落ちろ、真紅の大太刀よっ!


 すると奴は目を見開き、左目にあった百合の華を咲かせる。直後、彼の頭上に白百合の華が咲き、枯れる。そこから落ちてきたのは、純白の大鎌じゃった。


参華ぎょっこう首萎之大鎌クビナエノオオガマ。さあさあさあさあ、ボクを楽しませてください」

「やはり使えるのか、アヲイの力も」


 落下してきた純白の大鎌を握り、こちらを狙ってくるピサロ。あれで斬られれば命脈を吸い取られ、向こうが強化される。意地でも一撃を貰う訳にはいかん。


「喰らい尽くせ、魔獣ヘックビースト共おッ!」

「させんわ、鮮紅一華繚乱レッドローズスタンピードっ!」


 周囲に残っておる魔獣ヘックビースト共も健在で、油断すればピサロの号令によって、わしを喰らい尽くそうと襲い掛かってくる。当然放っておくことなどできず、真紅の大太刀で壁を作って防ぎ、爆ぜさせ、業火によって焼き尽くしていく。


「返り咲け。参華ぎょっこう斜光睡蓮花しゃこうすいれんか

「ぬうっ、小癪なっ!」


 足元から奴を守るのは黄色い睡蓮の華。エイヴェの能力すらも自由自在か。わしの大太刀の一撃が、まるでツルツルの壁面で滑らされたかのように逸らされてしまう。


「まだですよお。功、癒、創。臭い咲け。参華ぎょっこう屍臭之華カグハシノニオイ

「ちぃっ!」


 とどめと言わんばかりの、ピサロ自身の参華ぎょっこう。顕現されたラフレシアの華から放たれるのは、鼻がひん曲がりそうな死臭。鼻孔を犯した直後、身体中に重みがかかる。わしは息を止め、距離を取った。


「離れるなんて酷いじゃないですか。もっともっと、ボクと遊んでくださいよおッ!」

「穿て、赤薔薇之太刀アカバラノタチ


 牽制の為に、宙に従えた真紅の大太刀を放ったが、ピサロの足元に咲いている黄色い睡蓮の華の華弁はなびらが全てを逸らしてしまい、彼自身に当たることがない。


「無駄無駄無駄無駄あ。エイヴェ君の参華ぎょっこうがある限り、ボクに遠距離攻撃は通用しませんよお。大人しくボクと遊びましょうッ!」

「お断りじゃ、このたわけ者がっ!」


 かと言って素直に近距離戦に持ち込んだとしても、逸らされる攻撃と状態悪化の死臭。更にはこちらの命脈を奪う純白の大鎌によって、不利が加速することは目に見えておる。突破口が見出せない今は、とにかく逃げ回って大太刀を放っていく他にない。

 加えて一つ、懸念事項がある。わしの想像が正しければ、一撃でももらってしまうと状況が更に悪化することがのう。


「つれないですねえ。ならばあ、ボクから行きますよおッ!」


 現状の打破を必死に頭を回していたその時、ピサロの身体が加速した。見ると、奴が顕現させた筈のラフレシアの華がない。


「ちいっ! 参華ぎょっこうの一つを解除して、その分の命脈を功片こうへんに当てよったか」

「気が付いても、遅いですねえ」

「ぐっ、あああっ!」


 理解したその時、わしは奴が振るった大鎌の一撃を受けた。幸いにして切り傷は左の肩口だけで済んだが、斬ったその勢いのままに突っ込んできた奴の体当たりをモロに受けてしまう。吹き飛ばされたわしは崩れ残っていた館の壁面に背中から激突し、その場に倒れ伏した。


「ふふふふ、これでアヲイ君の強制参花きょうせいさんかも完了ですねえ。時間を稼げ、魔獣ヘックビースト共。攻、射、創、奪。今こそ満願成就の日暮れ時。立ちなさい、臥したる骸共。斜陽に咲いたその首、刈り落とすはボクらですよお」

「ま、不味いわい」


 元々が万全の状態でもなかったが為に、ダメージがぶり返してきたわし。よろよろと立ち上がった時には、魔獣ヘックビーストが迫り来ており、対応しておったらもう遅かった。


「――肆華いざよい首萎之大鎌クビナエノオオガマ黄昏再征服トワイライトレコンキスタ


 直後に現れたのは、そこら一帯に咲き誇った巨大な白百合。全てが華開き、枯れた直後。首が落ちたかのように萎れ、地面に落下した華からは白いボロ布を纏った黒い骨が這い出てくる。

 無数に萎え果てた白百合から生まれたのは、純白の大鎌を持った黒い骸による軍勢。その全てが黄色い睡蓮の華で守られており、状態悪化の死臭を放っているという地獄絵図。


「ヒャーハッハッハッ! 凄い凄い凄い凄いッ! 肆華いざよいまで行使できるなんて、びっくりですよおッ! これが力ッ! 全てを思うがままにする、圧倒的な力あッ!」


 最高潮のテンションに達しているピサロ。遠距離攻撃を逸らし、近距離になればその死臭で相手にデバフをかけて、更には斬れば斬る程に回復していく魔獣ヘックビーストと骸の集団。想像していた限りの、最悪の光景じゃった。


「さあさあさあさあ、どうしますかカナメ君。肆華いざよい中とはいえこの死の軍勢、一人でどうにかできるんですかあ? できなければ死んでしまいますよお? もっともっと、ボクと遊んでくださいィィィッ!」


 ピサロの絶叫と共に襲い掛かってくる魔獣ヘックビーストと骸共。わしは必死になって距離を取り続けた。囲まれでもしたら、蔓延する死臭によって動けなくなった所をタコ殴りにされる。

 放つ真紅の大太刀も、黄色い睡蓮の華弁はなびらに触れた瞬間に逸らされてしまい当たらない。横から放とうが上から放とうが、結果は変わらんかった。上空から落下させた大太刀も、綺麗に逸れて地面に突き刺さる。大太刀を爆発させた炎ですら、届くことはなかった。


 肆華いざよいを展開させ続けた結果、わしの華脳帯かのうたいが悲鳴を上げた。つくづくペース配分の上手い馬鹿弟子が羨ましいわ。頭痛の中、わしは考えを整理する為にも、言葉に出しながら考え続ける。この絶体絶命を打破する一手を導き出す為に。


「エイヴェの奴め、面倒くさい参華ぎょっこうを奪われよってからに。逸らすだけなら、流石に室内等の逃げ場のない場所であれば効くだろうが、こんな屋外ではそれも叶わ」


 わしの中に電流が走った。突破口があった。立ち止まったわしは、付き従えていた大太刀を自身の周囲に並べて壁を作り、骸共の侵攻を食い止めた。


「おっと。カナメ君、何かされるつもりですかあ?」

「当たり前じゃ。目ん玉かっぽじって、よーく見ておけ」

「あああッ、楽しみだなあ。ボクの想像以上であると期待してますよおッ! 簡単にはやらせませんけどねえ、魔獣ヘックビーストに骸共ォォォッ!」


 指示を出したピサロは下がり、代わりに無数の軍勢に取り囲まれる。鼻につく死臭によって身体中が重く、手足の先に痺れ出す。強烈なデバフの中、わしは無理やり目を見開いて跳び上がった。空中から眼下の魔獣ヘックビーストと骸共の位置を全て把握し、頭の中の華脳帯かのうたいを振り絞る。


赤薔薇之太刀アカバラノタチ鮮紅一華繚乱レッドローズスタンピードぉぉぉっ!」


 世界の命脈を可能な限り組み上げ、わしは空中に赤い薔薇を咲かせまくった。多重に咲かせた赤薔薇から幾重にも生成した真紅の大太刀を、更に天高くへと舞い上がらせる。一気に視界に映らない高さへと消えた時、わし自身は地上へと落下した。着地と同時に地面に大太刀を突き刺して声を上げる。


「落ちろ、真紅の大太刀よっ! 万物を裂き、薙ぎ焼く力ぁぁぁっ!」


 直後に周囲の魔獣ヘックビーストと骸共を襲ったのは、豪雨のように落下する無数の真紅の大太刀じゃった。降り注いだ大太刀が地面に直撃したのか、辺り一帯に砂埃が舞う。


「なーんだ、ただのゴリ押しですか。そんな程度じゃ破れませんよ? ほら」


 粉塵が晴れた頃。そこにいたのは真紅の大太刀の一撃を一つも受けていない魔獣ヘックビーストと骸共の姿があった。あれだけ落下させた筈の大太刀は、一本として刺さっておらず、全てが周囲の地面に突き刺さっておったわい。


肆華いざよいであれば押し通せるとでも思いましたかあ? 残念でしたねえ」


 華脳帯かのうたいの酷使で、頭痛が激しいわしは膝をついておった。離れた所で勝ち誇っておるピサロを見上げつつも、荒い息を整えることしかできん。


「はあ、はあ、はあ、はあ……それはどうかのう?」


 呼吸を整えた後、わしの口元には笑みがあった。


「よーく見てみい、お前自慢の軍勢を」


 わしがあごでしゃくった先には、周囲に真紅の大太刀が刺さっている魔獣ヘックビーストと骸共がおる。特に負傷をしているようには見えんし、何か状態が悪化しておる訳でもない。


「無事な彼らがどうかしたんですかあ? ちょっと身動きは封じられてますが、ご自慢の大太刀は、一本たりとも当たっていませんよお」

「たわけが。分からんなら、今から見せてやろう」


 じゃがその大太刀は、奴らの身体を覆い隠すように突き刺さっておった。これじゃよ、わしの狙いは。立ち上がったわしは、息を大きく吸った。吸った後は、もちろん吐き出すまでじゃ。頭の中の痛む華脳帯かのうたいを、振り絞りながら。


「これで終いじゃ、爆ぜろ大太刀ぃぃぃっ!」

「なあッ!?」


 直後、魔獣ヘックビーストと骸共を取り囲んでいた真紅の大太刀が一斉に爆発した。命脈で構成された大太刀が獄炎へと変わり、漆黒の蛇と首のない骸共を焼き尽くしていく。


「な、何故ですか? 斜光睡蓮花しゃこうすいれんかは、まだ健在な筈」

「全てを逸らす力。言ってしまえば、逸らすだけじゃ」


 戸惑いを表情に宿したピサロに対して、わしは悠々と言葉を紡ぐ。その間にも奴の軍勢は次々と燃え落ちていっておった。


「逸らす先がなければあとはその身に受けるのみ。真紅の大太刀で四方八方の全てを覆い尽くし、逃げ場を無くしてやったんじゃ。密閉空間での全方位攻撃には耐えられまい。終いなのはそっちじゃ、ピサロ」


 わしの言葉とほぼ同じ頃、最後の骸が燃え落ちて消えていった。残されたのは少量の真紅の大太刀を付き従えたわしと、目を見開いておるピサロのみ。


「相手の力を奪うお前の肆華いざよいは凶悪じゃが、扱うお前はまだまだ未熟。もう同じ手は通用せん、大人しく降伏するんじゃな」


 手に持った大太刀の切っ先を、真っすぐピサロへと向けた。正直もう一度同じことをやれと言われたら、かなりキツイ。華脳帯かのうたいは悲鳴を上げておるし、わしの身体もガタガタ。

 じゃが、ここで弱みは見せられん。優位を築いたのなら、強気に出る以外ありえん。息をつくのは、奴が屈服した後で十分じゃわい。


「……はははははははははははッ!」


 ピサロは大笑いを始めた。なんじゃなんじゃ、気でも違ったか。

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