ボクはボクの為に、この国に喧嘩を売ります


 ピサロ=クレイヴは生まれつき身体が不自由だった。出産の際の事故で脊髄を損傷した結果、下半身が全く動かなかったのだ。


「ボクはずっと、不自由だ」


 遊びたい盛りの年頃になっても走り回れないが為に誰も誘えず、誰からも誘われず。両親からは手間のかかる子だとされ。挙げ句には後に生まれた弟が健常であったが為に、半ば見放されていたのであった。


「ボクもみんなみたいに、遊びたいなあ。あーそびーましょーって、言ってみたいなあ」


 彼はずっと健康な身体に憧れを持っていたが、何もできず、何もさせてもらえず、ただ生きているだけの日々。彼にとっては、地獄そのものであった。

 そんな彼が出会ったのは、父方の祖父。彼も老年に入って足腰が弱り、車椅子での生活を余儀なくされていた。


「お爺ちゃんは、ボクと違う?」


 にもかかわらず、祖父は見向きもされない自分とは違い、父や母がひたすらに構っていた。不自由をものともせず、思うがままに生きている彼。疑問を持ったピサロは、どうしてと祖父に尋ねた。祖父から返ってきたのは、謎かけのような問いかけだった。


「ピサロよ。人は何に惹かれると思うか?」

「カッコ良いから、とか?」

「それも正しい。だが、不細工でも人気者はおるぞ」

「運動ができるから、とか?」

「それも一理ある。だが、私はお前と同じ車椅子での生活だぞ?」


 結局答えられなかったピサロに対して、祖父はゆっくりと口を開いた。


「人が惹かれるのは、力だ」

「ちから? 重いものを持ったりすること?」

「それも力の一種だ。私が言っている力とは、人よりも突出した何かを持っていることだ。腕力、知力、魅力。おおよそ力と名の付くものなら何でも良い。足りなければ、他の力と合わせればよい。どんな力であれ、その強さに人は惹かれるのだ」


 私は経済力だったかな、と祖父は付け加えた。後で聞いた話だが、ピサロのいるクレイヴ家は、この祖父がアマテラス国の中での商業に成功して教会に多額のお布施をし、聖族にまで成り上がった家である。祖父は、クレイヴ家発展の立役者であった。


「ピサロ。走り回りたいと、思うがままに生きたいと願うなら、力が必要だ。力をつけろ」

「でもボク、歩けないし」

「さっきの話は聞いていたか? 力とは、何も腕力や走力だけの話じゃない。お前だって鍛えられるものがあるだろう。例えばそう、知力とかな」

「知力。お勉強?」

「そうだ。そして他にも、お前でも鍛えられる力がある。誰かと話したり、お願いしたりするコミュニケーション力だ。何なら私がお前に勉強や、人との関わり方を教えてやろう。お前の弟を見てくれと頼まれておったが、別にお前を教えるなとも言われてはおらんからな」


 祖父の話は幼いピサロにとって、光溢れる道しるべのようなものであった。


「勉強したら、ボクもやりたいことができるように、なる?」

「もちろんだ」

「走れるようにも、なる?」

「勉強すれば、もしかしたら走れるようにもなるかもしれんぞ」

「うん。ボク、いっぱいいっぱい勉強するっ!」


 こうして彼は祖父の元で学び始めた。程なくして、彼は頭角を現していく。勉学や対人関係のスキルが、とても肌に合ったのだ。共に学んでいた弟も優秀ではあったが、ピサロはそれ以上に出来が良かった。

 大きくなり、彼はますます賢くなっていく。周囲からも一目を置かれるようになり、彼もまた周囲を良く見るようになる。


(なんだ。父さんも母さんも弟も、大したことないですねえ)


 良く見て、分かったことがあった。周囲の人間が、それほどのものでもないということだ。心の内で他人を見下すようにはなったものの、表に出さない方が波風が立たないとも彼は心得ていた。結果として、弟が家を継ぐことになっても、彼は何も言わなかった。


(お爺ちゃんが興した家は大したものでしたが、それだけですねえ。家に縛られて生きていくなんて、ごめんごめんです。それよりも月華瞳法げっかどうほう。ここに光明がある)


 ピサロが目に付けたのは、月華瞳法げっかどうほうであった。祖父が教えてくれた中にあり、彼は癒片ゆへん奪片だつへんという力に魅入られる。


(自然治癒力を上げる力に、他者から命脈を奪う力。これを極めれば、ボクは健全な身体を手に入れることができるかもしれない……自分の足で歩きたい、遊びたい)


 弟の手伝いをしつつ彼は研究にのめり込み、遂に至ったのが参華ぎょっこうの段階。ここから更に進んで肆華いざよい。その先にある、寿命と身体能力が大幅に強化される華徒エルフという存在。

 彼は更なる力を求めていた。幼い頃からずっと願っていたこと。思うがままに走り回ること。頭は良くなっても結局は下半身が不自由なままであった為に、苦虫を噛み潰すことが多かったのだ。


 そんなある時。彼は国内の視察に行っていた際に、事件に巻き込まれる。スバルの村で起きた事件。両国の小競り合い最中で起きてしまった、寄生害虫ニーズヘックによる群衆暴走スタンピード

 敵味方問わずに食い殺されていき、ピサロ自身も懸命に戦ったが及ばず。最早命はないと思われていたその時。灼熱の業火が、自分達の元に舞い込んできた。寄生害虫ニーズヘックも何もかもを飲み込んで襲来したそれに、思わず目を閉じた彼だったが。


「大丈夫か?」

「あなた、は?」


 片手で女の子を抱え、もう片方の手に持った巨大な盾でそれを防いでくれた、長い髪の毛を後ろで一まとめにしている一人の壮年の兵士がいた。


「俺はジーク、軍人だ。車椅子のまま、よく戦ったな。もう大丈夫だ。この子もお前も守るし、アイツも止める。俺に任せろ」


 ジークが見つめる先にいるのが、炎をまき散らし、暴れ回り、何もかもを区別することなく焼き尽くそうとする赤い髪の兵士の姿。守ってくれた彼が抱えていたのは、気を失っている五歳くらいの女の子。後にピサロ専属のメイドとなるシルキーだった。


「援軍に来てみれば、まさかお前とぶつかることになるとはな。肆華いざよいの暴走だけは、どうにもならん。安心しろ、絶対にお前も救ってみせる」


 話を聞く限り、暴れ回っている輩はこの人の後輩らしい。そのまま彼とシルキーを置いて、ジークは戦いへと赴いた。展開された肆華いざよい同士がぶつかり合う、激しい戦い。

 ピサロはそんな彼に鮮烈と共に、強烈な羨望を覚えた。


「ああ、あああッ。成りたい、為りたい、生りたい。あんな風に、ボクもなりたいッ!」


 縦横無尽に動き回るジークと、彼の後輩ことカナメ。暴れ狂う二人の力に、ピサロは魅了された。人は力に惹かれるという祖父の言葉を、心の底から感じていた。


「欲しい。あの力が、ボクが動き回れる力が。欲しい欲しい欲しい欲しいィィィッ!」


 ジークとカナメが戦い続ける中、思いは果てしなく大きくなっていく。その時に彼の両の瞳に白黄色はくおうしょくのラフレシアが咲き、一層大きく開き始めた。狂おしいまでの欲求が、彼を次の段階へと押し上げる。


「功、癒、創、奪。我、自らで咲けず。故に寄らば大樹の陰。開け、醜き大輪の華――肆華いざよい屍臭之華カグハシノニオイ簒奪之磔刑セイヴァーザクロスゥゥゥッ!」


 詠唱の後に現れたのは、五つの華弁はなびらを持った巨大なラフレシアの華。それが戦う彼らの足元で華開いたかと思うと、華弁はなびらが閉じて二人を共に飲み込んだ。力への強烈な渇望から、肆華いざよい以上の咲者さくしゃ限定で取り込む力。


「うぐぐ、オエェェェッ。い、一気に二人は厳しい、ですか」


 取り込んだのは良いものの許容量を超えた為に、彼はカナメの方を吐き出した。ジークではなく彼が吐き出されたのは、ただの偶然だった。多量の命脈を奪われたが為に、カナメは気を失っている。


「ふ、ふふふッ。凄い、これがボクの肆華いざよい。命脈が、溢れてきて……う、動いたッ!」


 取り込んだ力で持って、彼は癒片ゆへんを強化した。自然治癒力を劇的に上げると足に感覚が通り、全く動かなかったはずの足の指を僅かに動かすことができた。


「や、やった。やったんだ。ボクは遂に見つけたぞ、自由になれる方法をッ! このままコイツも取り込めば、うッ!?」


 ピサロが喜んだのも束の間。戦いにて酷使していたことと、肆華いざよいに目覚めた際の衝撃で、華脳帯かのうたいが悲鳴を上げた。強烈な頭痛に見舞われた結果、意識を失ってしまう。次に目を覚ました時には、病院にてシルキーと並んでいた時だった。

 話を聞けば、あの事件は寄生害虫ニーズヘック群衆暴走スタンピードという災害ということになっていた。互いの国で合意がなされた為か軍事衝突も、暴れた兵士のこともなかったことになっている。


 生き残った村人は口封じの為に皆殺しにされ、彼自身はクレイヴ家の人間ということで殺されこそしなかったものの、厳しい情報統制が敷かれた。そのお陰でジークの後輩というのが誰なのか、彼は知ることができなかった。


肆華いざよいを発現させている時じゃないと発動しない、か。強制参花きょうせいさんかというのも、なかなかに面倒面倒ですねえ。第一、肆華いざよい以上の使い手なんて、早々見つかるものでもないというのに」


 回復した後、彼は自分自身の肆華いざよいについて検証を重ねて、その内実を把握した。条件の厳しさに悪態をつきつつも、口元には笑みが浮かんでいる。


「ならば肆華いざよいを発現させなければならない状況を作りましょうか。取り込んだ体感的に、あと二人くらい必要です。幸いにしてアマテラス軍には肆華いざよい使いのアシュヒトと、あの喰い損ねた兵士がいます。例えば革命でも起こせば、否が応でも出て来ざるを得ないでしょう。他の調査こそ進めますが、当面の目標は彼ら彼らですねえ」


 頭の中を整理したピサロが鈴を鳴らすと、メイド服姿の幼い女の子が入ってくる。


「お呼びですか、ピサロ様」


 シルキーであった。彼女もピサロの近くに倒れていた為に、クレイヴ家の関係者と見なされて殺されなかったのだ。

 ピサロはジークが助けてくれたことを彼女に伏せ、恩を売った。気を失っていた彼女は、彼の言葉を信じざるを得ない。あの事件によって天涯孤独になってしまい、頼れる先がピサロの元しかなかったことも拍車をかけていた。


「ボクはボクの為に、この国に喧嘩を売ります。行きますよシルキー」

「はい、ピサロ様。命を助けていただいた御恩。必ず返させていただきます」

「はははッ。歩けるようになったら、何をして遊びましょうか」


 彼は笑った。自分の為だけに自国をひっくり返そうとしているのに、とても楽し気である。そこにあるのは、自分がやっと歩けるようになるという希望だけ。周囲の迷惑など、欠片も考えていなかった。

 こうして、ピサロは革命軍である『反天照アンチアマテラス』を組織し、力を蓄え始めた。諸々の準備が整い、計画を始めた今。思わぬ拾い物としてエイヴェとアヲイを喰らった彼は、自由に駆け回れるまでになった。遂に彼は本懐を遂げたのだ。

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