拝啓、チン●を失ったわしへ
首都、
女神アマテラスによる神託があり、旅立つカナメ達と同行するようにと命じられたのはつい昨日のこと。妻や子どもと満足に別れを惜しむ間もなく、いきなり行ってこいと言われた彼の心中には不満が溜まっている。
「まさかあの変態覗きジジイが、女の子になっていたとは……で。いつになったらカナメ達は来るんだ? 約束の時間は、とうに過ぎているというのに」
『こんにちは、グッドマンさん。カナメさん達は来ましたか?』
「っと。いいえ、女神様。まだ来ておりません」
頭の中に突如として響いてきた女性の声に、思わず背筋が伸びた。彼は神託によって祝福が授けられ、いつでも女神と直接会話できるようにされたのだ。
普段であれば、自国の守り神である女神と直接話すことは大変名誉であるのだが、理由も分からないままに行ってこい、私は見ているぞと言われている感じがして、彼自身はあまり乗り気ではない。
『変ですねえ。先ほど行かせた兵士の話では、もう
(所在確認の為だけに朝っぱらから駆り出された兵士に、同情しか湧かん)
とは言え、女神の言うことを聞かない訳にもいかないと。グッドマンは港で船の管理をしている管理棟へ話を聞きにいった。
「えっ? カナメさん達なら朝早くにお越しになって、さっさと出ていかれましたけど」
『はいぃぃぃっ!?』
入口の所にいた銀色のプレートアーマーに身を包んでいる彼に話を聞くと、頭の中にいる女神がひっくり返ったような声を上げた。
『で、出て行ったのですか?』
「とりあえず、状況を詳しく教えてくれ」
女神アマテラスの声はグッドマンにしか聞こえていない。詳しく教えろと脳内でうるさい女神に辟易しながらも、彼は門番に対して話を促した。
「は、はい。えーっと、確かちょうど日が昇り始めたくらいに四人でいらっしゃいまして。女神の神託によって急いで旅立つことになったから、船を出して欲しいと。話は聞いていましたので、朝一の連絡船でどうぞと」
『ぐ、グッドマン、絶対に捕まえるのですよ。これは女神からの勅命ですっ!』
「(安いなあ、勅命)後を追いたい、急いで船を出してくれ。女神の勅命だ」
「わ、分かりました。手配します」
自分の国を守ってくれていた神様がこんなのだったのかと、グッドマンの内心で呆れる気持ちがいくらでも湧いてくるが、言うことを聞かない訳にもいかず。彼には従うという選択肢しか用意されていなかった。
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現在わしらはアマテラス国を出て船の旅を終え、着いた先の港を出て最初の街道にあった森の中に入ったところじゃった。周囲の木々は高いが、陽の光は差し込んできておるお陰で、そこまで暗くは思わん。
「あのー、師匠。本当に女神様との約束、破っちゃって良かったんですか?」
「良いに決まっておろうが。あんな駄女神との約束なんざ、知ったことか」
不安そうな声を上げておるスバルに向かって、わしはふんっと鼻を鳴らした。湯船で気を失った後。程なくして目覚めたわしは、四人を集めて作戦会議をした。議題はもちろん、如何にしてメンヘラ駄女神から逃げるか、じゃった。
結果。約束の時間をブッチして、さっさと国外逃亡を決めるのが最善という結論に至った。エイヴェの話では
眠そうにあくびをしておるエイヴェの隣で、ウザかったよねーと話しているアヲイ。返事こそできたものの、昨日のことがあってから彼女の顔をまともに見れておらんわし。
「あれあれー、どーしたんですかー? なんであたしから目を逸らしてるんですかー?」
「な、なんでもないわい。どうでも良いじゃろう、そんなこと」
「もしかして昨日のキスで、意識しちゃってるんですかー?」
「なぁっ!?」
思わず声を上げてしもうた。スバルがびっくりした様子で目を見開き、エイヴェはあくびで出た涙を拭っておる。
「き、きききキス? せ、先輩と師匠、キスしちゃったんですか? キスしたら赤ちゃんできちゃうんですよッ!?」
「お前は何を言っておるんじゃ」
一番取り乱しておるのがスバル。訳を聞いてみれば、これまた初心なことを言い始めておった。まさかこやつ、キャベツ畑とコウノトリを信じておるクチか?
「えー? スバルってもしかして、赤ちゃんの作り方知らないのー?」
「ば、馬鹿にしないでください先輩。それくらい、おれでも知ってますよ」
「じゃあ教えてくれんかのう」
「良いですか。赤ちゃんっていうのは愛し合った者同士がキスすることで、気配を察知したコウノトリがキャベツ畑に着床するんですッ!」
キャベツ畑とコウノトリの話が、そうやって料理されておるとは夢にも思わなんだ。駄目じゃ、その光景がさっぱり想像できん。
「うん、何一つ合ってないねー。じゃー、エイヴェさん。スバルに赤ちゃんのつくり方、教えてあげてくださいよー」
「いいですよ。ではスバルさん、赤ちゃんをつくる時はまず裸になります」
「え、えええッ? な、なんでえっちな話になるんですかァァァッ!?」
話を振ったアヲイが嫌らしく笑っておる。当然わしも。これがあれか、無垢な子に無修正のエロ本を見せつけるような下卑た快感か、良いのう。
「見つけたぞ、カナメッ!」
とそこに、野太い声が響き渡った。身体をビクッと震わせた後に後ろを振り返ってみれば。
「ぐ、グッドマン。何故、お前がここに?」
角刈り頭のガタイの良い男性、グッドマンがそこにおった。
『そんなことはどうでも良いんです。カナメさん、よくも逃げてくれましたね』
「げぇっ、その声はっ!」
そんな彼よりも、わしの耳に響いてきた母性を感じる優し気な声に、苛立ちをトッピングしたかのようなその言葉。見ると、グッドマンの後ろに光が現れて、中から半透明の女神、アマテラスの姿が現れた。
「メンヘラ駄女神っ!? な、何故。
『私の意識を分割し、分霊としてこのグッドマンさんに憑依しました。私自身は根差した国の領土を出ることができませんが、意識だけならいけました。いえ、例え不可能だったとしても、あなたへの想いがそれを可能にするでしょう』
「なるほど、女性の執念がそれを可能にしましたか」
納得しておるエイヴェじゃが、わしは全然納得したくない。何、メンヘラの意地は不可能を可能にするの? ずるくない?
『ではカナメさん、こちらへ。今は彼に憑いていますが、あなたへと交代します』
「それができるのなら、わざわざ俺を呼ばなくても良かったんじゃないか?」
『この術を編み出したのが、カナメさん達が帰った後だったので。わたしだって好きであなたに憑いてる訳じゃないんですよ。出来なかったら監視をお願いするつもりでしたし。ああ、代わったら、もう帰っていただいて大丈夫ですよ』
「……感謝する」
めっちゃ苦虫を嚙み潰したかのような表情で、お礼を言っておるグッドマン。こやつも苦労しておるんじゃなあ、ザマア。
「逃げるぞお前らっ!」
「はーい」
「走るの嫌いなんですけど。それでスバルさん、先ほどの続きなんですが」
「お、男の人と女の人が、抱き合うッ? は、裸になった意味はあるんですかッ!?」
とは言え、大人しくメンヘラ駄女神を身体に宿すなんざ死んでもご免じゃ。わしらは回れ右して走り出した。付いてくるアヲイと、面倒くさそうなエイヴェに、顔を真っ赤にしておるスバル。あの話、まだ続いておるのか。
「待て、逃げるなッ! お前がいないと俺が帰れんッ!」
『カナメさん、逃がしませんよ。あなたの童貞は、私がいただきます』
「うをおおおおおおおおおおおおっ、捕まって堪るかぁぁぁっ! わしの童貞はメンヘラ駄女神なんかにはやらーんっ!」
「裸になった男女が抱き合って、まずは愛撫と呼ばれる行為をします。具体的にはキスや男性器、女性器に触れて気持ちを高めていき、やがて男性器から透明な液体が出る段階へと」
「駄目です、いけません、えっちなのはいけないことだと思いますぅぅぅっ!」
「ねーねー、せんせー。どんな気持ちー? あたしが近くにいて、どんな気持ちー?」
「ひ、引っ付いてくるなっ! わしにだって初心に思う心くらいあるんじゃっ! う、う、うをああああああああああああああああああああっ!」
追ってくるメンヘラ駄女神を抱えた角刈り頭のおっさん。懇切丁寧に男女の営みを教えているエイヴェ。それを聞いて真っ赤っかになり、頭が沸騰しそうになっておるスバル。わしに引っ付いてきて挑発的に、何処か嬉しそうに笑っておるアヲイ。そして追いかけられることとキスしてきた馬鹿弟子に引っ付かれることで、二重に心臓に悪い思いをしておるわし。ワーワーギャーギャー言いながら、わしらは森の中を駆け抜けていった。
こんな調子で、本当にわしは男に戻れるのか。そもそも戻る手段はあるのか。未だ見たことのない世界に希望を持ちながらも、今のこの状況がとにかくキツイ。
走っておる最中に、遠くでカラスの泣き声が聞こえた。雑木林から顔を出していたのは、不幸を告げる黒猫。走っておる最中にわしの下駄は緒が切れたし、空には暗雲が立ち込め始めておった。
何この今から不吉なことが起こりますよのフルコースは。今がこんなにキツいのに、もしかしてこの先はもっと酷くなるの? 涙が浮かんできた。
ささやかながら、未来のわしにエールを送ろうと思う。今がまだマシなのであれば、今のうちにできることもあるじゃろうて。挫けそうでもまだ頑張れておる今のわしからの、精一杯のメッセージ。
拝啓、チン●を失ったわしへ。どうか強く生きてください。
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