し、師匠。おれ、結局なんのお肉買ったら?


 次の日。食材の買い出しにいったわしは、フラフラじゃった。結局は遅くまで起きておった所為で、完全な寝不足状態。ゆっくりと寝ていたいが、家に食べるものがなくなったので買いに行かねばならん。

 アヲイはアルバイトでおらんし、エイヴェは相変わらず研究中。なので暇そうにしておったスバルを供としたのじゃが。


「ね、眠い。ちょっとその辺で横になってるから、買い物してきてくれんかのう?」

「分かりました、おれが買ってきますッ!」


 買うものをまとめたメモをスバルに渡し、わしは公園のベンチで横になった。買い出し先の商店街はすぐ近くじゃし、一人でも大丈夫じゃろうて。

 横になった途端、一気に落ちてくる瞼。抗うこともしないまま、わしは空に陽が高く昇っている中で寝息を立てていた。


「ん?」


 どのくらい経ったか。ふと、わしは目を覚ました。疲れが酷かったのはあったが、何より身体に違和感を覚えたからだ。立ち上がろうとしてみたが、上手くいかんかった。何故なら、両手両足が薄緑色のロープで縛り上げられていたから。


「な、な、なんじゃこれはぁぁぁっ!?」

「はあ、はあ。あっ、起きた」


 よくよく周囲を見てみれば、先ほどまでうたた寝していた筈の公園ですらない。昼間なのにカーテンで閉め切られている部屋の中、薄暗いトレニアの花灯(はなあかり)だけが辺りをぼーっと照らしておった。その中に浮かび上がったのは、縦にも横にも大きい男性の姿。


「はあ、はあ。だ、駄目だよう、君ぃ。あんな所で無防備に寝てちゃさあ。僕みたいな変質者に襲われたら、どうするつもりなんだい?」


 光が男性の姿を照らした。洗ってないであろうベトベトの黒いくせ毛の髪、頬には出来物。だらだらと汗をかいている真ん丸の腹に、べっとりとくっついている体毛。履いているのは黄ばんだ白いブリーフだけで、あと身に着けているものはない。


「変態じゃぁぁぁっ!」

「あああッ! 凄いよ君、のじゃロリだったなんて、期待以上だよッ!」


 それ以外の言葉が見つからんこの男。状況を整理すると(したくもないが)、わしは公園で一眠りしておった隙に拉致されたと、そういう訳なんじゃな。

 この小児性愛者。わしの年齢的にアリスコンプレックス野郎、略してアリコン野郎に縛られておるこの状況と男の格好。導き出されるのは、ただ一つの現実。


「単純明快な貞操の危機ぃぃぃっ!」

「あー、そこは分かっちゃってるタイプかー。個人的には無知ックスが理想だったんだけど」


 あかん。このままじゃ対象年齢を十八歳まで引き上げねばならん。そうはさせんと瞳に華を咲かせ、功片こうへんにて身体能力を上げてみようとするも、力が入らん。


「引きちぎ、れんっ。というか、この縄はまさか」

「なんだい。君、その歳で咲者さくしゃだったのか。良かったー、念には念を入れて宿木ヤドリギ製のロープにしておいて。お香も炊いてるしね」


 以前エイヴェの奴が買っておった指輪と同じ素材、宿木ヤドリギ咲者さくしゃ命脈を吸い上げる性質を持っておる、月華瞳法げっかどうほうへの対抗策じゃ。漂っておる透明感のある香りも、宿木ヤドリギによるものか。


「じゃあ、そろそろご対面させてあげようかなぁ」


 絶体絶命。ニタニタとわしが藻掻く様を堪能した後で、不意にこのアリコン野郎がブリーフに手をかけた。つーかご対面って、おい待て、待ってって。まさかその股間にあるチン。


「師匠、ここですかァァァッ!?」


 突然、壁が崩れた。崩れ落ちた壁と舞い上がった粉塵の向こう側にいたのは、桃色の短髪を揺らしたドングリ目の元気な青年。


「うわぁッ! な、なんだ君?」

「スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ。し、師匠、ここでしたかッ! 師匠の匂いを辿ってきたんですが、ここ何処ですかッ!? なんか良い匂いがしますッ! メモにあったお肉って、一体何肉を買ったらいいんでしょうか、教えてくださいッ!」

「スバルっ! よくぞ来たっ!」


 息を切らせたスバルじゃった。荒く呼吸を繰り返しておる奴の姿に、わしの表情が一気に活気を取り戻していく。助けが来たわ、匂いを辿ってきたとか怖いこと言っておったけども。


「あ、あれ? 何だか力が入らない」

「き、君も咲者さくしゃだったんだね。なら、このお香は良く効くだろうさ」


 と思ったら、一気にその場に崩れ落ちたスバル。ちょっと待って、さっき深呼吸してた時に一気に宿木ヤドリギのお香を吸い込んじゃったとか、そういうやつ?


「さあて、と。乱入者はあったけど、もう観客にしちゃおうか。見られてると、興奮するしねえ、グッヘッヘ」

「し、師匠。おれ、結局なんのお肉買ったら?」

「その前にわしを助けろぉぉぉっ!」


 動けなくなったスバルを後目に、わしに向き直ったアリコン野郎。汗まみれの手をかけたブリーフは、今にも降ろされんとしておった。終わった。


「さあ見てッ! 男の証を、その大きな瞳にこびりつけてッ!」

「ひ、ひぃぃぃっ!」


 こんなにも、こんなにも男根というものは怖いものじゃったのか。男湯で、鑑で、嫌と言う程に見ておったそれが、わしの中に挿入されるであろう。それは最悪の未来。思い描かれた地獄絵図に悲鳴を上げたわしの前に、今、ナニが降臨する。目を閉じたいのに、逸らせない。


「これが僕の息子さあッ!」


 降ろされた黄ばんだブリーフ。得意げなアリコン野郎。地面に這いつくばって、身動きの取れないスバル。目を見開いたわしの目の前に現れたそれを見て……。




「えっ、小さ……ポークビッツ?」

「    」




 思わず漏らしてしまったわしの一言に、場が凍り付いた。


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!」


 と思ったら、急にスバルが叫び出した。なんじゃ急に。


「おれはッ! 師匠に助けを求められてッ! 何もできないままでいるのかッ!?」

「あの」


 倒れ伏したまま、目に涙を浮かべて悔しそうに歯を食いしばっておるスバル。いや、ね。もうそんな雰囲気じゃないのよ。ほら、そこにいるアリコン野郎を見てごらん。


「    」

「このままじゃ師匠が酷い目に遭わされるッ! この暴漢にッ!」


 件の暴漢はさ、ポークビッツ出したまま真っ白に燃え尽きてるのよ。可哀そうになくらい、生気の抜けた顔してさ。今さらわしに対して何かしようなんて気、さらさら無さそうなのよ。

 何が悪かったってわしが悪かったんだけど、こやつもわしを拉致してきた訳じゃし。この辺で手打ちにしておこうかな、って。


「思い出せ、今まで食べた師匠の晩御飯を、あのボソボソの魚をぉぉぉッ!」


 こういう時って今までの鍛錬とか苦しかった練習とか、そういうもんを思い出すもんじゃないの? なんでわしの作った晩飯しか覚えてない訳、しかも失敗した時のやつ。だからお前の頭の中には、いつまで経っても華片かへんの種類が入らないの?


「あっ、なんか分かりそうッ! グッとしてギュッとしてじーっとしてェェェッ!」


 おい。まさかお前、参華ぎょっこうに目覚めようとしてるんじゃなかろうな? あの天才のアオイでさえ、その境地に至るまでにかなりの日数を要したというのに。教えて一週間もしない内に目覚めちゃうの? わしの作った晩飯で?


「見えたァァァッ! 功、守、究。昇り咲け。参華ぎょっこう我天下無敵われ、てんかむてきィィィッ!」


 次の瞬間。スバルの右目に白黄色はくおうしょくの桃の華が咲いた。詠唱を終えたと同時に彼の頭上にも大きな桃の華が開く。ピンク色のそれが弾けるように散った後、彼は全身に淡い桃色の光を纏う。

 彼は立ち上がった。光はまるで燃えているかのように揺らめいており、彼の桃色の髪の毛を逆立てている。


「力が溢れてくるッ! 自分の身体が、手に取るように分かるッ! うぉぉぉおおおおおおおおおお、行くぞ暴漢んんんッ!」

「おい、ちょ、待っ」


 わしの静止を聞かないまま、光を纏ったスバルが駆け出した。拳を大きく振りかぶって、放心しているアリコン野郎へと肉薄していき。その拳を振り抜いた。


「師匠を、返せェェェッ!」

「ギャピィィィッ!?」

「えっ?」


 叩き込まれたアリコン野郎は変な悲鳴と共に吹っ飛んでいき、迫ってくる。縛られておるわしの元に。


「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああッ!」」

 べちょっとした気色悪い汗ばんだ肌の感触も束の間。物凄い勢いで吹き飛ばされたアリコン野郎に巻き込まれて、わしまで吹っ飛ぶ。そのまま二人して反対側の壁に激突し、粉砕して外へと飛び出していった。物凄く痛かった。

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