3.戦場の正義

「あの女を仲間にするぞ」


「はあ?」


 王都を眺める丘。勇者スティングの像が立つその丘にやって来たゲインとリーファは、同じく旅を始めた別の冒険者パーティに遭遇した。そこで仲間から追放を受ける僧侶シンフォニアを見てリーファが言った。



「なに勝手なこと言ってんだよ」


「いいだろ、リーダーは私だ」


「……」


 いつからお前がリーダーになったんだと内心ツッコミを入れるゲインだが、それより先にリーファが地面に座り込んで泣きそうなシンフォニアの元へ行って声を掛けた。



「私は勇者リーファ。お前、仲間になれ」



「……ふぁ?」


 追放を言い渡されて動揺していたシンフォニアの頭がさらに混乱する。


「はひ? あ、あのぉ、仲間って、私を仲間にしてくれるってことですかぁ~??」


「そうだ。一緒に来い」


 シンフォニアの顔が明るくなる。だが彼女を追放した冒険者パーティのリーダー、ジャスが前に来て言う。



「おい、ガキ。なに勝手なこと言ってんだよ」


 身なりは立派な勇者。剣術の心得は皆無ではなさそうだが、見た目から入るタイプのようだ。リーファが答える。



「勝手? この女は追放したんだろ? だったらうちのパーティに来て貰う」


 魔法使いの女が出て来て言う。


「ふざけないでよ。この女には随分お金を掛けたのよ。欲しけりゃ代金払いな」


 見た目は美しい女性だが言葉遣い、それ以上に心は薄汚れている。リーファが尋ねる。



「幾らだ?」


「金貨五十枚」



 リーファが後ろを振り向いてゲインに言う。


「おい、ゲイン。金貨五十枚払え」



「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえ!! そんな大金どこにあるんだ!!」


 金貨五十枚と言えば、ここらの村で数年の年収に匹敵する。リーダーであるジャスがゲインを見て言う。


「はあ? なんだお前、ゴリラか? まあ何でもいいが金がないなら金貨三十枚に負けてやるよ。俺達数日は王都にいるから金揃えて持って来い。そしたらこの馬鹿はくれてやるよ。分かったか? あははははっ!!!」


 下品な声で笑うジャスの後ろから、戦士風の長身の男が前に出て来て言う。



「おい、今『ゲイン』って言ったか?」


 全身筋肉質で巨躯の男。背中に背負った太い剣は素人では扱えない品物。それなりの手練れと見える。ゲインが答える。



「そうだ」


 男の額がぴくぴくと動き、怒りを伴った低い声で言う。



「俺はよお、勇者スティングのをした『偽善者ゲイン』が大嫌いでよお。ゴリラ、てめえも同じ名前なのか? 目障りだ、すぐに失せろ」



(邪魔……? なんだそれ……)


 呆然とするゲイン。ジャスがため息をついて言う。


「おい、グフ。勇者スティングを名を汚す『クソゲイン』が憎いのは分かるが、こいつは関係ねえだろ。こんなゴリラに絡んでも仕方ねえぞ。つーか、ゴリラなのにゲインって言うんだ? そりゃ、だな。あの偽善者と同じ名前って。ぎゃはははっ!!!」


 ジャスの最高級の下品な笑い声が辺りに響く。大きく呼吸をするゲイン。冷静にと自分に言い聞かせて尋ねる。



「おい、戦士ゲインが『偽善者』ってどういう意味だ?」


 ジャス達が憐れんだ顔で答える。



「何だ知らねえのか? 最強の勇者スティングに金魚のフンのようにくっついて、おこぼれだけ貰った外道のことを?」


(金魚のフン、おこぼれ、外道……)


 女魔法使いが呆れた顔で言う。



「え、あんた知らないの? もしかしてどこか遠い国から来たとか、あ、ゴリラだからずっと山の中で暮らしていたのかな??」


 魔王討伐後、皆の興奮様止まぬうちに隠居したゲイン。ゴリラ化してからは世間との交わりをほぼ絶ち切って暮らしてきた彼に、そのような風評は耳に入らない。



(俺が邪魔者か……、ふっ……)


 ゲインはなぜか可笑しくなった。確かに最強の勇者からすれば自分など邪魔だったのかもしれない。世間から見れば金魚のフンだったのかもしれない。ジャスが言う。



「どうでもいいだろ、そんなこと。おい、ゴリラ、早く金の工面して来いよ。じゃあ、行くぞ」


「きゃっ!」


 ジャスはそう言うと地面に座り込んでいたシンフォニアのピンクの髪を掴んで立たせる。


「はう~……」


 そのまままるで首輪をつけられた犬のように連れて行かれるシンフォニア。その姿をむっとした顔でリーファが見つめながら言う。



「なんて嫌な奴らだ。と言うか、お前貧乏なのか?」


「はあ? そんな大金あるわけねえだろ! 大体お前だって一文無しじゃねえか!!」


 旅を始めて数日、ゲインは一文無しのリーファの面倒をずっと見て来た。一体どういう頭をしたらそのような勘違い発言ができるのか聞いてみたい。リーファが言う。



「くそっ、本当に腹が立つ。あんな奴らに食われて死んじゃえばいいのに!!」



(あっ)


 その瞬間ゲインは、リーファの目が薄い紺色に変化したのに気付いた。



「馬鹿っ! そんなこと軽々しく言うんじゃねえ!!!」


「別にいいだろ。鬱陶しい奴らだし」


 何も気にしないリーファ。だがゲインの頭の中に最悪の事態が浮かんで来る。



(鬼が来るのか!? それはまずい!!!)


 全身から汗が噴き出すゲイン。そしてその憂いはすぐに現実となって姿を現した。





「きゃあああああああ!!!!!」


 冒険者パーティが立ち去って行った方から上がる女の悲鳴。ゲインがリーファに言う。


「行くぞっ!!」


「あ、うん!!」


 ふたりが駆け足で走り出す。





 ジャス達冒険者パーティは大混乱に陥っていた。

 勇者像へのお祈りを終え王都に向かっていた際、突然森の中から現れたその魔物に皆が驚き声を失った。魔法使いの女が震えた声で言う。



「あれって、まさか……、サイクロプス!?」


 それは頭部に一本角を生やした上級魔物サイクロプス。人の三倍はある巨大な体、巨木や岩をも砕く程の肉体に、目に映るものすべてを破壊する凶暴な性格。駆け出しの冒険者なら退却一択の危険な魔物。ジャスが震えた声で言う。



「なあ、なんでサイクロプスがこんな所にいるんだ……」


 王都周辺はその強い結界と王国騎士団により凶悪な魔物、いや魔物自体少なくなっている。このような上級魔物が出現すること自体異常である。戦士グフが言う。



「それより何だあの色? サイクロプスなんて聞いたことがねえぞ……」


 それなりの戦闘経験を持つ戦士グフ。サイクロプスとは戦ったことはないが、通常この魔物が青色であることは知っている。だが目の前に現れたサイクロプスは黒。すべてを飲み込むような闇のような漆黒である。女魔法使いが言う。



「ど、どうするのよ……??」


「撤退、すぐに逃げろっ!!」


 ジャスがそれに答える。一斉に動き出そうとする冒険者パーティ。だがその上級魔物はそれをあざ笑うかのように素早く行動した。



「ゴガアアアアアア!!!!」


「なっ!?」


 ドオオオオオオン!!!!



「きゃああああああああ!!!!」


 巨大な図体の割に俊敏な動き。黒きサイクロプスはあっと言う間にジャス達の間合いに移動すると、その強力な拳で地面を殴りつけた。同時に起こる地震のような揺れ。衝撃波。揺れでふらついていたジャス達は強い力を受け四方に飛ばされる。



「こ、殺される……」

「もうダメ、こんなのデタラメでしょ……」


 ジャスや女魔法使いは恐怖に心が潰され足が動かない。



「あひ~、どどど、どうしよう!? み、みんなの回復の準備を~、ふひゃ~」


 僧侶であるシンフォニアは鞄に入れてあった薬草を取り出そうとするが、やはり恐怖の為か手が震えて上手く出せない。そんな最悪の魔物の前に戦士グフが仁王立ちになり、皆に言う。



「時間を稼ぐ。お前ら早く逃げろっ!!」


 ジャスは大金叩いて仲間にしたその戦士の背中を見てようやく生きた心地になった。大きな出費。だが彼はこのような時の為の保険であった。ジャスが起き上がって言う。



「グフ、すまねえ!! すぐに助けを呼んで……、えっ?」


 逃げようとしたジャスの目に信じられない光景が映る。

 目の前に立ったグフの腹部にサイクロプスからの強烈な拳が打ち込まれる。爆音、空気が割れるような振動。防御してそれに耐えようとしたグフはその鎧ごと破壊され、バタリとその場に崩れた。



「な、なんだこいつ……、ケタ違いだ……」


 パーティで最強であるグフが瞬殺された。皆の脳裏に最悪の事態がよぎる。



「ひゃはぁ~、み、みなさんを、助けなきゃ~」


 サイクロプスの攻撃で街道の外れまで吹き飛ばされたシンフォニアが急ぎ鞄の中を探る。鞄の中に入れられた大量の薬草の中から一番効果の高いものを選び手にする。



「ああん、でも動けないよぉ~、ふへ~」


 だが余りの恐怖に腰が抜けてしまって立つことすらままならぬシンフォニア。そんな彼女に可愛らしい声が掛けられる。




「お前、大丈夫か? いやー、それにしても凄いのが出たな。倒し甲斐があるぞ」


 それは先程自分を仲間に誘ってくれたゴリラ男と子供のパーティ。


「あひ!? あ、あの~」


 声を出そうとしたシンフォニアの目にその男の背中が映る。



「おい、クソガキ。そいつの面倒見ておけ」


「仕方ないなー、あいつは譲るよ。お前に」


 そう言ってリーファが座り込んでいるシンフォニアに肩を貸す。


「分かった。ああ、それにしてもお前といるとたぎるぜ。マジ興奮が収まらねえ……」


「どういう意味だそれ? 変態か、お前」


 そんな声も聞こえないのか、ゲインはゆっくりとその黒き悪魔に向かって歩き出す。

 体の内から滾る赤き炎の快感。再び得たこの幸福感。体中にドーパミンを打たれたような興奮に身を委ねる。溢れ漲る力。その本能だけが彼を支配していた。



(滾る、滾る、滾る滾るっ!!! ああ、早くぶった斬りてえ……)


 ゲインは抑えられぬ感情を全身にゆっくりとその漆黒の悪魔に向かう。




(あ、あれは……)


 ゲインの登場に気付いたジャス。引きつった笑みを浮かべて言う。



「あは、あはははっ、やった。やった、が来た。に、逃げるぞ、今のうちに……」


 戦士グフと魔法使いの女が叫ぶ。


「逃げろっ!! お前みたいな三下が敵う相手じゃねえぞ!!!!」

「あ、あなた冒険者でしょ!! 早く私達を助けなさい!!!」


 剣を抜いたゲインがガッと睨みつけながら大声で言う。



「黙れ、クソ雑魚共がっ!! てめえらなんてどうでもいい!! 俺は、俺の為だけに戦うっ!!!!」



「ひぃ!?」


 その気迫にジャス達の体がぶるっと震える。




「うおおおおおおお!!!!」



 スドオオオオン!!!!!



(え、うそ……)


 ジャス達皆がその目を疑った。

 抜刀したゲインが雄叫びを上げながらサイクロプスに突進。拳を振り上げて迎え撃ったサイクロプスの、その右手を一振りで斬り落とした。



 ドン!!!!


 勢いで後方に倒れるサイクロプス。ゲインは剣についた血をぺろりと舐めながら言う。



「いいか、覚えとけ。戦場じゃなぁ一番強えぇ奴が……」


 皆の視線を一身に受けたゲインが叫ぶ。



「一番偉えんだよぉおおお!!!!」


 赤き炎を纏ったその男は、まさにその戦場の正義であった。

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