つめられたシンフォニアの体が硬直する。


(な、なんだろう!? バナナは取るつもりないし……、ま、まさか、変態ゲインさんなので、無理やり夜のお誘いを私にぃ!? ま、まだそんなこと、心の準備がぁ~、ひょふぁああ~)


 顔を真っ赤にして妄想するシンフォニアにゲインが言う。



「昼間の回復魔法を聞いていて思ったんだが、詠唱ってあれで正しいのか?」


「ひょへ?」


 意外なことを言われ顔を上げるシンフォニア。ゲインが言う。


「発音が、その、『バ』じゃなくて『ヴァ』だと思うし、そもそも信仰する女神の名前だって『マリファ』じゃなくて『マリア』だろ?」


 勇者パーティ時代、何度も何度も聞いた天才僧侶ルージュの詠唱。魔法が使えないゲインですらその詠唱を覚えてしまうぐらい頭にこびりついている。



「え、うそ……??」


 シンフォニアが口を開けたまま呆然とする。


「だ、だって、これは先輩が教えてくれた詠唱で……、あ、あの、先輩は凄い僧侶さんで、私も絶対そうなりたいって思って……」


「いいから一度試してみろよ。リーファ、その膝の怪我、まだ痛むだろ?」


 ゲインが昼間のスライムとの特訓で痛めたリーファの膝を指差して言う。


「ああ、痛む。薬草じゃすぐには治らんからな」


 そう言ってシンフォニアが塗ってくれた薬草と包帯を見て渋い表情となる。シンフォニアが言う。



「わ、分かりました。あの、じゃあやってみます……」


 そう言って軽く膝の上に手を置いたシンフォニアが、ゲインに言われた通りの魔法詠唱を開始する。



「……あるじ、女神マリアの名の下にその傷を癒せ。回復キュア


 シンフォニアが詠唱を終えると、突然彼女の手が緑色に強く光り出す。



「ふひゃ!? う、うそぉ〜!!??」


 それはゲインが現役時代何度も見たルージュの回復魔法。まるで同じ、いや同じ回復キュアでもこちらの方が強い魔力を感じる。リーファが言う。



「お、痛みが全然なくなったぞ!!」


 そう言って包帯を外してみると先程までの怪我がすっかり完治していた。魔法を唱え終えたシンフォニアは体を震わせながら言う。



「な、何これ……、信じられない……」


 初めて成功した治療魔法。その心地良い快感に体中が痺れるように疼く。



(やだ、気持ちいい……、何だか体中が火照っちゃう~)


 シンフォニアは頬を真っ赤に染め、とろんとした目つきになり体の力が抜けていく。



「おお、すげえじゃねえか!! やっぱやればできるんだよ。すげえすげえ!!」


 喜ぶゲインの隣でリーファも言う。


「だから言っただろ。こいつは僧侶だって」



(あぁ、なんか体が疼いちゃうの~、うう〜ん、ゲインさん……)


 初めての魔法の成功と治療ができた興奮がシンフォニアを少しずつ壊して行く。



「ゲインさんのバナナが欲しい……、ひとつ頂きますねぇ」


 そう言ってどんぶりに入った『バナナのはちみつ漬け』をつまんで口に含むシンフォニア。それを見たゲインが顔を真っ青にして言う。



「な、何するんだ!? おい、これは俺の大事な……」



「ああん、美味しい。ゲインさんのバナナ、最高……」


 そう言って指についたはちみつをぺろりと舐めるシンフォニア。対照的にゲインは泣きそうな顔で懇願する。



「や、やめてくれ……、俺のバナナ、これ以上食べないでくれ……」


 魔法の才能に目覚めたシンフォニア。その能力は天才僧侶ルージュに匹敵するかもしれないレベル。だが同時にゲインは簡単には治療させられない状況になったことに頭を痛める事になる。

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