始めろ、再征服をッ!


 結論から言うと、わしらは助かった。轟音と共に崩れた館から、アヲイがわしを抱えて脱出してくれたからじゃが、無傷とはいかなんだ。


「ハア、ハア、ハア、ハア。い、痛ッ」

「あ、アヲイ。お前、足が」


 二階の窓を破って飛び出したアヲイは、わしを抱えたまま無理やり着地。守片しゅへんを扱えない彼女は身体強度を上げることができなかったが為に、生身にモロに衝撃を受けた結果。ミシ、と右の足から嫌な音が鳴り、彼女はその場から動けなくなったのじゃ。


「う、うるさいでーす。これくらい平気でーす」


 既に日が暮れ、十六夜の月が顔を出している中。アヲイは地面にわしを下ろしてくれた。癒片ゆへんを扱えない彼女は、わしのように回復を待つことができん。

 口では強がっている彼女の頬は引きつっており、脂汗も凄い。パッと見て折れている訳ではないが、腫れ上がった足に痛みがあることは、容易に想像ができる。ヒビで済んでおれば御の字か。


「もう少しでわしも動ける程度にはなる。とにかく医者じゃ。無理はするな、いいな」

「ハッ。いっつもいっつも、保護者気取りで。それ以上は、何も」

「あれあれ? 普通に普通にやられてるじゃないですか」


 心配するわしと苦痛に顔を歪めているアヲイに対して、呑気な声が飛んできおった。聞き覚えと共に、苛立ちが募ってくるその口調と声色。


「ピサロっ!」

「期待外れですねえ。どうせどうせ破棄する予定だったとはいえ、館を一つ潰したんですから。せめて力を使ってくださいよお」


 車椅子に乗った銀髪の坊ちゃんカットに黒縁丸眼鏡の男性。わしらをハメ、今回の騒動を起こした張本人、ピサロ=クレイヴが嫌らしい笑みを浮かべておった。後ろには車椅子を押しているシルキーと、彼が率いてきたであろう軍勢の姿がある。

 その全てが寄生害虫ニーズヘック、いや魔獣ヘックビーストの姿をしておった。パッと見える数からして、おそらくは中隊くらいか。いつかのサーマ達のように、魔獣ヘックビーストを使役しておるじゃと。もしやサーマが来たあの時ですら、こやつの仕込みじゃったのか?


「あ、あんた。協力しろなんて言っておいて、あたしどころか、せんせーまで」

「何を言っているんですかアヲイ君。ボクはあなたに、誰も誰も館に入れないようにお願いしたんですよ? なのにカナメ君は、君と一緒に館から出てきた。最初に契約を守れなかったのは、そちらでしょう? 契約違反として、ボクはしかるべき対応を取った。それだけですよ」

「そんな詭弁であたしを、せんせーを殺そうとしたって言うのっ!?」

「詭弁なんて失礼ですねえ、公正な公正な契約の遂行ですよ。それにそれに」


 声を荒げているアヲイに対して全く調子を崩さないピサロは、わしに掌を向けていた。


「まだ、ですかあ。ならばこれではどうです? 開華つきしろ射片しゃへん

「なっ、ぐぁっ!」


 身体をビクリと揺らしたわしに対して、ピサロは命脈弾を放った。指先くらいの大きさの薄緑色の球状の弾丸が、わしの額に直撃する。頭から後ろへとのけ反り、衝撃で視界が明滅した。


「おおっと、撃ち抜けないとは。守片しゅへんの心得がある人は頑丈で、面倒面倒ですねえ。ま、ボクの推測が正しければ、状況的には完璧なんですが」

「せ、せんせー?」


 仰向けに倒れ込んだわし。瞼を開けていることすら難しくなってきて目を閉じたが、意識だけは飛ばさないように何とか踏ん張っておる。癒片ゆへんによる身体の活性化によって、自然回復力を高めておったのが幸いじゃったか。


「ほら、そろそろじゃないですか? 早く早く見せてくださいよお、あなたの力を。それともくたばりましたか? それならそれなら、目標を変更するだけなんですが」

「ね、ねえ。起きて、起きてよせんせー。あたし、まだせんせーに謝れてないことが。言えてない、ことがあるんだよ? ねえ、ねえ。ザコせんせー。いつまで、寝てるのさ」


 ピサロの嘲笑うかのような声と、アヲイの心配そうな声が聞こえておる気がしている。後頭部を打った衝撃もあって、耳には届いておるのに上手く言葉が紡げん。


「起きて、起きてよせんせー。これじゃまるで、あたしの所為で、せんせーが死んじゃったみたいじゃない。嫌。嫌。あたしはそんなこと、望んでなんかなかった」


 アヲイの奴が、悲しんでおる。大丈夫じゃと声をかけてやりたいのに、まだ口が動かん。一滴の雫が、頬に当たった。泣いておるのか、アヲイ。


「い、嫌。嫌だよせんせー。起きてよ、目を開けてよ。あたしの所為でせんせーが死んだなんて、嫌。嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」


 死んでなんか、おらん。心配するな、と言ってやりたいのに。身体は全く、言うことを聞いてくれん。癒片ゆへんからの自然回復が、間に合わん。もうちょっとなんじゃ。目を開けてやるから、あと少しだけ待ってくれ。


「いぃぃぃやぁぁぁあああああああああああああああああッ!」


 アヲイの弾けたかのような絶叫が木霊した直後、莫大な命脈の高まりを感じる。何とか開けることができたわしの視界に映ったのは、両手を顔に当てて大口を開けている馬鹿弟子の姿。


「……許さない」


 顔を伏せたアヲイが呟いたのは、怒気を含んだ低い声。


「あたしのせんせーを殺した、お前は。お前らだけは」

「そうですかそうですか。許さないのは結構ですが、一人でこの人数相手にどうするんですか、アヲイ君? カナメ君を追い詰める為に誘ったあなたは、彼女が倒れた今、もう用済みなんですが」


 ピサロはそんなアヲイを見てもビクともしていない。わしを追い詰める為? こやつ、まさかわしの肆華いざよいが目当てじゃったとでも言うのか。一体、何のために。


「そうだね。足りないね、あたしが。せんせーを守るには、あたしが足りない……足りないんだよ、こんな程度じゃさァッ!」

「ピサロ様、お下がりください」


 わしがようやく顔を上げた時。彼女は顔を伏せたまま、いつかのように夕日を背負って立ち上がった。周囲に沸き立つ命脈の高まりと荒げられた彼女の声。ただ事ではないと違和感を持ったシルキーが、ピサロの前へと立った。


「足りない、足りない、全然足りない。せんせーを守る為に、殺したアイツらに報復する為にッ! もっと、もっと数が要る。奪われたものは取り返す数が。せんせーへのあたしの気持ちは、想いはこんな。こんな程度で終わらないんだァァァッ!」


 顔を上げたアヲイは、表情に怒りを宿しておった。その見開いた両の目の中に開かれたのは、白黄色はくおうしょくの百合の華。続けて彼女が口にしたのは、聞いたこともない詠唱。


「攻、射、創、奪。今こそ満願成就の日暮れ時。立てよ、臥したる骸共。斜陽に咲いたその首、刈り落とすは我らなり」


 彼女は右手を掲げ、上空に咲いた白百合から純白の大鎌を手にしていた。それだけでは終わらない。至る所に人を飲み込めそうなサイズの白百合が咲き、暗闇の辺り一面を華が覆い尽くしていく。

 これは、あれじゃ。狂おしいまでの強烈な思いが限界を超え、四つの華弁を綯い交ぜにして咲かせる月華瞳法げっかどうほうの四段階目。


「――肆華いざよい首萎之大鎌クビナエノオオガマ黄昏再征服トワイライトレコンキスタ


 彼女の最後の言葉と共に、空中に咲いていた白百合が一斉に萎えた。首が落ちたかのように花がらが垂れ、落下する。そして地面に落とされた百合の華の残骸から、黒い骨の手が出てきた。

 首のない骸。夜の空に溶け込みそうな漆黒の人の残骸が、ボロボロの白いマントを羽織り、アヲイと同じ純白の大鎌を持って這い出てくる。数は一体どれほどなのか。ピサロの後ろに控えている中隊と思わしき人数と、全く遜色ない程に感じられた。


「骸共、あたしの怒りを忘れるな。これより目の前のアイツらを蹂躙する。奴らの心臓を、尊厳を、命を。全てを刈り取るまで、終わることはないと思え……始めろ、再征服レコンキスタをッ!」

「「「~~~~ッ!」」」


 アヲイの指示を受けた骸の兵士達が、声のないままに純白の大鎌を持って突撃し始めた。

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