笑えば良いじゃないですか


 次の日。わしとアヲイは翼が退化し走ることに特化した竜が引く車、竜車を迎えに寄越された。連れて行かれたのは街の中心にあるクレイヴ家ではなく、街の外れにある別宅であった。

 門が開き、手入れが行き届いた草木が立ち並ぶ中庭を越えた後で、ようやく赤レンガで組まれた建物の入り口が見えてくる。紺色で勾配の急な屋根にブラケット、ゲーブル、白い額縁など、とにかく派手という言葉が似合いそうな洒落た館。海外様式の建物じゃのう。


「お待ちしておりました。カナメ様、アヲイ様。ピサロ様がお待ちです、どうぞ中へ」


 入口が開くと、左右にメイドさんがズラリと並んだ光景が目に飛び込んできた。その列の先にはシルキーがいて、一礼した後に素っ気なく中へと案内してくれる。


「失礼します、ピサロ様。カナメ様とアヲイ様をお連れしました」


 部屋に入ると、車椅子に乗ったピサロが出迎えてくれた。


「どうぞ。ようこそようこそ、ボクの家に」

「初めまして、アヲイでーす」


 軽い世間話をしつつ、席に着くようにとシルキーに促されたわしら。革張りの高そうなアームチェアに腰かけると、彼女が紅茶を持ってきてくれた。


「さて、では依頼事項の確認確認です。依頼内容はボクの身辺警護。ボクが怪我をしたり、誰かに連れていかれないように守ってください。とは言え、基本的にボクの傍にはシルキーが居てくれますので、館の見回りなんかが主になります。依頼期間は、今から一週間程度。その間は、この館で寝泊まりしていただきます。報酬は期間満了後に、延長は要相談で。何か何か、質問はありますか?」

「はいはーい。怪我とかしたらどうするんですかー?」

「基本的には自己責任でお願いします。怪我したくないのはボクの方ですし、身体を張ってもらうのがお仕事ですからね。とは言え、続行不可能な怪我をした場合は、打ち切りで大丈夫です。依頼料は減額したりはしませんので、ご安心ください。ただし、もしボク自身に何かあれば契約違反として減額、場合によっては返金をお願いします。そこはご了承ください」

「それで、じゃ。エイヴェの奴は何処におる?」


 わしの言葉に、アヲイがビクッと身体を震わせる。


「気が早い方ですね。今お呼びしますので、少々少々お待ちを。シルキー」

「えっ? あのエイヴェさん、いるの?」

「ああ。じゃから話を受けたんじゃ」

「へ、へー。せんせーのことだからー、てっきり金に釣られたんだと思ってましたー」


 こちらを煽りつつも、何処か落ち着きのないアヲイ。どうしたんじゃと思っておる間に、シルキーが戻ってきた。後ろにくったくたの白衣を着た、背の高い長髪華徒エルフを連れて。


「呼ばれたから来てみれば。ああ、あなたは確か、アナメさんでしたっけ?」

「カナメじゃ、このたわけ者がっ。ここで会ったが百年目っ!」

「あれから百年も経ちましたっけ?」

「そういう意味じゃないわっ!」


 天然が入っておるエイヴェに向かって、わしは歩いていく。空気を読んだシルキーが退いてくれたので、わしははっきりとこの黒縁眼鏡の華徒エルフを見据えることができた。


「言いたいことは山ほどあるが。とにかく、さっさとわしを男に戻してくれ」

「無理です。一度反転させたものは元には戻せない、って言ったじゃないですか」

「いくらなんでもこのザマは詐欺じゃろうがぁぁぁっ!」


 しれっと答える奴の白衣を掴んだわし。本来なら胸倉を掴み上げてやりたかったが、如何せん身長が足りん。背伸びしてようやく、奴の胸元の白衣を掴めるくらいじゃ、悲しみ。


「わしがいつ自分の性別まで反転させろと言った? おまけに年齢までひっくり返って、ジジイがロリじゃ。股間のビッグボーイもなくなって、もう笑うしかないんじゃよっ!」

「笑えば良いじゃないですか」

「笑ってもどうにもならんわぁぁぁっ!」


 暖簾に腕押しのようなエイヴェの態度じゃったが、しつこく願いまくった結果。何とか奴のため息を吐き出させることに成功した。


「ハア。確かに貴方の要望通りには、いきませんでした。それについて責任を取りませんと明言しましたけども、このまま放っておいて貴方が諦めるとも思えません。まあ兎に角、時間をくださいって話です」


 妥協してやるよ感が、ひしひしと漂っているエイヴェ。


「あの時の事故は、本当に想定できなかったことです。外部からの干渉がありましたからね」

「なんじゃそれは?」

「それが分かったら苦労してないんですよ。私としても、ようやく肆華いざよいの次の境地、伍華えいげつへの手がかりとなるかもしれない案件なんです。なので調べ終わるまで、待っていてください。その過程で元に戻せる方法が分かるかもしれませんし」

「じゃあ何故あの時に逃げた? お前が逃げなかったら、話は早かったじゃろうが」

「サーマさんに捕まりたくなかったので。それにあの時は、あなたにあそこまでの実力があるのも知りませんでしたし。逃げるが勝ち、我が身可愛さってやつですね」

「わしを囮にして自分だけ助かろうとした結果じゃったか。そーかそーか、つまりお前はそういう奴なんじゃな。よーく分かったわ、児童拳じどうけんっ!」

「ぐはァァァッ!?」


 跳び上がり、両手を握りこんで突き出したわしのダブルストレートが、奴の顔面を撃ち抜く。


「この一発で、あの時のことは勘弁してやるわい。しばらくはこの家におるんじゃろう? 定期的に進捗確認に行ってやるから、さっさと研究せい」

「に、二発だったじゃないですか」

「うっさいわ。サボってないでさっさと働かんか、このたわけ者が」

「いやー、凄い拳でしたね。本当に本当に反転されていたとは」


 手をパンパンと払っておると、ピサロが拍手を送ってきた。


「半信半疑ではありましたが。いち咲者さくしゃとして、エイヴェ君の肆華いざよいにはとてもとても興味がありますよお。一度、実践していただけませんか?」

「生憎、今はカナメさんの件の研究中ですので。またの機会に」

「それはそれは仕方ないですね。是非是非、間近で見せてもらいたかったんですが」


 まあ、カナメ君みたく女の子になるのは勘弁して欲しいですしね、とピサロは笑っていた。その通りじゃわ。

 とは言え、これで大方の方針は決まった。エイヴェはしばらくここにお世話になるらしいし、ピサロも来て良いと言ってくれた。これ以上は、時間の問題じゃて。あとは頼まれた身辺警護の仕事を、粛々とこなすだけじゃな。金も手に入るし、先も見えた。良かった良かった。


「エイヴェさーん、ちょーっといいですかー?」


 ただ何故か、アヲイの奴がエイヴェを手招きしておった。と思えば、奴を部屋から連れ出していく。戻ってくるといつもの調子に戻っておったが、聞いてもはぐらかされたわい。なんじゃなんじゃ。

 それからわしとアヲイは、ピサロの館で過ごした。警護と言っても、特段変な事件が起こることもなく。朝昼晩と豪華な食事に舌鼓を打ちつつ、大浴場でのんびりと身体を伸ばすこともできた。エイヴェの進捗が、全然進んでおらんかったのだけが気に食わんが。


 こんなに待遇が良くて、金まで貰えるならば延長もありか。わしがそんな下心を出し始めた矢先、三日目のことじゃった。ピサロの家にサーマ達がやってきたんじゃ。エライ人数を引き連れてのう。

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