あたしの勝ちですねー


 奴の書斎は、確か二階。まだ道筋は覚えておった。


「ザーコーせーんーせェェェッ!」


 当然、アヲイがそれを黙って許してくれる筈もなく。生成した純白の大鎌を、こちらに向かって投擲してきておったあっぶなっ!?

 ねえこれ刺さったら命脈どころか、お命すら奪われかねないんじゃけど。館内にはまだメイドさん達が残っておったが、わしらを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていきおったわい。うんうん、危ないから避難してて。


「ここじゃぁぁぁっ!」


 飛来する大鎌を掻い潜って、ようやくたどり着いたピサロの書斎。当然鍵がかかっておったが、真紅の大太刀でぶっ壊してダイナミックお邪魔します。木製の扉がバラバラになり、破片が宙を舞う中。わしは急いで奴の机や本棚をひっくり返し始めた。


「証拠じゃ、証拠が要るんじゃぁぁぁっ!」


 何かないか。急がないとアヲイが来ると紙を引っ掴んでは見て投げる、ということを繰り返すこと三度。一つの金庫が、わしの目に留まった。金庫の解除番号なんざ知らんので、さっさと斬り開かせてもらおうとはしたが。


「っつ~~~~~~っ!」


 分厚い金属製の箱は、流石に斬れなんだ。大太刀をぶつけた振動が手と腕を伝って頭に届き、脳みそがジーンっと震えた心地を覚える。


「じゃ、じゃがこれは手がかりになる筈じゃ。何とかして持ち出さねば」


 不意に、わしの横を何かが猛スピードで通り抜けていった。一筋の剣閃が横一文字に走り、白い軌跡となってわしの瞳に映ったかと思えば。全く斬れなかった筈の金庫が真っ二つになって、中に入っていた書類が飛び出してきおった。それと同時にわしの持つ真紅の大太刀が真っ二つになって。


「がっはっ!?」


 わしの胴体にも裂傷が走った。一拍置いた後に、血が噴き出始める。


「大人しくしてれば、こんな目に遭わなかったのにねー」

「あ、アヲイ? お前、何を」


 首を回してみれば、そこにおったのはボーイッシュ巨乳になった一番弟子。その手に持った純白の大鎌には、血が滴っておった。


「あたしの勝ちですねー、やっぱりザコせんせーじゃないですかー」


 膝から崩れ落ちて顔から倒れ伏したわしを、アヲイが冷たく見下ろしておる。斬られた腹を抑え、その痛みに耐えながらも、わしは癒片ゆへんを展開して急いで回復に努める。同時にこんな状況になった原因は何かと、頭を回していた。

 目にも見えなかった速度と、金庫を切り裂いた程の力。先ほどまでの彼女とは雲泥の差のある地力に疑問を抱いたわしは、彼女の手に持った純白の大鎌を見て、目を見開いた。


 切り裂いた時に浴びたであろう返り血が、明らかに多い。わし一人を斬っただけでは、到底そんな量は出ないじゃろうと思える程に。ここから導き出せる結論は、ただ一つ。


「館におったメイドさん達を斬って、命脈を吸い取ってきおったなあっ!」

「あー、バレちゃいましたねー。大丈夫です、殺してませんからー」


 アヲイの持つ首萎之大鎌クビナエノオオガマ。切り裂いた相手の命脈を奪って瞬時に自己の回復や能力の底上げに使える力を持っておる。いきなり彼女の地力が上がったのであれば、何処かから調達してきたに違いないと。無関係な人間を襲って、奪ってきたのだと。


「そういう問題じゃないわ、このたわけ者がっ! 力無き人々を守る為に力はあると、ずっと言っておったであろうがぁぁぁっ!」


 うつ伏せの状態から顔だけを上げてわしは吠えた。


「せんせーが大人しくしてくれてたら、こんなことしなくても済んだのにー」

「人の所為にしておるんじゃないわっ! 今度という今度は説教だけじゃ済まさんぞ」

「そんな状態で言われても、怖くもなんともないですねー。まあでも、あたしがやろうとしたこと知ってくれたら、せんせーも何にも言わなくなるしー」


 反省している様子もないアヲイを見てもう一度叱ってやろうと思っていたら、彼女の言葉で首を傾げることになったのは、わしの方じゃった。


「いーですかー? せんせーを元に戻してあげられる方法と引き換えに、あたしはピサロに協力してるんですー」

「な、何を言っておるんじゃ? エイヴェはまだ研究中の筈じゃ」

「他の方法ですよー。世界にはまだまだ、あたし達の知らない華の力がある」


 わしの前にしゃがみ込んできたアヲイは何処か不本意なような、しかし言わずにはいられないといったような、何とも言えん顔をしておった。


「遅かれ早かれ、この国では革命が起きていた。どうせ薄氷の平和だったんなら、荒れる時に優位な方について、保身を考えるくらい当然じゃないですかー。国の体制はどーでもいーですけど、あたしだって死にたくはないですし。せんせーの欲しかった情報くれるって言ったからー」

「ぜ、全部わしの為じゃったとか。そういうこと、なのか?」


 今時の若者らしいアヲイの言葉。自己の保身と、身近な人への利益の為。世の中がどうなろうが、自分と周りの人だけが無事なら問題ない。たとえ選んだその手が、悪魔のものであろうと。


「別に全部が全部って訳じゃないですけどねー。あんまり勘違いしないで欲し」


 そこまで彼女が口にした時、館のあちこちから爆発音が響いてきた。


「な、なんだよこれッ!?」


 アヲイも驚愕の声を上げている。彼女にとっても、全くの予想外の出来事であったみたいじゃ。続けて起こったのは、地震かと思うくらいの揺れ。窓ガラスは割れ、本棚が倒れていく。壁に亀裂まで入ったその時、天井から何から何までが、ゆっくりと崩れ始めた。


「逃げるんじゃアヲイ、わしに構うなっ!」


 癒片ゆへんによる回復も間に合っていない今、わしはただの足手まといじゃ。


「お前なら一人で逃げられるじゃろう? なあに心配するな、わしはお前の先生じゃ。これくらい、何ともないわい」


 実際は全く動ける気がしないので、崩落に巻き込まれる可能性が極めて高い。じゃが、アヲイの邪魔になるくらいなら、ここで果てても問題ないわ。

 この馬鹿弟子を更生させることはできなんだが、生きてさえいてくれたら良い。こんな老人の最後に付き合う義理はなかろうて。


「い、嫌だッ!」


 アヲイは純白の大鎌を投げ捨ててわしの元までやってくると、横抱きで抱え上げてみせた。その間にも壁や天井の亀裂は広がり続けており、今にも崩れ落ちてしまいそうじゃ。


「何をしておるんじゃっ!? わしなんかに構っておったら、お前まで」

「うるさいうるさいうるさいッ! せんせーは黙っててくださいーッ!」


 彼女が走り出そうとした、その時。ひと際大きな音と共に、わしらの頭上にあった天井が落ちてきた。屋根と共に一つの塊となったそれが、重力に従って徐々に近づいてくる中。わしらはただ、目を見開いていた。

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