2.勇者の背中

「はあっ、はあっ、きゃ!!」


 勇者を名乗る金髪の少女リーファと共に魔王討伐を決意した隠居ゴリ戦士ゲイン。翌朝、早速彼女の実力を知ろうと近場にいた下級魔物であるスライムと戦ったのだが、それは目を覆うような内容であった。



「なあ、お前それで本当に勇者を名乗るのかよ?」


「う、うるさい!! まだ始めたばかりだ。これから強く……、きゃっ!!」


 下手をすれば行商人や村人ですら無傷で倒せるスライム。その最弱魔物相手にリーファは先程から全くダメージを与えられない。近くの岩に座って戦いを見つめるゲインがため息をつきながら言う。



「その剣はお飾りかー、適当に振り回さずにちゃんと考えて振れー、剣の重さを利用して斬って見ろー」


 魔王を倒すと意気込む勇者に、一体どんなレベルのアドバイスをしているのかと情けなくなる。外見は幼い少女だがもしかしたら強いのではと一時考えていたが、やはり見た目通りのただの少女であった。



 ザクッ!!


「え? あ、やった!? やったぞー、ゲイン、見てみろ、倒せたぞー!!!」


 適当に振り回していたリーファの剣が偶然勢いよくスライムに当たり、運よく倒すことができた。目を輝かせてゲインの下へやって来るリーファが嬉しそうに言う。



「見たか、ゲイン!! 私が倒したんだぞ!! 凄いだろ!!!」


「ああ、凄い凄い。よくやったな」


 自然とリーファの頭を撫でるゲイン。大昔村の子供達に剣術を教えていたのを思い出す。リーファが言う。



「初めて魔物を倒せたぞ! よし、この勢いで魔王も倒すぞ!!」


「そうだな」


 魔王がそんなに弱ければ苦労はない。苦笑してそれを聞くゲイン。そしてリーファに尋ねる。




「なあ、ちょっと聞いても良いか?」


「なんだ? スライムの倒し方か?」


「それはまた今度でいい。そうじゃなくて何でお前みたいなクソガキが勇者になんてなろうとしてんだ?」


「馬鹿か、お前? 勇者だって元はクソガキだろ?」


「まあ、そうだが……」


 弱いくせに生意気な口をきくクソガキ。だがそのクソガキが真面目な顔で話し始めた。



「昔な、私の村が魔物に襲われたんだ」


「……」


 黙って聞くゲイン。



「その時勇者一行がやって来て魔物を全部倒してくれたんだ。強い魔物だったけど、体を張って私達を守ってくれたんだ。まだ幼かったけどはっきりあの恐怖と感動は覚えている。だから決めたんだ、私も勇者になるって」


(そうか、俺達が立ち寄ったどこかの村の子だったか。スティングに憧れて、勇者になるか……)


 ゲインはすべてを理解したかのような気分になっていた。だがリーファから予想外の言葉が飛び出る。



「あの背中、の勇者の広い背中は私の憧れなんだ!!」



(え?)


 ゲインの顔つきが変わる。勇者への憧れを語るリーファを見ながら思う。


(ちょっと待て。スティングはの勇者。あのパーティで黒髪と言ったら……)



 ――俺じゃねえか!?


 勇者パーティにいたメンバーは勇者、戦士、魔法使いに僧侶。黒髪は戦士であった自分のみ。ゲインはぼうっと草の生えた地面を見つめて思う。



(こいつ、まさか俺を勇者だと勘違いして、それに憧れて勇者になりたいと……)


 リーファが言う。


「勇者は魔王を倒してからすぐに死んでしまったらしいが、もう一度ちゃんと会ってみたかったと思っている」


「そうか……」


 ゲインが苦笑しながらそう答える。



「なあ、リーファ」


「なんだ?」



「そのってカッコ良かったんか?」


 リーファが笑顔になって答える。


「当たり前だろ。めっちゃカッコ良かったぞ」


「そうか。ありがとよ……」


 リーファが首をかしげて言う。



「なぜおまえが礼を言う? 馬鹿なのか、お前は??」


「ああ、そうだったな。すまねえ。会えると良いな、その勇者さんに」


「やっぱりお前は馬鹿だろう。勇者はもう死んでいるんだぞ」


 ゲインが手を頭にやり笑って答える。



「そうだったな。は死んだ。お前の言う通りだ」


「……お前、やっぱり馬鹿だろう。ちょっと腕が立つだけの」


「馬鹿馬鹿言うな。少しは傷つくぞ」



「まあ良い。じゃあ行くぞ」


 そう言って先を歩き出すリーファ。

 ゲインは笑顔で何か小さくつぶやいてから彼女の後に続いた。






「なあ、これからどこへ行くんだ?」


 その日の夕方、宿泊の為に立ち寄った村の食堂で夕食を食べながらリーファが尋ねた。小さいながらも活気ある食堂。行商人や旅人などで賑わっている。フードを被り目立たぬ格好をしたゲインが答える。



「王都の近くの丘」


「丘? 何でそんなところに行くんだ? 魔王が居るのか?」


「馬鹿かお前。何でそんな物騒な奴が王都の丘にいるんだよ」


「じゃあなんでそんなところへ行く?」


 ゲインが手にした酒をグイッと飲み干してから答える。



「勇者の像があるんだよ」


「勇者の像?? 勇者スティングのか?」


「ああ、そうだ」


 王都にも勇者の功績を称える像や石碑などは幾つかある。だがゲインはその王都を見渡せる丘に建つ像へ行きたかった。リーファが尋ねる。



「なんでそんな場所へ行くんだ?」


「ちょっと挨拶、いやお前も勇者を目指すなら見ておいた方がいいだろ?」


「私はもう勇者だ」


「ああ、そうだったな」


 ゲインが苦笑いしながらグラスに酒を注ぐ。


「まあ、お前がどうしても行きたいというなら行ってやってもいいぞ」


 リーファは皿にある肉の塊を食べながら言う。


「そうか、ありがとよ」


 ゲインは再びグラスの酒を口に流し込んだ。




 三日ほど移動を続けた後、ゲイン達はようやく王都が見渡せるその丘へと辿り着いた。十数年ぶりの場所。ゲインに昔の記憶が蘇る。



『俺と一緒に来てくれないか、ゲイン』


 初めてスティングに会ったのがこの近くの村。魔物の上位種である魔族に襲撃されていた村で戦っていたゲインに、その赤髪の男は颯爽とやって来て彼らを一掃した。強さに自信があったゲイン。だが彼の勇者としての資質は群を抜いていた。



(こいつ、強えぇ……)


 勇者に憧れていたゲインの思いが打ち砕かれたのがこの場所。後に村長が村を救ってくれたお礼に勇者スティングの像を王都や村が見渡せるこの場所に建てた。言わばここは『戦士ゲイン』としての始まりの場所。そして過去の自分に決別しなければいけない場所。




「おお、これが勇者スティングか」


 リーファが丘の上に建てられたスティングの像を見上げて言う。剣を天に掲げて立つスティング。彼女が幼い頃に勇者は亡くなっており、こうして立体で見るのは初めてのようだ。だがリーファが首をかしげて言う。



「うーん、でもなんだかイメージと違うような……、なあ。これって本当に勇者スティングなのか?」


 そう尋ねるリーファにゲインが笑って答える。



「ああ、そうだ。間違いない」


「そうなのか……」


 いまいち納得しないリーファを横に、ゲインはその懐かしい顔を見つめながら心の中で言う。



(行って来るぜ、スティング。魔王退治に)


 強くてカッコ良くて最高の勇者だった戦友スティング。今その彼に初めて別れを告げる。





「おい、早く歩け!! このノロマ!!!」


 そんなふたりの耳に、少し離れた場所からこちらに向かってやって来る一行の声が聞こえる。



(ん? 誰だ)


 それは冒険者パーティらしき一行。剣を携えた男ふたりに、魔法使いらしき男女三名。何やら話をしながらこちらに向かって来る。その中でリーダーらしき男が像を指差して言う。



「あ、あったぞ。あれが勇者像だろ」


 彼らは結成して間もない冒険者パーティ。ゲインは知らなかったのだが、新規パーティはこの勇者像に冒険の成功を祈るのが流行っているらしい。魔法使いらしい女が言う。



「ねえ、ジャス。とっととお祈りして帰りましょ。こんな場所に長居は無用よ」


「そうだな」


 そう言うと一行は像の前までやって来て手を合わせる。ジャスと呼ばれたリーダー格の男が言う。



「なあ勇者スティングのパーティってよ、確か四人だったよな」


「そうよ」


「俺達も四人でいんじゃね?」


「そうね、使えない人間を連れていても穀潰しになるだけだし」


 そう冷淡な顔で言い放つ魔法使い。結成間もないパーティは装備や仲間の加入などで想像以上にお金が掛かる。無駄は省きたい。その最も簡単な方法が人員削減。ジャスがパーティの僧侶らしき女性に向かって言う。



「おい、シンフォニア。お前、もう来なくていいから」


「え?」


 そう言われた女性が顔面蒼白で立ち尽くす。



「で、でも、私、一生懸命頑張って、あわわわっ、皆さんの為に……」


「魔法も使えねえ僧侶がどこにいる? いいか? お前のやっていることは詐欺なんだ、分かるか!?」


「詐欺……」


 僧侶の女は体を震わせてその場に座り込む。ジャスが言う。



「そう言うことだ。じゃあな」


 そう言って笑いながら立ち去ろうとする一行。それを近くで見ていたリーファがゲインに言う。



「なあ、あの女を仲間にするぞ」


「は?」


 そう言ったリーファの目は薄い紺色に変化していた。

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