ボクの強制参花を満たしてくれるなんてねえ


 エイヴェの頼みごとに、スバルは首を傾げる。


「何でです? おれ、重くないですか?」

「いえいえ、そんなに重くありませんよ。それよりも、本当にこのままで良いんですね?」

「? 別に良いですけど」

「はい、ありがとうございました。何でと言われましたら」


 エイヴェの口角が一気に上がった。直後、彼らを包むようにして展開していた黄色い睡蓮の華弁はなびらが、光り始める。


「これで強制参花きょうせいさんかを満たしたからです」

「へ?」


 スバルが間抜けな声を上げた時。既に彼らを黄色の華弁はなびらが包み込んでいく。


「守、射、創、究。鏡写しの空と水面よ、あるべき姿へ翻れ」

「え、えええっ!? ちょ、待っ」

「待ちません――肆華いざよい斜光睡蓮華しゃこうすいれんか雲葉印象天池無用レニンフェアインヴァース

「あ、アアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 絶叫したスバルと笑ったエイヴェが完全に華弁はなびらに包み込まれた後、程なくして砕け散った。その内側から姿を現したのは。


「お、おおお女の子になってるゥゥゥッ!?」


 自分の視線に映った長い桃色の髪の毛に、胸にぶら下がっている大きな二つの脂肪の塊。調子の高い声を上げつつ長くなった髪の毛を掴んだ後に、自分の胸を下から持ち上げ、状況を理解したスバル。


「っと、失礼しますね」


 彼であった筈の彼女は、一層の混乱を覚えていた。そんな彼女を退けて、エイヴェはさっさと立ち上がった。


「ピサロさんから、せめて一人は無力化しておいてくれと頼まれてましたからね。これで、依頼は完了です。ああ、疲れた」

「ど、どどどどうしたら良いんですかこれ? も、元に戻してくださいよエイヴェさーんッ!」

「無理です。私がひっくり返したものは、二度と元には戻せませんので。諦めてくださ」

「いやあ、凄い凄い。ようやく使ってくれましたね、エイヴェ君」


 勝ち誇っているエイヴェと困惑が治まらないスバルに対して、拍手と声がかかった。誰かと振り向いてみると、そこには。


「ああ、ピサロさんじゃないですか。この通り、スバルさんは無力化しましたよ。女の子になった衝撃で、平常心を失っています」

「そうですねえ、ありがとうございました」


 車椅子に乗って手を叩いているピサロと、それを押しているシルキーの姿があった。エイヴェは依頼を達成したことを伝えたが、何処かどうでも良さそうなのがピサロである。


「本命の大聖堂襲撃に行ったんじゃないんですか? どうしてここに」

「あっちは革命がしたい人々に任せました。ボクとしては、こっちが本命ですよ。エイヴェ君の肆華いざよいに立ち会えると、思って思っておりましてねえ」


 ニヤニヤと笑っているピサロに対して、疑問が止まらないエイヴェ。


「敗れるとは思っていませんでしたが。スバル君を強制参花きょうせいさんかにハメたのはお見事でした。上々ですねえ」

「どういうことですか? さっきから何の話を」

「ボクの強制参花きょうせいさんかを満たしてくれるなんてねえ」


 声を低くしたピサロが目を見開くと、その中にはラフレシアの華が咲いていた。エイヴェの目が見開かれた瞬間、彼の周囲に異様な死臭が漂ってくる。


「なッ!?」

「功、癒、創、奪。我、自らで咲けず。故に寄らば大樹の陰。開け、醜き大輪の華」


 詠唱を始めたピサロに対して、背筋が凍る思いを覚えるエイヴェ。すぐにでも逃げようとしたが、何故か身体が動かなくなっていた。まるで、麻痺したかのように。


「この、臭い。身体、が」

「――肆華いざよい屍臭之華カグハシノニオイ簒奪之磔刑セイヴァーザクロス


 エイヴェが事態を把握した時には、もう遅かった。詠唱を終えたピサロの両の瞳に咲いた白黄色はくおうしょくのラフレシアが輝いた次の瞬間。夥しい死臭と共にエイヴェの足元に咲いたラフレシアの華が、その華弁はなびらを大きく開いて。


「ください、貴方の力」

「クッ、ァァァアアアアアアアッ!」


 ピサロの言葉と共に華弁はなびらが閉じて、声を上げたエイヴェはラフレシアの華に喰われてしまった。彼を喰らったラフレシアは、地面へと消えていく。


「はは、ははははッ!」


 輝き始めたのは、ピサロだった。彼自身を淡く白い光が包んでいき、彼自身は笑っている。


「ははははははははははははははははッ! やりましたよ、遂にやりましたッ!」


 歓喜の声を上げているピサロ。その声と共に、彼は車椅子から立ち上がった。


「立てる、歩けるッ! ああ、あああッ。これが足で地面を踏みしめる感覚。ボクは遂に、遂に自分の足で立ったんだァッ!」

「おめでとうございます、ピサロ様。ああっ、ご無事ですか?」

「おっと。ありがとうシルキー。フフフ、まだまだ慣れませんねえ」


 ピサロを支えたシルキーと、フラついて踏ん張り直したことさえも楽しんでいる彼を何も言えないままに見ているのが、女の子になったスバルである。状況の激動に耐えきれなくなった彼女は、叫びながら逃げ出した。


「う、うわァァァッ!」

「逃げましたね。追いますか?」

「結構です。彼……いいえ、彼女ですか。どっちにしろ、スバル君はもう脅威ではないですからねえ。それよりも、まだ不安定なボクの補佐をお願いします」

「はい、ピサロ様。肩にお掴まりください」

「ええ、ええ。自分の足で動けるのは、嬉しいですねえ」


 スバルを見逃した彼らは、肩を組みながらその場から動き始めた。


「あと一人。あと一人得られれば、ボクはやっと、人並みになれる。ああ、あああッ。狂おしいまでに焦がれていた力が。やっと、やっと手に入るんですね。はは、ははははッ」

「最後までお供いたします、ピサロ様」

「ありがとう、シルキー。一度、家に戻りましょう。次が本番です、彼女の力も引っ張り出しますよ。二十年前の事件を引き起こした肆華いざよいの使い手。寄生害虫ニーズヘック群衆暴走スタンピードを一人で焼き払った彼女……カナメ君を」


 シルキーはピサロに寄り添い、彼は笑っていた。心底愉快ように、笑っていた。

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