あたしと手合わせしない?


 あれから騒ぎを聞きつけた誰かが通報したのか、アマテラス軍のグッドマンがやってきてアリコン野郎は御用となった。スバルはわしに対してひたすらに頭を下げ、もう一度ハラキリをしようとしたので刃物を取り上げた。もうそのネタは見たから、次は新しいの持ってきてね。

 そんなどったんばったんから一夜明けた今。朝っぱらから瞳場どうじょう内にて、アヲイとスバルが対峙しておる。というのも、昨日の夕飯時。その日あったことを他の二人に話したら、アヲイがこんなことを言いだしたからじゃ。


「ね、ねえスバル。あたしと手合わせしない?」


 天才と天才の戦い。経験ではアヲイに分があるとは思うが、わずか一週間で参華ぎょっこうを芽生えさせたスバルの潜在能力も、まだ底が見えん。一体どちらに軍配が上がるのか。


「攻、創、奪。堕ち咲け。参華ぎょっこう首萎之大鎌クビナエノオオガマ

「功、守、究。昇り咲け。参華ぎょっこう我天下無敵われ、てんかむてきッ!」


 瞳場どうじょう内に二人分の詠唱が木霊する。真っ白な大鎌を構えたアヲイと、全身に光を宿してファイティングポーズを取ったスバル。彼らに立ち会うわしと、隣で見物しているエイヴェ。


「場合によっては止めに入るからな。正々堂々戦うように。では、始めっ!」

「行きますッ!」

「なッ!? クッ、ぐあッ!」


 拳を振りかぶり、勢いよくスバルが駆け出した。アヲイは驚愕する。何故ならスバルが、今までの訓練時よりも遥かに速くなっていたから。

 繰り出された右ストレートをなんとか大鎌で防いだアヲイじゃが、そのまま吹っ飛んで壁に叩きつけられる。わしは一つ頷いた。


「やはりそうか。身体能力の超強化。一般的な功片こうへん守片しゅへんとは、比べもんにならんくらいのな。究片きゅうへんにて、自身の身体について感覚的に理解したからこその能力じゃろう。単純故に強力そうじゃ」

「ピンクの桃の花言葉は、天下無敵。まさに、そのまんまですね。しかし参華ぎょっこうにしては、いささか単純過ぎる気もしますが」


 エイヴェが疑問を呈した、言われてみれば確かにそうじゃな。普通、参華ぎょっこうには固有の特性があるが、今のところ功片こうへんと大差ないように見える。


「よくもやってくれたね、お返しだよッ!」

「ぐあッ!?」


 復帰したアヲイの反撃が、スバルに襲い掛かる。振りかぶった大鎌を思いっきり薙ぎっており、スバルの胴体に切り傷がつく。


「命脈貰ったッ! 悪いけど、もう手加減はしてられないよ」

「いったぁ……よし、ならこうだッ! ギューッ!」


 再度大鎌を大きく振りかぶったアヲイに対して、何かを試しておるスバル。その間にも真っ白な大鎌が振り抜かれたが。


「いぎッ! き、斬れないッ!?」


 次の一撃はスバルを斬れず、アヲイの目に驚愕が浮かぶ。


「そっか、こういうことなんだ。行きますよ先輩ッ!」

「えっ、ちょ、待っ」


 何かを掴んだらしいスバルが、遠慮なく拳の連撃を放つ。何とか大鎌で捌いておるアヲイの顔は、戸惑いの色が見える。


「今の見たか?」

「ええ、そういうことなんですね」


 近距離での乱打戦となった戦い。一度目を離して顔を合わせたわしとエイヴェは、再びスバルの方を見た。今までの戦いっぷりを見て、導き出せる奴の参華ぎょっこうの能力。


「先ほどは大鎌の一撃で傷がつかなかったのに、今は手傷を負っています。速さも、最初の接近時ほどは出ていないのであれば、力が底上げされたのではなく」

「一定の命脈があり、それを瞬時に強化、硬化、速度に自由に振り分けるということじゃな」


 スバルは参華ぎょっこうによって一定の命脈を得て、攻撃、防御、素早さに瞬時に割り振りながら戦えるというものじゃ。強化ポイントを自由に調整できる力、と言った方が分かりやすいかのう。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 二人の打ち合いは、咆哮したスバルが押し始めた。アヲイは大鎌でそれを凌いでおるが、彼女の得意距離は中距離じゃ。懐に入られた所為で、イマイチ力を発揮しきれておらん。


「くッ、このッ。さっさと、やられろッ!」

「ハア、ハア。先輩に、体力が奪われてる。回復ッ! 良し、まだまだぁッ!」

「なあッ!?」

「体力にも割り振れるみたいですね」

「そうじゃのう。長期戦で考えたら、相手の命脈を奪って戦い続けられるアヲイに分がありそうなもんじゃが」


 わしがそのまで口にした時、スバルが一度距離を取った。腕を自分の前で交差させると、真剣な眼差しでじっとアヲイを睨みつける。


「一気に行きますッ! ハァァァアアアアアアアアアアアッ!」


 こちらの懸念をスバルも感覚的に分かっていたみたいじゃ。そのまま声を上げながら、爆発的な速度で加速していき。


「これで、どうだァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ぐああああああああああッ!?」


 加速した勢いをそのままに、白い大鎌の上からアヲイを殴りつけた。打たれたアヲイが吹き飛び、瞳場どうじょうの壁に激突し、穴を開けて外に飛び出した。殴る直前に、残った全ての命脈を腕力へと回したみたいじゃのう。なんという威力じゃ。


「そこまでじゃ、勝負はついたのう」

「ハア、ハア、や、やりましたよ師匠ッ! おれ……あ、あれ? 頭が、痛」

「おっと」


 戦いを終えたスバルが、フラっと倒れ込んでいく。わしはそれを小さな身体で受け止める。


参華ぎょっこうをいきなり限界まで展開したから、頭に来たんじゃろ。今はゆっくり休め、使い続けておる内にペース配分が分かってくるからのう。よくやったスバル、見事じゃ」

「あ、ありがとうございま、す」


 わしの称賛を受け取ったスバルは、顔を輝かせた後に意識を失った。


「まあ、壊した壁代は後で請求するがな」

「生きてますか、アヲイさん?」

「おお、そうじゃった。大丈夫か、アヲイ?」


 エイヴェ穴が空いた壁の向こうに向かって声をかけておった。彼女は、無事なんじゃろうか。大鎌で防御しておったから、死んではおらんじゃろうが。


「…………」

「アヲイ? 大丈夫か?」


 返事がないことに不安を覚えたわしは、スバルを床に寝かせると彼女の様子を見に行った。穴から顔を覗かせると、目を見開いたまま仰向けに倒れておる彼女の姿がある。


「良かった、無事か。じゃが、もし何処か痛いんじゃったら医者に」

「負け、た」


 返事もしないままに、アヲイは何かを呟いておる。小さくて聞き取れん。


「あたしが、負けた。あんな、ぽっと出の、素人なんかに。あたし、が」

「おーい、アヲイ? 負けたことなら、気にするでない。お前もまだまだ鍛錬せねばならんことは多いし、単純な相性もあるからのう。これからゆっくりと」

「ッ!」

「お、おい、アヲイ。何処へ行くんじゃっ!?」


 急に起き上がると、アヲイはそのまま駆け出した。慌てて声をかけたが、彼女は振り返ることのないままに行ってしまった。


「で、そろそろお昼にしませんか? 私、お腹空いたんですけど」

「お前は本当に空気が読めんなエイヴェぇぇぇっ!」


 図々しくも昼食を要求してくる、この華徒エルフ。コイツの神経の図太さは世界樹レベルかもしれん。行ってしまったアヲイのことは気になったが、壊れた壁の後始末等もあったので。わしは結局、彼女を追いかけることはなかった。

 まあ弟弟子に負けたのがショックじゃったんじゃろう。あやつも天才であったからこそ、プライドが傷ついた可能性は高い。勝ち負けは、その時々によって変わるもの。帰ってきたら慰めつつ、ゆっくり諭してやらんといかんのう。今は心がささくれておる可能性が高いから、下手に触らん方が良いかもしれぬ。落ち着くまで待つのも一つの手じゃ。


 その後は昼飯を食べると、用があるのでとエイヴェの奴がいなくなった。スバルは夕方ぐらいに起きてきて、腹が減っておったので昼飯の残りを振る舞ってやった。

 陽が落ちても、アヲイが帰ってくることはなかった。

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