僭越ながら、ここでわしの華を咲かせてやろう


 嫌にテンションの高いピサロを視界に捉えつつ、わしは身体を起こした。殴られた箇所もようやく痛みが引いてきて、もう無視できるレベルじゃった。


「空気が美味い、身体が軽いッ! 清々しいというのは、こういうことを言うんですねえ。では皆さん、手始めに大聖堂へ進軍しましょう。ボク達は革命軍です。道々の民家を潰し、略奪し、声を上げながら凱旋しましょう。こんな遊び、初めてです。絶対絶対楽しいですよお」

「そんなこと、させると思うかっ!」


 わしの声を聞いて、ようやくピサロがこちらを見た。


「おやカナメ君。無事だったんですねえ、手加減はしなかった筈なんですが」

「ああ、こんなに良い蹴りは久しぶりじゃわい」


 起き上がったわしは、真紅の大太刀を構える。世間様の為にも、取り込まれたアヲイを取り戻す為にも。ここでコイツらを止めねばならん。


「そんな状態で、お一人で。ボク達をどうにかできると思って思っているんですか? 頼みの肆華いざよいも、全く発現してませんしねえ。最初はあなたを取り込む気でしたから、あの事件から推察される強制参花きょうせいさんかの条件を色々と整えてはみたんですが」


 ピサロのその言葉で一斉に戦闘の構えを始めた、奴の子飼いの魔獣ヘックビースト共。アヲイがかなり削ってくれたものの、まだわしをリンチにできるくらいの数は残っておる。参華ぎょっこうだけのわしでは、ちとキツイかのう。


「ああ、お陰で整ったぞ」

「はい?」


 じゃが、わしに悲壮感はない。不本意にも、条件が整ったからじゃ。


「数的に劣勢であること。わし自身が負傷しておること。味方が倒れ、わし以外に誰もおらんこと……強制参花きょうせいさんかは満たされた。あやつが頑張っておったのに、先生のわしがいつまでもウジウジしてられんわい。僭越ながら、ここでわしの華を咲かせてやろう」

「か、カナメ君、まさか」

「攻、癒、射、創。情と熱の赤き薔薇。咲き誇れ、業火の如く。秩序なきそのほむら、止める者無し」


 戸惑うピサロを無視して、わしは詠唱を開始した。周囲にわしの華が咲き誇っていく。地面に、空中に咲いた、無数の真っ赤な薔薇。咲くと共に燃え始め、周囲を赤く照らしていく。


「――肆華いざよい赤薔薇之太刀アカバラノタチ鮮紅一華繚乱レッドローズスタンピード


 詠唱完了後、全ての赤い薔薇が砕け散った。真紅の華弁はなびらが舞い散る中、残されたのはわしの手の中にあるものと同じ、真紅の大太刀。地上、空中に無数に現れたそれは、わしの手の動きに合わせて優雅に舞った。

 業火の軌跡を残していく大太刀の軍勢。見開いたわしの両目には、白黄色はくおうしょくの薔薇の華が咲いておるじゃろうて。


「わしの弟子が随分と世話になったのう」


 驚愕と動揺が広がる彼らに向かって、わしは言い放った。


「じゃが、もう結構じゃ。返してもらうぞ。わしの馬鹿弟子をっ!」

「む、迎え討てッ!」


 一拍を置いて、状況を理解したのか、。ピサロの指示によって魔獣ヘックビーストどもが襲い掛かってきた。じゃが、わしに恐れはない。あの時以来の肆華いざよいでも、今はまるで一本一本の大太刀が手足の一部であるかのような感覚がある。


「穿て、赤薔薇之太刀アカバラノタチ

「キシャァァァッ!?」


 かかってくる奴らに向けて、宙に浮いた真紅の大太刀を順番に放っていくわし。切っ先から一直線に飛んでいったそれは、着弾と同時に爆発し、業火をまき散らす。

 魔獣ヘックビースト共は炎に呑まれて悲鳴を上げておった。安心せい。終わった後には、しっかりと弔ってやる。


「キシャァァァッ!」


 一部の魔獣ヘックビーストが大太刀を潜り抜けて、わしの元までたどり着いた。その首を伸ばし、わしを喰らい尽くそうと牙を剥いておる。


「防げ、赤薔薇之太刀アカバラノタチ


 わしは地上に咲いていた複数の真紅の大太刀に指示を出し、空中に並べて壁を作り出した。その壁が、魔獣ヘックビースト共の体当たりをあっさりと受け止めてみせる。


「そうら、お返しじゃ」


 壁の一部の大太刀を動かして、奴らの身体を切り裂いた。斬ると同時に炎を迸らせて傷口を焼くので、痛みは絶大じゃろう。じゃが、長く苦しませる趣味はない。怯んだ隙に真紅の大太刀を放ち、奴らの身体を木端微塵にしてやった。


「まとめて薙ぎ払ってやるわい、赤薔薇之太刀アカバラノタチ


 わしは赤薔薇之太刀アカバラノタチを上空へと放った。


「落ちろ大太刀、裂き焼く力ぁぁぁっ!」

「「「「キシャァァァッ!?」」」


 奴らがまとまっている地点に向けて、上空から真っすぐに真紅の大太刀を撃ち下ろしていく。大太刀の雨とも言えるその状況。落下して身体を切り裂き、すぐさまに爆発。爆風と業火を浴びた奴らが次々と燃え落ちていきおったわい。だいぶ数が減ったのう。


「さて、と。まだ数は残ってはおるが。どうしたピサロ、わしの力は奪わんのか?」


 そんな中。わしは真紅の大太刀を宙に従えたまま、ピサロの元へと歩み寄った。わしの挑発に対して、奴は一言も口にはせん。


「ここからはわしの推測じゃがのう。奪った華を咲かせる瞳は二つだけ。つまり、二つまでしか奪えんのではないか? 消化が終わったのなら、話は違うのかもしれんがな」

「…………」

「図星じゃな。なら、さっさと降参せえ。守ってくれる取り巻きはおらず、歩けるようになったとは言え、お前は素人じゃろう? 先ほどは不意を打たれたが、もうあんな手は通用せん……」

「は、ははは。ははははははははははははははッ!」


 突然、ピサロの奴が笑い出した。わしはビクッと身体を震わせるも、油断なく奴を見やる。


「そうかそうか、因果ですねえ。あの時喰い損ねたカナメ君が、ボクの目の前に立ちはだかるなんて。やはり業は全て清算しないと、前へは進めないんですねえ」

「なんじゃと?」


 わしは眉をひそめた。


「まあ、あなたはご存じないでしょうねえ。何せあなたの暴走中に、あのジーク君もろとも巻き込んだ訳ですからねえ」

「……貴様、いま何と言った。何故先輩の名が出てくる?」


 今の言葉は聞き逃せん。何故ピサロの口からジークという名前が、わしがこの手で殺した筈の先輩の名前が出てくる。


「せっかくですし教えてあげましょう。ボクはあなたの暴走の最中で肆華いざよいに目覚め、ジーク君を取り込んだんですよお。あの時のジーク君のお陰で、ボクは身体を治す道を見つけることができた。この革命を起こすことを思い至った。文字通り、彼はボクの命の恩人恩人なんですよお」

「待て、待ってくれ。そんなこと、信じられる訳が」


 唐突に放たれた話に、理解が追い付かない。二十年間ずっと後悔し、信じてきた事実がひっくり返されてしまったのじゃ。訳が分からなくなり、手に力が入らない。いつの間にか、奴に向けていた筈の剣先が下がっておった。


「これがこれが、その証拠です」

「なっ!?」


 更にはピサロの奴は、ラフレシアの華から一つの物を取り出して見せた。それは盾。身体全てを守れるような、大盾。ジーク先輩が持っておった、肆華いざよいの大盾じゃった。


「使い勝手が悪かったので、さっさと消化したんですよねえ。今では形を再現することしかできませんが……あれあれえ、どうしたんですかカナメ君。もしや暴走した時に、自分が先輩を殺したとでも思っていましたか? ああ、ああ、なるほどなるほど。だから、あなたは軍を辞めたんですねえ。通りで通りで足取りが掴めなかった訳だ」


 いつの間にか、大盾は消えておった。一人で納得しておるピサロを余所に、わしは全身が震えだすのを感じておった。入らなかった筈の力が、今では全身にみなぎってきておる。握りこんだ大太刀の剣先が、震えておった。


「色々と疑問が氷解して、スッキリしま」

「そう、か。そうじゃったのか」


 静かに、わしはピサロの言葉を遮った。


「そうかそうかそうかそうか、わしはとんだ思い違いをしておったんじゃな。暴走し、意識がなかったが故に全てを自分の所為と思い。償いとして軍を辞め、肆華いざよいを忌避し。二度とこんな輩が出んようにと後進の育成に励んでおったが」


 全ての真実が明らかになった今、わしの中に渦巻く気持ちは、ただ一つ。


「当時のことを洗い直すこともせんかったのは、わしの不徳じゃ。逃げておったんじゃ、わしは……じゃが今、全ては明らかになった。であれば」


 大太刀を握り直す。瞳に力が宿る。宙に浮く真紅の大太刀は炎を迸らせ、わしの心持ちに呼応してくれる。わしがやらなければならんことは、ただ一つ。


「育った弟子を取り返す為に。先輩の仇を取り、過去の自分に決着をつける為に。ピサロ、わしは今ここで、お前を打ち倒すっ!」

「……ヒャハッ」


 わしの怒号を聞いたピサロは、狂ったかのように笑い出した。


「ヒャーッハッハッハッ! 良いですよ良いですよお。初めての遊び相手が貴方なら、不満も不足もありません。カァァァナメくゥゥゥん、あァァァそびィィィましょォォォッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る