絶対に女性にモテないという、女神の祝福を
エイヴェを連れ帰った後。わしらはアマテラス教の一番お偉いさんである教王から直々に表彰され、褒美を取らせると言われた。そこで願ったのが、女神アマテラスとの謁見じゃ。
願いは聞き届けられ、今は竜車に乗って、四人で女神の元へと移動しておる。
「ううう、緊張してきましたぁ。おれ達、今から神様に会うんですよね?」
「別に殺される訳でもないしー、適当にしてればいいんですよー」
「先輩はどうしてそんなに肝が太いんですかーッ?」
「ところでエイヴェ。お前、いつになったら金返すつもりじゃ?」
「アテがありません。以上です」
「身体以前に金返すまで逃がさんからな貴様」
険しい山道を登ってたどり着いたのは、いつか遠目に見た山の中腹にある大理石でできた神殿、国の神がおわす場所。
御者であった兵士が入口を案内してくれたわい。四人で中に入ってみれば、赤い絨毯が敷かれ、大理石の壁と女神の姿と思わしき女性が描かれたステンドグラス。シンボルマークである横十字が掲げられた祭壇。ここが神殿内にて女神アマテラスとの会うことができる謁見の間ということじゃった。
基本的には王族しか入れんらしいが、今回は特別に入れてもらえたらしい。入口の扉が閉められた後、横十字に光が走った。
「ようこそお越しくださいました。あなた方を、歓迎いたします」
白く眩い光に目を細めた後に、声が聞こえてきおった。母親を思わせる、慈愛に満ちた声と共に光の中から一人の女性の姿が現れた。
光沢のあるアッシュブロンドの髪の毛は腰までの長さがあり、少し垂れ気味の碧眼には紫陽花の華が咲いておる。口元は優しく微笑んでおり、両手を広げてまるで愛しい我が子を迎え入れんとしておる。豊満な胸の谷間が見える真ん中の空いた白いローブに、腰回りには朱色の腰巻き。金細工の入ったメッシュ状のブーツを履いた、彼女こそが女神アマテラス。
「ウッヒョー、ナイスバディ―女神様じゃ、ふげはぁっ!?」
わしが欲情しない筈がなく、それをアヲイが許す筈もなく。両手と両足でそれぞれひし形を作りながら飛び込もうとしたわしは、彼女の回し蹴りで撃墜された、痛すぎる。
「あらあら。女の子になっても元気いっぱいですね、カナメさん」
「う、うん? 女神様、わしのこと知っておるのか?」
「もちろんです。あなたのことは、良く知っておりますよ」
女神アマテラスは優し気な口調でお話してくださる。ああ、これが毎日拝んでおった女神様か。なんと美しいんじゃ。死後には女神の元に召されるというのが定説じゃが、あんな女性の元に召されるなら裸一貫で突撃したいのう。もちろん、股間の息子を取り戻した後で。
「すみません、一つお伺いしたいことがあります。ああ、私はエイヴェリーです」
一歩前に出たのがエイヴェじゃ。女神様の前でも、全く調子を変えん。
「私の
「
エイヴェの話によると、
はえー、神様も元は
「ん~」
微笑んだ顔のままに、そーっとわしらから視線を逸らしておった。
「ええっとですね。その、なんと言いますか。まあ、はい。取り繕わない回答をさせていただくのでしたら……」
「「「「じ~~~~」」」」
「……ごめんなさい」
「「「えっ?」」」」
気まずそうな女神様を四人で注視していたら、彼女はゆっくりと頭を下げよった。
「ごめんなさいとはどういう意味でしょうか?」
わしらが驚いておる中、エイヴェがズケズケと切り込んでいく。こういう時にコイツの存在って、本当に助かるのう。
「えーっと、ですね。最初からお話しますと。私、カナメさんが欲しかったんです」
説明がなされるのかと思ったら、いきなり指名された。何、どういうこと?
「実はですね。私がまだ
急に思い出話に浸り始めた女神様。言葉の響き的に人生じゃなくて神生なんじゃろうなあとか思ったが、今はそれを横に置いておこう。
「なのにあの人は……あのクソ野郎に寝取られてしまったんですよぉぉぉっ!」
温厚な調子で話していた女神様が、突如として顔を般若の如くしかめての絶叫。母性に満ちた優し気な面影は何処にもなく、ヒステリックを起こして地団駄を踏んでいる女性へと変貌した。
「あの野郎、クソ野郎っ! あの人を夜のテクニックだけで落とすなんてっ! あの人もあの人ですよっ! こんなに気持ちいいのは初めてとか、だらけた顔しやがってっ! クソっ! クソっ! そのまま寝取られて、一緒に育ててたレモン畑にまであの野郎が入ってきてっ! 築き上げた幸せな家庭を、これでもかと私に見せつけてきやがったんですよぉぉぉっ! ああああああああああああああああああああ最高に忌々しいぃぃぃっ!」
「最愛の男性を男に寝取られたのは分かりましたけど、それがどう繋がっていくのですか?」
「いま話してやるから少し待ってろ、このクソ貧乳がぁぁぁっ!」
流れ弾が当たったエイヴェには同情しか湧かんが、当の本人が全く気にしていなさそうなので取り越し苦労のような気もするわい。
「その時の激情で人間性を捨てた私は、
「わしこんなヒステリックな女神様に何年も祈り続けてたの?」
衝撃が大きすぎて、いま虚無に近い心地なんじゃが。
「私は決めたのです、あの人を取り戻すってっ! でも母国にいると、あの人との思い出があって辛かったから。まずは傷心旅行からかなって思って海を渡り。この国にやってきました」
神の来訪による開国があったと歴史学者共は記しておるじゃろうが、その動機が傷心旅行じゃったとは、さすがに書いてないじゃろうなあ。
「この国は素晴らしい風土を持っていました。外から来た私を歓迎してくれる人もいて、レモンを植えるにも最適で。だから私、ここに根差すことにしたんです。もちろん既に他の神も居て、多少のいざこざはありましたが、島の半分を私に明け渡してくれました。そして同性愛禁止の法と共に、わたしの為だけの国を作ることにしたんです」
「自分の腹いせの為だけに、同性愛を禁止したんですかー?」
アヲイの奴が、おおよそ神に向けるべきではない冷たい視線を送っておる。島と人を真っ二つに割った神の開国による戦争を、いざこざ程度で済ますんかい。
「しかしかつての恋人を取り返すという、あなたの動機がイマイチ分かりません。その方って、とっくの昔に亡くなっているんじゃないんですか?」
エイヴェのツッコミに頷きしかない。確かこの女神による開国があったのは、二百年以上前。人間であれば、生きておるとは思えん。その男性が
「当然、元になったあの方はおりません。旅先の事故で亡くなられてしまいましたから。でも、そっくりな方はおりました……ねえ、カナメさん?」
突如として話題を振られたわし。えっ、何。なんでわしが出てくるの?
「世界には同じ顔の人間が三人いると言われておりますが、あなたは誰よりもあの方に似ている。あなたが生まれた時に、私には直感がありました。あの人が帰ってきてくれたんだって」
「えっ、ちょ、はい? わしがその人に似てたの?」
「ええ。そこで私は、生まれたあなたに呪……祝福を授けました。絶対に女性にモテないという、女神の祝福を」
「待たんかい」
いま物凄く聞き捨てならないこと言ってなかった、この女神様?
「私の
「えっ、ちょ、わしの非モテって、女神様に刻まれてたの?」
「あなたが軍に入った時も、
「ねえ。あたし達って、一歩間違えたらとんでもない理由で死んでた可能性がある訳ー?」
「幸いにしてあなたは無事で、軍を抜けて一介の
「おれの村のことがなかったことにされてたのも、これが原因なんですか?」
次々と明らかになっていく真実。わしもアヲイもスバルも、言いようのない表情に顔が支配されておる。飲み込めないこの気持ちに、なんて名前をつけようかの。
「今までの話を総括すると。あなたはカナメさんが欲しくてたまらなかったから、各種の行動を起こしてきた。その一環で私の反転にも干渉したんですね」
「そうです。せっかくあと一歩で童貞のまま天寿を全うしてくれるのに、今さらモテモテになられたら困るじゃないですか」
困るのアンタだけじゃよ。
「でも私の力での妨害とか、やったことなくて。匙加減が分からなかったので、適当に割り込んだら、何故かカナメさんが幼女になってしまって……だからお願いします」
話しておった女神様は、エイヴェに向けて頭を下げた。
「カナメさんを男性に戻してください」
「それはこっちの台詞じゃこのたわけ者がぁぁぁっ!」
限界。わしは女神様……いや。このメンヘラ駄女神に向けて、大声を張り上げた。
「お前かっ! お前の所為でわしは六十年間も女の子と縁がなかったんかっ? おまけに適当にやった結果幼女にされたとか、まずはこっちに頭下げろっ! こんの駄女神がぁぁぁっ!」
「なんで私がカナメさんに謝らないといけないんですか? あなたの童貞は私が頂くのに」
心底不思議そうな顔をしておるメンヘラ駄女神。こやつが如何に自分のことしか考えておらんのかが、よぉぉぉく分かったわ。
「で、エイヴェリーさん。お願いできませんか?」
「無理です。私がひっくり返した結果は、元には戻せません」
「ではさっさと
「離せアヲイっ! このクソビッチに一発くれてやらんと気が済まんわぁぁぁっ!」
「せんせー、落ち着いて。どーせ殴りかかっても無駄だってー」
自分の都合全開でエイヴェにお願いしておるメンヘラ駄女神に、一発どころか何十発も拳を叩きこんでやりたいと言うのに。アヲイの奴がわしを羽交い絞めにして離してくれん。
「じ、じゃあどうするんですか? おれも元に戻りたいのに、女神様でも無理ってことは。ずっと、このままなんですか?」
「仕方ありませんね。では旅に出てきてください」
スバルの不安げな顔に対して、メンヘラ駄女神はあっけらかんとそう言い放った。
「革命を起こそうとしたピサロの館から、他の
「おい待て。ロクな謝罪もなしに国を出ていけと言うんかお前?」
「では、旅の支度をさせましょう。ああ、ご心配なく。金も装備も用意させますから。あとは監視も必要ですね。誰か体力に自信がありそうな人を見繕わないと」
「聞いとんのかワレぇぇぇっ!? わしに対して言うことがあるじゃろうがぁぁぁっ!」
「カナメさん、安心してくださいね。元に戻ったら、私の元で一緒に蜜月を過ごしましょう。大丈夫です。あのクソ野郎に負けないように、私もテクニックを磨きましたから。魂を取り込んだ後は、ぐちょぐちょでぬちょぬちょな日々を過ごしましょうね、いやんっ」
「誰がお前なんぞに童貞を渡すかぁぁぁっ!」
「あらあら、照れなくても良いんですよ?」
「照れてなんかなぁぁぁあああああああああああああいっ!」
こうして、わしらはこの国を出て行くことになった。言われんでもこんな国、こっちから出ていったるわ。
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