ボクの、勝ちだァァァッ!


「そうかそうか、これが戦いなんですねえ。お爺様が言っていたじゃないですか、足りなければ他の力と合わせればよいって。そうだそうだ、すっかりすっかり忘れていましたよおッ!」


 するとピサロは手に持っていた純白の大鎌を消し、足元の黄色い睡蓮の華をも消した。纏っていた死臭もしなくなったと思った次の瞬間、彼自身の身体が白く淡く光り始める。


「思うがままに生きるには、力が必要。一つの力で駄目だったのならば、次の手を出すまでです。使えるものは、何でも使いませんと。例えばそう」


 そこまで喋った時、ピサロは一足飛びでわしへと距離を詰めてきた。警戒を怠らなかったわしは、放たれる拳の一撃を大太刀で受け止める。


「腕力とか、ねえ」

「なんじゃ、屈する気はないのか?」

「嫌ですねえ、嫌嫌ですねえ。せっかく楽しくなってきたんです。まだまだまだまだ遊びましょうよォォォッ!」


 始まったのは、大太刀と拳による乱打戦。わしは従えた真紅の大太刀で持って奴を迎撃するが、奴は奴で両の拳と足だけでそれを防いでいく。しかも、コイツ。


「これが隙ですかあッ!?」

「甘、いわぁっ!」

「避けられましたか。もう一拍、速く放つべきでしたねえ」


 肆華いざよい二つ分の命脈で強化された奴の一撃は、先ほど体当たりを貰った時に体験済み。あの威力が拳から、足から、更には頭突きに至るまで。身体の何処からでも繰り出されるという有様じゃ。瀕死に近いわしが一撃でも貰えば、そこから瓦解しかねん。


「おおっと。なるほど、こうすると危ないのですねえ」

「ちいっ、固いっ!」


 更には奪った全ての力を身体強度をも強化した奴に、赤薔薇之太刀アカバラノタチの一撃はほとんど通用せん。高い耐久力に任せて、滅茶苦茶な素人戦術をひたすらに試していく。考え、放ち、防がれ、反省してまた放つ。戦いながら学んでいるという様相であった。


「このっ!」

「おおっと、危ない危ない。さあさあさあさあ、もっと教えてくださいよカナメ君。教えることがないのであれば、素直に素直に沈んでもらってかまいませんよお」


 遂にはその速さでもって、回避すら覚え始めておるこやつ。こちらの攻撃は当たらず、当たってもほとんど効かず。逆に向こうの一撃は、こちらを終わらせることができる。酷い状況じゃ。


「……よーく分かったわい」


 わしは一つの決意を宿した。華脳帯かのうたいが悲鳴を上げ始めておる今、鮮紅一華繚乱レッドローズスタンピードでのゴリ押しはできん。指をこれ以上曲げたら折れると分かるように、これ以上はいよいよ脳みそが破裂するんじゃないかという生理的な恐れがあった。であれば、わしのやることはただ一つ。


「はぁっ!」

「ぬぐッ! き、傷が、ついた?」


 気合いを込めた一声と共に振るったわしの真紅の大太刀が、ピサロの胴体に僅かな傷を負わせた。ほとんど効いておらんが、逆に言えば多少は効いているということ。


「付き合ってやろう、ピサロ。こっから先は持久戦じゃ。わしがお前を削り切るのが先か、要領を得たお前がわしに一撃を叩きこむのが先か。根競べと行こうではないか」

「正気ですか、カナメ君? ボクは二人分の命脈を奪って、有り余る程の力を持っています。そんなボクを相手に耐久戦? 正気の沙汰とは思えませんねえ」

「たわけが。わしが馬鹿弟子を相手に、どれだけやりあってきたと思っておる。培ってきた経験は、伊達ではないぞ。対してお前は、まともに動くことなんざ今日が初めてじゃろうて」


 せせら笑ってくるピサロに対して、わしの頭の中におるのは可愛い馬鹿弟子の姿。


「慣れない有様で、いつまで戦えるかのう? 一昼夜程度で、根を上げるなよ。わしはずっと付き合ってやる。お前が疲れ果てて、倒れるまでのう」

「良いでしょう良いでしょう。面白そうじゃないですかあ。ただし」


 言いながらピサロは、拳を放ってきた。受け止めたその時、わしの鼻に死臭がつく。慌てて息を止めたが、身体に痺れが走った。


「ボクはなんでもアリですけどねえ。その培った経験とやらを、暴力で打ち砕いてみせましょう。もちろん、学べることはどんどん吸収させてもらいますよお」

「言っておれ。その学びが活かせる時が、あると良いのう。さあて、無駄話はここまでじゃ」


 距離を取って痺れが抜けた頃、今度はわしからピサロの奴に突っかかった。真紅の大太刀の一撃を、右腕で受け止められる。合わせて死臭が漂ってきたが、わしは大太刀から炎を迸らせた。

 そのまま覆い隠そうとしたが、それを察知したピサロが距離を取って、炎から逃れる。ちっ、もうそこまで動けるようになったか。


「付き合ってもらうぞ、限界までのうっ!」

「もちろんですよお。もっともっと、ボクと遊んでくださいよォォォッ!」


 わしとピサロは、ぶつかり続けた。


「そうら、館投げェェェッ!」

「喰らうか、そんなもん」


 真紅の大太刀を振るい、拳を振るい、時には館の残骸さえも投げたり、防いだり。


「ぬぐうっ!? め、目つぶしとは小癪な」

「もらったァァァッ!」

「甘いわ若造っ! そんなもん、見なくても避けれるわぁっ!」


 砂で目つぶしを狙ったかと思えば、辺り一帯を炎で覆い尽くそうとしたりもした。正着手も、搦め手も、思いつく限りの何もかもを駆使していく中で夜は更け、新しい陽が昇っていく。


「どうしたんですかカナメ君? 動きが鈍くなってきてますよお?」

「やかましいわ。お前こそ、額に汗をかいておるみたいじゃがのう」


 それでも戦いは決着を見ない。戦いは長引き、三度目の陽が沈んだ時には、最早互いに言葉はなかった。終いには手段を出し尽くしたのか、互いに武器を捨て、足を止めての殴り合いへと発展する。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「はははははははははははははははははははははははッ!」


 一歩も引かず、ただただ殴り続ける両者。わしは一発たりとも貰わないよう、ひたすらに避けて、受け流して、凌ぎ続け。ピサロは何発貰おうと、ひたすらにわしに一撃を叩きこまんと拳を繰り出していた。

 泥臭い肉弾戦。まるで修羅同士の食い合いのような、本能と本能のぶつかり合い。一歩でも引いたら負ける、絶対に引かない。意地だけがわしを突き動かしていたように思えた。


 気が付くと三回目の真夜中を越え、暁闇へと突入しておった。白み始めた空模様。地平線から太陽の光が今にも出そうとしておった、その時になって。


「終わりです、カナメ君ッ! ボクの、勝ちだァァァッ!」

「っ!」


 一瞬の隙を突き、握り込まれた拳が振るわれた後。最後に立っておったのは、一人だけじゃった。



 瞼越しに光が差し込み、アヲイは目を覚ました。倒れていた彼女が一度顔をしかめた後に瞳を開くと、近くには倒れているエイヴェの姿がある。


「うっ。こ、ここは? 確かあたし、ピサロに……い、痛っ」


 彼女の記憶は、ピサロに襲われた部分で止まっている。彼の肆華いざよいに呑まれてから意識を失い、状況が全く分からない。立ち上がろうとしたが、失敗した。身体中が鉛でも巻きつけられたかのように重く、更には頭痛まであったからだ。


「なに、これ。一体、何がどうなって?」

「こ、こまで、ですか。三日も、かけた、のに」


 アヲイの耳に声が届いた。自分を唆した男、ピサロの声。


「一発も、当てられない、なんて。最後の、大太刀の、不意打ち。完敗、ですよ」

「何度か危なかったがのう。つくづく末恐ろしいわい」


 続いて耳に飛び込んできたのは、幼い女の子の声。児童特有の高音なのに、まるで老人であるかのようなイントネーションを持っている、あの人の声。アヲイは無理やり顔を上げた。


「今回、は。負けま、したが。いつか、勝って、みせ」


 ピサロの声は、そこで途切れた。アヲイが顔を上げた時、地面に横たわっていた彼が、丁度力尽きたかのように顔を伏せた。

 そして、もう一人。彼を見下ろしている、赤髪を揺らした少女の姿。切っ先を下げた身の丈程もある真紅の大太刀を片手で握り、こちらに背を向けて立っている白い浴衣姿の彼女。


「次なんざないわ。もう顔も見たくないわい」

「せん、せー」


 アヲイは何とか声を振り絞った。決して大きな声ではなかったが、彼女はふと、気が付いたかのように首だけで振り返る。


「起きたのか、アヲイ。無事で何よりじゃ」


 ちょうど朝日が顔を出した時であり、立っている彼女、カナメが身体ごとこちらを向いた時であった。昇った陽を背に、カナメはアヲイを見て微笑んだのだ。

 太陽を背負った彼女のその姿が、あまりにも神々しくて。アヲイは言葉を失う。


「お前との持久戦が、こんなところで役に立つとはのう。なあに、郊外とはいえ、これだけ派手に戦ったんじゃ。その内アマテラス軍もやって来るじゃろうて」

「あっ、せんせー。その、あたし」

「もちろん。その後は、迷惑をかけた方々に謝りに行くぞ。わしも着いて行ってやるから、誠心誠意、しっかり謝罪すること。良いな?」


 見とれている間にも、カナメはアヲイの元まで歩み寄っていた。手にしていた真紅の大太刀を解除すると、その手を彼女へと差し出す。


「さあ帰るぞ、この馬鹿弟子が」

「~~~~ッ!」


 脳が打ち震えるような感覚を覚えたアヲイは、声なく涙を流した。必死になって、手を伸ばす。自分が師と仰いだ人の小さなその手を、意地でも取りたかったから。

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