だってその人、女だったんですッ!


 あれから少し経った。三日三晩戦い続けて限界を迎え、ぶっ倒れたわしの容態もようやく落ち着きを見せ始めた頃。わしらは革命軍を退けたということで、アマテラス軍に手厚く保護され、表彰されることとなった。

 今は教会傘下の病院にて療養中じゃ。軍を脱した身としては昔の同僚の姿もあり、非常に居心地の悪いものではあったが。流石にこの幼女がわしだとは誰も思わんかったらしく、今の所は同名の別人と思われておる。


「師匠ォォォッ! おれです、スバルですーッ! 助けてくださいィィィッ!」

「どわぁぁぁっ! す、スバルっ? どうしたんじゃ、その恰好はーっ!?」


 医療室の扉を破って入ってきた、桃色のポニーテールを揺らした巨乳の女の子。泣いている彼女を落ち着かせて話を聞いてみれば、彼女がスバルであることが疑えなくなった。


「あやつめ、とうとうスバルまで」

「師匠、元に戻してくださいよォォォッ! おれ女の子なんて嫌ですゥゥゥッ!」

「いや、せんせーも戻れないから困ってたんだってー」


 わしに泣きついてくるスバルに対して、アヲイは冷静なツッコミを入れておる。ちなみに髪の毛は鬱陶しかったから後ろで一括りにした結果、ポニーテールというやつになったそうじゃ。ドングリ目の彼、いや、彼女によく似合っておるのう。


「とにかく、まずはエイヴェの奴をとっちめるか。部屋はどこじゃ?」

「それが。荷物を届けに行った時には、もういなくなっちゃったんです」


 元々が何かの目的があって、流浪の旅をしておったエイヴェじゃ。面倒はごめんじゃと、治るものが治ったらさっさと消えたんじゃろうが。


「なんじゃとっ!? 逃がさんぞエイヴェ。じゃがここは、アマテラス軍の内部。すぐに見つかるのではないか?」

「確かにー。スバル、誰かエイヴェさんを見た人はいないのー?」

「先輩それが、誰もエイヴェさんを見てないって言うんですよ。似てる人はいたんですけど」


 目撃情報もなし、と。それは妙じゃな。奴の力は逸らしと反転。研究者肌で隠密ができるような奴でもない筈じゃし。

 そうなると誰かが手引きした可能性もあるが、あやつにそんなことを頼める知り合いがおるとも思えん。可能性がありそうなピサロとシルキーは、獄に繋がれておるからのう。


「何か絡繰りがありそうじゃのう。一体どうやって……ってちょっと待て。スバル、さっきなんて言った?」


 決意を新たにしようと思ったその時。先ほどのスバルの一言が、妙に引っかかった。


「は、はい? しめ鯖とらっきょうは最高の組み合わせだって」

「ちゃうわいっ! 似てる人を見たとか言っておらんかったかっ!?」


 どうしてそんな言葉が出てくるのか。この娘がスバルであることは今さら疑いようもないが、それはそれとして奴の放った言葉の真意を確かめる。


「あ、ああ、はい。エイヴェさんと同じ華片かへんが全部五段階で、髪の毛も長くて背も高くて眼鏡はかけてなくて、ボロボロの白衣を着ていましたけど。絶対に違うと思います」

「そこまで一緒なのに、何故違うと言い切れるんじゃ?」


 スバルは豊満な胸を張って、自信満々に答えた。


「だってその人、女だったんですッ!」

「「そいつじゃ(だ)ぁぁぁっ!」」


 わしはアヲイと声をハモらせた。



 性転換を終えた後、エイヴェは病院を悠々と後にしていた。


「流石にバレませんね。まあ私が女性になるなんて、誰も思わないでしょうし」


 切っていないだけのだらっと伸びた黒髪に、前髪から覗くやる気のない半目。黒いジャージの上に白衣を着ているという、彼そのままの格好ではあるのだが。女性になったということで顔つきと身体付きと声色に変化があり、ほんの少し膨らんだ胸と細くてくびれのついた腰と小さなお尻。

 加えて条件付けを誤った結果、視力が反転して眼鏡が要らなくなり、纏っていた雰囲気も変わったということで、誰も彼女をエイヴェだとは思っていなかった。


 彼女は今、近くのお店に入って適当にご飯を注文している。


「あっ、しまった。お金がないじゃないですか」


 届いたサンドイッチセットを食べ終わった後に、コーヒーを飲みながら手持ちがないことを思い出した彼女。荷物が届くと聞いていたが、バレる危険性を考慮した結果、着の身着のまま出て来てしまっていたのだ。


「仕方ありません、食い逃げますか。これで何件目で」

「エイヴェぇぇぇっ!」


 空になったコーヒーカップを置き、エイヴェが木の椅子の背もたれにもたれかかったその時。正面から大声と共に彼女に突っ込んでくる小さな影があった。突進を受けた彼女は椅子ごと後ろに倒れ込む。その上には一人の赤髪の少女が馬乗りになっていた。


「カナメさん? どうしてここが」

「目撃情報が多数あったからのう。もう逃がさん、これをくれてやるわ」


 ぶつかってきた彼女、カナメは懐から一つの緑がかった銀のリングを取り出した。見覚えのあるそれを容赦なくエイヴェの左の小指にはめ込むと、詠唱を始める。


「我が命脈によって、この宿木ヤドリギつちかわん。この命脈の波を忘れるな」

「これって、もしかして」

「縛れ、世界を喰らう業を宿されし命よ――宿木指輪契約ヤドリギレストリクション


 詠唱が終わった後に、銀のリングの内側から淡い緑色のざわつきが走った。


「これでわしが定期的に命脈を供給せん限り、お前は力を吸われ続けることになったのう」

「普通、ここまでしますか? 一瞬、プロポーズかと錯覚したんですけど」

「当たり前じゃ、絶対に逃がさんぞ。って、誰がプロポーズするか」


 肆華いざよい以上の咲者さくしゃを軍が手元に置いておく際に使われる、この宿木ヤドリギ指輪。カナメの金で購入した指輪にまさか自分が囚われることになるとはと、エイヴェは内心で笑った。


「まあ、すぐに死ぬ訳でもないですし。捕まったんなら、大人しくしますよ。それよりもカナメさん、丁度良かったです」

「は? 何の話じゃ?」


 一度自分の左小指につけられた指輪を見た彼女は、特に表情を変えないままにカナメへと視線を戻した。


「お金がないんです。ここの支払い、よろしくお願いします」

「財布も持たずに飯食ってたんかこのたわけ者がぁぁぁっ!」


 もう一度。カナメの声が、木霊した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る