8.信頼
(レーガルト王城か、懐かしいな……)
勇者スティングと共に魔王を倒し、大歓声の中凱旋した王城。太陽の光を受けて銀色に輝くその王城はまさに王都を象徴する美しい建物であり、魔族の熾烈な攻撃でも一度も屈することのなかった民の心の拠り所。レーガルト国民が誇る唯一無二の存在である。リーファがシンフォニアに尋ねる。
「おい、シンフォニア。どうした? 元気がないようだが」
声を掛けられたシンフォニアが驚いて答える。
「ひゃ!? ご、ごめんなさいっ。大丈夫ですぅ、大丈夫ですから」
明らかに大丈夫でない様子。ゲインは黙ってふたりを見る。
(どうしよう、私、やっぱり僧侶の才能ないのかな……)
シンフォニアは悩んでいた。昨日、スライムと対戦した際、転んだリーファに回復魔法を掛けようとして上手く発動しなかったのだ。緊張か焦りか。理由は分からないがあれ以降こっそり試すも成功していない。
(わ、私ぃ、やっぱりダメ僧侶なのかしら〜!? そうなったらまたこのパーティからも追い出されちゃうだろうし〜、ふきゃ〜!! そんなの嫌だよ〜)
どんどん暗くなって行くシンフォニアを見てゲインが声を掛ける。
「取り敢えずなんだ。昼メシにしようか」
「は、はひっ!!」
ゲインの言葉に答えるシンフォニア。そんな一行に背後から声が掛かった。
「お、おい! お前……」
聞き覚えのある声。ゲイン達が振り返ると、そこにはシンフォニアの元パーティリーダーであるジャスが立っていた。心なしかこちらを見る目が震えているようである。フードを被ったゲインがギロリと睨みつけて答える。
「なんだ? 何か用か?」
「うっ……、そ、その女を勝手に、つ、連れて行くなよ……」
ジャスの脳裏に未だ鮮明に残る漆黒のサイクロプスとの戦闘。そこで見た目の前のゴリラ男の狂気を思い出すと未だに体が震える。シンフォニアが泣きそうな顔で言う。
「ジャ、ジャスさん、わ、私はもう、くふ~……」
正式にパーティに加入しておきながら勝手に離脱したシンフォニアを罪悪感が襲う。リーファが言う。
「お前、この女を捨てて逃げたじゃないか。追放とか言っていたし。見苦しいぞ」
リーファが出て来て少しだけ強気になったジャスが言い返す。
「せ、正式な追放なんてしてないし、それに言ったはずだぞ。金貨三十枚揃えて持って来いって……」
言いながらゲインの顔を横目で見るジャス。シンフォニアが意を決して言う。
「ジャ、ジャスさん!! 私は、その、この人達と一緒に行きたいんです。一緒に旅をしたくて……」
ジャスがシンフォニアを睨みつけて言う。
「ふざけるな!! そもそもお前が困っているところを俺が拾って……、えっ?」
シンフォニアに話していたジャスに、ゲインが懐から取り出した布の小袋を渡し言った。
「金貨三十枚だ。持って行け」
「え? マ、マジか……??」
ある意味吹っ掛けて言った金額。最初からリストラする予定だった
手にずっしりとした重さを感じるジャス。中身を確認して思わず声を上げる。
「すげえ……」
金色に光るレーガルト金貨。数年は遊んで暮らせる額であり、普通の者が気軽にポンと出せるものではない。ジャスが少し引きつった笑みを浮かべながら言う。
「よ、よし。そいつはくれてやる。じゃ、じゃあな……」
そう言って軽く手を上げ小走りに去って行った。シンフォニアが泣きそうな顔で言う。
「ゲ、ゲインさん、私……」
その目はもう涙で潤んでいる。とても返せない様な大金。
(わ、私、ゲインさんに買われちゃった!? ふひゃ~、もう、身も心も全てゲインさんのもの確定なの!? きゃー!! 恥ずかしいっ!!)
同時に恥ずかしさと快感が彼女を包む。買われた以上、何をされても文句は言えない。そう考えるだけでシンフォニアは顔が真っ赤になる。リーファが眉間に皺を寄せて言う。
「なんだ、お前。お金持ってるじゃないか。無いとか嘘言ったのか」
「ま、まあ、その、なんだ。虎の子ってやつだ……」
魔王討伐の報奨金を貰ったゲインはすぐに自給自足の隠居に入ってしまったので、その何割かを使わずにずっと置きっぱなしにしていた。今回の旅に持ってきた訳だが、意外なところで役に立った。シンフォニアが頭を下げてお礼を言う。
「ほ、本当にありがとうございましたぁ。ありがとうございました」
「いいって。仲間だろ? 気にするな」
キュン!!
太陽の光を浴びて輝きながらそう返す
(カッコいいですぅ~、ふへ~、ゴリさんなのに、とっても素敵なの。ふひゃ~)
何だか体が溶けそうになる感覚にシンフォニアがふらふらする。なんだか少し恥ずかしくなったゲインが、昼飯のタイミングを逃していたことを思い出し言う。
「さ、それじゃあ、昼飯に……」
「うわー!! ゴリラさんだ!! ゴリラさんがいるよ、ママーっ!!」
そんなゲインに今度は近くにいた子供が声を掛ける。幼い子供。母親と一緒に歩いていたのだが、ゲインのゴリラ面に興味津々の顔で駆け寄って来る。男の子が言う。
「うわー、大きい!! 手、とかももじゃもじゃだー」
「お、おい。子供、俺は見せもんじゃ……」
そう言おうとしたゲインより先にシンフォニアが腰を下ろし、子供に言う。
「もじゃもじゃだよね~、ほら、触ってみて。カチカチでしょ~??」
そう言ってゲインの手を取り子供に見せる。それに恐る恐る触れた子供が目を輝かせて言う。
「うわー、本当にカチカチだ!! もじゃもじゃでカチカチ!! 凄いよー!!!」
嬉しそうな顔の子供を見てシンフォニアも笑顔になる。男の子の母親が頭を下げて言う。
「す、すみません。子供が勝手に……」
「いいんですよ~、子供は何でも興味持ちますから~」
意外としっかりとした対応をするシンフォニア。子供好きなのだろうか。とても幸せそうである。
「じゃあねー、ゴリラさん!! お姉ちゃん!!」
手を振って立ち去る子供に笑顔で手を振り返すシンフォニア。温かい家庭を築きたい。彼女のそんな思いの為か自然と子供に優しくなる。
「おい、俺は見せもんじゃねえぞ」
「ひゃっ!? ふひゃーーーっ!! ご、ごめんなさいっ!!」
子供にいいように遊ばれたゲインがぼそっとつぶやく。謝るシンフォニアを見ながらリーファが言う。
「いいじゃないか。子供は大切にしなきゃいかんだろ。ゴリラの生態系の勉強にもなったしな。くくくっ……」
「て、てめえ、だから俺はゴリラじゃねえってちゃんと説明……」
そこまで言った時、ゲイン達の耳に大きな悲鳴が響いた。
「きゃああああああっ!!!!」
「!!」
ゲイン達は悲鳴の聞こえた方を振り返る。それは先程の親子が歩いて行った方向。ゲインに続き、リーファとシンフォニアも急ぎそちらへ駆け出す。
「あれは……」
少し離れた王都中央広場。大きな木々やベンチが置かれた穏やかな民の憩いの場に、その似つかわしくない存在がひと際目立っていた。
「
一度は生を失った存在。それが死霊化し再び活動を始めたのが
(しかも鎧の
勇者パーティ時代、何度も共闘したレーガルト騎士団。その輝ける白銀の鎧は王国の強さの象徴であり安心の証。その白銀の鎧を纏った
「きゃあああ!!!」
「ま、魔物だ!! 逃げろっ!!!」
突然現れた魔物に皆が叫び声を上げながら逃げていく。本来魔物など存在しない場所。安心が約束された場所での恐怖に皆が大混乱に陥る。
「ふひゃ~、な、なんですか!? あれ~!!??」
シンフォニアがその
騎士団の鎧を纏った
(騎士団は街中には居ねえ。王城からも少し離れている。ならば俺達が奴を祓わなきゃならねえ!!)
魔物が侵入して来ない街中には騎士団はいない。王城からの応援も時間がかかる。ならば、とゲインが討伐を決意した時、その聞き覚えのある声が響いた。
「きゃああああ!! こ、来ないでっ!!!」
それは先程ゲインに所にやって来て『ゴリラさん!!』と言って遊んで行った男の子とその母親。恐怖のあまりに転んでしまった男の子を庇う母親に、
「逃げろっ!!!」
「早く逃げてっ!!!」
周りの人達が叫ぶも震える親子には動くことすらできない。
ドン!!!
「きゃああっ!!!!」
そうこうしている内に
「くそっ!! おい、借りるぞっ!!」
「え? わっ、何をするっ!?」
ゲインはリーファの腰に付けられていた剣を引き抜き、閃光のように
「はあっ!!!」
ガン!! バキン!!!!!
ゲインの高速の一撃。不意を受けた
「おい! 何やってんだよ、勝手に!!」
叫ぶリーファを無視してゲインがシンフォニアに言う。
「シンフォニアっ!! 治療だっ!!!」
そう言って蹲る母親を指差すゲイン。ぐったりとした母親の傍で男の子が泣きながら母の名を叫ぶ。
「ひゃい!! はい、でも、私……」
何故か昨日から発動しない回復魔法。僧侶でありながらたった一度しか使えていない治癒の力。シンフォニアは母親の元へ駆け寄り癖で薬草の鞄に手を掛ける。と同時に思い直す。
(ダメ。ダメなの。ここで私がちゃんとやらなきゃ!!!)
目には涙を流し母親に抱き着く少年。周りの人達は魔物に恐れをなして逃げ惑う。
(怖い……、もし私が失敗したら……)
一刻を争う母親の怪我。強烈な
恐怖と不安に潰されそうになったシンフォニアの頭にそのゴリゴリした手が乗せられた。
「心配するな。あいつは俺が倒す。お前は勇者パーティだ。治療だけを考えろ」
(ゲインさん……)
シンフォニアの心にゲインから渡された赤い炎がぼっと点火する。信頼。不甲斐ない自分を一点の曇りのない顔で信じてくれる。
シンフォニアは自分の手を怪我をして呼吸さえままならない母親の背中にそっと乗せて言う。
「……主、女神マリアの名の下にその傷を癒せ。
同時に緑色に輝く手。見る見るうちに母親の表情が和らいていく。少年が涙を流して言う。
「ありがとう、お姉ちゃん!!」
「うん……」
シンフォニアが笑みを浮かべてそれに答える。ゲインが言う。
「よくやった。お前はそのふたりを頼む」
「はい!!」
シンフォニアが回復の快感を感じつつ、庇う様にふたりを守る。ゲインが
「さあ、来いよ。俺を
ゲインは折れた剣を投げ捨て、拳を作って
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