我々はこの国に対して反旗を翻すッ!


 アヲイとエイヴェが帰ってこなくなってから程なくして、アマテラス国内で暴動が起きた。最初に暴れ始めたのが、街にある他の瞳場どうじょうにいたならず者の輩たち。


「我々はこの国に対して反旗を翻すッ! 女神に惑わされし民よ、今こそ立ち上がれッ!」


 革命軍の証であるアスタリスクマークを掲げた彼らが声高に叫んだかと思えば、近くの家々に押し入っては略奪を始めたのじゃ。


「あっちじゃスバルっ!」

「はい、師匠ッ!」


 わしは鍛錬中のスバルを連れて、民の救助にあたっていた。


「師匠。なんで、こんなことになっちゃったんでしょうか」

「分からん。軍は軍で、エライ状況になっとるみたいじゃしなあ」


 とある民家に押し入っていた暴漢共をシバき、中にいた家族を救い出した後。スバルの言葉にわしは遠い目をした。こんな事件となれば真っ先に軍へと通報が行くものじゃが、今の軍部はそれどころではない。

 なんと軍の一部がこの暴動に賛同。軍人同士での争いとなってしまい、おまけにそこに寄生害虫ニーズヘックの襲撃まであったとのことで、民に構っていられなくなった。


 お陰で街のあちこちから火の手が上がり、悲鳴と怒声が響き渡る地獄絵図。わしとスバルはとにかく、目についた場所に突撃して片っ端から救っておるという状況。要は、ただの場当たりじゃ。


「とは言え、のんびりもしていられん。一人でも多く、助けるんじゃ」

「はい。力なき人々の為に華を咲かそう、ですよね」

「その通り、本当に大事なことは覚えてくれておるんじゃな。さあ、とにかく他に」

「きゃぁぁぁあああああああああああああああああッ!」


 とその時、隣の家から悲鳴が上がった。不味い、早く行かねば。


「先に行っておる、終わってから来いっ!」

「はいッ!」


 わしは扉を蹴破って外に飛び出した。勢いを殺さないままに隣の家に向かい、破られた扉から中へと入る。リビングでわしが見たのは、信じられない光景じゃった。泣き叫ぶ赤ん坊を抱きしめている母親と、あと一人。


「な、何をしておるかアヲイっ!」

「せ、せんせーッ!?」


 親子に対して白い大鎌を今にも振り下ろそうとしておる、アヲイじゃった。呆気に取られたのも一瞬。すぐに正気を取り戻したわしは、彼女に向かって真紅の大太刀を振るう。アヲイは一瞬遅れを取ったが、わしの一撃を防いでみせた。


「今のうちに逃げるんじゃっ!」


 わしがアヲイと鍔迫り合いをしておる最中、殺されそうになっておった母娘を促した。母親は踵を返して逃げ出していき、屋内にはわしとアヲイだけが残される。


「急にいなくなったかと思えば。ここで何をしておった、アヲイ?」

「別に、せんせーには関係なくないですかー?」

「そんな訳あるかぁっ!」


 一層の力を込めて押し込んでやろうとすれば、アヲイはそれをいなしてわしと距離を取った。ちゃぶ台と木製の棚が破壊された居間の中。真紅の大太刀を構えたわしと、真っ白な大鎌を構えたアヲイが、互いを睨みつける。


「力なき人々の為に華を咲かす。お前にも散々言ってきたと、そう思っておったが」

「あー、そんな教えもありましたねー。それが肆華いざよいの邪魔をしていたなんて、思いもしませんでしたけどねー」


 ピクリ、とわしの眉が動いた。


「何の話じゃ?」

「とぼけないでくださいよー。月華瞳法げっかどうほうの四段階目、肆華いざよい参華ぎょっこうの次の段階であり、相手に強制参花きょうせいさんかという条件をクリアさせ、巻き込んで発現させる極めて強力な力。その目覚めには、強い欲求が必要となる。何を捨ててでもそうしたいと思うまでの、強烈な思いが……それこそ取返しのつかない事態に遭遇した時の、後悔のように」

「そ、それは」

「あー、本当なんですねー」


 感情が揺れ動いたわしの様子を鑑みて、アヲイが納得を強める。それはわしが彼女には教えていなかった内容じゃった。

 肆華いざよいの発現条件は確実視されている訳ではないが、統計的にそのような場面で芽生えた方が多いというもの。わし自身が、そうであったように。


「だからあたし、やろうとしてたんですよ。人でも殺せば、あたしは絶対に後悔する。その時の想いでもって、肆華いざよいに目覚めてやろうって」

「このたわけ者がぁぁぁっ!」


 わしはアヲイに斬りかかり、再び鍔迫り合いへと発展する。


肆華いざよいはそんな単純なものではないわっ! 確かにそのように後悔して芽生えた者は多いが、そんな単純なら世の中にはもっと肆華いざよいが溢れておるっ! 強烈な欲求を持った上で、それを御しきる精神性がなければ、ただ罪を重ねて終いなんじゃっ!」

「じゃー、どーしてあたしには教えてくれなかったんですかー?」

「わしはそれで尊敬しておった先輩を殺してしまった。それにこうやって安易な方法に走られる可能性が高かったからじゃっ! 誰に吹き込まれたんかは知らんが、ここでお灸を据えてや」

「え、エイヴェさん、なんでおれに攻撃してくるんですかッ!?」


 突如として、外からスバルの悲鳴が聞こえてきた。


「なあっ、エイヴェの奴まで来ておるのかっ!?」

「……行った方が良いんじゃないですかー? せんせー、新しい弟子の方が大事なんで、しょッ!」

「ちいっ、何を抜かしておるか」


 アヲイはジトっとした目をして、わしを押し返してきた。危険を感じたわしは、一度距離を取った。確かに外の様子は気になる。じゃがここで奴に背を見せて外へ向かおうものなら、即座に彼女が攻撃を仕掛けてくるじゃろう。迂闊には動けん。


「ま、童貞のせんせーには、一生分からないかもしれませんけど、ねッ!」


 考えとる暇すらもなかった。アヲイの奴が一直線にこちらに向かって突進し、手に持った純白の大鎌を振るってくる。


「あたしの、方が、ずっと、強いのに。ずっと、一緒に、いたのにッ! この、このォッ!」

「アヲイっ、一体どうしたというんじゃっ!? ぐあっ!?」


 わしはそれを何とか受け止めたが、攻撃の激しさが故に段々と押され始めた。遂には重たい一撃を貰ってしまい、他人の家の壁を破壊しながら外へと放り出されてしまう。守片しゅへんで身体強度を上げておったが故に重傷はなかったが、身体の節々からは痛みが走った。


「おやおや。こんなところでお会いお会いするとは」


 聞き覚えのある特徴的な言葉遣いに、わしは瞬時に顔を上げた。


「ピサロっ!」

「奇遇奇遇ですねえ、カナメ君」


 あの車椅子の丸眼鏡童顔男子。傍にはお付きのメイドであるシルキーの姿もある。奴の顔には、これでもかと思うくらいに、嫌らしい笑みがあった。


「何故お前がここに。いや、その腕にあるアスタリスクマークの腕章は」

「ああ、これですか。似合ってませんか、ボクに?」


 これ見よがしに腕章のついた左腕を掲げてみせたピサロ。アマテラス教のシンボル、横十字にバツを付けたアスタリスクマーク。この国の伝統として、腕章は指導者しかせん。それが意味するところは、ただ一つ。


「そうかそうか。お前が革命軍のトップ。つまり、この騒動の張本人という訳じゃな?」

「ご明察。いやあ、あなたも頭が回るんですね。普段の馬鹿っぽさは、見せかけなんですか?」

「知らんわ。トップともあろうものが、よくもまあノコノコと出歩いてきたものよの。このままお前を捕まえて、軍に突き出してくれるわ」

「おお、怖い怖い。止めてくださいよ、ボクは身体が不自由なんですから……と言っても」


 ピサロが一度視線を横に逸らす。その隙に肉薄してやろうかとも思ったが。


「ボクに構ってる暇、あるんですかねえ?」

「せんせーッ!」


 奴の言葉とほぼ同時に家の中から飛び出してきたアヲイが、わしに襲い掛かってきた。咄嗟に大太刀で防ぐが、彼女の攻勢は衰えない。


「邪魔、しないでくれれば、全部、上手くいくからッ! 大人しく、しててくださいッ!」

「何を言っておる、何故ピサロなんかに組しておるっ!? ってスバルっ!」


 アヲイの攻撃を凌いでいる傍ら、近くで戦っておるスバルの姿が確認できた。数多の飛来する命脈弾を、ひたすらに避け続けておる。同時に、彼に向かって放っておる輩も。


「クッ、こ、このおッ!」

「粘りますね。やはりあなたは天才だ。興味深く……羨ましい」

「エイヴェっ! 何故お前までピサロについておるっ!?」

「ああ、カナメさんですか。どうも」


 エイヴェじゃった。奴はスバルから少し離れた所から、一方的に撃ち続けておる。スバルが近づこうとしても奴は離れ、ずっとその距離を縮められずにおった。


「いやあ、やはり咲者さくしゃの戦いは見応えがありますねえ。様子を見に来て、良かった良かった」

「ピサロ様。そろそろ」

「おお、そうでしたかシルキー。アヲイ君、時間です」


 一人だけ観客気分でおったピサロからの声で、アヲイはわしから距離を取った。どうしたものかと思えば、今度はわしのおる方向に向かって命脈弾が飛んでくる。エイヴェの仕業じゃ。


「これからがメインディッシュですからねえ、ボクらはこの辺で。エイヴェ君、せめて一人は無力化しておいてください。行きますよシルキー、アヲイ君」

「分かりました」

「はい、ピサロ様」

「…………」

「待てっ! 待つんじゃアヲイっ!」


 エイヴェの制圧射撃によって、全くその場から動くことができん。絶えず撃ち込まれる薄緑色の命脈弾を真紅の大太刀で捌きつつ、付き従っておる馬鹿弟子に向けて声を上げ続ける。


「まだ話は終わっておらんっ! わしの顔を見んかっ! いつも話せば、分かってくれたじゃろうっ!?」

「……せんせーの、ばか」


 彼女が振り向くことはなかった。代わりに向かってくるのは、冷たい弾丸のみ。


「そういう訳です。私の食い扶持の為にも、ここで大人しくしてください」

「エイヴェぇぇぇっ! 金と飯に釣られたか、さてはあん時の手紙じゃな。一つ聞かせろ。お前がアヲイを誑かしたのか?」

「いいえ、勧誘したのはピサロさん。私はただ、事実を伝えただけですので」


 こやつに罪悪感というものが欠片もないことは、よく分かった。自分の研究が第一の、研究者肌の華徒エルフ。パトロンとなってくれる相手には無条件で尻尾を振り、そこに善悪の区別はない。


「大丈夫かスバル。かなり息が上がってきておるが」

「だ、大丈夫ですッ! まだ命脈は残してますので。師匠、ここはおれに任せてくれませんか?」


 肩を並べると、スバルが提案してきおった。


「あのピサロとかいう奴、絶対何か悪いことしそうなんです。それに先輩のことも心配で。師匠に行ってもらうしかないんです」

「じゃがお前一人でエイヴェの相手なんざ危険じゃ。あやつは肆華いざよいまで使う熟練で」

「大丈夫ですッ!」


 強度を上げた腕でエイヴェの放つ命脈弾を防ぐ中、スバルはニカっと笑ってみせた。


「おれ、師匠の弟子ですから。このくらいでヘコタレたり、しませんッ!」


 正直なところ。早くアヲイの後を追いたいのが本音じゃった。あのピサロと一緒に居れば、何をさせられるか分かったものじゃない。不安はあるが、取る手立てが思い浮かばないのも事実、ならば。


「分かった。奴の参華ぎょっこうは、自分の周囲を覆うように睡蓮の華を咲かせるもんじゃ。全ての攻撃を逸らせる華弁はなびら。その場に留まっておると肆華いざよい強制参花きょうせいさんかにも引っかかる。長居は無用じゃ、いいな?」

「分かりましたッ!」

「妙な動きがありますね、好きには」

「邪魔をしないでください、エイヴェさんッ!」

「妨害は厳しい、ですか。創片そうへん、展開」

「ヘブッ!? ま、まだまだァァァッ!」


 スバルが光を足に宿らせ、爆発的な加速を見せる。その速さに舌を打ったエイヴェが、目の前に命脈で壁を生成しておった。壁に正面衝突したスバルじゃったが、大事はなさそうじゃ。

 わしは彼が稼いでくれた時間を持ってして、その場から離脱する。今は彼を信じるしかないな。頼んだぞ、スバル。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る