4.シンフォニア加入!!

「な、なに!? 何が起こったのよ!!??」

「一瞬でサイクロプスの腕が……」


 リーダーのジャスに魔法使いの女は、目の前で起きている状況に頭の処理が追い付かなかった。さっきまで『ゴリラ』と言って馬鹿にしていた男の狂気。それなのに近くにいるだけで彼が発する赤きたぎりを感じる。



(この男、本物だ……)


 サイクロプスに殴られ、地面に伏せながら戦士グフが思う。ゲインが放った閃光一撃。不覚にも体が震えた。別次元だと本能がひれ伏せた。




(ああ、何だよこれ……、ゾクゾクしやがる……)


 ゲインは体の内から滾る赤き炎に身を委ねる。収まらない興奮。体を焼く幸福感。快感。痺れ。無我。そのすべてがゲインを突き動かす。



「グゴゴゴゴゴゴッ……」


 倒れていたサイクロプスが起き上がる。斬り落とされた右手から流血が続くがそれでも戦意は喪失していない。



「ああ、滾る、滾る、滾る……、さあ、ひれ伏せよぉ、この俺の足元によぉおおお!!!」


 ゲインが剣を持って斬り込む。



 ガン!!! バキーーーーン!!!


 応戦したサイクロプスの左拳に剣が当たり、甲高い音を立て中ほどで綺麗に折れる。



(なまくら剣がっ!!)


 ゲインは剣を投げ捨て素早くサイクロプスの懐に潜り込み、でその黒きに腹筋に強烈な一撃を打ち込む。



 ドオオオオン!!!


「グゴガッ!!」


 よろめくサイクロプスにそのまま高速で拳を何度も打ち込み、そして跳躍した後その頭部に強烈な回し蹴りを見舞った。



 ドオオオン!!!


 再び後ろに倒れるサイクロプス。再び倒れた黒き魔物の戦意はもう吹き飛ぶように無くなっていた。ゲインは落ちていた半分に折れた剣を拾い上げ、倒れるサイクロプスに向かって言う。



「俺にひれ伏せ、クソ雑魚がっ」



 ズドン!!!


「ガゴガガガガァアアア……」


 折れた剣で突き刺されたサイクロプスがそのまま絶命する。圧倒的勝利。戦場の勝者。ゲインが雄叫びを上げる。



「うおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 桁違いの快感が全身を包む中、漆黒の悪魔はその獣の糧となった。






「おい、お前。ひとりで歩けるか?」


 リーファに肩を貸して貰っていたシンフォニア。理解が追い付かない戦闘を見終えてから答える。



「はひ~、大丈夫ですぅ。もう歩けます、ふへ~」


 そう言って立ち上がるシンフォニア。リーファが尋ねる。


「それでお前、私達の仲間になるのか?」


 先程までいたジャス達冒険者パーティの面々はゲインがサイクロプスを倒し終えると、今度はその狂った勝者に恐れ皆逃げて行った。シンフォニアが答える。


「で、でも、私はジャスさん達のパーティで……」



「あいつらならもうとっくに居ないぞ」


 戦い終えて戻って来たゲインが汗を拭きながら言う。



(はひーーーーっ!! 恐い人!! さっきこの女の子見て『興奮する!』とか言っていた変態さん!? いや変態ゴリラさん!? 私、た、食べられちゃうーーーっ!! ひゃ~、私もう死ぬんだわ~、ふへ~)


 リーファが言う。


「そうだな。じゃあ決まりだ。お前は仲間だ。私はリーファ。よろしくな!」


「え? ゆ、勇者さん……!?」


 シンフォニアは自分より若い妹ぐらいの金髪のリーファを見て驚く。



(この子が勇者!? あの怖い人じゃなくて……!!??)


 勇者など見たことのないシンフォニア。だがゲインの強さを目の当たりにし、ゴリラだが勇者と名乗るなら彼だと思っていた。ゲインが手を差し出して言う。



「俺はゲイン。よろしくな、ええっと……」


「あ、あひぃひ!! わ、私はシンフォニアって言います。よろしくですぅ……」


 恐る恐る差し出された手を握り返すシンフォニア。



(ふわ~、すごい硬い手。ごつごつのごりごりだよ~、ふへ~)


 シンフォニアは初めて握ったゲインの手の硬さに驚く。同時に彼とリーファの関係について思いを巡らせる。



(さっきリーファちゃんを見て『興奮するぜ!』とか言っていたからきっと変態ゴリラさんなんだろうけど、助けてくれたから悪い人じゃなさそうだし……、一緒に行けば私もちょっとは強く……、あん、でもこわ~い!! ふひゃ~)


 ゲインが言う。



「さて、じゃあ行くか」


「え? 行くってどこにですか~??」


 シンフォニアが尋ねる。リーファが答える。



「私は勇者だぞ。退治に決まってるだろ。さ、行くぞ」



「ふへ? ひぇええええええええ~!!!!!」


 僧侶として冒険者と共に行動し魔法を覚えて皆を癒したい。それ以外にも彼女には『別の目的』があったのだが、魔王退治など命が幾つあっても足らない。



「おい、早く行くぞ」


 既に先に歩き始めていたふたり。ゲインが振り返ってシンフォニアに言う。



「ふひゃ~!! はいはいは~い!!!!」


 シンフォニアは鞄を持って慌ててふたりに向かって走り出した。






 勇者スティングが救い、今ゲイン達が暮らす場所レーガルト王国。

 魔王の恐怖が取り除かれて十年、人々は平和を享受し、魔族との戦いで疲弊した国を順調に復興させていた。恐怖の戦乱の時代を知らない子供達も増える中、その凶報は治安維持を担当する王国防衛大臣の元へもたらされた。



「ルージュ様、ご報告致します!!」


 王国辺境で暴れる蛮族対応の会議をしていたルージュと呼ばれた若き美女が顔を向け答える。



「どうしたの? そんなに慌てて?」


 首辺りまでの青く美しいミディアムヘア。髪飾りのような美しい金色の花が添えられた髪からは甘い香りが漂う。美人で若くスタイルも抜群のルージュは元勇者パーティの僧侶。周囲も癒す心優しい彼女が慌てた様子の側近に驚く。



「ま、魔王が復活しました……」



「!!」


 ルージュの脳裏に十年前の死闘が蘇る。

『天才僧侶』として弱冠十七歳にて加わった勇者パーティ。圧倒的な強さを誇る勇者スティングの活躍により間違いなく魔王を討伐したのだが、それが復活するなど考えられない。ルージュが言う。



「そんな馬鹿なこと信じられません。魔王は滅んだのです、勇者スティングの手によって」


 当事者が言うのだがから説得力がある。だが側近の話にその会議室に居た皆が震えあがった。



「魔族領に隣接する村々で目撃情報が相次いでいます。我々人間を見ては無差別に暴れ、多くの村人が避難を余儀なくされています。その凶悪な姿はまさに魔王とのこと……」


「なっ……」


 その話にルージュが言葉を失う。十年前の決戦の際も魔王は人間に対して強い恨みを抱いていた。その証拠に自らの最後の命と引き換えに、人間の希望であった勇者スティングに死の呪いを掛けた。平和は掴んだが、その思惑通り勇者は亡くなった。ルージュとて呪いを受けている。



(見間違い、勘違いだと思いたい。でも彼が嘘を言うはずもない……)


 魔王かどうかはまだ分からない。ただそれに匹敵するようなとても嫌な何かが現れたことは間違いない。



「ルージュ様、どう致しますか??」


 王国治安維持の最高決定機関。その責任者であるルージュが眉間に皺を寄せて考える。



(魔王が現れたと言うのならば必ず必要になる、勇者が。だがスティングはもういない……)


 呪いによって呆気なく死んだスティング。だがあのような勇者が簡単に現れるとは思えない。



「分かりました。国境付近の防衛に全力を尽くします。具体的には……」


 ルージュは思いつくだけの指示を行った。基本専守防衛。勇者と言うがない以上、魔王と交戦するのは極力避けたい。



(勇者を探さなくては。でなければ国が、世界が滅ぶ……)


 ルージュは皆の視線を感じながら、精一杯冷静でいなければと自分に言い聞かせる。




「ルージュ様っ!!」


 会議を終えて少しぼうっとしてたルージュに再び兵がやって来る。


「今度は何ですか?」


 兵が敬礼して答える。



「はいっ、ダーシャと言う女性が面会を求めておりまして……」


「まあ、ダーシャですって!? すぐにお通しなさい!!」


 驚くルージュにその後ろにいた老婆が笑いながら言う。



「私ならもういるよ」


「え!?」


 驚く兵士。ルージュがダーシャの元へ駆け寄り手を握って言う。



「お久しぶりです、ダーシャさん!! ずっとどこへ行ってたんですか。黙っていなくなるなんて寂しいですよ!!」


 兵はルージュの知り合いだと知り軽く頭を下げてから退室する。ダーシャが答える。



「まあ、お前も頑張っているようだからいいかなって思ってね」


 ルージュがダーシャの白銀の髪を見ながら言う。


「みんないなくなってしまって、私ひとりでずっと……」


「お前ならやれるよ」


 ダーシャがルージュの頭を優しく撫でる。



「あ、そうそう。聞いたかい? 魔王のこと」


 そう話すダーシャの顔を真剣な眼差しで見つめるルージュ。


「ええ、先ほど知りました」


「いいわ。その件で今日はやって来たの」


 現役時代、何度も一緒に戦った大魔法使いの言葉にルージュが期待を持って尋ねる。


「お力添え頂けるんですか?」


 ダーシャが首を振って答える。



「いや、私じゃない。ゲインだよ」



「ゲイン……」


 戦士ゲイン。勇者スティングと共に魔王を倒した仲間。

 彼の顔を思い出す自分の頬が少しだけ朱に染まったことを彼女は気付かなかった。






「なあ……」


「う、うるさいっ! 黙っておれ、気が散るっ!!」



「って言うかさ……」


「はひ~!?」


 シンフォニアと言う新しい仲間を迎えたゲイン達一行は、途中で遭遇したスライムと交戦していた。



 ヒュン、ガッガガッ……


 リーファが振り下ろした剣が虚しく空を切り、地面に突き刺さる。


「きゃっ!!」


 スライムの反撃。成人男性ならほぼ無傷でいられる攻撃に驚いて尻餅をつく。シンフォニアが慌てて鞄の中から薬草を取り出してリーファの元へ駆けつける。



「リーファちゃん! これ薬草ですぅ~、あひゃ!?」


 勢いよく飛び出し過ぎたのか、足元の石に躓きシンフォニアが派手に転ぶ。



 ドン!!!


「ふへ~、痛~いぃ!? くひ~ぃ!!!」




「はぁ……」


 近くの岩に座ってふたりの戦いを見つめるゲインがため息をつく。まったく戦闘センスゼロの自称勇者、新規加入のシンフォニアもそれに匹敵するほどの逸材。


「なんで僧侶名乗ってんのに魔法が使えねえんだ……」


 さすがのゲインもこのメンバーで本当に魔王が倒せるのかと真剣に悩み始めた。

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