おれも納豆にはネギ入れるタイプですッ!
引きながら、エイヴェは悪態をついていた。
「まさか力づくで接近を試みてこようとは。これだから感覚型の天才は、厄介なんですよ」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
自身の
スバルがカナメの後を追わないようにという妨害もしなければならない為に、逃げに全力で舵を切ることもできない。エイヴェはため息をついて、足を止めた。
「この距離なら、間に合うでしょう。守、創、究。返り咲け」
「ッ! させないッ!」
詠唱を見たスバルが速度を上げたが、エイヴェの詠唱が完了する。
「遅い。
タッチの差でエイヴェの足元から展開された、黄色の睡蓮の華。彼の瞳に黄色の睡蓮が咲く。睡蓮の華は彼を守るように
「す、滑ったッ!?」
「逸らしたんですよ。これを展開させた以上、もう私に攻撃は通りません。
「ク、ソォォォッ!」
エイヴェは棒立ちのままで命脈弾を放っていく。スバルはそれを防ぎつつ、動き回りながら何度も何度も
「もう諦めなさい。あなたでは私に勝てません」
エイヴェの声色には、面倒くさいという感情がこれでもかと乗っていた。
「あなたの
「…………」
一つ一つ丁寧に状況を説明するエイヴェ。話を聞いているのか攻撃に集中しているのか、スバルは一切の返事をしない。
「あなたがここでまいったと言ってくれれば、私の仕事も終わりです。何ならカナメさんと一緒に、ピサロさんに取りなすこともできるでしょう。革命を成功させたのであれば、彼は有力な人間となる。そこに恩を売っておけるのは、悪いことではないと思いますが?」
これはエイヴェの飴であった。そもそも彼はピサロに取りなせる程、親交が深い訳でもなく。できるでしょう程度の言い回しに留め、絶対という約束もしていない。ただ相手をその気にさせる為だけの方便であった。
「あんまり動いても疲れるだけでしょう。さあ、返事をお聞かせください」
「すぅ~~~~~~~~ッ!」
スバルはその場に立ち止まり、思いっきり息を吸い込んだ。エイヴェはそれを見て、攻撃の手を止める。流石にここまで言えば、この頭の回転が一切なさそうな男でも分かったであろうと思ったから。息をついたエイヴェに対して、スバルは大きく口を開いた。
「絶っっっ対にノォォォッ!」
「 」
エイヴェは言葉を失った。
「あの、スバルさん」
「はいッ!」
「私の話、聞いていましたか?」
「はい、おれも納豆にはネギ入れるタイプですッ! でも何故今そんなことを?」
「筋金入りでしたか……ッ!」
エイヴェは頭を抱えた。この青年は彼の想像を超えて、あまりにも馬鹿だった。長く生きてきた筈の彼の中に、一度こうすると決めて何の話を聞かなくなった馬鹿を、口八丁で崩す方法が見当たらない。
未知との遭遇に彼は眩暈を覚え、割に合わないと見切りをつけた。こういう輩は、殴って黙らせた方が早いとも。
「でも」
まだ続きがあるらしい。エイヴェからしたら、気が乗らないというレベルではなかったが。
「できればおれ、エイヴェさんとも仲良くしたいです。だって喧嘩するよりも、一緒に笑ってる方が楽しいですから」
「ッ!?」
スバルの言葉に、笑顔に、エイヴェは目を見開いた。息を呑みこんでしまい、言葉が紡げない。
『つんけんしてるよりも一緒に笑ってる方が、楽しいじゃないですか』
彼の脳内には、ある人物が思い浮かんでいた。銀色の髪の毛を揺らした、小柄な彼女。見た目も性別も全く違っていたが、そう言えば彼女も馬鹿だったじゃないかと、エイヴェは今さらながらに思い出していた。
(何を、思い出しているんでしょうか。スバルさんは、彼女と似ても似つかない癖に)
立ち向かってくるスバルの攻撃を逸らしながら、エイヴェは物思いにふけっていた。かつての自分は、道を誤った彼女に手を下すことができなかった。その悔いが
(どうしてこうも座りが悪いのでしょうか。もしや、私はまだ)
「もらったァァァッ!」
気がそぞろになっていたエイヴェは、スバルの叫び声でハッと我に返った。既に目の前には、拳を突き出している彼の姿がある。
「びっくりさせないでください。ただ単に突っ込んでくるだけで、私の
エイヴェがため息をついた時、スバルの拳が黄色い睡蓮の
「なァッ!?」
スバルは開いた空間からエイヴェへと体当たりし、彼を押し倒す。仰向けに倒れ、驚愕に満ちたエイヴェに馬乗りになった彼は、眼前に拳を突き出し、勝利を宣言した。
「おれの勝ちです、エイヴェさん」
「何故、私の
自身に向かってくる攻撃の全てを受け流し、逸らしてくれる彼の
「殴ってたら壊せそうだったので、壊しましたッ!」
「 」
スバルは、はっきりとそう言った。確実に彼自身は、何故破れたのかを理解していない。再び言葉を失ったエイヴェだったが、彼の言葉に一つの引っ掛かりを覚えた。
「まさか。私ではなく、斜光睡蓮花の
未だに展開は解いていない自身の
そうであれば、同じ
「
諸々を理解して自嘲気味に笑ったエイヴェに対して、スバルが真っ直ぐに視線を向ける。
「エイヴェさん、降参してください。おれ、これ以上エイヴェさんを傷つけたくないんです」
「私はあわよくば、貴方を殺そうとしていましたよ? そんな私を許すっていうんですか?」
「はい。だっておれ達、友達じゃないですか」
迷いなく放たれたスバルの言葉に、エイヴェは短い息を吐いた。
「友達?」
「? 違うんですか? 一緒に鍛錬して、ご飯も食べて、今日は喧嘩までしました。じゃあもうおれ達、友達じゃないですか」
「……は、ははははッ」
えっ、違うの? と顔に書いてあるスバルを見て、エイヴェは笑った。
「そうですか。私に友達なんて、生まれて初めてかもしれませんね」
「えっ、おれが初めてなんですか?」
「ええ。両親や弟子はいましたが、友と呼べる人物はおりませんでしたからね」
負けたというのに。地面に無様に倒れ伏しているというのに。エイヴェは笑っていた。自分でも分からないくらいに、愉快だった。
「じゃあスバルさん。友達のよしみで一つ、お願いがあるんですが」
「なんですか? おれ、友達の頼みなら、なんだって聞いちゃいますよ。あっ、でも邪魔するのは駄目です。師匠と約束してましたから」
「いえいえ、簡単なことです。もう少し、このままでいてください」
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