三十六計逃げるに如かず、じゃっ!


 既に日は暮れ始めており、辺りに暗闇が広がり始めておる頃。出遅れたわしは、完璧にアヲイやピサロ達の足取りを見失っておった。


「クッソっ! こうなったら奴の家に突撃するしかないわっ!」


 広い街中で特定個人を探すなんざ、運以外に頼れるものもないので、まだ知っておる場所へと突撃することにした。奴らは念入りに計画して、この反乱を起こした。であれば、奴らの本陣はあの郊外の館に決まっておる。万が一おらんでも、何かしらの証拠は残っておる筈じゃ。

 そう思って郊外までやってきたわしを迎えてくれたのは。


「侵入者だ、殺せェェェッ!」

「ほうほう、そこそこの人員がおるのう。これは、破り甲斐がありそうじゃて」


 突撃してくる、粗暴な輩達。わしは自分の右手を前に突き出して、手のひらを下へと向け、地面に咲かせた赤薔薇から真紅の大太刀を引き抜いたわし。一振りのそれを構え、向かってくる相手に対してその長い刀身を振るった。


「ギャァァァッ! アチッ! アチチチッ!」

「こ、このガキ。ただ者じゃねえッ!?」


 襲い掛かってくる野郎どもを、真紅の大太刀で吹き飛ばしていくわし。殺さんように峰打ちにしておるが、ある程度の行動不能にする為に、炎もプレゼントしておる。わしからの熱い気持ちじゃ、是非受け取って欲しいのう。


「クソ、良いようにやられて堪るかよ。お前ら、やるぞッ!」


 すると旗色が悪いと見たのか、群れのボスっぽい角刈り頭の男が声を上げていた。言葉と共に、漆黒の生命体が入った小瓶を取り出しておる。まさか、こやつら。


寄生害虫ニーズヘックを取り込む気かッ!? やめんかたわけ共がッ!」

「うるせぇッ! どうせ野垂れ死ぬ筈だった俺達を、ピサロさんは救ってくれたんだ。あの人の為なら、命だって惜しくはねぇッ! そうだろお前らァッ!?」

「「「オオオッ!」」」


 あのピサロの何処にそんなカリスマがあるのか。わしらは良いように使われておったが、コイツらに対してはかなり丁寧に接していた様子。何とかして食い止めたいが、多勢に無勢で突破ができん。

 その間にも彼らは手に持った寄生害虫ニーズヘック入りの瓶を開け、飲み干した。すぐに変化が現れ。内側からあふれ出す真っ黒な泥のようなものが、彼らを覆い尽くしていく。


「ア、アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ハラ、ヘッタ。クイテエ、クイテエンダヨッ!」

「クワセロ、ゼンブクワセロォォォッ!」


 彼らの身体の半分ほどが黒く染まった頃。目を真っ赤に染め上げた彼らが吠え始めよった。口には仰々しい牙が生え、その隙間からは絶え間なくよだれが垂れ落ちておる。意識が食欲に塗りつぶされた彼らは、こう呼ばれる。魔獣ヘックビーストと。


「このたわけ共が」


 わしはもう一度、そう零した。魔獣ヘックビーストに成り果てた人間は、二度と元に戻れん。残された道は、果てなき食欲によって全てを喰らい尽くすまで暴れ続けるか、あるいは。


「わしが引導を渡してやろう。終わらせてやるのが、せめてもの慈悲じゃ」


 寄生害虫ニーズヘックに対抗できる唯一の業、月華瞳法げっかどうほう。これでもって、樹に還してやるのみ。

 空腹のままに口を開き、よだれをまき散らしながら襲い掛かってくる奴ら。その動きは人間であった時よりも早く、力強い。ただただ己の食欲を満たしたいとだけ願う、獣そのもの。


赤薔薇之太刀アカバラノタチよ。真紅の刀身で、たわけ共に安らぎを」


 わしは一度目を閉じて、奴らの冥福を願う。見えてこそおらんが、ただこちらに突っ込んでくる奴らの動き等、手に取るように分かった。

 前から、横から、後ろから。我先にわしを喰らおうと、突っ込んできておる。奴らの牙がわしに触れようとしたその時。目を見開いたわしはその場で一回転しながら、真紅の大太刀を横一閃に薙ぎった。


「はぁぁぁっ!」

「「「ギャァァァッ!」」」


 一太刀で奴らの全てを斬り伏せた。身体を真っ二つにされた魔獣ヘックビーストらは、切断面から燃え上がった炎に苦悶の声を上げておる。


「ァァァアアアアアアアッ!」


 そんな状態ですら、奴らは口を開けておった。燃え盛る炎すら口に入れて飲み込もうとしておる。身体を焼かれる痛みよりも空腹感が強いとか、本当に意味不明じゃわい。当然そんなことができる筈もなく、奴らはそのまま燃えて、果てた。後に残るのは、黒い灰のみ。


「だから言ったのにー。新入りは信用できない、なんてやられフラグだよねー」


 聞き覚えのあり過ぎる声に、わしは顔を上げた。目に映ったのは群青色のウルフ風ショートボブ、たわわな巨乳、ムチムチの太ももを持った、わしの瞳場どうじょうの一番弟子。


「アヲイっ!」

「はいはいあたしですよ、せんせー。なんでここまで来ちゃったんですかー? あたし大人しくしててくださいって言いましたよねー? 遂には童貞が耳まで浸蝕されたんですかー?」


 いつもの調子を崩さないアヲイ。見つけた驚きの余り思わず声を上げたが、わしは一度咳払いをした。


「さっさと戻ってこんか。何を願っておるか知らんが、あんな奴を頼って上手くいく訳がなかろう。わしに話してみろ。お前のことは、誰よりも知っておるつもりじゃ」

「……ザコせんせーはあたしのこと、何にも分かってない」


 いつも通りに語り掛けたわしに対して、アヲイは顔を伏せよったが。すぐに顔を上げる。


「あたしがどんな気持ちで、どんな思いで今を選んだのかなんて、何にも分かってないッ!」

「スバルに負けたのがそんなに悔しかったか? 心配するな、勝負は時の運じゃ。何度か戦えば、トータルではお前が勝ち越すじゃろうて。一度の敗北なんざ、気にすることはない。な?」

「それが」


 身体をプルプル震わせたアヲイは、右手を大きく上へと伸ばした。直後、彼女の頭上に大きな白い百合の華が咲く。展開した参華ぎょっこう。命脈によって生成した純白の大鎌を構え、わしに向かって突撃してきた。わしはそれを、真紅の大太刀で受け止める。


「それが何にも分かってないって言ってんだよ、ばーかッ!」


 つばぜり合いになった時、アヲイはわしのことを馬鹿にした。


赤薔薇之太刀アカバラノタチっ!」

首萎之大鎌クビナエノオオガマッ!」


 真紅の大太刀と純白の大鎌がぶつかり、火花が散る。わしの一番弟子は、天才じゃ。何度も組手をしてきたからこそ、それをよく知っておる。


「そこじゃっ!」

「させないッ!」


 知っておるのは、何もわしだけではない。わしがアヲイのことを知っておるように、アヲイもわしのことを熟知しておる。炎葬一閃えんそういっせんの一撃をさせてくれる程、彼女も甘くもない。

 当然わし自身も、その身に純白の大鎌が当たらないように、細心の注意を払う。斬られればそこから命脈を吸い取られる、彼女の大鎌。意地でも当たる訳にはいかん。


 互いの手の内や癖まで知り尽くした、わしらの戦い。それは一進一退であり、一つのミスも許されない。一手しくじってしまえば、たちまちそこを突かれ、一気に持っていかれてしまうじゃろう。


「どうしたのザコせんせー? 長期戦になるなら、それこそ望む通りなんですけどー?」


 かと言って、のんびりと打ち合っておる場合でもない。相手の力を奪って戦い続けるアヲイの参華ぎょっこうは、長期戦になればなるほど強い。

 戦い続けておれば疲労も溜まり、意図しないミスをする可能性が高まる。そこを突かれて命脈を奪われれば、一方的に回復していくのは彼女の方じゃ。勝つのであれば、何処かで賭けに出なければならん。


肆華いざよいでも出さないと、勝てないんじゃないですかー? どーせ使えるんでしょー? スバル程の力もないんであれば、あたしを倒すなんて夢物語ですよー?」


 バレておったか。わしの奥の手である肆華いざよいは、この状況下では使えん。使おうとすれば、アヲイを強制参花きょうせいさんかにハメなければならんが。


「ひょっとしてできないんですかー? よっぽど面倒な条件なんですねー」

「うっさいわいっ!」


 全くハマっておらんが故に、発現させることができん。そもそもわしの肆華いざよいは、本当に限定的な状況下でしか使えんという代物なんじゃ。


「図星突かれて声を上げるとかダサーイ。じゃ、さっさと大人しくなってくださいッ!」

「くっ、このっ!」


 奥の手が使えんまま、苛烈になるアヲイの攻撃を凌ぎ続けるわし。そもそも戦っておるこの場所自体も、敵地であるピサロの館。増援の可能性も高く、時間経過で不利になるのはこっちじゃ。


「よし、決めたわい」


 じゃから、わしは一つの決心をした。


「ふーん、何か思いついたみたいですねー」

「ふっ。アヲイよ、聞いて驚け見て騒げ。これがわしの一手」


 警戒して打ち合いを止め、アヲイは距離を取った。わしはニヤリと口角を上げる。さしものアヲイも、これは予想の範囲外じゃろうて。大きく息を吸ったわしは、ゆっくりと息を吐いた。


「三十六計逃げるに如かず、じゃっ!」

「は、はあッ!?」


 回れ右して、逃げ出したわし。目指すはピサロの館の中じゃ。そもそもわしは、ピサロの反乱の証拠を掴む為にここに来たんじゃ。のんびりしていても不利になるばかりであるならば、さっさと得るもん得て逃げるに限る。


「ピサロを豚箱にぶち込んだ後でゆっくり説教してやるから、覚悟しておれっ!」

「そんな一手を通して堪るか、このザコせんせーがァァァッ!」


 慌てて追ってくるアヲイを後目に、わしは扉を真紅の大太刀でぶち壊して館内に侵入した。

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